Dauntless. <Chapter.01 Fantastic Four>

 凍てつくような大気を引き裂き高速で空中を落下する感覚を全身で味わいながら、スティーブ・ダグラスは特別あつらえの防塵眼鏡越しに眼前へと迫る濃霧に目をやった。


 霧といっても森林地帯を見下ろす山岳にかかったモヤのようなもので、その下にはまだずっと空間が続いている筈だった。


「(呼吸装置は順調……開傘まで残り十秒)」


 スティーブは胸中で何度も行程を確認しながら虚空の中を落下する。

 それは、飛竜種に襲われることを避ける為、高高度を飛んでいる飛行船から飛び降りて数秒後のことであった。


 ロックラックやタンジアといった街で生まれた《モガスピカ》と呼ばれる潜水用の特殊装備を改造した酸素供給装置により、人間は遂に高度の束縛から解き放たれた。

 上質な竜骨をくり貫いた筒に特殊加工した《イキツギ藻》を詰めんだマスクは、人類に高山よりも更に高い場所での活動を可能たらしめたのだ。


 砂漠の旅に必須となる防塵用の眼鏡を改造し、視野部分を上質な甲虫の薄羽で作った眼鏡は、冷気や大気中の飛散物から装着者の目を保護する。


 空気を切り裂いて落ちるときの速度は、剥き出しの粘膜に悪影響を与えるほどの冷えをもたらす。低温な高高度に於ける体温低下の問題は、主にハンターや旅人が寒冷地での活動の際に飲用する《ホットドリンク》で解決した。

 飛行船からの降下は肉体への保護措置が何よりも重要だった。


 ハンターが狩りに用いる防具のひとつである《ハプルシリーズ》の鎧に包まれた四肢を大きく広げ、空気の抵抗を大きくして落下速度と体勢を整えながら彼は白海に飛び込む。

 心の中で数えていた数字が既定の数に達した為、スティーブは人の半身ほどもある背嚢に付いた帯を引いた。

 直後、背嚢の上蓋が開き、中から《火竜の翼膜》を用いて作られた落下傘が飛び出す。


 ハンターが狩りに赴いた際、寝床や荷物置きとして使うベースキャンプの天幕ほどもある巨大な傘が空気を捕まえ、自然の摂理に従って落下する人間の体を持ち上げる。

 そして落下は、降下になった。


 白い霧の海を越えた先には、一面緑の世界が広がっており、そのどこかには人知を超えた能力を持つ生き物が跋扈しているのだろう。

 致命的ではない程度にまで落下の速度を減少させたスティーブは、地表に辿り着くまでの間。今、自分がこうして森の上空を漂うことになった経緯を回顧していた。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 Chapter.01 Fantastic Four.

 温暖期 バルバレ北西の森林


 現在のバルバレは、大砂漠に面する過酷な砂岩地帯から少し北に進んだ所にある肥沃な森林帯の入り口付近に位置する。

 バルバレという街は大規模な商業都市でありながら、キャラバンのように転々と所在地を変える稀有な街であった。

 それゆえ地図には載っておらず、見つけようと思えば、その時々にバルバレの移動圏内にある街や村で所在地の情報を得るしかない。

 バルバレから更に北西に位置する森林地帯の中を、木々を掻き分けながら四人のハンターが移動していた。


 先頭を歩くスティーブ・ダグラスは、砂漠に棲む海竜種《ハプルボッカ》の甲殻を用いて作られた防具に守られた腕で、進路を遮る枝葉を払いのけながら慎重に歩を進めていた。

 彼は注意深く周囲を見渡し、倒木を跨ぎ、岩を乗り越え、木々を押しのけて堅実に暗い森の中を進んでいく。

 彼の装いは、常に薄暗い森の中にあってかなり浮いていた。ハプルシリーズの鎧は本来濃緑色の装甲に茶褐色のインナー部分があるだけの地味な色合いをしているが、スティーブが愛用するハプルシリーズの鎧は装甲部分を快晴の日の空を映したような青で染め上げられ、インナー部分には白地の布を用いるといった通常品とは対照的な明るい色合いをしていた。


 しかし、そんなモンスターの目を引きそうな格好のスティーブの、更に十数メートル後ろには、より目立つ装いのハンターの姿があった。

 背中にハンターがモンスターとの戦いに用いる武器のひとつである巨大な笛--《狩猟笛》を担ぎ、雄火竜の甲殻を思わせる紅色に染め上げられた《ボーンシリーズ》の鎧を纏った女性ハンターである。

 彼女はワンダ・ベル。スティーブの仲間であり、大多数を人間で占められるハンターの業界では珍しい土竜族の少女であった。

 更に少し離れて後ろには、水竜《ガノトトス》の素材から作られるガンランスを担ぎ、バルバレ・ハンターズギルドが狩場として領有する氷海で目にすることが出来る両生種《ザボアザギル》由来の素材で仕立てられた鎧で身を固める大柄な男性ハンターと、雌火竜《リオレイア》の素材から生産されるヘビィボウガンとガンナー用の鎧を装備した女性ハンターの姿があった。


 彼らは先頭を歩くスティーブの合図を待ってから進み、少し進んでは立ち止まって再びスティーブの合図を待つといった行動を繰り返していた。

 これは、モンスターからの突然の襲撃に備える為のセオリーで、万一襲撃を受けた場合も被害を一名に留め、パーティの全滅を免れることを目的としていた。


 仮に戦闘に突入したとしても、最初の一人に殺到するモンスターを後衛が落ち着いて迎撃できるという、犠牲を出さないことよりも隊全体の生残性を重視した行動隊形だった。


「ふんふん……スティーブ。何か臭ってきた。そろそろいるかもよ?」


 倒木の陰から前方を警戒していたスティーブの後方に着いたワンダが、周囲の臭いを嗅ぐように首を巡らせて言った。

 あどけなさの残る顔には若干の緊張が浮かんでいた。ワンダの言葉を尊重し、スティーブは腰に下げた皮製の鞘から愛用の片手剣《オデッセイ》を抜いた。

 暗い森の中に僅か降り注ぐ木漏れ日を浴びて、オデッセイの青い刀身が怜悧な輝きを放つ。

 かつて、とある王が危険な任務に赴く部下に下賜したという剣、それを模したオデッセイには不思議な魔力が宿っているような気がした。


 そう思うと、スティーブはオデッセイの蒼刃を露にしたことで周囲の気温が下がったような錯覚に陥る。

 だが、彼はすぐに気の迷いだとその考えを振り切った。


 古くから冶金を生業とし、暗い鉱山の中で活動することが多かった土竜族の嗅覚は人間のそれよりも遥かに優秀で、その彼女が言うからにはすぐ近くに目標のモンスターが存在することは間違いない。

 そうなれば好むと好まざるとに関わらず戦いになる。戦いの場に雑念は不要であった。


 むしろ、雑念から生じる一瞬の隙によって経験豊かなハンターですら容易く命を落とすのが狩場なのだ。

 スティーブはワンダをその場に残し、右手に装備した盾を腰だめに構えつつ、左手に持ったオデッセイの刀身を自らの進行方向に向けながら中腰の姿勢で慎重に歩を進めた。

 地面は前方に向かって登り坂になっているが、恐らくその先は落ち窪んでいるだろう。山中ですり鉢状に落ち窪んだ地形は、しばしば小型の肉食竜の住処になっていることが多い。


 そこに目標のモンスターは居るとスティーブは推測していた。


 スティーブが坂を上りきると、予想通り斜面の先はすり鉢状に落ち窪んだ小さな平地になっていた。

 そして、そこには「ならず者の頭領」とその手勢の姿がある。

 さしずめ盗賊の根城だとスティーブは思った。


「よし、目標を確認」


 スティーブは小さく言ってから振り返り、手を振って後続を呼び寄せた。

 ワンダとガンランスを担いだ大柄な男。そして、展開したヘビィボウガンを油断なく構える細身の女性はスティーブの周りに集まった。確認してから、彼は声を抑えて言う。


「シャロン。そこの稜線から窪地の監視を頼む、群に何か動きがあればすぐに教えてくれ」


 シャロンと呼ばれたヘビィガンナーの女性は、小さく頷くと稜線に聳える巨木の足元に陣取り、半身を乗り出して二脚銃架を展開し、ヘビィボウガンをしっかりと地面に固定して狙撃用単眼鏡を覗き込んだ。

 すると、今までもそれほど「あった」とはいえない彼女の気配がたちどころに失せる。

 目の前にいて、姿も見えているのに、そこにいる気がしない。

 完全に気配を絶ったシャロンの姿は、スティーブの現実感を揺らがせた。それは、シャロンが熟練のハンターだからという訳ではない、とスティーブは考えていた。

 彼女もワンダと同じく人間ではない。竜人族の中でも比較的人間に近い姿形をしている種族で、所によって呼び名は様々だがバルバレ周辺では《白竜族》と呼ばれる種族の女性だった。


 視覚、聴覚に優れ、古代から弓を携えてモンスターと戦い抜いてきた種族だが、近年はその役を人間に譲るようになっていた。

 しかし、その感覚器は発展した遠距離武器と相性がよく、今でも僅かながらハンターを生業とする白竜族は存在していた。

 シャロンはその内のひとりに過ぎないが、種族に連綿と受け継がれてきた戦士の血が、彼女を生まれながらの狩人たらしめているのだろう。


「シャロンの狙撃位置を基点に左右から攻める。僕が左翼、ワンダが右翼だ。ネイモアはシャロンの右側三メートルに着いてくれ。戦端は僕が開くから、閃光玉の炸裂後に制圧砲撃を頼む……全弾いけるか?」

「問題ねぇ」


 ネイモアと呼ばれた巨躯のハンターは、ザボアヘルムの面頬の奥からドスの効いた声でスティーブに応じた。他聞に漏れず、ネイモアも人間ではなく。ハンターの業界では最も稀有な《海の民》出身だった。

 身長二メートルを超える巨躯と、無生物的な印象を受けるザボアシリーズの鎧が相まって、狩場に於いてはむしろ彼こそがモンスターなのではないかと思わせる威容を誇っていた。


 そんな仲間の頼もしい言葉にスティーブは少し表情を緩めて頷き、作戦の段取りを続けた。


「ネイモアの砲撃後、僕とワンダが群に突入する。目が眩んでいるうちに可能な限りジャギィの数を減らそう。但し、身体機能の強靭さから言って、一番最初に視力を回復するのは間違いなくドスジャギィだ。ワンダ、背中には気をつけろよ?」


 スティーブが釘を刺すと、ワンダは肩までで切り揃えられたブロンドの髪をはためかせて元気良く頷いた。

 ワンダは視覚確保の為に敢えて兜を装備していない。肩までで切り揃えられたウェーブのかかったブロンドが木漏れ日に照らされて輝く。瀟洒な金糸の装飾を思わせる髪は、真紅の胴鎧によく映えた。


 スティーブの隊では、主にネイモアがガンランスの防御能力を以って盾の役割をする。

 角笛を吹いてモンスターの注意を惹きつけ、それによって生まれた隙を仲間が突くという役割分担がはっきりしている為、ワンダもまた兜を省くことが出来る。

 一方で、スティーブは自らが囮の役を担う場合もある為、頭から足の先までの完全装備だが、状況いかんによっては兜を脱ぎ捨てて重量を減らしたり、視野を確保する場合もある。


「よし、散開する。相手が狗竜だからって気を抜くなよ」


 土竜族の少女が覗かせた一瞬の艶やかさから意識を引き剥がしつつ、スティーブが続ける。ワンダとネイモアはしっかりと頷き、狙撃用の単眼鏡を覗き込んだままのシャロンは返事の代わりに左手の親指を立てて肯定の意を表した。

 ほぼ初期の位置から動かないシャロンとネイモアを中心に据え、スティーブとワンダは円形に広がる稜線の両翼に展開した。ハンター達は傾斜した地面を素早く、それでいて静かに移動する。

 狗竜と呼ばれる小型の肉食竜《ジャギィ》は、感覚器の中でも聴覚が発達しており、ほんの僅かな枝葉を踏む音にでも反応する。


 単体ならばルーキーであってもハンターの苦戦する相手ではないが、集団ともなるとその危険性は熟練ハンターであっても油断できないことになる。

 可能な限り奇襲を行うのは定石だった。


 円形に落ち窪んだ平地を半包囲する形でスティーブ達は位置につく。

 スティーブには対岸にいるワンダの状況を知る術はなかった。だが、彼女は若いながらも才能のあるハンターである。

 無事に目標地点まで到達していると信じてスティーブは体に斜め巻きしたベルトから閃光玉をひとつ外した。


「状況開始……」


 小さくひとりごちて、スティーブは閃光玉を脚甲に打ち付けてから窪地の中心へと放り込んだ。

 スティーブがすぐに目を伏せると、乾いた炸裂音がと共にまぶたの上からでも感じられる閃光が一帯に広がった。

 狩猟の補助用具である閃光玉は、何らかの刺激によって飛竜の目すら焼くまばゆい光を放つ《光蟲》の性質を利用している。


 光蟲の封じ込められた容器に衝撃を与えてから投げると、空中でケースが分解し中の光蟲が驚いて閃光を発するというものである。

 スティーブが閃光玉を投げ込んだ直後、暗い森が一瞬光に包まれたかと思った後、窪地を揺るがすような多くの悲鳴が聞こえてきて奇襲が成功したことを教えた。


 ジャギィ達は閃光玉から発せられた強烈な光によって目を焼かれ、一時的に視力を失ったのだ。


 次は時間の勝負である。目を焼いたといっても、時間が経てば狗竜達は視力を回復してしまう。

 その前に、可能な限り自分達に有利になるよう状況を整えなければならない。


 スティーブが稜線を飛び越え、斜面を下り始めた頃、森の中に小気味良い破裂音が響いた。

 作戦に従ってネイモアが砲撃を開始したのだ。

 ガンランスは姿形こそランスに良く似てはいるが、その性質は多くの部分で異なっていた。

 そして、最たる点と言えば、名の表す通り榴弾を発射する機構だろう。

 ガンランスと同時期に開発された榴弾は、ボウガンで使用する弾薬とは異なり、全金属製の薬莢を用いていた。

 それゆえ、狩猟に用いる道具の殆どを自分で調合、製造できるハンターが自分で調達できない数少ない消耗品となっている。

 薬莢の中には発射用の火薬があり、爆発することで金属製の弾頭を射出する。そこまではボウガンの機構と似通っているが、ガンランス用榴弾の弾頭にはその名の通り爆薬が詰め込まれており、着弾の衝撃や時間経過で炸裂するようになっている。

 更に、弾頭内には小さな鉄球が満載されており、爆発によって周囲に被害をもたらす。


 弾薬の種類によっても異なるが、ネイモアの扱うディープオーシャンは《放射型》と呼ばれる弾薬を使用しており、それは発射後数秒で爆発し、正面方向に対してある程度纏まった散弾をばら撒くのである。


 榴弾の爆発に巻き込まれれば、武装した人間と言えど無事では済まない。

 スティーブはネイモアとの位置関係に注意しながら慎重に群との距離を縮めていった。ディープオーシャンの装弾数は三発。


 今、三発目の砲弾が炸裂し、一頭のジャギィを肉塊に変えた。


「うおぉぉぉぉ!」


 それが合図であったかのように、スティーブは咆哮し両足に力を込めて一息に斜面を駆け下りた。




 ※ ※ ※ ※ ※



「制圧砲撃終了……っと」


 ネイモアは、稜線の上から大混乱に陥ったジャギィの群を眺めながら愛用のガンランス、ディープオーシャンを折り畳んで背中に担いだ。

 次の役目を果たす為である。ヘビィガンナーは、狙撃中は全くの無防備になる。

 閉所に潜んでいる場合は良いが、開けた場所に陣取っている場合、いつどこからモンスターに襲われるか分からない。


 更に、ガンナー用の鎧は機動性と弾薬所持の観点から、剣士用の鎧に比べて装甲が薄い。

 一瞬の隙を突かれ、一撃で受けようものならそれが致命傷になることも珍しくはなかった。この場合、外敵の襲来に対応する役が必要となる。


「始まったわ……」


 スコープを覗き込んだままシャロンが言う。


 ネイモアが窪地に視線を移し双眼鏡を覗き込むと、スティーブとワンダがジャギィの群に襲い掛かっているのが見える。

 オデッセイの青い刃を閃かせ、人間の片手剣士は一頭のジャギィに背後から組み付いて喉笛を掻き切った。

 それは言うほど簡単なことでなく、鱗と表皮に守られた狗竜種の体表面は存外頑丈で、裂傷を与えることはさほど難しくも無いが、深手を与えようとするとある程度の腕力が必要とされる。


 それを容易くやってのける辺りに、スティーブの剣士としての練度、人間として限界まで鍛え上げられた膂力が伺えた。

 対するワンダも、齢十八の新参にしては良く戦っているとネイモアは思った。

 土竜族である彼女は、元より人間や他の竜人族に比べて頑強な肉体を備えているとはいえ、人間の男でも扱いに難儀する狩猟笛を縦横に振り回す姿には、既にある種の風格が滲んでいた。


 柄でジャギィの足元をすくって横倒しにし、大上段まで振り上げた狩猟笛を一息に叩きつける容赦の無さは、少し空寒いものを感じる。

 重量のある狩猟笛に叩き潰されてしまえば、当然ジャギィのような小型モンスターは内臓をぶちまけて息絶えるのだが、ワンダは全く動じた様子も無く、次の獲物を見つけて襲い掛かっていった。


「凄いねェ……」

「本命が来るわよ? 準備して」


 シャロンの言葉が示した通り、ワンダの方に向かって視力を取り戻した《ドスジャギィ》がゆっくりと忍び寄っていた。

 ドスジャギィは、ジャギィと同種のモンスターではあるが、一見して分かるように数倍の体格差を誇る。

 詳しくは分かっていないが、群れを率いる何らかの因子を持ったジャギィがドスジャギィに成長すると言われている。


 膂力もさることながら、ドスジャギィは狡猾で、子分のジャギィを獲物にけしかけ、その隙を突いて獲物を仕留めることを常套手段としていた。

 戦闘中に鳴き声でコミュニケーションを取ることもあれば、自らが危険に陥った際には遠くの仲間を呼び寄せたりもする。


 ドスジャギィに率いられた狗竜の群れを掃討するのは中々の仕事だった。

 悪いことにワンダは一頭のジャギィに向かっており、ドスジャギィの接近には全く気づいていない。しかし、ここまではスティーブの想定範囲だったらしい。

 ワンダの背後に忍び寄ったドスジャギィは、大きく上体を持ち上げて彼女に襲い掛かろうとしたが、彼女との間にオデッセイと対になる青い円形の盾を構えたスティーブが割り込んだ。

 堅牢な鋼鉄製の盾は鋭い爪の一撃を受け止め、巨体を誇るドスジャギィの体重はスティーブの膂力が受け止めた。


 その間に、ワンダは取り掛かっていたジャギィを屠り、背後に飛び込んできたスティーブを確認してから背中合わせになる。

 徐々に他のジャギィも視力を取り戻し、ワンダとスティーブを取り囲むように集まっていた。


「ネイモア、直接火力支援……開始します」


 言うが早いかシャロンは妃竜砲の引き金を引いた。消音器に減殺された「パキン」というような、形容しがたい乾いた銃声が聞こえ、雌火竜の素材から作られたヘビィボウガンは弾丸を吐き出した。

 ネイモアはすぐに稜線にうつ伏せで寝そべり、二つの丸に切り取られた遠景を注視した。ボウガンの狙撃用単眼鏡に比べれば多少性能は落ちるものの、現在の距離程度ならば問題なく観測できる。


「初弾命中。ヘッドショット。対象は頭部を著しく損傷。戦闘不能」


 ネイモアは射撃評価をシャロンに伝える。

 白竜族の狙撃手が放った弾丸は、ワンダに迫っていたジャギィの後頭部を貫いた。

 飛竜の甲殻を破壊すべく生み出された弾丸にかかれば、狗竜の表皮を穿つことなど造作もないことだった。弾丸を受けたジャギィは脳漿と血飛沫を撒き散らしながら前のめりに地面へ沈む。


 狙撃用単眼鏡は、物にもよるが概ね高倍率に設定されており、周囲の状況を確認するには向かない。

 また、高倍率状態では射撃の反動でボウガンが動き、照準地点から視線が逸れてしまうこともある。

 効率的な狙撃を行う為、最近ではヘビィボウガンの狙撃手は、弾着と周辺の警戒を行う観測手と組で行動することが多い。


「九時方向からワンダに接近するジャギィを確認。動きが速い。跳躍するぞ」


 ネイモアの言葉に従ってシャロンが照準を合わせる。

 真横からワンダに襲い掛かろうとしていたジャギィは、寸前で飛び上がってワンダを狙うが、直後に腹部をシャロンの銃弾に撃ち抜かれて空中でバランスを崩した。


 ワンダも身を翻して致命的な一撃をかわしたが、そうするまでもなく、腹部に風穴を空けられたジャギィは地面に叩きつけられ、二転三転して動かなくなった。


「次弾命中。腹部に致命傷。起き上がる様子は無い。追撃は不要」


 ネイモアは重々しい口調で状況を報告する。

 二頭のジャギィを屠ったことで、狗竜達の足が鈍った。スティーブらが戦っている地点と、ネイモア達が潜んでいる地点はおよそ五十メートルほどの距離的隔たりがある。

 ジャギィらはどこから攻撃されているのか分からないが、兎に角目の前の人間二人だけが敵ではないということを察したようではあった。相変わらず、スティーブとドスジャギィが小競り合いを続けているが、ジャギィ達は援護に入れずにいた。


 シャロンのヘビィボウガンには消音器が装着されている為、発射音が大幅に抑制されている。

 五十メートルの距離であれば、狗竜種の聴覚を以ってしても容易に発砲地点を探ることは難しい。

 ましてや、乱戦の最中である。ジャギィ達もお互いに鳴き声をあげて連携し、敵を威嚇している状況では消音器で抑えられた発砲音など聞こえる筈も無かった。


「ネイモア。ジャギィの動きが固まりました……後詰の出番です」

「おうさ。行ってくるぜ」


 シャロンが相変わらず狙撃姿勢を維持したまま言うと、ネイモアは明朗に応じた後、稜線を飛び越えて全速力で斜面を下った。



 ※ ※ ※ ※ ※



「どうしたの〜? こないのかな〜? じゃあ、こっちから行くね!」

 足が止まったジャギィの姿を見て、ワンダはからかうように言った。当然ジャギィ達は人語理解していないが、ワンダが狩猟笛を振り上げて肩に担ぐ姿を目にして少したじろいだ。


「ワンダ、慢心するなよ。囲まれれば、熟練のハンターだって殺される相手だぞ」


 スティーブは盾でドスジャギィを押しやり、体勢を崩したドスジャギィの顔面を切りつけながら言った。

 至近距離での戦闘に陥った両者だったが、勝負は終始ハンター側優勢で進んでいた。

 スティーブは正面からドスジャギィに挑みかかり、獲物の眼前に盾を掲げて視界を塞いで、下段から切りつける。

 ドスジャギィにしてみれば、突然下方から剣が現れる形となり、回避もままならず青い刃を受けるに甘んじていた。


 ドスジャギィは堪らず距離を取ろうと後ろに跳ぶが、スティーブがそれを許さない。

 盾を構え、地面が抉れるほど力強く踏み込み、体ごと体当たりを仕掛ける。

 着地した直後で体勢が整っておらず、人間の中では比較的大柄なスティーブのタックルを受けたドスジャギィは、大きくバランスを崩される形となった。


 スティーブはそれを好機と見るや、盾を背中に背負い、両手でオデッセイの柄を握り込んで更に大きく踏み込んだ。青い片刃の剣はドスジャギィの胸を貫き、スティーブが力を込めて刃を引き抜くと、傷口からおびただしい血が流れ出して地面を朱に染める。


 会心の一撃を見舞ったスティーブは、素早く盾を右手に戻し、深追いせずにじっくりとドスジャギィの動向を見守った。


「ワンダ! そっちはどうだ!」


 ドスジャギィを正面に見据えつつ、スティーブは大声で尋ねた。斜面の上からはシャロンが見張っているし、作戦に則るならばそろそろネイモアが斜面を下ってきている筈だとスティーブは思っていたが、ワンダはまだまだ技量面で荒削りで、精神的にも未熟な部分が多々ある。


 才能はあるのでジャギィ程度に後れを取ることはないだろうが、そういう人間は優勢な時ほど気をつけなければならない。

 無策に深追いして、一転窮地に立たされた話などハンターの世界では枚挙に暇が無い。


「大丈夫大丈夫! すっかり怯えちゃって、可愛いものよ!」


 ワンダは元気良くスティーブに応じると、ネイティブホルンを横薙ぎに振り切った。

 避け損なった一頭のジャギィが側頭部を打ち据えられて吹き飛ぶ。そのジャギィは地面で二度、三度跳ねて転がった後、動かなくなった。


 土竜族の少女は、誘うように数歩下がって見せ、それに乗ったジャギィは勢い良く飛び掛った。

 ワンダは体を右に開いて狩猟笛の柄でジャギィの攻撃をいなし、ワンダの傍を通り過ぎて着地し、振り返ったジャギィの頭部に横合いからネイティブホルンを叩きつけた。

 薙ぎ倒されるように転倒したジャギィは、地面に横たわって体を痙攣させる。


 ジャギィの群を振り返る際にも、体を使って狩猟笛を横に薙ぎ払い、背後から襲いかかろうとするジャギィを牽制する。

 ジャギィが攻めあぐねている間にも、シャロンの狙撃によって一頭、また一頭とジャギィの数は減っていった。


「もう一押しね」


 ワンダが呟いた時、巨大な影が草陰から飛び出して狗竜の群に襲い掛かった。


「ワンダ! 無事かァ!」

「私は大丈夫! スティーブ、ネイモアが来たよ。そろそろ追い詰めるね!」


 指揮系統を乱すなよ、とスティーブは内心苦笑した。

 しかし、同時にワンダが言う通り状況は煮詰まってきているとも思っていた。ドスジャギィの苛立ちは極限まで高まっており、既に周囲の状況を鑑みる余裕は失われているようだった。


 取り巻きのジャギィも残り僅かだろう。

 今が仕掛け時であると、スティーブは心中に決した。


「ネイモア! 用意しろ!」


 怒り狂うドスジャギィを眼前にとどめながらスティーブは咆哮した。

 威嚇の声と思い違えたのか、ドスジャギィは青いハプルシリーズの鎧を纏ったハンターへ遮二無二襲い掛かった。

 狗竜の親玉は姿勢を低くして正面から突っ込むと見せかけ、目前で制動をかけて太い尻尾で自らの敵を打ち据えようとする。


 尻尾での攻撃を予測していたスティーブは、尻尾が自分の右側から向かってくる際、当たる直前に盾で尻尾の腹を受け、その場で跳躍して背面跳びの要領で逞しい尻尾の一撃をやり過ごした。


「なかなか良い攻めだな、頭にきたのか? 来いよ、僕が相手してやる!」


 スティーブは後ずさりしながら、剣と盾を打ち合わせて甲高い音を立て、罵詈雑言を交えてドスジャギィを挑発した。

 小細工を諦めたのか、いよいよ頭に来たのか定かではないが、ドスジャギィは鋭い牙の並んだ強靭な顎を使っての攻撃を繰り出してきた。


 草食竜の分厚い肉を食いちぎる顎による攻撃は、人間などがまともに受ければ命に関わるものであるが、それは同時に相手も追い詰められている証拠でもある。

 その起死回生の一撃は、同時に生物最大の弱点でもある頭部を危険に晒さなければ放てない。


 人間よりも遥かに強靭な種族から、一か八かの賭けに出なければならない相手と看做されたことは光栄だが、同時に追い詰められて死力を尽くすモンスターの相手をするのは容易い仕事とは言い難かった。


 右へ左へと、体を揺り動かし、風に流れる柳のようにドスジャギィの攻撃をかわすスティーブ。

 かわすついでにオデッセイによる一撃を見舞うが、既に手傷を鑑みていないドスジャギィの足を止めるには至らない。


 もっともスティーブ自身、ここで足を止めてもらっても困ると思っていたのだが。


 そして、数メートルの巨体を誇るとは思えない機敏な動きでドスジャギィは跳躍し、着地と同時に再び大顎を繰り出した。

 スティーブは上体を後ろに反らせて一撃をかわし、上体を戻す勢いのまま更に右脚で地面を蹴って全身の力を乗せた盾でドスジャギィの顎を跳ね上げる。


 人間もモンスターも基本的に体の仕組みは変わらない。顎を打ち上げられて脳が縦に揺れれば、体の動きが一時的に止まる。

 ドスジャギィほどの巨体に人間の腕力による打撃で生じさせる隙はたかが知れているが、それでもスティーブには十分だった。


「ネイモア!」


 スティーブは横っ飛びに転がりながら叫ぶ。


「おうさァ!!」


 スティーブの背後には、ディープオーシャンを構えたネイモアの姿があった。

 構えるといっても、いつも通り右手に盾、左手にランスを構えている姿ではない。

 ディープオーシャンと対になる盾にはU字形の溝があり、ネイモアは盾を地面に突き刺して、U字の溝にディープオーシャンの砲身をあてがう形で待ち構えていた。

 ネイモアの背後にはワンダが控えており、屈んで守りを固めている。


 ネイモアがディープオーシャンの引き金を引いた直後、砲口から熱い空気が噴出した。スティーブは空気が揺らぐのを構えた盾の陰から覗き見て、それを最後に目を閉じて体の前に構えた盾をしっかりと握り締めた。

 次の瞬間、ドスジャギィが炎に包まれる。ガンランス用の弾薬内に充満した可燃性ガスを、攻撃対象に向けて放出し、然る後に砲内で爆発を起こすとガスが放出された一帯が燃え上がり、大爆発を起こす。その打撃力は飛竜の甲殻をも破壊し、小型のモンスターならば一撃で致命傷を与える。


 ガンランス最大の切り札、竜撃砲である。


 竜撃砲の爆発をまともに受けたドスジャギィを中心に黒煙がもうもうと立ち上る。スティーブは立ち上がって油断なく盾を構え、ネイモアも盾を引き抜いて数歩下がり、取っ手を引いて排熱口を開いた。

 高熱を纏った空気が勢いよく噴出し、周囲を湯気で曇らせる。


「やったの?」


 立ち上がって黒煙の中を見ようとするワンダをネイモアが無言で制す。当然無事では済まないだろうが、息の根が止まっているかはまだ分からない。

 バルバレ周辺の生態系では余り高い地位にないとはいえ、相手は逞しい生命力を備えるモンスターなのである。息絶えたその姿を見るまで油断はならなかった。


 徐々に黒煙が晴れ、ドスジャギィのシルエットが浮かび上がってくる。


 次の瞬間、黒煙の帳を破って満身に重度の火傷を負った狗竜の親玉がネイモアへと襲い掛かった。ネイモアはワンダを庇うように自身の背後へ押し込み、盾をしっかりと構える。しかし、幸いにもその盾が用を成すことは無かった。


 静かになった森の中なら聞き取れる。

 乾いた破裂音が響いた後、ドスジャギィが体勢を崩して地面に転がった。左脚関節の肉が大きく抉れており、シャロンが撃ち抜いたのだと分かる。

 転倒したドスジャギィの頭の肉が立て続けに二度弾け、それきりドスジャギィが動き出すことは無かった。


 スティーブはゆっくりとドスジャギィに歩み寄り、最後に頭部へとオデッセイを突き立てた。ドスジャギィがピクリとも動かないのを確認し、スティーブは稜線の方へ手を振りながら言った。


「状況終了!」


狩部門伴
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2017年02月17日(金) 01時15分14秒 公開
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アーカイブ企画 No.01

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