冒険は続く
 だしぬけに飛び込んでくるその光景に驚かない旅人はいない。
 見渡す限りの大砂漠。海を越え、内陸を目指すキャラバンがもうひとつの海を見る瞬間である。温帯特有の湿気を帯びた空気が、小高い丘の上で乾いた風を浴びて上昇気流を作り出す。目深に被っていたユクモノ笠が持ち上げられ、否が応でも旅人の目に非常識ともいえる砂の大海原を見せつける。忘れてはいないかと問いかけるように。
「二年ぶりか……」
 人知れず呟く。寒冷期の北風に攻め立てられるように後にした故郷。ポポの長い毛並みが逆立ち、しかしそのこんもりとした背中はまるで動じることなく。静かな冬のキャラバンは後ろを振り返ることのできなかった自分を慰めてくれた。
“故郷を懐かしく思える日が来るとは思わなかったな”
 聞いていたワケでもなかろうに、竜車を引くアプトノスが低い鼻息を鳴らした。
 季節は温暖期の初め。
 故郷バルバレはその拠点を西へと移し、景色を堪能したキャラバンは再び原生林の中へと向かう。丘を下れば木立の影から大砂漠を見ながら北上する事になる。タンジアの港から延びる街道と寒冷期のバルバレからの街道が合流し、そこまで来れば大切なアプトノスを鳥竜共の餌にされる可能性はぐっと下がる。見るともなくアプトノスの様子を伺いながら、ロッソは積荷の上でゴロリと横になっていた。視界の悪い林の中ではハンターの直感よりも草食竜であるアプトノスの挙動を確認していた方が確実である。駄賃代わりのクエストももうひとふんばりというところか。大砂漠が近づくにつれてもっとざわつくだろうと思っていた胸中も、旅路に似て穏やかだった。
「ああ、そうだ。そうだったな」
 もう迷うことはない。そして焦ることはない。ユクモ村の工芸品でもある印籠を取り出す。艶のある漆塗りの胴。蒔絵はユクモ村の印。朱色の組紐に碧玉の根付。青とも緑ともつかないその不思議な色合いは、最後に見たあいつの瞳を思い起こさせる。



「騒がしかった山も随分と落ち着きを取り戻しました」
 村を見渡せるいつもの特等席でユクモ村の村長は言った。
「山を降りるとか?」
「居心地が良くてね。つい長居になった」
「よい顔になりましたね」
「そんなにひどい顔してたのか、俺は」
「温泉でのぼせたまま、いつ運ばれるかとヒヤヒヤしていました」
 上品に口元に手をやりながら笑う。
「そいつは気がつかなかった。いや、気づくはずもなかったか」
 竜人族の表情はいまひとつ読みづらい。女性ならばなおさらだ。
「確かに俺は、ハンターを続けることに嫌気が差していた。生き残ることだけがすべてで、ハンターになることが先の見えない道を示してくれると、そう信じてたんだ」
 手のひらを返すように自分を頼ってくる連中が煩わしかった。慕ってくれていた連中も、自分を利用しているだけだと悟ってしまった。なぜならそれは少し前の、力を持つ前の自分と少しも変わらなかったからだ。居た堪れなくなって逃げ出した。結局はそういうことだ。
「それでも貴方はこの村のために、ジンオウガの狩猟に出てくれました」
「確かめたかったんだ。自分が何者なのか」
「答えは出ましたか?」
「そうだな……」
 瞼を閉じれば渓流での激闘が鮮やかに思い出される。
「俺はモンスターハンターだった。当たり前だと笑われるかもしれないが。他人のためだろうと自分のためだろうと、ジンオウガを狩猟できたのは俺がハンターだったからだ」
 変形機構を損なわれた剣斧。満身創痍のあいつと俺。突き出した切っ先を物ともせずに圧し掛かってくる巨躯。自らの重みに深々と得物が突き刺さっていく。紅蓮石の触媒を通して薬液が蒸気となって刃先に染み渡る。防具が嫌な音を立てて軋む。ほんの僅か先にある牙が痛みと、重みと、闘争本能の間で少しずつ狭まっていく。触媒の熱が皮を焦がし、肉を焼き、血液を煙となって立ち昇らせる。獣の臭いと、鉄臭い臭い。このまま引き金を引けばおそらく自分もただでは済まない。しかし切っ先に力を込める以外に動くこともできないこの状況では、いずれ一方的に食われて終わる。そしてこいつは、ジンオウガは深々と肉をえぐっているこの傷が元で死ぬ。犬死のハンターと、野たれ死ぬだけのモンスター。
「そいつは、違うよな。俺もお前も」
 場違いな金属音。強制排出されるスチーム。僅かに注意がそれる。腹の底から吼える。そして引き金を引いた。剣斧の奥の手、属性開放による爆発。逃げ場のない衝撃が身体を地面に叩き付ける。失われる重圧。もうひとつの咆哮。雷狼竜の名を示す電光が走る。深手を負った身体にそれが何を意味するのか。天性の狩人であるジンオウガに分からぬワケはあるまい。剣斧に一瞬にしてまとわりついた青白い光が、一人と一頭の身体を貫いていく。
 森を焦がすほどの閃光が止んだ。
 静寂。
 まるで夜の帳が降りるように。耳鳴りが遠のき、薄闇に慣れてきた視界に雷光虫の光が見えた。送り火。失われていく命をいざなう様に明滅を繰り返しながら、少しずつその輝きを霧消させていく。終わった。そして生き残った。握り締めた手が剣斧から滑り落ちた。ジンオウガは自分を組み伏しながらしかし、大地を四肢で踏みしめ、毅然とした姿勢のまま遠くを見つめていた。首元には引き抜くことすら困難であろう狩人の牙が食い込んでいる。どちらにしてももう、使い物にはならない。絶命の瞬間、刃に走った亀裂をその手が感じていた。渓流の主。深山の守護者の最期。
「ありがとな」
 お前のおかげで自分が何者なのかを問いただすことができた。ただ自分が糧を得るために無我夢中で駆けてきた人生を嫌いにならないで済む。
「続けるよ。モンスターハンターという生き方を」
 だからこれから先も歩むことにする。お前だけじゃない。今まで俺をここまで生かしてくれたものを糧にして。それは知識となり技術となり。経験や思い出となる。無事にユクモ村の温泉につかって感じることができる痛みも、安堵も、すべてが俺の中で生き続ける。
「だから、今はここでお別れだ。村で皆が待ってるんでな」
 残った力をかき集めてジンオウガの懐から這い出る。得物の剣斧はもとより、ポーチに残った僅かな道具以外は何もかも使い物にならない。仮に今、狡猾なジャギィの群れにでも鉢合わせしたら無事にベースキャンプに戻れるかも怪しい。幸いネコタクを呼ぶための発炎筒は無事だ。このまま救援を待つのが得策だろう。
「悪ぃな。死んじまってからもお前の世話になるみたいでさ」
 応える者はいない。どさりと腰を下ろし、ジンオウガの躯に背を預ける。ついそのまま瞼を閉じたくなる欲求を抑えて空を見上げる。木立の影に隠れて夕闇迫る空に月がひとつ。忘れることはあるまい。今日のこの日のことを。
「砂漠の月が恋しくなったよ」
 傷が癒えたら帰ろう。俺が本来いるべき場所に。
「……出立の前に加工屋にお寄りなさいな」
 思い出に沈みかけた思考を村長の声が遮った。
「見送りは断ったはずだぜ?」
「餞別くらいは送らせて下さいまし。せめてものお礼に」
「武具屋で適当に見繕うつもりだったんだけどな」
 軽く手を上げ村長に別れを告げる。村の出口に程近い、この二年でおそらく最も世話になったジジは俺が来るのを今かと待ち構えていた。小さな身体を仁王立ちにして、トレードマークでもある身の丈よりも大きなハンマーを傍らに、竜人族の老人はいつものように俺を睨みつける。
「やっと来おったか。ワレ」
「相変わらず口の悪い爺さんだな」
「ふん。お前もだ、口の減らん。得物も持たずに旅立つ狩人があるかい、ワレ」
「得物も防具も手ひどく壊しちまったからな」
「バカタレ。ワレの命の代わりじゃろが。本懐遂げて祟る道具はありゃせん」
「そう言ってくれると助かるよ」
「気前のいいワレが二年分の素材を村にぶん投げたんだ。身ひとつで旅立たせたらワテの気が済まん。これ持って行けや。ユクモの守り神に相応しいモンだ」
「俺はただのハンターだよ」
「誰がワレのこと抜かしたと思うか。馬鹿めが」
 カウンターの裏から引っ張り出された得物を一目見るなり言葉を失った。守り神。ユクモの深山に住む無双の狩人。
「ジンオウガ、なのか?」
「王剣斧ライデン。スラッシュアックスなんてケッタイな得物を振り回すワレのおかげで、ワテもええ勉強になったわ。今度は壊すなや、ちぅても壊れんようできとるけぇ」
 碧玉色のフレーム。甲殻を大胆に利用した鋸状の刃。白く輝くたてがみの装飾。ユクモ謹製の証である朱布の三角織り。折りたたまれた剣斧を手に取る。
「雷属性の得物だけぇ、気になるなら握りにゴム皮でも巻くがえぇ」
「これでいいさ。感触は直に感じられる方がいい」
 斧モードに展開。確かな質量を持つ斧頭が滑らかにスライド。両の腕にずしりと得物の重みがかかる。テイクバック。頭上から斧を振り下ろしつつ剣モードに切り替え。先程とは逆に斧頭が手元にスライド。代わりにフレームの背に収納された刃が展開。重心位置に注意しながら切っ先を静止。手元に来た斧頭に刃がピタリと納まった。すばやく振り回すのに適したこれ以上ないほどのバランス。そのまま刃を寝かせるようにして八相ぎみに頬付け。スタンスを開いて切っ先を見つめる。静止。
「ふんっ!」
 大きく足を踏み出す。勢いをつけて剣斧を旋回。導くように切っ先が跳ね上がり、加速した斧頭がフレームの先端にスライド。振り切った姿勢で静止したときには剣は背に格納され、再び確かな重量を伝える斧が姿を現した。
「ジンオウガを狩猟したその腕、伊達じゃないなぁ。ワレ」
「なぜ?」
「けったいなほど重心が代わる得物の切っ先が小揺るぎもせん」
「初めて褒められた気がするよ」
 斧頭を格納して納刀した。
「ビンは?」
「強撃ビンだなぅ。属性ビンだとジンオウガの素材と相性が良すぎるけぇ、使い手が痺れちまう。ビンくらいは汎用的な方が良かろう」
「恩に着るよ」
「ストックは三本。あとは現地調達せい」
「スラッシュアックスは故郷の生まれだ。なんとでもなるさ」
「砂漠でこげなカラクリ、よう作る気になったモンよ」
「新しモノ好きなのさ。それに過酷な環境下で鍛えられれば技術も進む」
「違いない。スライド部には特に念入れてある。焼きも入れてあるけぇ、砂を噛んだ程度じゃ傷付きもせんわ。安心したれ」
「さすがは竜人族の技だ」
「忘れるなや。旅に疲れたらいつでもユクモへ来い。魂の洗濯ちゅうやつだなぅ」
「そうだな。ここはいい所だ。時間がずっとゆっくり流れているよ」
「ヤマガラス」
 礼を言って立ち退きかけた背にジジの言葉が飛んだ。
「流れ流れてこんな山奥まで来たカラスはな、濡れ羽根を打ちひしがれて飛ぶことすら忘れておった。住処も定めず、当てもなく。ワレに似た男衆はみんなヤマへ消えた。深山に抱かれてけぇって来ぃひんかった。ユクモの村ぁ、ただ見守るだけじゃあ。渡りのカラス。ヤマのカラス。名無き者の俗称と知ってか、ワレ?」
 返答によってはただでは置かない。そうした表情を浮かべているものだと思っていたその顔は、意外にも顔に刻まれた年輪の深さを感じさせるような、どこか遠くを見るような顔だった。
「爺さん」
 一息ついて深い森に覆われた麓を眺める。
「俺の生まれ故郷は季節によって移動を繰り返す砂漠の街だ。大砂漠を回遊するモーランを追って一攫千金を狙う流れ者の吹き溜まり。一夜の夢に酔い、真昼の蜃気楼を追いかける。力のない奴は砂に呑まれて消えていく、文字通りの砂上の楼閣だ」
 刹那の輝きに満ちた、ユクモ村とは真逆の街。
「それでも故郷なんだよな。必死に命を繋いで、追われるように逃げ出して。名前すらどうでもよくなっていたのに。それでも今は懐かしいと思う」
 だからさ、ここへ置いて行くよ。
 ヤマガラスの名前を。
 流れ者だった頃の自分をここに。もう充分に羽根は休めた。
 輝く太陽と熱気と。あの街で得た自分をもう一度名乗ろう。
「バルバレのロッソ。赤、を意味する名前だ。誰が付けたのかは知らない。これすら通り名のようなものだ。でも次会ったらそう呼んでくれよ」
「カラスが赤か。知ってたかワレ。この国じゃカラスは太陽の化身だなぅ」
「偶然にしてはできすぎだな」
 ロッソは肩をすくめた。
「バルバレは太陽の村って呼ばれてるのさ」



 大陸中の夢と希望の集まる場所。期待と裏切りの渦巻くヒトのるつぼ。刹那の生と確かな死が同居する街。両極を象徴するように夏は西へ、冬は南へ。年毎に異なるオアシスを目印に、ロックラックから派遣された気球の大船団が季節風に乗って居を移す。地上を行くキャラバンはそれぞれに荷を畳み陸路を歩む。無用と判断されたものは全て砂漠に打ち捨てていく。
 大砂漠を渡ることができるものは二種。すなわち砂上船と気球船。
 大砂漠を泳ぐことができるものも二種。すなわちモーランとデルクス。
 ひとたび足を取られれば潮目のように絶えず渦巻く砂の中へと引きずり込まれる大砂漠の流砂は、それがモンスターといえども例外ではない脅威である。しかしそれも一年の半分までだ。大船団が錨を揚げ、キャラバンが身軽に腰を上げる頃。渇きを覚えた砂漠がオアシスを飲み干し、飢えを覚えた火事場泥棒が代わってひょこひょこと顔を現す。だからあとには何も残らない。地図にすら記されない街のそれがゆえんだった。
“要らなくなったら砂漠に投げ込め”
 おかげでチリやホコリどころか街のいたるところに色んなモノが散乱している。平たく言えばゴミだ。食いカスに始まり使い古しの道具やら壊れた雑貨やら。足の踏み場にはまったく注意。物陰であれば尚更だ。さすがにポポやアプトノスの死骸を放置する輩はいないが、そうしたいわゆる「粗大ゴミ」は大砂漠に投げ込むのが習わし。絶えない流砂は体のいいゴミ捨て場というワケだ。臭いものに蓋をする必要すらない。勝手に流れていくのだから。
「早々、ユクモが恋しく感じるよ」
 遠来からの旅人をのどかに浮かぶ気球が迎え、風に乗って熱気と活気がその足を急がせる。色とりどりにはためく旗が目を奪い、遠洋船を真似た造りのギルドの気球船がどかりと地上に鎮座する様は、海からやってきたはずの旅人を惑わせるのには充分。否が応にもその巨体がバルバレの中心となり、続くキャラバンの荷車が屋台村といった風情を形作っていた。その軒先は幾重にも重なり扇状に街道へと開かれている。ゴミだらけの街なだけにさすがに野天は多くないが、居住区を含めた天幕はそれだけでも街の一区画を占めるほどだ。移動を前提とした街。今また畜舎に預けた家畜を曳き手に、荷車を連結したキャラバンが大陸の玄関口であるタンジアの港に向けて旅立っていく。すぐさま入れ違いに別のキャラバンが収まり、街そのものがまさに大砂漠の流砂の如くである。
「だからおめぇさん、内陸を旅する予定なら買っておいて損はないって」
 唯一、この街にとって規則性があるとすればこの畜舎だ。キャラバンの大事な宝であり家族であるポポやアプトノスは街道に面したバルバレの外れにある畜舎に繋がれる。いかに草食といえど竜。暴れられでもしたら厄介極まりない。
「アプトノスが集まるのは夏季だけ。乾燥燃料が手に入るのは今だけさ。ウチのは天日で干した上でにが虫エキスで燻してあるからイヤな匂いなんかまったくなし。直接嗅いだって大丈夫。内陸を旅するんなら必需品だよ、こりゃあ」
 なにより、家畜の下の世話だけはあちこちにあっては敵わない。
“アプトノスはともかくポポはなぁ……”
 商売を尻目に見ながらロッソは肩をすくめる。せいぜい泥団子にでもしてこやし玉でも作るのが関の山だ。反芻するポポのフンは繊維というものが殆どなく水っぽい。そしてなにより臭い。発酵しているのだ。当然ながらその口臭もいわずもがなである。しかしそのおかげで貧しい食糧事情に耐え、内陸を旅する者にとってはかけがえのないパートナーとなる。寒冷期になって乾燥の度合いが強まると、寒さと相まって湿潤な気候に生息するアプトノスでは冬季のバルバレに向かうことはできない。売り子の言い草ではないが、繊維を多く含む彼らのフンは今だから手に入る貴重品であることに違いはない。
「ハンターさんもそう思うだろう?」
「まあな。繊維を良く含むアプトノスのフンは良質の燃料になる」
 テントの作る日陰に入る。微妙な色合いの違いは分かりにくい。木箱をひっくり返して商品棚にしたその上には二種類の乾燥燃料が積まれていて、客がしきりに双方を見比べている。まとめ買いする消耗品なので確かに安い方がお得だ。
「俺ならコッチを選ぶよ」
「さすが。羽振りのいい狩人さんは違うねぇ」
「野営の飯ぐらいは美味いモノにありつきたいからな」
 棚の上にこぼれた燃料の粉末を指でなぞって確かめる。粉っぽい。
「内陸を旅するのが初めてなら、多少は無理してでも良いものを揃えるのがいい。少しでも快適に旅したければね。冬のバルバレは安物を後悔するくらいの風が吹く」
 平べったい皿のような乾燥燃料を客の手にぽんと乗せる。
「悪くないものだよ。これは」
「まとめて買ってくれたらそれ、オマケしとくぜ」
 押されるようにして客は値段の高い方の乾燥燃料をひと束、ロッソに手渡されたオマケをつけて買っていった。
「久しぶりに会って早々、商売の邪魔してくれるなよな」
「店の売り上げにはなっただろう?」
「俺の小遣いにはならなかったよ」
「客ならまた来るさ。マゼモノでも安けりゃ買ってくよ」
「ちぇっ。いいサクラが来たと思ったんだがなぁ」
 どちらの商品も売り子の男が言う通り消臭処理は施してある。しかし安い方の乾燥燃料にはポポのフンが混ぜてある。粉っぽいのはそのせいだ。実際に燃やせば分かるがたいして燃えない上にひどい臭いを振りまく。よくできたマガイモノならさらに土を混ぜて色まで似せるが、まあ畜舎の副業であり、さらにはこの男の小遣い稼ぎである。詐欺まがいのことはしても、嘘は言っていない。割安なのは確かで値段相応と言えばその通りの代物だ。
「いつ帰ってきた?」
「ほんの少し前さ」
「その格好。シキ国に渡ってたのか。道理で姿が見えないはずだな」
「辺鄙な山奥だったが、いい所だったよ」
「それがこの時期に帰ってきたとなりゃ、いよいよ金の臭いを嗅ぎつけたってワケか」
「偶然さ」
「知らんわけでもあるまい。夏季のバルバレが南寄りにある年は豊漁の年だ。当然狙ってるんだろ、モーランをよ」
「そういうお前さんらは、その稼ぎを当てにしてるのだろう?」
「持ちつ持たれつだろ」
 危ない橋を渡るのはお前だけではない。それはその通りだろう。しかし。
「同じ渡るにしても俺はモンスター相手の方がいい。あいつらは凶暴だが嘘はつかない」
「相変わらず臆病者だな」
「ヒトの方がよほど怖いよ。この街は特にね」
「それが街を出た理由か?」
「ゼニ勘定に嫌気が差したのさ。そんな窮屈な理由でハンターを続けることにな」
「年寄り臭いセリフだぜ。何か。お前のアガリはいくらでも流してくれるのか?」
「渡りはもう止めたんだ」
「ロッソよぅ。バルバレは街そのものが渡りみたいなモンだ。この大陸にいる限りハンターはゴールドラッシュに群がる炭鉱夫と変わらん。それはお前さんも分かってるだろう」
「ああ。分かってるさ。分かってる。ここに帰ってきたって事は、そんな商売ハンターになるしか道はないってことも。こんなゴミ溜めみたいな街でどういうワケだかモンスターハンターになっちまった。後悔したって俺にはもう、この生き方しかない」
「だったらよ……」
「生き方なんだよ。商売じゃないんだ。それに気づいたから俺はここに帰ってきたんだ。もう一度モンスターハンターをやるために」
「早死にするぜ。その考え方は」
「野垂れ死にすることはなくなるさ。犬死もな」
 売り子の男は気のない様子でハエ除けのハタキを弄んでいたが、やがて大きくため息をついて頭を掻いた。
「一週間ほど前にギルドに調査隊が来た。樹海奥の遺跡調査だ。金にならないんで相変わらずハンター集めに難儀してる。今のお前にならおあつらえ向きだろうよ」
「助かるよ」
 銀貨を弾く。
「流儀は忘れてないみたいだな」
「この世にタダで買えるモノはないさ。価値をつけるから信用がつく」
「その通りだ。俺もお前もそうやってこの街で生きてきたんだ」
「……あいつらは今どうしてる?」
「生きてる奴もいる。死んだ奴もいる」
「そうか」
「誰もお前のことは恨んじゃいない。蜃気楼に見る夢は夢のままでいい」
 売り子は弄んでいた銀貨をロッソに弾き返した。
「今のお前にとっちゃ、この街が蜃気楼なんだよ」
 そう言って邪険にハタキを振る。銀貨一枚。逡巡する想い。振り切るようにしてロッソはもう一度銀貨を弾いた。
「スカラベは大事にしなきゃな」
「ふん。だったら次は金貨をよこしな」
 今度こそ軒先を離れ、再び太陽の下へ。照り返す日差しに目を細める。風が強く吹いているせいもあった。バルバレは砂漠の街だが身を焦がすような暑さはない。そんな熱風が吹くのは温暖期も最盛期に入った数週間だけで、今はただ乾いているだけだ。砂漠の風がユクモノ笠の羽根飾りを大きく揺らす。シキ国から来た風見鶏。違う。もう渡りは止めたのだから。
「装備がいるな」
 運動性に優れたユクモ装備は旅装としても優秀だが、得物を振り回しての本格的な狩猟となるとさすがに心もとない。相手がケルビやファンゴならともかくジャギィなどの鳥竜種となるだけでも危うさが目立つ。せめてハンターかバトルの一式が欲しい。銭金の問題ではないと言ったものの結局はクエストに先立って何かと入用になる。防具もしかりだ。狩場に出てしまえば自給自足で不自由しないハンターでも、街に戻れば酒代にも苦労する始末。バルバレにはユクモのような村付きのハンターなどという身分はないから、仕事が欲しければギルドに出向いてクエストを受注するしかない。そして渡りとの違いなど、せいぜい掛売りと斡旋に少々の融通が利く程度である。
「どこかのキャラバンにでも身を置けば給金は見込めるが」
 それもまたギルドが仲介するのであり、二年もの間バルバレを離れていたロッソにとってはユクモ村での狩猟記録とギルドカードの照会のみが実力を保障する手立てである。ジンオウガを狩猟したことがどれだけの箔になるか。今になってもあの激闘が我が身を助けることになるのかと思うと頭が上がらない感じを覚えて、ロッソは思わずユクモノ笠を影に苦笑せざるを得なかった。
「なんでまた俺はあの村に移住しなかったんだか……」
 仕事にも困らず、食うにも困らない。村人はみんな良くしてくれるし、温泉もある。アイルー達を雇って拡張した農園もある。バルバレにはないすべてがある。
“その代わり、ユクモ村にはないものがこの街にはあるってことなのか”
 どことなく愛嬌のある竜を模った船首はすでに影になって見えない。
 ハンターギルドの集会所は目の前だった。



 キャラバン達が作り出した目抜き通りの起点。幾つかあるバルバレの区画のすべてはロックラックから派遣されている気球船が起点となっている。集会所を始めとして宿泊施設や工房など、通りを辿ればいずれかの施設に行き着く。ハンターギルドに関係したもの以外にも、ロックラックの商人ギルドが交易所や酒場などを停泊させていた。
「ほっほほ。ユクモ村のハンターとはまた珍しい」
 伝え聞くところによればギルドの集会所はどこも竜人族が取り仕切っているという。確かにユクモ村でも村長とは別に、どこぞの福の神のようなジジが大衆浴場に居た。バルバレのギルドマスターはといえば、三人集まって街頭演奏でもしていそうな雰囲気である。その昔はキャラバンの団長として各地を旅して回っていたとかいないとか。
「ハンター登録かね?」
「いや。ユクモ村には湯治に出ていただけさ。籍は一応ここにあるはずだよ」
 ギルドカードに狩猟記録を添えてカウンターに置く。
「そろそろ腰を落ち着けようと思ってね」
「ほっほほ。バルバレに集うハンターの口からそんな言葉が聞けるとは思わなかったね。キャラバン付きになるのかね、キミは」
「ギルドの調査隊が来ているだろう。あれに志願したい」
「ふむ。なるほど珍しい。富と名声よりも、夢と浪漫を求めるハンターか」
「銭は欲しいさ。装備もねぐらもいる。どれも金で解決できる」
「現実的だねぇ、キミは」
「ハンターはリアリストだよ。無茶はしても無理なことはしない」
「それが長生きをするコツかね」
「身の丈を知ってるだけさ。無謀と勇気は違う。だろ?」
「村付きのハンターをやっていただけのことはある。ジンオウガを狩猟したのも伊達ではなさそうだね」
「ユクモ村はハンターがよく訪れる場所だ。俺がやらなくても別の誰かがクエストを受けただろうし、失敗してもやっぱり代わりが居ただろうよ。ちょっとした巡り会わせ。そいつがたまたま俺に向いただけのことさ」
「巡り会わせか。キミはなかなか面白いことを言うね」
「運があるほうじゃないからな、俺は」
「ほっほほ。謙遜することはない。それもまたハンターの実力の内だよ」
 返却されたギルドカードの裏にはバルバレでのハンターランクが記されていた。
「ギルドの調査隊には話をつけておくよ。夜にでもまた来るといい」
「ありがたい。礼は働きで報いることにする」
「ほっほほ。こうも次々と愉快なハンターが訪れる日があるとは」
「なんだ。俺以外にそんな変わり者が来たのか」
「ハンターというよりはモンスターに近い感性の持ち主だったねぇ。懐かしいね。私の若い頃には、ああいった野性味溢れるハンターが町中を闊歩していたものだよ」
「バルバレは一攫千金の夢想でできた街だ。銭ゲバでない方が疑られる」
「ここも今ほど大砂漠が広くなかった時代はそうでもなかったんだけどね。うん。昔は良かった」
「よせよ。モーランは今も昔も変わらす大砂漠に現れるし、それを求めてハンターも人々も集まってくる。バルバレが押しつぶされたことも二度や三度でもなければ、その度に何事もなく移動を繰り返して来たのも二度や三度ではない」
「確かにその通りだ」
 ポンと頭を叩いてギルドマスターがおどける。
「いやはや。今日はいい酒が飲めそうだよ」
「ギルドマスターのあんたの印象に残るんだ。さぞ貫禄のあるハンターなんだろうな」
「ほっほほ。愉快だね。まあその目で確かめるといい。きっと縁があるはずだよ」
 含みのある物言いが気になったが腹も減ってきていた。このままホールで腹ごなしをするのも少々味気ない。とりあえず集会所を後にする。ロックラックの商人ギルドが飲食船を遠征させて来ていれば久々に砂漠の珍味が味わえるかもしれない。道すがらで小腹を満たしつつ散策するのも悪くない。
「そういやあったような気がするな。野天のアイルーキッチンが」
 雨の滅多に降らない砂漠ならではの開放的な屋台だったはずだ。自分よりも大きな鉄鍋を匠に振っていたような、それを首に括り付けていたような。美味そうな匂いを振りまいていたので集会所に顔を出したら寄ろうと思っていたのだ。
「思い出したら腹の虫が鳴りだしそうだ……と」
 さしたる苦労もなく集会所への道を逆順で辿るとその屋台はあった。袖のだぶついた服。背に括りつけた鍋。おたまを振るう先には身体よりも大きな鉄鍋。調理を始めたばかりなのか、油に香辛料が焼ける香りが漂ってくる。
「いらっしゃいニャル。ひとりニャルか?」
「ああ。席空いてるか」
「相席でもいいニャルか?」
「かまわない。メニューも任せる。腹に溜まる物を頼む」
「太っ腹ニャルね。了解したニャルよ」
 料理ネコがすばやく材料を追加する。相席同士二人分というワケだ。
「邪魔するよ」
「もごっ!?」
「……は?」
 あご紐を解く手を止めて相手を見た。声がくぐもったのは口に骨付き肉を咥えているせい。声が可愛らしいのは女であるせい。女はハンターだった。碧玉色の甲殻、白金色のたてがみ。驚き息を呑むロッソにとっては馴染み深いモンスターの素材。ヘルムから突き出た犬耳は紛れもなくジンオウガの角を模した形だった。ユクモ村を思い出す朱色の組紐が女らしさを強調するように胸当てを押さえ、軽装ともいえる装備はあらわになった身体のラインをさらけ出している。
「驚いたな」
 思わず口をついて出た言葉は本心だった。ようやく凍り付いていた時間が動き、解きかけたあご紐を外す。中断したのが悪かったのかこぶになってしまい手探りではうまくいかない。
「取ってあげよっか?」
「ああ、すまん。そうしてもらえると助かる」
 背負っていた得物を降ろして腰掛ける。あごを上げると同時に相手の手が伸びてきた。
「ユクモの人?」
「いや。しばらく湯治に出てたんだ」
「それでジンオウガ狩っちゃうとか。随分だね」
「成り行きでね。そっちこそ、大物を狩った事があるのか」
「あたしの故郷から近いからねシキ国は。カワイイよね、わんこ」
「あいにく。そんな余裕はなかったよ」
「えー。ほら、お手したりおかわりしたりさ。ゴロゴロ転がってみたり」
「無双の狩人の二つ名が形無しだ」
 取れたよ、と弾んだ声がしてするりとあご紐が落ちた。
「ありがとな」
「それじゃ、今度は私の質問」
「今度って。まあいいや。なんだ?」
「さっき私のこと、ジロジロ見てたでしょ」
「断っておくが下心じゃないぞ。ジンオウガに縁があったからな」
「んー。でもなんか視線を感じるのよね」
「そりゃお前……解放的な気分になるのはいいが、衆目を集める格好をするからだ」
 ハンターとして鍛え上げた身体は野生的な美しさがある。言われたからではないが、改めて見直せばジンオウガの防具は随分と露出が多い。見方によっては扇情的ともいえる。傍らをみると大剣が立てかけてあった。それでなんとなく見当がついた。
「この街は初めてか?」
「うん。ゼヨゼヨのおっさんが行ってみたらっていうからさ。砂漠に面白い相手がいるからって」
「せめてマントくらい買っとけ。この街で肌をさらすのは得策じゃない」
「あー。また見てたでしょ?」
「それだけ魅力的ってことだろうさ」
「ヘンタイっぽい」
「工房に言え。セパレートは運動性はあるが防御に難ありだ」
「わんこのSタイプになるとね、もう少し露出が減るみたいなんだけど素材がなくってさぁ」
「ジンオウ以外の選択肢はないのか?」
「わんこ可愛いじゃん。しょうがないなぁ。ほらほら。見ていいよ?」
「誘導するな」
「ちぇっ」
 子供っぽいしぐさですねて見せる。タイミングよく二人分の食事が大皿に盛り付けられてテーブルに並んだ。小皿で取り分けろということらしい。、相席になっただけで連れじゃないのだが、向こうも特にこだわる性分ではないらしい。
「それで。腰下はジンオウで統一しないのか?」
「スケベ。しっかり見てるじゃんか」
「素材の判別くらい、一目でつかなきゃハンターじゃないだろ」
 ジンオウガ、リオレウス亜種、そして鳥竜らしき青い鱗。ちぐはぐなようだが色味や装飾に統一感があるから違和感はない。むしろそれだけの相手を狩猟してきたということの方にハンターとしての関心が向く。大剣は巨大な魚のヒレを模したような形だった。
「全部お前が狩猟したのか?」
 遠隔地などで素材の入手が困難な場合は、ハンターとしての貢献度や得た素材を元に必要な素材と交換できる。レートは様々だがどちらにせよ同格のモンスターが基準になる。でなければ相応の数を確保する必要があった。
「故郷を出てからいろんな所に連れて行ってもらったからね。工房の大剣カタログをコンプリートするのがあたしの目標」
「物欲センサー全開だな」
「うぐっ……。だって逆鱗出ないんだもん」
「素材が取れる端からそのコレクションに費やしてるからじゃないのか。もう少し防具にも手を入れた方がいいぜ」
「どうせ相手の方が遥かに力あるんだし、怪我するような状況になった時点でオシマイ。それなら少しでも体力を使わなくて動きやすい方がマシじゃん」
「そう言うと思ったよ」
 大剣は一撃の重さに比重を置く得物だ。その分だけ身軽に動ける方がチャンスを生かせる。いざとなれば剣の腹の部分を使って攻撃をいなせばいいのだ。片手剣や双剣とはまた違うとはいえ、大剣使いにも軽量な装備を好む者が多いのも事実である。
「そういう貴方は……んー、スラッシュアックス?」
「なぜ悩む」
「大剣以外あんまり興味なくて」
「シンプルな奴」
 伸ばした箸の先に感触がない。カチャカチャと皿の音。
「揚げ肉没収」
「なっ……食うの早いぞ!」
「好物は満腹前に食べちゃわないとねー」
「その好物がいつの間にか消えてるんだよ!」
 久しぶりですっかり失念していた。ハンター同士の食事は弱肉強食であるということを。
「わんこならお手、おかわり、待てだろ。待て。待て待て」
「あ、これ嫌い。あげる」
「好き嫌いするな。お残しも許さん」
「じゃあそれ、食べてね」
「おまっ……。いつの間に俺の取り皿に」
 うかうかしていると美味しいところをみんな、犬耳の大剣使いに掻っ攫われてしまう。
「ひとりご飯、多いんでしょー」
「飯ぐらいゆっくり食いたいんだよ。反動でな」
「お気に入りポイントで肉焼き。いいよね」
「否定はしない。しないがその肉は俺のだ」
「あげたじゃん」
「これは肉とは言わん」
「お二人さん。なんなら追加で作るニャルか?」
 店主の助け船。
「そうだな……」
「ちょーだい」
「まったく。息ぴったりニャルね……」
 鉄鍋をかき回す音が聞こえた。これで落ち着いて食べられると思った矢先に後悔することになるのは程なくのこと。食後のお茶がサービスで出されてようやく一息。苦味のあとにほのかに舌に残る甘みがなんとも心地よい。バルバレに滞在する身としてこの屋台は覚えておいて損はなさそうだ。
「美味かったな……」
「うん。美味しかったねー」
「この街にはしばらく居るのか?」
「なんでも季節の移動があるっていうから、それまではここで狩りしようかなって」
「じゃあ何かと縁がありそうだな」
 手を差し出して名乗る。
「ロッソだ。ここバルバレの出身だ。聞きたいことがあれば教えられるだろう」
「ありがと。あたしはコウ。モガ村のハンターだよ」
「モガ村……ああ、タンジアからシキ国へ出る時に聞いた覚えがある」
「タンジアから南に下った群島にある村なの。海上交通の要所……とか、ゼヨゼヨのおっさんが言ってた気がする」
「興味ないことを無理に話すことはないぞ、コウ」
「こ、これでも水中狩猟は得意なんだから!」
「今サラッととんでもないこと言ったな。水中で狩りだと?」
「そうだよ。白いお髭のナバルさん狩猟したことあるんだから。ものすっごく大きいんだよ。メインセイルより大きなヒレとか、船首より長い角とか。ナバルお爺さん、片方の角がヘンに大きくなっちゃっててさ。辛いからって海底洞窟で暴れまわるんだから」
「世の中ってな広いな……」
 身振り手振りで得意げに話すコウを驚嘆交じりに見つめた。年はおそらく自分より若い。海の村で育ったというワリにはさほど日焼けしておらず、おそらくは体質だろう。健康的は肢体はそれだけの大物狩猟をしているにも関わらず、後遺症となるような動きも怪我も見当たらない。使い込んではいるが大きな補修の跡もないように見える防具も、コウのハンターとしての実力とセンスを裏付けていた。
「ならこの街に来たのは正解だな。なにしろこの砂漠には……」
 大銅鑼が割れるような音を立てて響き渡った。
「何? なんなの?」
 戸惑うコウに呼応するようにもう一度。街全体が慌しさに包まれる。ぐわん、ぐわんと大銅鑼の音がバルバレの街にこだまする。
「これはまた。おあつらえ向きだな」
 知らず笑みがこぼれる。事態を飲み込めていないコウを尻目にユクモノ笠を被る。あご紐を締め、二人分の代金を机に。得物を背負いコウに向き直る。
「この街一番の絶景を見たくはないか。腹ごなしにもなるぜ」
「それって狩り?」
「ハンターでなきゃできない仕事さ」
 戸惑いが好奇心を得て笑顔に変わる。瞳が一度大きく見開かれ、野性味の溢れる光が宿った。
「ふふん。なんだかワクワクできそうじゃん」
「集会所まで走るぞ」
「オッケー!」



 大銅鑼はまだ鳴り響いている。戸惑う客達。慌てふためきながらもテキパキと店じまいする商人。人々の足元を転がり出るように四足で駆けるアイルー。砂地を蹴散らすように騒々しさを増した通りを、ロッソとコウの二人は人波に逆らうようにして集会所へと走る。街に住むものは皆、二人の姿を見れば道を空けた。知っているのだ。バルバレもまた他の拠点と同じく狩人の街だった。飛び込むようにして集会所へ。素早くホールを見渡す。支度のできているハンターの姿は見えない。
“宴のとき以外じゃそこまで勤勉じゃあないからな”
 バルバレに集うハンターの目的はただひとつ。実力と運とに恵まれた一握りのハンターが預かれる栄光。志と呼ぶにはあまりにも手垢にまみれた栄誉だが。
「マスター。砂上船は空いてるか?」
「ほっほほ。陸の上ではキミたちが一番槍だねぇ」
「間に合ったか」
「もう牽引を始めているよ。時間がない。二人で行ってもらうよ」
「問題ない」
「幸い砂漠にはギルドの船が出て行ったばかり。彼らなら事態をうまく収拾できるだろう」
「そいつは僥倖だ。モーラン相手に経験不足は否めないからな」
「密航してまで乗り合わせていた子供が謙遜することはない」
「……えらく昔の事を思い出してくれたな」
「ほっほほ。バルバレの落とし子が成長したものだよ」
「報酬は弾んでくれよ」
 集会所の裏手は桟橋に続く。板張りを駆けた先にはメインセイルを畳んだままの砂上船が一隻、出港準備を整えているところだった。
「わお……」
 追いかけてくるコウの口から感嘆の呟きが漏れる。流砂と砂嵐の大砂漠を渡るため、そして回遊するモーランを追跡するためにのみ建造された陸の上の船。喫水は低い。手すりのない両弦のため今にも砂漠に埋もれてしまいそうな印象を受ける。代わりに取り付けられているのはアウトリガーだ。甲板も船室より大きく取られ、大砲とバリスタが大銅鑼の影に見えた。桟橋からは確認できないが、船首には砂上船が砂上船たるゆえんである撃龍槍が備え付けられているはずだ。
「モガ村の船みたい。ゼヨゼヨの船みたいにセイルがたくさんじゃないんだね」
「外洋船というより馬鹿でかいカヌーだな」
「そんな船に密航したんだ」
「船長。もう乗り込めるか!」
「あ、はぐらかした」
 コウの呟き。再び彼女が口を開く前に甲板から胴間声が響いた。
「ハンターか。急いでくれ。こいつぁマズいぞ!」
 しゃがれているが良く通る声。ロッソは桟橋から両弦に突き出た甲板へ飛び移る。可愛らしい掛け声と共にコウも続く。
「二人だけか?」
「ああ」
「よし。すぐに船を出す」
 ともづな外せ、と船長の号令が飛ぶ。限界まで張り詰めていたもやいを切断。帆を畳んだまま数隻の小型船に曳航されて砂上船は桟橋を離れた。砂の上を走っているとは思えない滑らかさだ。
「前を見てみろよ。こいつぁ、近すぎるぜ」
 船長の指差す方角には巨大な津波かと見まごう砂色の壁がそびえていた。地上から沸き立つ入道雲といってもいいかもしれない。空を覆いつくさんばかりの砂塵。スコールを外から眺めたようにそこだけが青空から切り取られ、容易に中を窺うことができない。
「あれは何?」
「モーランだ。あいつは砂漠を切り裂いて進む。噴気孔から吐き出した砂塵は風に乗って宙に巨大なカーテンを作り出す。その結果がこの光景さ」
「おいおい。その嬢ちゃん、大砂漠は初めてなのか?」
「俺より腕は確かだと思うぜ」
「ホントかよ」
「ま、いくつか知っておかなきゃならんことはあるけどな」
 ロッソは腰に下げていた手ぬぐいを広げて三角に折る。
「なんでもいいからマスクを。砂を吸い込みすぎると肺をやられる」
「コイツもだ。その細っちいウェストに巻いとけ」
 やけに可愛らしい手ぬぐいでコウが口元を覆っていると船長が浮き輪を持ってきた。
「船から転落したら紐を引っ張れ。フロギィの毒袋みたいに膨らむ」
「ケバい色してると思った」
「一度でも遭難するとこの色が好きになるぜ」
 船長が笑う。甲板上を動き回るハンターは船員達のような安全帯を装備できない。船から振り落とされても流砂に飲み込まれないようにするにはこうして身体に浮き袋を巻きつけるしかない。
「船からは命綱を流してる。余裕があったら掴まれ」
「うへぇ……」
 チャチャのイラストがコウの口元で歪む。なんとも言えない表情がコミカルだ。
「モーランは動く鉱山の異名を取る。宴の日は背中に飛び移って採掘するんだ」
「採掘って……ピッケル持って?」
「そう。爆弾使って甲殻を剥いだりな。季節によって回遊する事は分かっているがそれ以外はすべて謎。ただモーランの素材や採掘できる鉱石は山と詰まれた金銀と同等の価値を持つ。バルバレはそのために存在する街なのさ」
「さぁて。そいじゃしっかり働いてくれよハンター共。帆を降ろせ!」
 風をはらむ大きな音。マストが軋む音。綱を引く船員達の掛け声が唱和する。
「コウ。どこでもいいからしっかり掴まれ」
 身体が後方に引っ張られる感覚。砂上船が大きく上下に揺れる。ジンオウSヘルムの長い髪が風になびいた。バランスを崩しかけたコウの手を掴む。
「合図を送れ!」
 信号弾が上がる。ともづなが一斉に外れる。引き寄せられるようにして曳航船が近づき、船団の真ん中を割るようにしてロッソとコウを乗せた砂上船が前に進み出た。砂塵のカーテンはすでに視界を覆い尽くさんばかりに巨大な壁となり、その中心では砂を切り裂いて進む赤い岩山が大きく上下にうごめいているのが見えた。
「ナバルのお爺さんとどっちが大きいんだろ」
「少なくともこの船よりはデカイぜ」
「おっきいんだね。興奮してきた!」
 目を輝かせながらコウがモーランを眺める。マスク越しでも分かる生き生きとした横顔。バルバレを飛び出したロッソが見つけたハンターの顔だ。
「おい。ハンター!」
 船長から声が飛ぶ。
「朗報だ。バルバレに向かっていた一隻がモーランの脇に取り付いてる。俺らはそいつと連携してモーランを怯ませる。拘束弾の手柄はギルド船がかっさらうとさ。せいぜいお手並み拝見といくか!」
 取り舵に切れ。合図と共に船は左に進路を変える。何もかもがスケールが大きすぎるせいで距離が上手く掴めないが、モーランが上げる砂しぶきの合間から一隻の砂上船が見えた。信号弾の煙が上がる。幾度かのやり取りの間にも岩山の姿は大きくなり、空はどんどん小さくなる。砂上船が砂をかき分ける音に別のノイズが混じり、やがてそれがモーランが砂をかき分ける音だと判別したときには、もう砂塵の真っ只中にいた。
「回頭。取り舵一杯!」
 砂上船が大きく旋回した。風景がぐるりと回る。モーランが左舷に、進行方向にバルバレが見える。船足をさほど落とすことなく、それどころかドンピシャのタイミングでモーランが併走している。自船の後方にはバルバレに向かっていたという砂上船が疾駆していた。
「いい腕してるぜ船長」
「操船は任せろ!」
「コウ。バリスタは使えるな」
「うん。ばっちり」
「始めるぞ。前足を狙え」
「オッケー」
「俺は大砲を撃つ。大銅鑼も任せろ」
 コウは船首へ。ロッソは船尾へ。ずん、と残響音が届く。大砲の衝撃だ。
「デケェの一発かましてやれ。パンツ一丁に負けんじゃねぇぞ!」
 思わず大砲の弾を取り落としそうになった。
「……コウ、お前の親戚か?」
「なによヘンタイ。あたしじゃなくって貴方じゃないの?」
「ヘソ出しもパンツ一丁も大して変わらんと思うがなぁ」
「それにかっこつけて乙女の柔肌を見てたの、そっちでしょ」
「船長も見てたぞ?」
「ロッソの方が見てた」
「どんなセンサーだよ、そいつは」
「教えてあげない。これでおあいこだからね」
 ふふん、と勝ち誇るコウ。何がおあいこなのか良く分からないが、コウに緊張している様子はないようだった。はたして船長の双眼鏡の先にいかなるハンターの姿が映ったのか。ロッソには知る由もない。再び大砲の轟音。外しようもないほどに眼前に迫ったモーランの身体。砂上船を二隻並べてもなお余りあるほどの体長。高さに至っては全貌が見えない。近いのか遠いのか。距離感は滅茶苦茶である。船の揺れに合わせながら慎重に弾を運び大砲へ。底部を閉じ着火。耳をつんざく轟音がすぐさま炸裂音へと変わる。着弾点の煙はすぐに風に払われるが、分かるような損傷を与えたようにはまるで思えない。
「これ効いてるのか?」
「無駄口叩かない!」
 コウのバリスタが飛ぶ。正確に前足へ。巻き上げ動作も軽やかに次なる狙いをつける。
「弾に気合が足らない!」
「そういうもんか?」
「そういうもんよ!」
 大砲の弾を抱えて往復する間に、射出間隔の短いコウのバリスタが次々と撃ち出されていく。確かに気合が乗っていそうな風切り音が響いている。励ますように僚船からも大砲の音。
「向こうに負けたらマント代!」
「なに!」
「それとおやつ代」
「むちゃくちゃ頑張るわ!」
 一抱えもある大砲の弾を揺れる砂上船の上で運ぶのは中々に骨が折れる作業だが、もはやロッソにとって負けられない闘いとなった。
「パンツとへそ出しには負けん」
「スケベとヘンタイはあたしには勝てない」
 セパレートゆえに露出している腰をアピールするコウ。
「それは褒美と受け取っておこうじゃないか」
「ふふん。欲に目がくらんだオトコは墓穴を掘るのよ」
「そんなヘマしてたまるか」
 闇雲にバリスタや大砲をぶっ放してはいるが、モーランの迎撃は砂上船の舵取り並の繊細さを必要とする。この大砂漠には二種類のモーランが住む。大陸北東部、ロックラックの都界隈に出没する二本角ジエン・モーラン。そして大陸南西部、バルバレの街が標的とする一本角ダレン・モーランだ。何もかもが謎に等しいモーランではあるが、前者には亜種の存在が認められていること、後者はより気性が荒いことが分かっている。砂上船からの攻撃を外敵と認めてその巨体をもって体当たりをする頻度がダレンはジエンよりも格段に多い。進路を誘導するにしても砂上船からの攻撃行動を嫌がる二本角のジエン・モーランとは勝手が違う。
「だが奴を怒らせなきゃ、チャンスはない」
 遠く彼方に流れ去ったと思われていたバルバレの街は今や目と鼻の先にあるように見えた。ただでさえ少ないチャンスは、加えて失敗の許されない状況にも陥っているらしい。
「まだか船長!」
 モーランが体当たりをする兆候。砂上船から距離をとるそのタイミング。いい加減に耳が馬鹿になりつつある。もう一発、弾を運ぶべきか否か。モーランが最接近するそのタイミングで大銅鑼を鳴らして怯ませる。そうすれば例のギルド船とやらが砂漠から顔を出したモーランの角にバリスタ拘束弾を撃ち込むはず。進路を砂上船で強制的に変えるのだ。
「やっこさん、中々しぶといぜ!」
 裸眼と双眼鏡、様々な目標物を確認しながらスケールのでかすぎるモーランの動きを追いかける船長。眼前の赤き岩山はその大きさもさることながら、モーランの移動は複雑な引き波を作り上げる。砂上船をここまで引っ張ってきていた小型船ならばあっという間に流砂の渦に飲み込まれる乱流だ。真っ直ぐ船を併走させるだけでも並大抵の腕ではない。速度を緩めれば砂に船底を絡め取られるために操船もギリギリの状況だ。
「こんな近くに出没しなけりゃあ、本格的に採掘してやるんだがな!」
 鼓舞するような胴間声に押されてロッソは重たい大砲の弾を抱える。今はやれることをやるしかない。これが最後と弾を運び、大砲に詰め、ぶっ放す。
「これでどうだ、こん畜生め」
 気合が悪態に変わる。その悪意が伝わったのかどうなのか。船長の合図が飛んだ。
「信号弾、飛ばせ。動くぞ!」
 若干よろめく足元を叱咤しながら大銅鑼に取り付く。コウにも指示を出さなければ。
「衝撃に備えてくれ!」
「分かった!」
 ほんの一瞬だけモーランの動きが止まったように見えた。そして瞬く内にモーランの巨体が迫る。もういつ押しつぶされてもおかしくないという迫力。大きく砂上船が揺れる。踏ん張る。大銅鑼も揺れる。両手で掴まりたい。しかし手は空けておかねばならない。ハーネスが欲しい。身体は固定できない。揺れに合わせるしかない。持ち上げられ、突き落とすような揺れ。胃がせり上がる。揺れを意識したせいで酔いそうだ。
「今だハンター!」
 高波のピーク。砂上船が大きく沈み出す一瞬。ロッソはありったけの力を込めて大銅鑼をぶっ叩いた。轟音。今度こそ耳が馬鹿になった。
「あれ、これヤバイか?」
 耳どころか視界がぐるっと回る。たたらを踏んで千鳥足。宙に身体が浮いた。
「おおっ?」
 我ながら情けない声があがり甲板に叩きつけられる。盛大に尻餅。かなり痛い。しかも身体がゴロゴロと転がり出していて。
「ちょっと、ロッソ。何やってんのよ!」
 見事な平衡感覚を発揮したコウが滑り込んでくる。身体ごとぶつかってきてなんとか手すりの陰へ。見上げた先にはモーランでも太陽でも砂塵でもなく。コウの横顔があった。
「すっごーい!」
 広がる歓喜の色。コウは眼前の光景に目を奪われている。砂漠から顔を出したモーランが天を突くばかりに反り返り、撃ち込まれたバリスタ拘束弾によって向きを変えた。やけにゆっくりと見える動作で突き出た角を引っ張られ、物凄い砂しぶきが、これまた馬鹿でかい揺れと共に砂上船を襲った。甲板に倒れこんだままの二人にはなす術はない。大砂漠に投げ出されることこそないものの、衝撃に揉みくちゃにされた。身体のあちこちをぶつけながら、すべてが収まったときには天地がどっちなのか皆目見当がつかなかった。
「終わった……のか?」
「バルバレに帰る手間も省けたみたいよ」
「そりゃ僥倖。立てるか?」
「ロッソが手、どかしてくれたらね」
「セパレートなんか着るからだ」
「えっち」
「不可抗力だ。許せ」
 覆いかぶさっていた重さが軽くなる。ひとつ大きく伸びをしてコウが手を伸ばした。
「戻ったら色々案内してよね。もちろんオゴリで」
「拒否権は?」
「あると思う?」
「ないな」
「よろしい」
 街の女にはない、大剣使いのハンターらしい手助けを得てロッソも立ちあがった。遠ざかるモーランの姿。小さくなる砂塵がそれを示している。代わりに輝かんばかりの黄金色の砂上船が一隻、バルバレの港に向かってきていた。
「あれが例のギルド船ってやつか」
「派手だよねー」
「バルバレらしい仕立てじゃあないか」
 富と権力の象徴。人々の欲と、バルバレを象徴する太陽の輝き。
「どんな人が乗ってるんだろね」
「ヘソ出し、パンツとくればもう裸族しかいないだろ」
「オトコの裸なんか見たいんだ」
「できればオンナの裸が見たいね」
 不毛な会話を運びながら船は桟橋へ。次いでパンツのハンターが乗る船。ギルドの黄金船は挨拶するように旋回すると再び砂漠に向けて船首を向けた。裸族なのかどうかは結局分からずじまいということになりそうだ。
「なにはともあれ。これでクエスト完了だな」
「だねっ!」
 ハイタッチをひとつ。船長にも親指を立てて見せ互いにねぎらう。
「孤軍奮闘してたパンツ野郎にもよろしく言っといてくれ」
「ああ。次は宴で会いたいもんだ」
「お前ぇらならいつでも歓迎だ。またな!」
 奇妙な揺れを感じながら桟橋を歩く。隣の船からギルドの関係者と思しき赤いジャケットを羽織った初老の男が颯爽と甲板を降りてきた。続いて手荷物をぶら下げたハンターがひとり。
「どいつもこいつも。暑いからって薄着しすぎなんじゃないのか?」
「ま、ハンターなんてそんなもんでしょ?」
「かもな」
 バルバレの太陽を背に男のインナー姿が眩しいシルエットを作っていた。
大蛇
2016年01月30日(土) 07時41分51秒 公開
■この作品の著作権は大蛇さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お久しぶりです。以前活動をしていました、大蛇と申します。

頑張って書いたので、たくさん読んでもらえると嬉しいです。

この作品の感想をお寄せください。
 お手柔らかにしませぬ。

 出直しです、ライターズマニュアルの所に基礎となる文章作法が載っている筈です。よく読んで、もう一度挑戦してみましょう。

 それと、初投稿の方の大半に言える事ですが、一話が短すぎます。この文章量では例えプロローグでも「起承転結」の山を描く事が出来ません。
50 天からの使者 ■2016-02-03 07:56 ID : /f0SyDb9SPw
PASS
合計 50
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