Dauntless. <Chapter.02 Sky Shepherd>

 温暖期 バルバレ北西の平原



「しっかし……ドスジャギィの討伐なんて、俺らが出張るほどのコトかねェ?」


 無事にドスジャギィが率いるジャギィの群を討伐したスティーブ一行を乗せたポポ車の荷台で、小さな木箱に腰掛けて隣の《大タル》に体を預けたネイモアが呟いた。


「僕達だからこそ……だよ。最近では、こういう依頼は受けたがるハンターが少ないからな。バルバレのルーキー達だって、熟練者に引っ付いて飛竜の討伐に行きたがるものさ。昔みたいに、危険度の低いモンスターと戦って腕を磨いて経験を養うようなヤツは少なくなった」


 愛用の片手剣、オデッセイの刃についた血と脂を掃除していたスティーブは、巨漢の仲間の言葉に作業の手を止め、その顔を見上げて言った。


 スティーブの言葉を受けて、ネイモアは豊かなもみ上げと繋がった濃い顎鬚を撫でながら唸った。

密林植物の如く生い茂る顎鬚は、顎の中央と左右でそれぞれ編まれており、玉の装飾品で留められていた。

 これは、海の民特有の髭飾りで狩りや猟の平穏無事を祈るまじないでもある。


 ネイモア・ヴォートは、業界では珍しい《海の民》出身のハンターであった。

 辺境の村々では時折見かけるが、バルバレやロックラックのような栄えた街では、亜人種のハンターを見かけることは稀である。


 ネイモアは人間に比べて水中活動に適応した海の民の天賦を活かし、海岸地域の村々を回っては数々の海竜種を討伐してきた。

 その地域ではネイモアは英雄であり、《サブマリナー》と呼ばれ、人々に慕われていた。


 辺境の英雄は豊かな髭とは対照的に丁寧に剃り上げられた坊主頭を撫でながらスティーブの言葉に応じる。


「お前も、こんなシケた依頼なんか受けてねぇで、闘技大会でも出てた方が儲かるじゃねぇのか? お前ほどの腕なら荒稼ぎできるだろうに」


 水の入った小瓶を開け、中の冷水を少し飲んでネイモアは続けた。


「僕は、別に金が欲しくてハンターをやってるんじゃないからな。それに、闘技大会ってどうも好きになれなくてね……」


 スティーブはオデッセイの手入れに戻りながら言った。

 ネイモアとはそこそこの付き合いになるが、そういえばこういう話はしたことが無かったとスティーブは思い出す。

 ネイモアが何故ハンターをやっているのか聞いたことも無ければ、自分が何故ハンターをやっているのか話したこともなかった。


 ネイモアの沈黙が話の続きを待っているのだと思い至ったスティーブは、再び作業の手を止め、荷台の壁に体を預けてゆっくりと口を開いた。


「闘技大会は……遊びの殺しだ。生きる為でも、守る為でもない。殺す為の殺しだ。だから僕は好きになれないし、幾ら金を積まれても出る気にはならない」


 闘技大会とは、バルバレやロックラックといった、ハンターズギルドを要する巨大な都市で催される競技会である。

 競技会と言っても、単純に身体能力を競うわけではなく、もっぱら狩猟技術が競われる。

 競うと言えば聞こえは良いが、その内容は過酷かつ単純なもので、超巨大な檻のような闘技場の中にハンターとモンスターを押し込み、戦わせるというものである。


 ハンターは、主催者側から用意された装備を用いて戦い、モンスターは食事や睡眠を制限され弱った状態で闘技場に放たれる。

 決着といえば、必ずどちらか死ぬか戦闘不能になると相場が決まっていた。


 モンスターが死ねばハンターの勝利となり、ハンターは規定の報酬を得る。ハンターが死ねばモンスターの勝利となり、モンスターは係の者によって捕縛され再び飼育用の檻に戻される。

 モンスターが野に放たれることは無く、戦いに敗れたモンスターは解体され、素材として街の市場に出回る運命となっていた。


 娯楽の少ない大衆にとって、ハンターとモンスターの死闘は最高のショーであり、ひとつ対戦カードが設定される度、闘技場には多くの人々が足を運ぶ。

 闘技大会が行われるようになって以降、常に興行は成功しており、ハンターズギルドの新たな収入源として重宝されていた。


 スティーブは、その状況自体が嫌いだった。

 生活の為にハンター業を営んでいる者の多くは、闘技大会専門のハンターに転向した。

 戦いに勝利すれば生活する分には困らないだけの報酬が入る上、装備は貸与なので維持費が掛からない。

 加えてモンスターは弱らされている為、野生の個体よりも危険が少ない、何より遠隔地まで足を伸ばす労力を必要としない。


 更に、闘技大会には地方の富豪や権力者が見物に現れ、戦いぶりの良いハンターは有力者から専属の契約を持ちかけられる場合もある。

 富と名声を求めて、多くのハンターが闘技場へ足を運ぶようになった。


 反面、従来のようにハンターズギルドに寄せられる依頼を受けるハンターの数は減少傾向にあり。

 特に問題になったのは、鳥竜種や甲虫種による被害である。被害地が大陸広範に渡る上、実入りが少ない。

 ハンターとして経験の浅い者ですら、よほどのことが無い限り依頼票に手を伸ばすことはなくなっていた。


「だからこそ、僕達みたいなのが出張ってかなきゃいけないんじゃないかな」


 そう纏めて、スティーブは輝きを取り戻した《オデッセイ》を皮製の鞘に納めた。


「なるほどねェ……ま、俺も元々は漁師だ。お前の気持ちは分からなくはねぇ。漁師ってのは大漁を祈るが、捕り過ぎることは嫌う。海のバランスが崩れるからな。魚がいなきゃ、漁師は廃業だ。魚がいるから漁師も生きられる。だから漁師は海への敬意、自然への敬意、命への敬意を忘れねェ。そりゃあ、ハンターも同じだと思うぜ。それも過去の話になりつつはあると思うがな」


 言ってからネイモアはわざとらしく渋面を作った。

 闘技大会への考え方に於いては、少なくともネイモアとは意見が一致しているらしいと分かり、スティーブは何となくホッとした。


 スティーブが抱く闘技大会への嫌悪感の根本はネイモアの説いた話の中にあった。


 闘技大会でハンターと戦わされるモンスターは、狩猟依頼に於いて捕獲されたモンスターである。

 従来は、街に運搬された後、屠殺解体されていたのだが、近年は屠殺のプロセスを闘技大会が肩代わりしている現状だった。

 ただ、殺すよりも見世物にして金を取った方がより利益を生むという合理的な考え方ではあったが、それは最早狩りではなく虐殺と言った方が正しいようにスティーブは感じていた。


 命への敬意。自然への敬意。狩人の矜持。

 モンスターを意図的に弱らせ、衆人環視の下で望まぬ戦いを強い、死ぬまで戦わせる闘技大会ではそんな価値観は無用の長物だった。

 移ろい行く時代に適応できなかった居心地の悪さ、ただの殺し屋に成り下がった手合いがハンターを名乗るおぞましさ。


 それらは、スティーブの心に影を落とすには十分だった。


「盛り上がってるところ悪いんだけどサ。そろそろ交代してくんない?」


 人間と海の民、血は異なるが志を同じくするハンター同士の談義に土竜族の少女が割って入る。


 ポポ車には所謂御者という者がいない。

 バルバレでポポ車を借りたハンターは、自らそれを駆って現場に赴かなければならない。

 それは、単純にコストを削減する目的もあったし、ハンターの生残性を高める意味もあった。


 現場への移動中でも、ハンターがモンスターと遭遇しない訳ではない。

 時には、寝床を探す飛竜と出くわす場合もある。依頼とあればある程度の危険を冒してでも飛竜に向かっていくが、それ以外の場合、ハンターが飛竜種と戦う理由は少ない。

 基本的には撤退して態勢を立て直すことが多いのだが、その場合には大抵ポポ車を放棄する。


 多くのモンスターはハンターの道具に興味を示さない為、荷車は後で回収すれば済む。

 しかし、多くの肉食モンスターにとってポポは人間よりも栄養があり、量も多いため格好の獲物となる。

 ハンターはポポがモンスターの餌食になっているうちに逃走するのである。


 酷なようだが、それもギルドに飼育されているポポの運命である。

 有事の際に生贄として差し出される代わり、平時にあっては安全な寝床を用意され、栄養価の豊富な食事を与えられる。

 繁殖も飼育役が行う為、生物の根本的な生存目的である子孫を残すことにも事欠かない。

 彼らは、捨石役を任される代わりに過酷な生存競争から外れることを許されているのである。


 それが幸であるか不幸であるかは別に論じる余地があるとしても。


 そして、今はシャロンとワンダが御者としてポポの手綱を取っていた。

 現場を後にしてから既に二時間ほどが過ぎただろうか。交代の時間であった。


「あぁ、悪い。降りてきてくれ。すぐに上がるよ」


 スティーブは言うと、ワンダが幌付きの荷台に降りてくるのを待ち、鞘に納められたオデッセイを腰に吊り下げてから、土竜族の少女と入れ替わるように御者席へと上がった。

 兜を脱ぎ、素顔が露わになっている人間のハンターが席に着くと、手綱を握っていた白竜族の女性が視線を彼の方に移した。


「シャロン、交代時間だ。ありがとう。下で休んでくれ」


 そう言って、スティーブは竜人の女性から手綱を受け取った。

 スティーブ達がシャロンと呼ぶ女性。シャロン・カーティスは、最近では珍しくなった竜人族のハンターであった。

 人間にも人種というものがあるように、竜人族にも人種というものがある。彼女は、《アルヴ》や《白竜族》と地方によって様々な呼ばれ方をする種族の出身だった。


 知性と調和を重んじる竜人族の中にあって白竜族は必要な時には武張ってみせる気概と能力を備えた種族だった。

 人間から見れば理不尽とも言えるほど麗しい外見の者ばかりで有名な白竜族だが、その驚異的な身体能力も特徴のひとつだった。


 それは暗闇の中でも遠方まで見通す視力。

 枯葉が地に落ちる音も聞き分ける聴力。ケルビの如く不整地を疾走跳躍する脚力など枚挙に暇が無い。

 元来弓術に長ける白竜族の中で、シャロンは敢えてヘビィボウガンを得物としていた。

 類稀なる忍耐力で獲物を待ち、標的の弱点を一発で射抜く技量を以って、下位のハンターからは畏怖と妬心を込めて《白い悪魔》と揶揄されていた。


 そして、美男美女が多い白竜族という御多聞に漏れず、シャロンもまた美しいという言葉では表しきれない麗人であった。

 鼻が高かったり目が細かったり人間とは顔の造りが若干異なる竜人族の中にあって、白竜族は殆ど人間と同じ姿形を備えている。


 強いて言うなら耳が尖っていて横に長いことくらいが特筆すべき点だろうが、秀麗な外見を持つ白竜族にとってはその美しさを際立てる要素になっていた。


 スティーブは才色兼備で経験も豊富なハンターであるシャロンが、何故未だに自分の隊に留まっているのかを推し量りかねていた。

 彼女ほどの腕前があれば、闘技大会とは言わなくとももっと実入りの良い仕事を請けるパーティなど幾らでも選ぶ余地がある筈だった。


 それに、聞けば元々はフリーのハンターで、自身の腕を買うパーティへ一時的に参加してはすぐに別のパーティへ移っていくというスタイルで通していたらしく。数度同じパーティで仕事をするということはあっても、一年以上同じパーティに留まったことはないと以前語っていた。


 シャロンは普段から余り感情を面に出さず、その内心を窺い知ることは飛竜の巣から単身卵を強奪してくることよりも難しい。

 かと言って、直接聞くにもどう尋ねたものか分からず、スティーブはずっと疑問を胸中に抱えながら過ごしていた。


「……そうですね、少し休ませて頂きます。後を頼みました」

「り、了解」


 シャロンはスティーブの顔を数秒見つめてからそう言い残し、無駄のない所作で貨車の中へと降りていった。

 それを見送ってから一息ついたスティーブは、ポポの手綱を握り締めて正面を見据えた。


 シャロンは時折スティーブの顔をじっと覗き込む。


 宝石のような美しい青い瞳に覗き込まれる度、スティーブは何だか落ち着かない気持ちになった。


何故そんなことをするのか、どういう意味があるのか、スティーブには皆目見当がつかなかった。

 別に嫌な感じはしなかったのだが、どう反応すれば良いか判らず戸惑ってしまうというのが正直なところだった。


「何をボサっとしていやがるんだ?」


 突如、背後から投げかけられた言葉にスティーブは身を竦ませた。

 声の主、ネイモアはシャロンと入れ替わるように御者席へと上がってきていたのだ。

 大柄な海の民はスティーブの横にどかっと腰掛け、木製の椅子が悲鳴をあげるのも厭わずに全体重をそれに預けた。


「なんだ……ネイモアか。驚かせてくれるなよ」

「俺はただ声をかけただけだ……お前がタルんでんだろ」

「ちょっと考え事をしていただけだよ……」

「珍しいこともあるもんじゃネェか。集中を切らすほど考え込むたぁよ」


 シャロンの行動の謎について、いっそのことネイモアに尋ねてみようかとスティーブは一瞬思案したが、何か理由があった訳ではなく、何となくそうしない方が良い気がしたためスティーブは喉まで出かかった問いを飲み込んでしまった。

 一瞬空いてしまった会話の間を埋めるべく、スティーブは双眼鏡をネイモアに手渡して周囲の警戒をするよう促した。


「人使いが荒いナァもう……」


 わざとらしく天を仰いで見せた後、ネイモアは双眼鏡を目に当てて辺りの景色を見渡した。



 ※ ※ ※ ※ ※



 半時ほど経った頃。

 スティーブ達を乗せたポポ車が、平原と森林が接する地域に差し掛かった時、少し遠方から聞き馴染みのある咆哮が聞こえた。

 それは、空気を切り裂き、大地を震わせ、人々の心を畏怖を湧きあがらせる唸りだった。


「ネイモアッ!」


 スティーブはポポに鞭を入れながらネイモアに怒鳴った。


「十時方向! 距離はおよそ三百!」


 スティーブに言われ、周辺の警戒を強めていたネイモアが怒鳴り返す。


 ポポ車の進行方向から見て斜め左前方のやや離れたところで、森の中から一斉に鳥達が飛び立つのが見えた。

 耳を澄ませば木々が薙ぎ倒される音も聞こえる。

 スティーブの導き出した結論が正しければ、よほどの幸運が無い限り戦闘は避けられそうに無かった。


 相手は縄張り意識が強く、状況如何では空腹でなくとも他の種族に攻撃を仕掛ける。

 更に、強靭な翼と、無尽蔵のスタミナで自由に空を飛び回る彼にかかれば、地面を這い回るようにしか逃げられない人間など逃げ果せる筈も無い。


 雄火竜《リオレウス》が近くにいる。


「どうすんだ!?」


 ポポが走りだしたため激しく揺れだしたポポ車の上で、双眼鏡越しに森林を睨みつけているネイモアが叫んだ。


「出来れば逃げたいが……楽な話じゃないな!」


 ポポの手綱をしっかりと握り締めながらスティーブは叫び返す。

 勿論、可能ならば戦闘は避けたい。

 今回はドスジャギィとジャギィの群れを討伐する為の用意しかしておらず、飛竜種との交戦は無謀以外の何ものでもなかった。


「だろうな! 右へ逸れろ、なるったけ距離を取れ!」

「だけど、何でリオレウスがあんな森の中にいるんだ!?」

「俺が知るかよ! おおかた、群からはぐれたアプトノスでもいたんじゃねぇのか!」


 大声でスティーブとネイモアが怒鳴りあっていると、貨車からワンダが飛び出してきて叫んだ。

 貨車の中にいたせいか、或いは一眠りしていたのか、先刻の咆哮は聞こえていないようだった。


「何の騒ぎ!?」

「リオレウスだ! 少し先にリオレウスがいる! 幸い森ん中に降りてるみてぇだからよ。今から逃げるところなの!」


 ワンダの問いかけに、状況を弁えずふざけた調子のネイモアが応じた。

 傍から見れば罵り合っているように見える声量だが、ガタガタと音を立てて平原を疾走するポポ車の上では自然と声も大きくなる。


「確かなの!?」

「確かだ! 咆哮も聞こえた! ほら、また!」


 再びリオレウスの咆哮が森の木々を揺るがせるのを聞いて、ネイモアは森を指差して怒鳴り散らした。


「誰かいるわ……」

「「何だと!?」」


 ワンダの呟きに対して、ネイモアとスティーブが同時に言った。


「人の声がしたよ!? あそこで、誰か襲われてる! 咆哮に混じって人の悲鳴が聞こえたもん!」


 ワンダの言葉を聞いてスティーブは胸中で唸った。

 先刻こそ聞き逃したようだったが、この土竜族の少女は人間よりも優れた感覚を備えており、スティーブ自身、今までにも何度か彼女の耳には救われたことがあった。

 その彼女が、リオレウスのいる場所に誰かいて、悲鳴を上げているというのであれば、それは誰かが襲われているということに相違ない。


「だったら尚更だ! 悪いがその間に逃げさせて貰おうぜ!」


 ネイモアが叫ぶ。

 右に進路を逸らせているとはいえ、進行方向は変わっていない。現時点ではまだ、リオレウスとの距離は縮まっている状況だった。

 御身大事と思うなら、このまま一目散に逃げる方が賢明だった。


 だが、スティーブはネイモアの提案を一蹴して言った。


「ダメだ! この辺にリオレウスの討伐以来は出ていない……だとしたら、襲われているのがハンターだとしても、僕達みたいに不意に遭遇したんだ。逃げるので精一杯かも知れない。救援に向かわないと!」

「しかしだなぁ! 仮に助けてやって、無事に追い払ったとしても、一銭の徳にもならんのだぞ!? 無闇に命を危険に晒すだけだ! まともなハンターのすることじゃない!」


 頭をかきむしりながら満腔にネイモアが叫ぶが、スティーブは受け入れなかった。


「そうとも! まともなハンターのすることじゃあない。だけど僕は……そういうまともじゃないハンターに憧れて、ハンターになったんだ。ネイモア、手綱を頼む!」


 言うと、スティーブはポポの手綱をネイモアに投げつけ、御者席から地面へ飛び降りた。

 動く乗り物から飛び降りると、体に勢いがついている為そのまま着地すると思い切り地面に叩きつけられる。

 それを避ける為、スティーブは着地と同時に前転して勢いを殺し、ひと回りして立ち上がる勢いで体を起こすとリオレウスの咆哮が聞こえた方へと走り出す。


「だぁ〜馬鹿野郎! ならせめて連携をとれよォ!」


 ネイモアの怒声を背中で受け流し、スティーブは一陣の風となって森へと走った。



 ※ ※ ※ ※ ※



 森林とは、人間同士の戦いに於いては身を隠す場所の多い逃げ隠れしやすい地形といえるが、相手が飛竜とあれば話は変わってくる。

 飛竜の巨体は大木を易々とへし折り、こと火竜の吐き出す火の玉は一瞬で草木を灰燼に帰す。

 飛竜に狙われた人間が出来ることは決して多くないし、そのどれもが簡単な話ではなかった。


 一人の農民風の男が、森の中を雄火竜リオレウスに追い掛け回されていた。

 木々を薙ぎ倒し、倒木を踏み砕いて男を追うリオレウスに対し、追われる男は大木を避け、倒木を飛び越え、ツルや茂みに足をとられながら必死に逃げ惑っていた。


 やがて、男は地面から突き出していた岩に足を引っ掛けてその場に転倒する。


 男が振り返ると、そこには絶望が立っていた。


 そして、男は諦めたようにその場に座ると胸の前で両手を組み合わせて頭を垂れた。

 リオレウスが、ゆっくりと男に近づき、大きく口を開けて男の頭からかぶりつこうとしたその時、森林に甲高い衝突音が響き渡った。


 銀色で縁取られ、中央部分を浅い海のような青色で彩られた円形の盾が空気を切り裂いて飛び、今にも男の命を喰らおうとする雄火竜の後頭部に直撃したのだ。


 リオレウスの動きが止まり、首がぐるりと横を向く。

 そこには、小さな青い円形の盾が落ちており、別の男がそれを拾い上げた。誰あろう、スティーブ・ダグラスである。

 スティーブは盾の内側にあるベルトに右腕を通し、革の帯をしっかりと握り締めた。


 青く染め上げられたハプルボッカの鎧は、緑の世界ではよく目立つ。

 リオレウスは、すぐにスティーブの存在に気づき、口から火炎をちらつかせて彼を威嚇した。

 敵として認識されるのは恐ろしいが、今回はそれが目的だとスティーブは自分に言い聞かせ、消え入りそうな闘争心に薪をくべ闘志を燃え上がらせる。


 綺麗に掃除して皮の鞘に納めたばかりのオデッセイを抜き放ち、刃と盾を打ち合わせて甲高い音を立てる。

 その音は大抵のモンスターにとって耳障りらしく、御多聞に漏れずリオレウスもスティーブの目論見通りに巨体を揺るがせて音の源へ向けて突進した。


「何をしている!? 早く逃げるんだ!」


 それまでリオレウスに追い回されていた男に向かって叫びながら、スティーブもリオレウスに突進する。

 盾を正面に構えて突っ込んだスティーブは、盾の表面でリオレウスの顔面を殴りつけながら体を左へ流し、巨体による致命的な突進をやり過ごした。


 目標を見失ったリオレウスは、そのまま少し進んだ所で停止し、ゆっくりと振り返って再びスティーブを視界に捉える。


「さぁ、こいよ!」


 再びスティーブが剣と盾を打ち鳴らすと、リオレウスは大きく上体を逸らし息を大きく吸い込んだ。

 次の攻撃は想像がつく、想像がついたからといって簡単に対応できる訳ではないのが辛いところである。


 間髪いれずに飛んでくる火球を、スティーブは横っ飛びに全身を投げ出して回避した。

 片手剣には剣と対になる盾があるものの、その防衛力は低く、特に火球ブレスのような広範囲に及ぶ攻撃は、防いだとしても手傷は免れない。

 多少無理をしてでも、回避するのがベストの選択だった。


 火竜とて、ブレスを連続的に吐き出すには限度がある。

《リオス科》の飛竜は、ブレスで焼け爛れた喉を驚異的な自然回復力で修復することでそれを決死の一撃ではなく、常用できる武器としている。

 喉が再生するまでの間、その僅かな時間が反撃のチャンスともなる。


「おわぁっ!?」


 スティーブが立ち上がった瞬間、次の火球が飛来し、スティーブは盾に身を隠す形で真後ろに飛んでそれを避けた。

 一口に火球を避けるといっても、火球は燃焼物質の塊であり、物に当たると砕け散って辺りに火炎を撒き散らす。更に熱風を伴って飛来する為、少し身をかわしただけでは露出している部分の肌を焼かれてしまう。

 完全に回避するには、大きく逃げるしかなかった。


「こいつは元気が良いな……」


 火竜の回復力には個体差があり、当然ブレスの発射間隔にも影響してくる。

 初弾から次弾までの発射間隔が短い。

 この火竜はかなり強靭な個体だとスティーブは判断した。


 リオレウスは更にもう一発のブレスを吐き出すべく身構えていたが、スティーブは臆することなく突進した。

 そして、ブレスを吐く直前で倒木に足を掛け、火の玉が放たれると同時に倒木を蹴って跳躍しする。


 下方を高熱の球体が通り過ぎる感覚を全身で味わいながら、スティーブは奥歯をかみ締めた。

 倒木を踏み台にしたこともあって、宙を舞うスティーブはリオレウスよりも高い場所にいる。翼を持たない人間には不自由極まりない状態だが、次に取るべき行動を理解しているスティーブにとっては大した問題ではなかった。


 山なりに跳躍した勢いのまま、スティーブは火球を発射した直後のリオレウスの頭部にオデッセイの刀身を打ちつける。

 盾と剣を打ち合わせた音とは異質の、乾いた木が圧し折れるような乾いた音が森の中に響き渡り、火竜の刺々しい頭殻の一部が削れ飛んだ。


 反撃と同時に着地したスティーブは、深追いせずに態勢を整え、火竜の目を覗きこめるほどの至近距離で相対した。

 一見して危険極まりない行為にも思えるが、巨体の飛竜は細かい動きがどうしても取りにくく、逆に狭い懐に飛び込んだ人間は、踏み潰されることを除けば致命的な攻撃を受け難いという利点がある。


 更に、開けた平原ならばいざ知らず、木々の生い茂る森林ではいかに空の王者といえども自慢の飛翔能力の全てを発揮することは出来ない。


 とはいえ、スティーブとしては何とか不利ではない状況に引きずり込んだ形に過ぎなかった。


 そして、常に竜種というモンスターは人間が必死に積み重ねた努力を一瞬で吹き飛ばす力を備えている。

 スティーブを中々捉えられないことに業を煮やしたのか、リオレウスは大きく息を吸い込んで上体を大きく起こし、翼をいっぱいに広げた。


 《バインドボイス》と呼ばれる大型モンスター特有の鳴き方であるが、その声量は鳴くというには余りにも大きく、まともに聞いてしまうと人間をはじめ多くの生物は体が硬直してしまう。

 それは、単純に恐怖によって引き起こされるものではなく、最近の研究ではバインドボイスを受けた対象は、大音量によって生物の体のバランスを司る器官が一時的に狂わされ体の自由が利かなくなると言われていた。


 口を大きく開けて耳を塞ぐことでその効果を減殺することが出来るとはいえ、どちらにせよ受ける側としては一瞬無防備な姿を晒す羽目になる。

 そして、竜との戦いではその一瞬が命取りになることはままある。


 スティーブは口を開け、オデッセイを地面に突き立てて両耳を強く塞いだ。

 この距離では大した効果は見込めないが、足掻くだけは足掻いてやると胸中に咆哮し。

 眼前に迫る死の影に対して萎えそうになる足に活を入れ、スティーブは正面からリオレウスを睨みつけた。


「スティーブ! 大丈夫だからそこをどいて!」


 咆哮が来る直前で投げつけられた言葉にスティーブは反射的に従っていた。身構えることを止めてしまえば、至近距離からバインドボイスを受ける恐れがあるが、そこはスティーブにも大丈夫であるという確信があった。


 彼がリオレウスの至近から離脱した直後、森林に野太い低音が響き渡った。

 勿論リオレウスの咆哮ではない。

 事実、それに遅れる形でリオレウスの咆哮もまた大地を揺るがせたが、スティーブの体に特に変調は見られなかった。


「助かったよ、ワンダ!」


 スティーブは遅れて戦場に到着した仲間の傍に駆け寄った。

 狩猟笛の演奏に集中しているワンダは目だけで応答する。

 研究によってバインドボイスが人体に一時的な悪影響を与えることが分かって来た頃、バインドボイスに対して特定の音をぶつけることでその効力を人体に影響のない程度まで減殺できるということが発見された。


 多くのハンターズギルドやそのお抱えの工房は音の研究に取り掛かり、バインドボイスを減殺する音が研究された。

 そして、技術者達は多くの試行錯誤の果てにバインドボイスを減殺する音域を遂に特定した。

 幾つかの狩猟笛は発することが出来る音域の関係からバインドボイスに対抗する為の音が出せないという問題もあったが、対モンスター戦術に於いては偉大な一歩となった。


 しかし、モンスターの種類、ひいては個体によってもバインドボイスの音には微妙な差異があるため、誰でも簡単に効果を発揮することは出来ず、現状その成否は演奏者の腕前と感覚ひとつに委ねられるといっていい。

 スティーブにとって幸運だったのは、ワンダがその才覚を持ち合わせていたことだった。


「スティーブ、下がってろぃ!」


 リオレウスと張り合うように怒鳴ったネイモアは、《ディープオーシャン》の柄を左腕と脇でしっかりと固定し、引き金を引いた。


 小気味よい音と共にディープオーシャンの砲口から榴弾が放たれ、放物線を描きながら火竜に襲い掛かった。

 榴弾は、リオレウスの眼前で炸裂し、爆発によって弾頭内に納められた数十の鉄球が飛散する。

 ある程度の指向性を持った鉄球の群は、黒い嵐となって火竜に殺到した。


 そして、ネイモアは立て続けに残りの二発の榴弾も撃ち出し、その砲撃をまともに浴びたリオレウスの甲殻はあちこちが削れ、少々みすぼらしい様子になってしまっていた。


 榴弾を撃ち尽くしたネイモアは、砲身のレバーを引いてディープオーシャンを二つに折る。

 その動きに連動して空になった薬莢が飛び出し、鈍い音を立てて地面に落ちた。

 ネイモアは種々の狩猟用具が吊り下げられたベルトとは別に体に巻いているベルトから予備の榴弾を取り出し、手馴れた手つきでディープオーシャンの弾倉に納めていった。


 再装填中の銃槍士は全くの無防備となる為、それをカバーする為にスティーブは二人の仲間の先頭に立って身構えた。

 幾らかの手傷を負ったリオレウスは、苦々しげに唸ると、大きな翼を揺り動かし、強靭な脚で地面を蹴って宙に舞い上がる。


 一瞬、森林に緊張が走った。

 リオレウス最大の脅威は上空からの致命的な一撃である。

 それは、雨のように降り注ぐ火球ばかりではなく、毒腺を有した足の爪による攻撃や、高硬度からの急降下など挙げていけばキリが無い。

 一旦飛び上がった雄火竜を地上に引き摺り下ろすのは並大抵のことではなく、地上で待ち受けるしかないハンターは基本的に一方的な防戦を強いられることになる。


 しかし、スティーブ達が予想した最悪の事態は訪れず、しばらく中空に留まった後、リオレウスは高度を上げてそのままいずこかへ飛び去ってしまった。


「全く、無茶苦茶をしやがる!」


 息つく暇も無くネイモアが怒鳴った。

 そして、スティーブはその怒声を甘んじて受け止める。


 まともなハンターならば、一銭の得にもならない狩りに易々と首を突っ込むべきではない。

 それも、相手が飛竜であるなら尚更である。

 ましてや、今回は仲間を引き連れていたし、その隊を率いていたのはスティーブ自身である。

 仲間を危険な状況に引きずりこむことを考えれば戦いを避けるべきだったのは火を見るより明らかであった。


「今更馬鹿をやるのを止めやしねぇがな! せめて歩調を合わせろよ! ただでさえ俺達はクソ重てぇ武器をぶら下げてんだ。一瞬お前に遅れただけで追いつくのが大変なんだよ! その間お前は一人で戦うことになるんだぞ? さっきだって危ねぇ所だったろうが。連携すれば大抵のことは何とかなるんだ、一人で命を粗末にするんじゃネェ!」


 リオレウスもかくやという大音量でネイモアが大喝した。


 スティーブは人を助ける為にハンターとしては愚かな選択をしたことをなじられたのではないことに安堵すると共に、そのやり方を理解してくれる仲間を持てたことを喜ばしく思った。

 そして、同時に今更ながら気の置けない仲間をないがしろにしてしまって申し訳ないという気持ちが湧き上がってきた。


「すまない……」


 スティーブは二人の仲間を見つめ、心の底から湧きあがった言葉でひとつ詫びた。


「謝るのはあとあと! スティーブ、結局襲われてる人はいたの?」


 ワンダの言葉を受けてスティーブは我に返る。

 そう言われてみれば、乱戦のゴタゴタで見失ってしまったがリオレウスに追い回されていた男が確かにいた。逃げろとは言ったものの一体どこに逃げたものだろうか。


「あぁ、農夫みたいな男が確かにいたよ。無事に逃げ果せていれば生きているはずだが……どうだろうな。途中で見失ってしまったし、アレの相手をしてたから彼が逃げ切るまで見守ってやる余裕も無かったしな……」

「オーケー、少しこの辺りを探してみましょ。もしかしたら怪我をしてるかも知れないし、他にも襲われていた人がいるかもしれない」


 普段のお転婆な調子とは打って変わり、落ち着いた声色でワンダは言った。

 装備を整えたネイモアは黙って頷き、スティーブもまた肯定の意味でひとつ頷き、二人を伴って戦闘が起こった付近の捜索を始めた。



 ※ ※ ※ ※ ※



「触らないでくれ……」


 男の言葉は三人のハンターの想像を裏切るものだった。

 辛くもリオレウスの脅威を退けたスティーブ達は、当初リオレウスに追い回されていた男を捜索し無事に発見することが出来た。

 想像通り、身体の至る所に大小の手傷を負っていたが、命に別状は無さそうだった。


 しかし、手当てするなら早いに越したことはない。

 倒木の間にうずくまる男を助け出そうと、スティーブとネイモアが手を差し伸べた時、男は助けを拒絶するようにそう言い放ったのである。


「触るなって……そりゃあ幾らなんでもご挨拶じゃねぇか? 俺らも別に礼を求める気はねぇがよ。一応命の借りがあんだから、もう少し物の言い方を考えたらどうだ?」


 不満げな表情でネイモアは男を引き起こした。

 男はそれほど小柄ではないが、ハンターが扱う武器の中でも重量があるガンランスを軽々と振り回すネイモアの腕力をもってすれば、その身体を片腕で持ち上げることなど造作もないことらしい。


「うっ……!」


 ネイモアに引き起こされた男が、苦痛の色が混じった声を上げる。


「ほれみろ、やっぱり怪我をしてるじゃねぇか……さぁ、仲間んトコまで案内しやがれ、手当てが必要だぞこりゃあ」


 ネイモアは兜を脱いで露わになった自らの坊主頭を撫でながらい言った。


 恐らくは肋骨が二、三本は折れている。転んだ拍子に岩か倒木にぶつけたのだろうとスティーブは推測した。

 もっとも、何の備えもないときにリオレウスと遭遇し、骨折程度で済んだのならそれは運がよかったと言えるだろう。


 男はネイモアの肩を借りる形でよろよろと歩き出し、渋々といった様子でスティーブらを伴って歩き始めた。


 半時ほどが経った頃だろうか、突然森の中に植生の薄い場所が現れた。比較的大きな平地で、自然に出来たというよりは人の手によって切り拓かれたような印象を受ける。

 平地を囲むように頑丈そうな柵が設けられており、恐らくはジャギィ等の小型の肉食竜への備えだろと伺えた。

 しかし、その柵の一部は無残にも破壊されており、所々煤けていた。これは、先ほどのリオレウスに襲われた為だろう。


「ここは?」


 スティーブが男に問うと、男は黙って柵の一部分に設けられた門を指差した。


「愛想のねぇ奴だなぁ……」


 溜息をひとつつき、ネイモアは男を伴って門の方まで歩み寄った。

 スティーブとワンダもそれに続く。


「ヤな感じ」


 ワンダが小声でスティーブに言う。


「奇遇だな。君もそう思うか……」


 スティーブは同じく声を殺してワンダの言葉に応じた。


「何ていうか……妙に殺気立ってるね。まぁ、リオレウスに襲われた後ってのもあるでしょうけど、私達、あんまり歓迎されてない感じがする。それに、ハンターでもない人が、こんな人里離れた森の中に住んでるのも妙な話だよ。現に、この男の人、こんな所に住んでる割にモンスターと戦う技術を持ってなかったじゃない?」


 ワンダの懸念は実に的を射ていた。

 これまでの話を総合したスティーブの胸中には、この集落に対するある種の疑惑が湧き出していた。


「ま、何にせよ……入ってみりゃあ分かるさ」


 門の前までたどり着いたスティーブは、木製の大扉を押し開いた。


「おやおや、大層なお出迎えだことで……」


 ネイモアが軽妙だが険しさを感じさせる声色で吐き捨てた。


「落ち着け、ネイモア。僕が話をする」


 あからさまに不機嫌な表情を浮かべるネイモアを尻目に、スティーブは一歩踏み出した。

 その眼前には、ネイモア以上に不機嫌な表情を浮かべる村人達の姿があった。それも一人や二人ではない、数十人の村人が門を取り囲むように立っていた。

 いや、その殺気だった様子を鑑みれば、待ち構えていたという方が正しいようにも思える。


「僕達はこの森を通りがかったハンターです。偶然、この男性がリオレウスに襲われているのを発見し、救助致しました。すぐに手当てを、彼は骨が折れています」


 スティーブが言うと、村人達がざわつき始めた。村人同士顔を見合わせたり、何事かを呟いている。

 困惑とも取れる表情を浮かべるものもあった。

 しかし、相変わらず好意的な印象ではないということは、全身に突き刺さる視線から嫌でも理解させられた。


 大きさを増す喧騒を打ち消し、一人の男がスティーブの前に出てきた。

 フード付きの外套を纏っており、頭巾をすっぽりと被っているため表情は窺い知れない。

 背はそれほど高くはなく、体格にしても筋肉のつき方からしてハンターや兵士の類ではないと分かる。


「私はパウロ・ウォトスン。この飛竜保護組織、空の牧師会の代表です。この度は、我々の同胞をお救い頂き感謝の言葉もありません……」


 男の言葉を受け、スティーブは奥歯を強く噛み締めた。

《空の牧師会》と言えば、極端な飛竜保護の思想を掲げ、その目的の為ならば時に過激な手段を取ることもいとわない連中である。

 リオレウスに追われていた男が、当初こちらの助けを拒んだ理由も、この集落を訪れてからどこか剣呑な空気を醸し出していたことも、これで全て合点がいく。


「しかし……我が同胞の為に罪無き飛竜が傷を負ったかと思うと、この胸は引き裂かれんばかりです」

(ほらきた……)


 スティーブは想像通りの言葉に嘆息し、二の太刀を放った。


「無論、我々としても無用な戦いは望む所ではありませんが、いかんせん彼はリオレウスから逃げ切ることも、抗うことも出来ないように感じましたもので、勝手ながら加勢した次第です」

「当然です。我々には飛竜を傷つけるという選択肢は存在しません。彼らは神聖不可侵の存在で、我々人間が手を触れてよい存在ではないのです。もし、彼らの手に掛かるというならば、それは天の采配。ハンター殿に於かれましても、以後は無用な手出しをしないで頂きたいものです」

「何だとこのヤロ……!」


 スティーブは右手を横に突き出して、猛るネイモアを制した。

 彼らと自分達とでは価値観はおろか立っている世界も違う。まともな話し合いになるはずがない。

 そう思ったからこそ、スティーブは早期にこの不毛な話し合いを終結させるべく頭を動かしていた。


 願わくば、早々にこの場を離れたいものだが、興奮した彼らが果たして易々とそうさせてくれるものだろうか。

 眼前のパウロという男は見た目に平静を保っているが、後の連中はどうだろう。

 大事に思う飛竜を傷つけられた上で、憎きハンターに借りを作る。

 屈辱に身を焼かれて、爆発寸前の《火薬岩》のようになっていることは容易に想像出来た。


 しかし、それならばいっそのこと追い出されるほど怒らせてみようと思い至り、スティーブは少し声色を硬くして三の太刀を放った。


「仰ることを理解はしますが、我々もハンターです。もし、目の前でモンスターに襲われている人を見つけたなら迷わず助けに入ります。誰がなんと言おうと、それがハンターの矜持です」


 スティーブは毅然として言い放った。

 しかし、それが癇に障ったのか、門を取り囲む一人の男が上ずった声で叫ぶ。


「な、何が矜持だ! この自然の破壊者め!」


 それが呼び水になり、他の団員も一斉に声を荒げて口々に喚き始めた。


「殺しを商売にして恥ずかしく無いのか!」

「野蛮人め!」

「モンスターはあなたのご飯じゃない!」


 無遠慮に投げかけられる言葉を受けて、ワンダの表情が曇っていく。

 彼女はまだハンターとしての経験が浅く、こういう状況に遭遇したのはもしかしたら初めてだったかもしれない。

 ネイモアはネイモアで、こういう場が初めてではないだろうにもかかわらず、既に堪忍袋が肥大化した《ザボアザギル》のようになっているのが見て取れた。


 彼が暴れだすと面倒である。

 ここらが退き時なのだろうが、後々延々と愚痴や不満をこぼされるのもまた面倒である。

 この場を去る前に、少し彼の溜飲を下げておく必要があるとスティーブは思った。


「まぁ、落ち着いて下さいよ皆さん。皆さんはハンターを誤解していらっしゃる。ハンターは自然の破壊者などではありません。人間と自然とがバランスを保って共生出来るように取り計らう調停者なのです。肉食竜にしろ草食竜にしろ、増えすぎれば生態系に悪影響を与えます。草食竜が増えすぎれば、それは農耕地を荒らすかもしれませんし、肉食竜が増えすぎれば、それは人里に下りてきて人を襲うかもしれません。そうならぬよう、ハンターズギルドは管理区域内のモンスターの頭数には常々気を配っているのです」


 無駄なこととは知りつつも、スティーブは懇々とハンターのなんたるかについて説いた。


「それはハンターの理屈だろうが!」

「人間の都合で、モンスターの数を管理するなどおこがましい!」


 まったく。一言えば十の反論が返ってくる。

 いや、反論ですらない。ただの感情的な罵詈雑言だ。

 いちいち相手にするのも馬鹿ばかしいとスティーブは胸中に嘆息した。


「人間の都合ですとも。突き詰めれば、人間だって生物の一種に過ぎない。全ての生物は自らの版図を、自らの論理で確保、拡大しようとするのです。飛竜の保護とて人間の理屈です。それも極めて非論理的で感情的な部類のね」

「スティーブ……」


 刺すようなワンダの声を受け、スティーブは我に返った。

 少し言い過ぎたかも知れない。

 現場の殺気は増す一方で、血走った眼でこちらを見据える団員達は、今にも農耕具を手に襲い掛かってきそうな雰囲気であった。

 無論、彼らが襲い掛かってきたとしても、一方的に袋叩きにされるようなことにはならないだろうが、何しろ多勢に無勢である。


 少なくともお互い無事では済まないことは明白だった。

 現場の緊張が高まる中、これ以上無いというタイミングでパウロが口を開いた。


「仰ることは分かりますが、我々にも矜持というものがあります。この度は、ハンター殿に恩があります。同胞達に手荒なことはさせたくありません。不躾ではありますが、早々にお引き取り下さい。それが互いの為でしょう」


 慇懃無礼とはまさにこのことだが、彼の言うことが現状最善であることは疑い
ようがない。

 スティーブは助けた牧師会の男を引き渡すと、足早に空の牧師会の集落を後にした。


 そして、森と平地の境界で待機していたシャロンと合流し、再びバルバレへの帰途についた。



 ※ ※ ※ ※ ※



「浮かない顔ですね」


 バルバレへの途上、ポポ車の御者席に座っているスティーブは、同じく御者席に座って手綱を取っているシャロンの言葉を受けて、深い思索の沼から引き上げられた。


「あぁ、少し考え事をしてたんだ」

「先ほどの件について?」


 スティーブはシャロンの問いにひとつ頷いて返事とした。


 先刻の《空の牧師会》なる飛竜保護団体との衝撃的な邂逅は、年若いワンダの心に大きな衝撃を与えたらしく、ポポ車に戻るなり彼女は姉貴分であるシャロンの胸に飛び込んで涙ながらに憤懣を発散していた。

 しばらく《ドスジャギィ》の如く喚き散らした後、ようやく落ち着いたのか大人しく貨車の席に着いた。


 彼女の様子は今、ネイモアが見ている。


 本来の当番で言えば、シャロンが手綱を取る時は助手席に座るのはワンダの役目だが、助手は索敵や小間使いを受け持つ為、今のワンダには荷が勝つだろうということで、代わってスティーブが助手席に着いていた。


 ワンダが落ち着いてから、パーティはポポの駆け足速度で小一時間ほど歩を進めている。

 スティーブの記憶が定かなら、もう間もなくバルバレが見えてくるはずである。

 リオレウスとの不期遭遇戦からはこれといったトラブルも無く、一度別のパーティとすれ違った程度で他に出会いも無かった。


 何とか今回も無事に終わるか。

 と、スティーブが心中に胸を撫で下ろしていると、沈黙を破ってシャロンが口を開いた。


「それにしても、あんなモンスターの勢力圏の只中に野営地を作るなんて、シェパードの方々もとんだ酔狂家ですね」


 シェパードとは《空の牧師会》の通称であった。竜人族の古語においてはシェパードとは牧師を意味する言葉である。


 シャロンの少し感情的なものを含んだ声色に、スティーブはちらと竜人族の麗人に視線を移した。珍しいこともあるものだと思ったからである。

 この美しい竜人族の女性は、普段余り感情を表に出さない。或いは精一杯表現しているのかも知れないが、それが表情ないしは声色に出てこない為、それを推察し難い。


 ともあれ、珍しくシャロンの感情が表に出ていることに興味を抱いたスティーブはどんな問答であれ、少し付き合おうという気になっていた。


「そう言ってやるなよ……彼らは、アレで真剣なんだぜ? 少なくとも末端の人々についてはね」


 スティーブの応答に、シャロンは怪訝な顔で問い返した。


「真剣? 末端?」


 子供が嫌いな野菜を食卓に並べられた時に浮かべる表情によく似たそれがシャロンの顔に張り付いてるのを目の当たりにし、スティーブは思わず吹き出しそうになるのを寸での所で堪えた。

 そして、誤魔化しがてら居住まいを正して彼女の疑問符に応える。


「おや? ご存知無いのかい? 今ある飛竜保護団体の殆どは、幹部連中の食い扶持みたいなものだよ? 真剣に飛竜の保護、モンスターの愛護を訴えているのなんて、幹部に連れられてあちらこちらを行脚する末端の団員くらいのものだよ」

「私は、ああいう方々とは関わりを持たないようにしておりましたので」


 正面を見据えたまま、割りに強い口調でシャロンは言い切った。


 その声色にはどことなく不快感が滲んでいる。

 無理もないとスティーブは思った。本当の意味で自然と共に生きる竜人族にとって、喧伝する内容とその実情が伴わない人間の飛竜保護団体など、単なる矮小なエゴと自己陶酔にしか映らないことだろう。


 しかし、飛竜保護団体の真の問題点はそんな瑣末なところには無い。


「それが賢い判断だね……」

「含みのある言い方ですこと?」


 スティーブの言葉に、シャロンは少しおどけた調子で応じた。

 この美しい竜人の態度は益々もって不可解だが、流れ上会話を終えることも出来ない。

 加えて別段無理に終える理由も無い為、スティーブはひとつ咳払いをして続きの言葉を紡いだ。


「さっき、僕は真剣に飛竜の保護を訴えているのは末端の人々だけだと言ったね?」

「ええ、保護団体の殆どは幹部衆の食い扶持だとも……」

「そこだ。今、僕らがお目にかかるような飛竜保護団体の多くは、荘園や貿易で財を成した地方豪族の道具に成り果てている」


 何も言わぬまま白竜族の麗人はスティーブに向き直り、話が見えぬといった表情で小首をかしげた。


「ハンターという職業が成立して以来、これまでハンターの世界は安定した生存競争の上にあった。モンスターが人々を脅かし、ハンターがそのモンスターを殺す。ただ殺すだけではもったいないから、モンスターから得られる資源を人々に還元しようとする人達が現れる。そこに商売の機会が生まれるわけだ。そして、モンスター資源の円滑な流通の為にトレーダー達が現れた。彼らの働きで、モンスターの脅威とハンターは経済機構の一部に組み込まれ、僕らハンターはその狩猟経済とでも呼ぶべき土台の上に繁栄してきた」

「でも、如何に人間の生活に利益をもたらすとはいえ、ハンター達が思いのままに狩りを行っていては、生態系のバランスに変調を来たしてしまう……と?」


 息継ぎの為にスティーブが言葉を区切ったところ、絶妙の間でシャロンがその言葉を継いだ。


「そう。生態系のバランスは人間の生活にとっても重要だし、何より人々の安定した生活の基盤となっている狩猟経済そのものを破綻させてしまう。それを避ける為に一部の大商人らが結託してハンターの管理機構を作り上げた」

「それが、ハンターズギルド……」

「その通り」


 シャロンの言葉にスティーブが大きく頷くと、彼女は不満気な声で言った。


「それは、余程物を知らないハンターでなければ誰でも知っていることです!」


 スティーブは色の白い頬を《熱帯イチゴ》のように高潮させて膨らませた竜人族の女性に向き直り、両手を体の前に出して気が立ったポポをなだめる様な仕草で彼女を制した。

 横目でスティーブを睨み付けながらシャロンは膨れ面のまま沈黙する。


 それが次の言葉を待っているのだと気づいたスティーブは慌てて言葉を紡いだ。


「大事なのはここからさ。ギルドの発足からこのかた、ハンターとハンターズギルドは必ずしも水魚の交わりではなかった。ハンターの中にはギルドに所属せず、独自に狩りを行う者もいたし。ギルドに所属していながら、ギルドの定める狩猟法を犯して狩りを行う者もいた。地方では集落の代表なんかがギルドの役割を担っていた時代もあるくらいだし、前者の全てが不心得者ではなかったんだが……その後、殆どの村や町にいずれかのハンターズギルドの出張所が設けられることになった歴史をみれば、ギルドにとってこういうイレギュラーな存在が邪魔者だったことは明白だろう」

「話が横道に逸れてませんか?」


 シャロンが風で乱れた栗色の髪を整えながら言う。


「まぁ、聞けよ。前者が緩やかにハンターズギルドの管理下に置かれ、後者の不届き者が悉くギルドナイトに駆逐された結果、後には安定という名の停滞が残った。ハンターズギルドの組織としての成長がそこでストップしたんだ。そして、ギルドというものの仕組みが徐々に人々の間に浸透し理解されていくにつれて、現行のそれに取って代わろうとする存在が現れるわけだ……」

「やっと本題ですか……」


 溜息混じりにシャロンが言う。その透き通るブラウンの瞳は眠たそうに細められており、彼女はあくびを隠すように口元に手を当てる。

 それまで真剣に話していたスティーブは、胸に小さな針が刺さるような痛みを感じた。


「……冗談ですから、そんな顔しないで下さい」


 余程酷い顔をしていたのだろうかとスティーブは自問する。

 何しろシャロンが冗談を言うなどとは露も思っていなかったスティーブはまんまとたばかられてしまった。


 その結果にはむず痒いものを感じるが、同時に普段、鉄面皮で顔どころか脚の先まで覆われているような彼女にも、それこそ人並みの人間味というものがあるのだなと思え、スティーブは知らぬ間に胸の痛みを忘却の果てへ追いやっていた。


「それが、モンスターと人間の生活圏が接する以前に人々を支配していた封建的な領主、ないしはハンターズギルドの盟主になり損なった町の指導者達だ。モンスターとの生活圏が領地と接してしまってからは、それを守る為に彼らは血を流さなければならなかった。しかし、人と戦う技術しかない兵士がモンスターとまともに渡り合える訳も無く、次第にその出血は看過できないものになっていく」

「だから、多くの領主は失地回復や領土保全の為、ハンターとハンターズギルドに近づく必要があった……ですね?」

「なんだ、よく知ってるじゃないか」


 シャロンの的を射た総括に、スティーブはコルクで栓をされていた瓶に詰められていた真水で渇いた口と喉を潤しながら応じた。


「話の流れから推察したまでです。あ、私にもお水を下さい」

「御明察……だけど中には、鉱山の経営や交易によって財を成した領主もいたし。狩猟経済に乗っかって遅ればせながら成功した町や都市がないわけじゃあない」


 言いながら、スティーブは新たに取り出した水のビンをシャロンに手渡した。そして、渡してから数秒して自らの過ちに気づく。即ち、今自分が彼女に手渡したビンがそれまで自分が持っていたものであるということに。


「あ、ごめん。それ、僕の水だった」


 スティーブは慌ててビンを取り戻そうとする。が、時既に遅く。竜人族の女性ハンターはそのビンの口を自らの口元にあてがい、全ての生命にとって命の根源たる無色透明の液体を喉に流し込んでいるところだった。


「んッ……!?」


 そんな折にスティーブの言葉を聞いたものであるから、シャロンは反射的にビンを口から放した。

 そして、動揺の余り入ってはならないところに水が入ったのか、激しく咳き込む。


「そんなに嫌なのか……」


 乙女にとって一大事であるかもしれないが、表情ひとつ変えずにモンスターの眉間に弾丸を叩き込む女傑とは思えない狼狽ぶりを目の当たりにし、スティーブは複雑な心持になった。


「別に、嫌ではないですが」


 水を全て追い出したのか。

 前屈みだった体を起こしながらシャロンは言った。


「え?」


 他愛の無い受け答えだったはずだが、思わずスティーブが聞き返してしまったことで、シャロンはその美しい顔に普段異常に強固な鉄面皮を被り、それを普段からは想像もつかぬ朱色に染め上げて沈黙してしまった。


「ハッハッハ」

「ふっへっへ」


 御者席に気まずい沈黙が漂う中、突如として背後から投げかけられた野卑な笑い声に、スティーブは反射的に振り返った。

 誰とは考えるまでも無い。このポポ車で他に人がいるとすれば、パーティの一員である海の民の偉丈夫ネイモアと、土竜族の少女ワンダである。


「お前ら……いつからそこに……」


 スティーブが声を震わせながら尋ねると、ネイモアが含みのある微笑を浮かべながら応じる。


「そういってやるなよ……からかな」


 殆ど最初からじゃないか。と、スティーブは胸中にうなだれた。


 
 ※ ※ ※ ※ ※



 バルバレはハンターズギルドを擁する都市としては稀有な造りをしており、町の施設全てが移動可能な設計になっている。

 それは、ハンターズギルドが管理運営する酒場も例外ではなく、巨大な天幕の中にはクエストの受注や他の事務手続きを処理する窓口はもとより、ハンターが狩場で使用する消耗品や弾薬を販売する売店や、ハンターが飲食する為のテーブルまで、ハンターの活動を支援する為の機能の全てが納められていた。


 狩りから戻ったハンターは、すぐにハンターズギルドの窓口で帰還報告の手続きを執る必要がある。

 そして、大抵の場合はハンターズギルドの天幕からハンター達が宿舎とするゲストハウス街まではそこそこの距離がある為、多くのハンターは狩猟から戻ると一旦この酒場で休養を兼ねて食事を取ることが慣習となっていた。


 そして、それは今回無事にバルバレへ帰還したスティーブらも例外ではなかった。


「へっへっへ」

「へっへっへ」


 ネイモアとワンダの顔には、示し合わせたかのように同じような野卑な笑顔が貼り付けていた。

 それも、バルバレへの途上。ポポ車の御者席でスティーブとシャロンの間にちょっとした《事故》が起きてからこのかたである。


「いつまでやってるつもりだ?」


 隣に座っているネイモアには視線も向けず、呆れ半分にスティーブが言った。


「ワンダ? その辺にしておかないと……」


 それに同調して、スティーブの対面に座るシャロンが、隣のワンダを覗き込みながら言う。


 隊の長たるスティーブよりも、むしろシャロンの言葉を受けてワンダの表情から野卑な印象が霧散する。

 余りにも唐突であっけない裏切りを受け、一人取り残される形となったネイモアも、今が引き際と言わんばかりにわざとらしく唇を尖らせて野卑な笑顔を取り下げた。


 そして、それが合図であったかのように次々と立派な料理が運ばれてくる。


 これが、人間ばかりのパーティであれば食事の種類もある程度統一出来るのだが、なにぶんスティーブの率いる隊は人間、竜人族、海の民、土竜族の四種族混成である為、その食事の趣向に差異がありすぎてそれもままならなかった。


 故に、スティーブらの着いたテーブルはいつもかなり賑やかになる。


 スティーブはシンプルな料理を好み。今回も《アプトノスのステーキとロイヤルチーズのジャンゴーネギ添え》を頼んだ。

 ネイモアは《大王イカと女王エビのロイヤルパエリア》に加え《ドス大食いマグロの香草焼き》と正気ではない注文し。

 シャロンは余り肉類を取らない為《特産キノコとガーグァエッグのパスタ》を、ワンダは少女ながら《ズワロポスのステーキ・シモフリトマトのホットソース》と土竜族の貫禄を見せ付けた。


「それが一体お前のどこに入るんだろうな……」


 ネイモアの眼前に居並ぶ料理を目の当たりにして、スティーブは正直な感想を述べた。


「ここの他にどこがあるんだよ……」


 心底つまらなそうにネイモアは自身の腹部を撫でながら応じる。


 そんなことは百も承知だが、身長にして自身とネイモアには二十センチメートル程度の差しかない筈だがと自問しながら、スティーブは唸った。

 確かに体格となると若干ネイモアに対して見劣りはするものの、人間の中にあってはそれなりに恵まれた体格を誇るスティーブは、改めて種族としての限界を目の当たりにした。


「そういえばスティーブ、先ほどのことですが……」


 シャロンが思い出したように口を開いたとき、間髪いれずにネイモアが割って入る。


「ん? 水のビンのことか?」


 シャロンを茶化しにかかったネイモアだったが、自身の眼前に鎮座する良い焦げ色のついた《ドス大食いマグロ》に音もなく突き刺さったナイフを見て閉口した。

 シャロンは線の細い腕を伸ばしこともなげに巨大魚からナイフを取り返すと、溜息と共に改めて口を開く。


「飛竜保護団体のことです……」


 凍りついたテーブルの空気を変えるべく、スティーブはシャロンの提示した話題に乗ることにした。


「あぁ、どこまで話したんだっけ?」

「狩猟経済の中で、遅ればせながら成功を収めた勢力もあるという話です」


 美しい女狩人の助けを借り、スティーブは自らの話がどこまで進んだのかを思い出す。

 そして、その前後を話を整理しながらひとつ咳払いして切り出した。


「経済的に発展を遂げた都市や、商売で成功した領主達はハンターズギルドに成り代わろうとしたが、それは上手くはいかなかった……何故だと思う?」

「既に、ハンターズギルドが組織として完成されていたからでは?」


 シャロンの回答に、スティーブは大きく頷いて肯定の意を示した。


「そう。組織として成熟しきっていたハンターズギルドは、その権益を守る術も力も十分以上に備えていたんだ。如何に多少の富を蓄えたとはいえ、成り上がりの人間がそう易々と太刀打ち出来るものじゃない。ハンターズギルドと挑戦者との最初期の闘争は、挑戦者側の圧倒的な敗北という形で幕を閉じた」

「だが、連中もそれで諦めるようなら最初から仕掛けちゃいねぇ。次に挑戦者達が目論んだのは、ハンターズギルドの守りを切り崩すことだ」


 スティーブが結んだ言葉をネイモアが補足した。


「守り?」 


 シャロンの疑問に、そのままネイモアが応じる。


「ハンターズギルドが磐石な体制を敷いていられるのは、民衆の支持があってのことだ。自分達の生活を守ってくれるハンター、そのハンターを助けるギルド。その構図があってこそ、ハンターズギルドは狩猟経済の上に胡坐をかいていられる。じゃ、その民衆からの支持を揺るがせちまえば、ハンターズギルドの寡占市場にも付け入る隙が生じるんじゃねぇか……と挑戦者らは考えたわけだな」

「なるほど。でも、その為に飛竜保護団体の指導者達を懐柔し、自らの野望の尖兵に仕立て上げたところで、ハンターズギルドと密接に関わっている人々がそう簡単に飛竜保護の言論に傾くでしょうか?」


 ネイモアの言葉の先を読んでシャロンが問う。

 流石は賢者として知られる竜人族だけあって頭の回転が速く、疑問の切り口が鋭い。

 彼女は、敢えてこれまで飛竜保護団体のような手合いに近づかなかった分その実態には疎いが、ハンターズギルドとそれに纏わる抗争の本質については、この数分の談話で既に理解しつつあるようだった。


「それについては、皮肉な話だが僕らハンターの力に寄る所が大きい。僕は敢えて狩猟経済という言葉を用いたけど、経済の流れのひとつに組み込まれるほどモンスターとハンターとの戦いは人々の中で日常化した。それは、これまで人々の間で絶対的な脅威、恐怖の権化という認識だったモンスターが、生活の糧にまで落ちぶれたとも言える」


 スティーブはそこで一旦言葉を切り、グラスに注がれた冷水で口を湿らせた。

 鮮度が良いといっても、やはり自然に流れるままの水に比べれば味が落ちるな。と、場違いな感想を抱きつつ彼は自らの言葉を継ぐ。


「現に、狩猟技術や対モンスター用武器の能力が向上するにつれ、飛竜との戦いも格段に安全なものになった。ハンターが一方的に敗れ、モンスターが人里に被害を及ぼすという事例も少なくなってきた。それ自体は喜ぶべきことだが……同時にハンターに近い人々の間でもモンスターという存在が非日常的な存在になりつつあるということだ。いや、既にそうなっていると言っても良い」

「闘技大会ですか……」


 シャロンはオレンジ色のソースが絡まった《特産キノコ》をフォークで刺し、口元に運びながら呟いた。


「そう、現実味が無くなった武勇伝が行き着く先は二つ……神話か娯楽か……だ。とはいえ、両者の間に明確な違いがある訳じゃあない。むしろ、非凡な英雄が竜を相手に大立ち回りを演じる話と、闘技場でハンターとモンスターが戦う光景とを見比べた時、その非現実的な有様と大衆の目を楽しませるという目的に於いて両者に違いは無いとも言える」


 スティーブは一口大の大きさに切り分けたステーキを、鈍い光を放つフォークで突つき回しながらシャロンの言葉に応じた。

 彼女の顔に貼り付く怪訝な表情から、今の話では得心がいっていないことを察したスティーブは、グラスに注がれた冷水で口内の油気を取り除いてから更に続けた。


「ハンターに憧れる子供は、寝物語にココットの英雄譚を聞く。貴族は、詩人の吟じる物語の中に、自らの武勇ひとつで勇名を馳せるハンターの姿を夢想する。だがね、大多数の人々とって大事なのは、それが自分を喜ばせるものかどうかという話さ。極端な話、物語や演劇の類である必要すらない。だからこそ闘技大会はそれらに取って代わった」

「取って代わったって?」


 シャロンに代わって、今度はワンダが口を開いた。

 スティーブが口を開こうとしたが、それを遮るように横槍が入る。


「そんなに難しい話じゃねぇ。人間、目で見て分かりやすい方が好きなんだよ」


 ネイモアはやや大きめに切り取られた巨大魚の身を突き刺したフォークでワンダを指しながらそう言い切った。


「そりゃあ分かりやす過ぎだ……」


 スティーブは溜息と共に言葉を吐き出した。とはいえ、ネイモアの言うことにも一理ある。

 物語として脚色されたハンターの武勇伝にしろ、史実としてのハンターの活躍にしろ、単純な娯楽として考えた場合、実際にハンターがモンスターと戦っている光景を目の当たりにする方が胸を躍らせるに決まっている。

 それが、有史以来何百年を経ても人間が捨てきれない残虐性というものである。


「つまり、豪族や商人達は、闘技大会の非人道性を基点にハンターズギルドを糾弾し、立場を逆転しようと考えているということですか? で、その為に飛竜保護団体を利用していると?」


 改めてシャロンが疑問を口にする。

 スティーブは肯定の意味でひとつ頷いた。

 スティーブの応答を待たず、竜人族の女性ハンターは更に疑問を投げかける。


「話は分かりましたが……でも、果たしてそんなことでハンターズギルドの立場が揺らぐものでしょうか?」

「だからギルドも放置してる……それが答えだ」


 スティーブに代わってネイモアがシャロンの問いに答えた。

 現実問題として、成金達による飛竜保護団体を使ったハンターズギルド糾弾は全くといっていいほど効果をあげていない。

 希少な種の保護を謳おうとも、竜という生物に神格を与えて奉ろうとも、実際にモンスターによって生活を脅かされる人々には受け入れられない。

 ハンターの街や人間の勢力圏の奥深くならともかく、モンスターの生息圏と接している辺境地域の人々は、未だその生活を肉食竜に脅かされる状況が続いている。


「第一、彼らは何を食って生きているんだ? 人間もモンスターも同じく生物である以上、生きる為には他の生命を簒奪する必要がある。殺して良い生物と殺してはいけない生物なんて、一体誰が決められるんだ? 肉を食べることは命を奪うことだからって、肉を食べないことを美徳にしている菜食主義者なる手合いもいるようだが、植物には生命がないって誰が決めたんだ? 誰でもない。全ては個々の人間の思い込みだよ」


 スティーブは一口大にカットされたアプトノスの肉に勢いよくフォークを突き刺しながら言った。

 いたずらにモンスターを狩り、その種を絶滅させるような行為は当然糾弾されるべきだが、極端で偏った倫理観を掲げて生命に優劣をつけるような行為もまた唾棄すべき悪徳であるとスティーブは考えていた。


「蜘蛛の巣に絡め取られた蝶を助けた人がいるとして、飛竜保護を声高に喧伝するような連中はそれを善行とするのだろうね。確かに蝶の命は助かったかも知れないが、蜘蛛にとっては一週間ぶりの食事だったかも知れないだろ? 食事の機会が失われ、その蜘蛛は餓死してしまうかも知れないが、そういう人間が蜘蛛に同情することは無いだろう。大体の場合、人は姿の醜い蜘蛛より、姿の美しい蝶を好む」


 アプトノスの肉を口に放り込み溢れる肉汁を堪能した後、他の仲間が食事の手を止めて自らの話に聞き入っていることを察したスティーブは、フォークで鉄皿を突きながら続けた。


「食うとか食われるとかっていう話は、自然界から見ればごく当たり前の生命の営みで、そこに善とか悪とかって価値観は入り込む余地も無い筈なんだがね……感情的に飛竜の保護を訴えるような連中は、自分達の行いを正義だと信じて疑わない。だから、平気で感情的な論理を振りかざして意にそぐわない他者を糾弾する。だが、その実は独善的に命に優劣を付け、善行を積んでいるという感覚に酔っているだけさ」


 スティーブの言葉に、シャロンは深く頷いた。

 やや、話が横道に逸れた気がしなくも無いが、そもそも狩りの成功を祝う宴会に似つかわしい話題だったかも疑問である。

 意図して避ける必要も無いが、敢えてこれ以上深入りする必要性も感じなかった。


 そうこうする間に各々の皿が空き、宴も酣という雰囲気になる。


「やれやれ……良い頃合だし、俺は帰って寝るかな」


 常人の倍の量が並んでいた筈だが、どういう訳か皆と同じタイミングで食事を終えたネイモアが呟く。

 その顔には若干の疲労の色が浮かんでいた。無理も無い、本来はドスジャギィ率いるジャギィの群を掃討するだけのクエストだった筈が、よりにもよってハンターに対して敵対的な勢力に組する人間を救う為に、満足な備えもないまま飛竜と戦う羽目になったのだ。疲れるなと言って無理があるだろう。


「そうだな。今日はこれでお開きにしよう。次の仕事は未定だが、二、三日後には動き出したい。何せ、今回の仕事は実入りが良くなかったからな」

「世知辛いねぇ……こちとら、誰もやりたがらない仕事を敢えて引き受けてるってのに」


 ネイモアが不遜な呟きを漏らす。

 気持はわからなくもないが、それを承知で小口の仕事を請けているのである。まして、小さな農村や困窮する町から大金をせしめる訳にもいかず、好きで貫いている生き方であるから文句は無いとして、スティーブらの懐事情は常に寒々しかった。


「私は帰って笛の手入れをしようかな。シャロンもおいでよ? ボウガンの調子、診てあげるから」


 満腹になって気持ちが大らかになっているのか、疲れを感じさせない調子でワンダが言った。


 ハンターが慈善事業でいられない理由のひとつとして、武器や防具の整備という問題があった。

 対モンスター用の武器は、基本的に対人用の武器よりも頑丈な造りをしているが、だからといって無遠慮に使い倒して大丈夫という訳ではない。

 大剣やハンマー、片手剣といった単純な武器ならばいざ知らず。

 ガンランスやボウガンといった機械的な作動機構を備えた武器は日々の細やかな整備が肝要だった。


「そうね。今日はまだ日も高いし……お願いしようかしら」


 シャロンは無機質な表情ではあったが、妹に向けるような穏やかな声で言った。


 ボウガンやガンランスの整備不良は、弾詰まりや動作不良の原因になり、狩場では死に直結する深刻な問題である。

 近年ロックラックで開発された《スラッシュアックス》や、バルバレの技術を結集した新兵器《チャージアックス》などは、一度整備を怠ると持てる性能を発揮できなくなる繊細な武器であった。


 刃がこぼれたり、銃身が汚れたという程度のものならハンター個人でも整備のしようがあるが、刀身が曲がったり、本体に歪みが出たというような事柄は専門の整備士に依頼して直すほかない。


 中には一仕事終える度に修理へ出すというほど慎重な者もいるという。


 しかし、大多数のハンターはそうしない。

 理由は至極単純で、金がかかるからだった。当然、修理費は自分持ちである為、修理に出せば出すほどクエストに於ける自身の取り分は減ってくる。

 その街のギルドに登録したハンターであれば幾らかの優遇を受けることが出来るが、それでも格安というわけにはいかない。


 特にスティーブ達のように危険度の割りに報酬金が少ない依頼ばかりを受けるハンターにとって、その出費はかなりの懸案だった。

 故に、スティーブも比較的無整備状態でも安定して力を発揮する片手剣を選んだ訳だが、それでも定期的な全面修理は必要だった。


 しかし、長年スティーブ達を悩ませていた整備と出費に纏わる諸問題は、ワンダを仲間に引き入れたことで、まるでこれまでが夢だったかのように霧散した。

 彼女は土竜族出身のハンターであると同時に優れた武器整備士でもあった。

 初めて彼女に出会ったときなど、無整備での継続使用が祟って動作不良を起こしたネイモアのガンランスをその場で直してみせたほどである。


「じゃ、皆も暇を見つけて得物を持ってきてね? クエストの前になって突貫作業なんてのはヤだからさ!」


 皆が散り散りに自室へと戻ろうという流れでワンダが言った。

 そういう隊の懐事情もあり、今スティーブのパーティはワンダの手先ひとつに支えられていると言っても過言ではなかった。

 なかなか修繕費を捻出できない貧乏パーティにとっては、自前で武器の整備が出来るのはありがたかった。


「おぅ、また明日にでも寄るぜ」


 ネイモアが丸太のような手を振ってワンダとシャロンに挨拶する。


 スティーブも、人差し指と中指以外を折り込んだ右手を額に当てて別れの挨拶とした。


 ややあってから、昼下がりのバルバレで一陣の風と共に四人のハンターが別の方向へと歩き出していった。



狩部門伴
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2017年02月18日(土) 22時15分42秒 公開
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