生態調査報告書 狗竜 NO2
 この渓谷は、時代をいくつもまたいで生き物に豊かな恵みをもたらしてきた。なへんの石をはぐれば川虫が。その虫をサワガニが食べ、サワガニを好物とする桃毛獣たちがあつまり、桃毛獣の排泄物が森に還る。森は水源に大きな恵みを授けた。
 食物連鎖はそうやって繰り返されてきたのだった。
 レイは今、生き物が命を通貨をやりとりする交易所に足を踏み入れたのだ。静かとも騒がしいともとれない不思議な音。胸のすくような香りが漂ったかと思えば、命の残骸が腐臭を放つ。あらゆるものが、目まぐるしく変わっていく。
 今はまだ水辺に沿って進んでいるから涼やかだが、渓谷の奥に進むほど気候が変わっていく。このままいけば蒸すような樹海の熱気ががレイを包むだろう。レイ個人としてはそこにアタリをつけている。恐らく樹海の深くに狗竜はいる。その環境が彼らにとって住みよいのだ。
 レイは地図を取り出した。この辺はホームグラウンドだが、石橋を叩いて渡ることに越したことはないのだ。
 (まず、狗竜について。この辺りは6チームの狗竜がそれぞれの縄張りを仕切っている。俺が識別できるのはうち3チーム。ネジレ組、カタメ組、筆頭組だ。残りは群れとして小さいしボスも若い。いずれ潰されるだろう。となると当然力を持った3組が怪しい。
 それぞれが支配しているエリアは差異はあれど、小さければそれだけおいしい餌場を抑えているし、大きければ当然狩のチャンスが広がる・・・。
 最も支配域の狭いネジレは比較的争いを好まないが、こいつは下克上で成り上がったお坊ちゃんじゃない。一から群れを立ち上げたキレモノだ。狡猾で、慎重。配下の若い雄性体を全て排除したハーレムを持っている。栄養価の高い餌場を抑えていて徹底した管理下においている。こいつがテリトリーを離れることはないな・・・。
 次に最も古株のカタメ。頭目争いで顔の右半分が抉れている。支配域としては第二位にあたる。一世を風靡した強靭な雄だ。長年にわたって広大な土地を支配し続けたカタメだが、近年はその勢いにかげりが見える。年老いたのか群れを率いる姿すら見かけなくなっていた。あわや空中分解かというところまで来ているので、狩場を広げるだとかそんな場合ではない。こいつはほぼシロ。となると・・・)
 まず間違いなく筆頭組だ。この群れはいわゆる武闘派。常に派閥争いがたえない上にいざ諍いが始まると加減を知らない。必ずといっていいほど息の根を止める。
 以前筆頭組みが他の狗竜の群れと遭遇した場に、レイは居合わせたことがある。そのときは怪鳥を追っていたのでまずいなぁ、とおもいつつ彼らが過ぎ去るのをそっと待っていた。狗竜の縄張り争いは通例、群れのボス同士が名乗りを上げて戦う。負ければ当然縄張りを奪われ、部下ともども追放される。ちなみに雌はちゃっかり勝ち馬に乗るが、その際に子を連れている場合なんと子を見捨てて群れを出て行く。こうやって強い群れは大きくなっていくのだが、筆頭組みは違う。
 まず群れのボスが名乗りを上げない・・・恐らく誰も彼も自分がボスだと思っている節があるため・・・群れ単位で総攻撃を仕掛けるのだ。当然攻撃されればひとたまりもない。想定外の事態に若い雄は逃げ惑い、まとめ役のリーダーでさえどうしていいのかわからずオロオロしているうちに囲まれてしまう。
 レイがこの群れを筆頭、と名づけたのは彼らが本来戦利品である雌さえも殺してしまうことにある。脆弱な体つきのものを見抜き、簡単に切り捨てるのだ。狗竜とも言えない筆頭組み出身の若輩者が勝どきを上げながら同種を食い殺すのは身の毛のよだつ光景だった。
 弱いものは同種でも食い殺す。強いものだけが生き残る。まさに武闘派。ゆえに優れたものを表す筆頭と名づけた。
 地図に、筆頭組みのアジトを書き込もうとしたとき、おかしなことに気づいた。
 (変だな・・・筆頭組みは最も人里から離れた場所に居を構えている。だが狗害はむしろ、どのチームの縄張りより村に近い)
 大方あまりに傍若無人の振る舞いに周囲の生物が移住してしまったのだろう。繁殖しすぎてバランスが狂ったこともある。そしてこいつらは事もあろうに人里へ餌を求めた。
 (つじつまが合うな。被害報告が出たのは・・・・・・村のすぐそばだ。生き物が住みやすい渓谷・・・・・・もしかして縄張りを捨てたのか)
 悪寒が背中を走る。もしそうならば、筆頭組みは小さな人の住む村を新たな餌場として見定めたことになる。今はまだ様子見といったところか。集落から離れた弱そうな固体だけを狙っている。だがそれは時期にエスカレートしていくだろう。そうなったら外部への連絡手段が乏しいこの村は・・・。
 (まずいな・・・対策を練り直さないと・・・)
 今のところ狗竜が現れる気配はない。
 成熟した狗竜は首の両脇に特殊な汗腺があり、そこから壮液と呼ばれるジャコウのような香りを出すことができる。それを木にこすり付けることでテリトリーを主張するのだが、その際鱗が樹皮を削ってしまう。毛羽立った樹木が狗竜の縄張りの目印になる。狗竜はこの縄張り(ジャコウ張りという)の中でだけ狩を行うのだ。
 そして狗竜は単独での狩を好まない。スリー・マン・セルという独特の手法で狩を行う。一匹があえて姿をさらして注意を引き追い込む。あわてて逃げ出す獲物に二匹目が奇襲をかけて手傷を負わせる。動きが鈍ったところで最も強い三匹目が止めを刺す。
 その際に合図のような泣き声を出す。この泣き声が犬によく似ていることから狗竜と呼ばれる。
 つまり、狗竜がそばにいる場合には、それなりのサインがあることになる。いまはそれがない。若い雄は単独で狩をすることもあるため安心はできないが、必要以上に警戒することもない。
 ふと羽音が聞こえた。頭上を怪鳥が飛び去っていくところだった。
 まぶしい日光に目を眇めつつ見やる。その雄大な姿はいつ見てもあっけにとられる。
 (もうそろそろ昼時だな・・・)
 腰のポーチに手を突っ込む。そこにはいつも携帯している力の種がある。種と入っても煎じ薬のような物で、これを口に含む。杞憂が多すぎて一向に方針が決まらないことに若干の苛立ちを覚えていた。苦い思いを噛み潰すように丸薬をがりがりとかじった。
 状況を整理しよう。今現在、出発時とは状況が変わってしまった。無闇に出歩くことができない。しかしながら今回は同行者がおり、そちらが出戻りを許さないだろう。無駄足を踏まないために確固たる物証が必要だ。ジャコウ張りを探さなくてはいけない。時間を決めた上でここに拠点を構えることにしよう。探索調査し、なにもなければこのまま進めばいい。
 レイはそう決めると目印になる旗を取り出した。


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名なしの筆者
2015年05月01日(金) 14時45分09秒 公開
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特になし。

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1と2が逆になってしまった。
時間を置いて掲載します。失礼しました。
0点 名なしの筆者 ■2015-05-01 14:48 ID : NlJxc3VktWA
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