生態調査報告 狗竜 NO3
 彼は才能に愛されなかった。恵まれない体躯に、暗い性格。それを助長するような実力主義にもまれ、いつしか彼はすさんでいった。
 大家族で育った彼は母を知らない。いや、あの中にきっと母はいたのだろうが、誰だかわからない。小柄だった彼は、将来性のなさから誰からも相手にされなかったからだ。もしかして自分の母はすでに亡き者で、だから自分は孤独ではないのかとよく妄想した。
だが不幸にも彼は頭がよかった。それがただの慰めに過ぎないということを自覚していた。なぜ自分だけが邪魔者扱いされるのか、集団の中にあってなぜ目の敵にされるのか、理解してしまっていた。
 この一族は狩猟民族であり、常に食料が潤沢だとは限らない。ゆえに穀潰しは必要ないのだ。人一倍体の小さな自分は・・・・・・。
 劣悪な環境の中で、転機はいつのころだったか。
 ある時を境に食事を分け与えられなくなったときだったか。いや、大人が彼を"練習台"として、狩の訓練をはじめたときだったか。
 いいや、ちがうな、と自嘲する。
 彼の家では代々、狩に出て初めて男として認められるという慣わしがある。それゆえ男たちはこぞって大きな獲物を求め狩に出る。まだ未熟な子供たちは幼いころから訓練を重ね、ある年齢になると大人抜きで初陣に出かける。これこそが彼の人生最大の転換期であった。
 言っておくが迫害され続けた彼は訓練など積んでいない。そこへきて、さあいってこい、と言われても、彼としては死刑宣告に等しい。なんだか、ぼんやりとしてしまって、何も考えられなくなった。
 とにかくまわりについていかねばと必死に後を追ったが、追いすがる彼を仲間は嘲り、蹴飛ばした。それもそのはず、彼は仲間ではなく練習台。オモチャにすぎなかった。ゲラゲラと笑いながら遠ざかっていく背中を見ても、彼は追うことしかできなかった。
 やがて若者の一団は獲物を見つけた(ようだった。遠くから茫洋とみていただけだったので)。草食竜の群れだ。これは願ってもない美味しいチャンスだった。草食竜は警戒心が強く、ここら一帯で見かけることはあまりない。垂涎ものの好機に一同は色めき立った。
 調子に乗って騒ぐもの、興奮のあまり力を誇示しようとするもの、差異はあれどみな一様に浮き足立った。
 教えられた隊列も、熟練された手順もそこには存在しなかった。ただ勢いに任せて群れへと突撃したのだ。
 草食竜はこれに驚きこそしたが、取り乱すようなことはなかった。もともと彼らは猜疑的だ。自分たちが爪も牙もないことを自覚し、襲われることを前提で動いている。そのため、常に円陣を組んでおり、弱いものを内側へ、それを強い雄が囲むようにして群れを成しているのだ。
 双方がぶつかった。狩が始まったのだ。
 まず異変に気づいたのは、狩人側の中でもとりわけ大きな体を持つリーダー格だった。
 リーダーの視界の隅で、何か大きな塊が吹っ飛んでいくのが見えたのだ。
 驚いてそちらを見やると、顔なじみが不自然な体勢で藪の中に突っ込んでいくところだった。
 ぶぉんっ!
 すさまじい風きり音と共に、草食竜の雄がブオオッと嘶いた。この大人しい生き物は外敵に襲われると尾っぽを振り回すことで対抗しようとする。その威力たるや重量もさることながら、尾先に生えたトゲのせいで恐るべき脅威になっている。
 どうやらあの見知った顔は、不用意に飛びかかろうとして返り討ちにされたようだった。
 訓練とは明らかに違う。一番槍をとるつもりが犠牲を出したのだ。
 なおも雄たけびを上げる草食竜は尻尾を振り回し、こちらを威嚇している。その度に、恐らく先ほどの犠牲者に突き刺さったのだろう、返り血を撒き散らせている。
 初めての実践の上、想定外に強い相手に腰が引けたのか、みな青ざめた。さりとて引くこともできず、獲物の周りを取り囲んで威嚇することで精一杯になってしまった。
 これはまずいとリーダーは判断したのか、ワォッと犬のような鳴き声をあげた。これは彼らが狩の際に使う符丁で、短い時間で意思疎通を行うためのものである。すぐさま、周囲から了解の旨を意味する符丁が帰ってくる。
 次の瞬間、リーダー格をはじめとする群れの三分の二がその場から姿を消した。正確には茂みの中へと消えたのだ。草食竜からすればそれは敵の撤退のように見えた。犠牲者も出さず圧勝したかのように映ったのだ。後ろ足で立ち上がり、残った敵を威嚇する。その場に取り残された敵はどうやら伝令を受け損ねたらしい。よくよく落ち着いてみれば体の小さなものだけだ。それも所在なげに一塊になってこちらを威嚇しているだけだ。
 ここで草食竜は侮ってしまった。敵の狡猾さを知らなかったのだ。
 得意になって敵に追い討ちをかけると、周囲の雄たちも興奮気味にそれにならい、追走する。群れの外壁はどんどん形を崩し、やがてか弱い幼生がむき出しになってしまう。
 外敵を2〜3匹串刺しにしたころだったろうか。草食竜が後ろを振り返ると、尻尾を巻いて逃げたはずのヤツらが、大事な子供に牙をつきたてているところだった。自分のおろかさをのろったが時すでに遅し、子供は明らかに助からない出血量で弱々しくないていた。
 こうして彼の初陣は犠牲者を出しながらも大成功を収めたのだ。最も彼はそれを離れたところでみていただけであり、とても参加したとはいえないのだが。
 辺りに鮮血のにおいを漂わせながら、男たちは勝利の美酒を味わった。
 当然彼にそのおこぼれはない。仲間ではないのだから。
 先ほどまでうめいていた幼竜よりも小さな声で呻くと、彼はもうそこから動けなかった。
 それが功を奏したのだ。血の臭いにつられてあらわれた者がいる。
 この世界にはさまざまな生き物がいる。そのぶんだけ多様な体系があり、また狩の方法がある。この新参者は飛竜と呼ばれる巨大な体を持つ肉食生物だ。獲物をほふるには有り余るポテンシャルを誇るが、獲物を見つけること自体は苦手という特徴上、仕留め終わった食料の横取りを専ら行うことで知られている。つまり今の彼らは格好の餌食だった。
 当然ハイエナのような行動を血気盛んな男たちが許すはずもなく、その場で諍いが起こる。
  飛竜はまずその巨躯を生かし、戦果である幼竜の真上を陣取った。四方八方を囲まれる形になるが全く意に介さない。飛び掛ってくるものがあればすぐさま迎撃。背後の敵には強靭なその尾をしならせて。前方に敵あらば圧倒的なアギトが引き裂く。
  もはや手の出しようがなかった。力の差は歴然としている。だがリーダーは引かなかった。若輩者ゆえ知識も経験も持ち合わせていなかったのだ。あえて反撃を試みてしまった。
  これが悪手であることは日の目を見るより明らかだ。すぐさま残酷な結果が訪れる。
  総員十五名からなる狩人たちは、全員冷たい亡骸に姿を変えた。ただ一人を除いて。
  彼は動けなかった。直ぐそばの茂みで、まんじりともできず息を殺して臥せっていた。今まで自分を踏みにじってきた力の象徴がいともたやすく壊された。一種のカルチャーショックだった。やけに鼓動が大きく聞こえた。
  今彼がはせている思いは絶望や恐怖ではなく不安。このまま家に戻ったとして、果たして受け入れてもらえるのかという不安。今後の自分の身の振り方に対する不安。ああ、なんて、矮小な。自分が死ぬなんてこれっぽっちも考えていない。いや、考えが及ばないのだ。なぜなら彼の心は生きているとは言いがたいのだから。
  ただなんとなく生きてきたのだ。蔑まれながらも、疎まれながらも。それに逐一感情をはさんでいてはもう彼は生きていけなかったのだ。だからなんとなくこれからも生きていくのだろうという考えしかなかった。
  そんな中で彼が出した答えはこうだった。
  せめて返り傷のひとつでもあればきっと、みんなも納得してくれるだろう。
  わずかばかり敵を挑発して、少しだけ勲章を貰う。そうすれば今までどおり・・・いや、今までとは違う生活が自分を待っている。認めてもらえるはずなのだ。
  彼は勇気を振り絞った。小さな体を低く身構え、まるで矢のように飛び出したのだ。
  元来体は小さかったが、そのステータスは決して低くない。長年練習台にされた経験が、極めて優秀な動体視力を養った。また痩せ細った体に反して下半身は筋肉質である。これは幼いころから食料を満足に得られない飢餓感から野山を駆けずり回っていたことに起因する。つまり、機敏にして俊敏。
  彼は食事に夢中だった飛竜の背後から襲いかかった。それも低く体制を保ったまま、後ろ足めがけてかじりついたのだ。
  面食らった飛竜は肝をつぶした。無茶苦茶に手足を振り回した。だが体格の違う相手にそれは届かない。彼はすぐさま後ろ足から離れ、今度はのど元に向かって飛びついた。うっすら傷跡の残る柔らかそうな肉。きっと歴戦の猛者なのだろう。自分がかなう道理はないが、せめて逃げ切れるだけの手傷は負わさなければ・・・・・・。
  喉の肉は思ったより硬かった。ゴムのような弾力をもつ筋肉の上にビッシリと鱗がはえているせいだ。しかもこの鱗、妙なぬめりけで歯がたちづらい。その上暴れまわるものだから段々と引き剥がされていく。
  そろそろ引き際かと思ったときだった。牙がこれまでとは違う感触を伝えてきた。随分と軟弱な・・・・・・。それは古傷の跡だった。まだ治り切っていないのか、薄皮が張っている程度で鱗もない。
  ここぞとばかりに顎に力をこめる。ギリリッといやな軋みがしたかと思うと、彼の牙はあっさり皮を破いていた。血がほとばしる。
  飛竜はいよいよ叫び声をあげて抵抗し始めた。頭上から唾液が滴ってくる。それがぽたぽたと顔に垂れてくるのだが、その瞬間思わず彼は顎をはなしてしまう。
  じゅうじゅうと音を立てて何かが彼の顔を焼いているのだ。それは飛竜の唾液だった。この強酸性の唾液は腐食作用を持つ。彼の鱗はそれにたえきれず、あまつさえ肉まで、骨まで溶かしているのだ。
  悲鳴を上げてもんどりうった。何がなんだかわからない苦痛は、苛まれ続けた人生においても最上のものだった。ここにきもて彼はまだこう考えている。
  これで、家に帰れる。認められる。
  そう安堵しているのだった。
  とはいえその前にこの場から離れる必要があった。敵はかすり傷程度の具合なのだ。むしろ万全よりも厄介になってしまっている。大してこちらは元々ハンディキャップを抱えているのに加え重症。なんとしても逃げなければ。
  脱兎のごとく走り出す。一直線に巣に向かう。
  こっちの道は昔とおった道だ。ここには大きな蜂が巣くっている。これなら追ってこれないだろう・・・いいや、追ってきている。それどころかひるんだ様子さえない。もっと早く逃げなければ・・・なら、川を渡るのはどうだ、ついでに顔を水で洗い流して・・・いいや、そんな暇はない、あいつは器用に泳いでいる。だめだ追いつかれる・・・そうだ、地下道がある。盾蟹が産卵するために掘った穴を拝借したものだ。これならあいつは通れない・・・そこまで、なんとしても行かなければ・・・。
  嚥下した血液が食道にはりついて焼けるように熱い。生臭い息が不快だった。自分の吐息の臭いがわかるほどの疲労は、もう限界が近いことを示している。
  背後で怒号が聞こえる。追いつかれては命はない。
  がちり、と牙がかみ合う音がした。
  彼の脳裏には真っ二つにされた自分の胴体が浮かんでいた。
  わずかに間をおいて土を掘り返そうとする音。それから悔しそうな怨嗟の声。そこで彼は気を失った。次に目が覚めるとそこは地下道の中だった。
  どうやら自分が思っていた以上に早く走りぬき、敵よりも速くここへ逃げ込んだらしい。生き延びた・・・・・・。
  痛む顔をかばいながら巣に戻ると、どこか彼は誇らしかった。あれだけの修羅場をくぐったのだという自信もあった。族長・・・・・・狗竜に経緯を説明すると、狗竜は苦々しくそうか、と呟いたきりだった。そして腫れ物を触るような目で彼を見る。
  彼の顔はもはや原形をとどめていなかった。顔の右半分が爛れ、骨こそ見えていないものの治癒の可能性はゼロである。あばらの浮き出た痩躯に、骸骨を思わせるような面構えは見るものに嫌悪を抱かせる。悲惨な傷跡だった。
  それからというもの、彼の扱いはこれまでとは一変して厚遇された。群れに残った優秀な雄として迎え入れられたのだ。
  食事も優先して回ってくるようになり、痩せていた体は見違えるように大きくなった。狩にも率先して参加できるほど認められた。
  ただし、ある奇怪な出来事が彼の身の回りでは耐えなかった。
  原因不明の死者がポツポツとでるようになったのだ。まっさきに彼が疑われた。なにせこの顔である。病原菌のようなものを持ち帰ったのではという説も出たが、なら本人が生きているのは筋が通らないことから疑いは晴れた。結局、原因不明という形で決着がついた。だが、これは彼のおよび知らぬところであるが、その憶測はあたっていた。
  唾液によって彼の顔に爛症を追わせた飛竜は、遠い地から餌を求めて巡航する習性を持っており、その際特異な地域で病原菌に感染したものと思われる。体液を通じて彼の体に取り込まれたこのウィルスは、生き物に着床するとまず分裂を始める。その過程でホルモンバランスがくずれ、宿主は非常に好戦的になる。新陳代謝を活性化させる代わりにさまざまな病気を併発させ、やがて臓器不全を引き起こす。呼吸を通じて空気感染する上、繁殖力が強い伝染病だった。
  長いこといろいろな生物を渡り歩いてきたこのウィルスは自らの細胞構造を変化させ、より効率的に繁殖する方法をとった。体質に適応することで、長い間宿主の生命を保持し、より多くの個体に感染できるように。
  適応した個体はウィルスの活性効果により、戦闘能力が極限まで高められる。安定したマイホームができる上、供給も伴う。ウィルスにとって一石二鳥だった。
名無しの筆者
2015年05月10日(日) 17時22分33秒 公開
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テルミドールとかwwwwwwwwww変なヤツwwwwwwwwwwww最高級にじわるwwwwww
どうせネットでしか粋がれない(さらにここはただの小説投稿サイト)馬鹿で小心者でクソビビリなママのおっぱいちゅっちゅ吸ってるくそきも引きこもりニートなんだろうなwww顔もどうせニキビがいっぱいなんだぜ
0点 ■2015-06-18 00:54 ID : u6FaFQ7VTnc
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ありがとうございます。次回もよろしくお願いします。 0点 名無しの筆者 ■2015-05-22 14:46 ID : kYQpVnWyZqQ
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またお前かよテルミドールwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwほんっと懲りないなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ななしさんに失礼すぎだろたくさんの人に迷惑かけやがってあんたが出てけ
0点 通りすがり ■2015-05-21 23:53 ID : 6WxGGCIksME
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