Dauntless. <Chapter.03 Unsung>

 温暖期 バルバレ大衆酒場


 ドスジャギィ討伐の任に始まり、リオレウスとの不期遭遇戦、飛竜保護団体《空の牧師会》との邂逅に終わった怒涛の一日から一晩明け、スティーブはオフ日であるにもかかわらず、愛用の青く染め上げられたハプルシリーズの鎧を纏い、腰にシンプルな造りの青い片手剣--オデッセイを下げて大衆酒場に足を運んでいた。

 これは、最早習慣と言って差し支えないものである。

 バルバレに舞い込んでくる依頼は常に更新され続けており、その情報は刻々と変化している。そんな、バルバレに溢れる依頼の中からモンスターによって窮地に立たされている人達がいないか、スティーブは常に目を光らせていた。


 危険度が高く、一刻の猶予も許されないような依頼は、大抵の場合《緊急クエスト》に回され、数分の内に受注する必要があるものの、比較的高額な報酬が約束される。それを探す為であった。

 もっとも、スティーブの場合は報酬が目当てという訳ではなかったが。


「何か……あるかな?」


 動きやすさに主眼を置き、その中でデザイン性を失わない《バルバレ・ハンターズギルド》の制服に身を包んだ女性がスティーブの呟きを聞いて手元の台帳に落としていた視線を上げた。

 スティーブと女性の目が合う。

 青いハプルシリーズの防具で身を固めたハンターは、ひとつ咳払いをしてわざとらしく視線を横に逸らし、女性は口元に手を当てて微笑を作ってから机代わりのカウンターからもうひとつ別の台帳を引っ張り出してスティーブの眼前に広げた。


「ダグラスさんの好きそうな依頼はありませんね」

「どういうクエストが僕の好みなんだい?」


 女性はわざとらしく他所に視線を向け、唇の下に人差し指を当てながら答える。


「そうですねぇ。報酬の割に危険が大きいか、危険なモンスターの割に報酬が安いか……ですかね?」

「意味が同じだよ……それに、僕は別に好んでそういうクエストばかり選んでいる訳じゃない。そのテのクエストは人が集まり難いし、その割に依頼主の状況は逼迫している場合が多い。僕は、そういうのを見過したくないんだ。やっとハンターが集まって現場に急行した時には、町が廃墟だったなんて冗談にもならないからね」

「まるで見てきたような口ぶりですね……」


 女性は、先刻までのおどけた表情をしまいこみ、神妙な面持ちで言った。


「そりゃあ、長いことハンターをやっていれば……ね」


 気まずい沈黙がクエストカウンターを包む。

 話題を変えようとスティーブが口を開きかけた時、絶妙なタイミングで沈黙を切り裂く野太い声が天幕に響いた。


「まったく……今日はオフじゃなかったのか? 勤勉も結構だが行き過ぎると毒だぞ」


 聞き覚えのある声にスティーブが振り返ると、そこには二メートルはあろうかという長身の男が立っていた。


「ネイモアか。まぁ、オフって言っても僕には特に予定もないしな。キノコ狩りくらいならどうってことないだろう?」

「予定がないってのは良いとして、何でわざわざキノコ狩りなんだよ。言っちゃあ悪いが、そんなものは振り回した武器で自分が怪我するようなハナタレの仕事だぞ? 仮にもハンターの階級でいえば上の下にいるお前がやるようなもんじゃないだろ……」


 ネイモアは大きな顔を遺憾なく活用して呆れぶりを表現し、丸太のような両腕を左右いっぱいに広げて言った。


「お前の言いたいことも分かるが。最近じゃそのハナタレだってキノコ狩りに行きたがらないじゃないか。キノコ狩りなんて依頼がギルドに舞い込むのにだってちゃんと意味がある。そこには危険なモンスターがいたり、ただの農夫には足を踏み入れることが難しい場所だからだろ? 確かに依頼主の道楽かもしれない。でも、そうじゃないかも知れない。何らかの理由でどうしてもそれを必要としているのかもしれないじゃないか。なのに、安い仕事だとか新米の仕事だからとハンターがそれを忌避していたら、何の為に僕たちハンターが存在するのか分からない」


 ネイモアの目を真っ直ぐに見据えながらスティーブは言った。

 当初、おどけた風だったネイモアの表情が徐々に引き締まり、その眼光は徐々に光を帯びていった。スティーブが言葉を切る頃には、口の端を曲げて片眉を吊り上げた妙な表情になっていたが、その顔にスティーブを侮るような感情は映っていなかった。


「ま、そうだな……」


 スティーブの目を見つめ返しながら、ネイモアは穏やかな声で呟いた。


「まぁ、今日はそんなキノコ狩りの依頼すら入っていないんですけどね」


 少し緊張を孕んだ場の雰囲気へ油を差すように給仕の女性が言った。

 直後である。天幕の外がにわかに騒がしくなった。ヒステリックな--恐らくは男の叫び声のようなものも聞こえた。天幕の周囲にはただならぬ気配を感じて人が集まってきている風だった。

 そして、悲鳴のようなものは徐々にスティーブ達のいるギルドの天幕に近づいてきている。


 酒場に居合わせた全員がそれ感じ取り場の雰囲気が一気に硬くなる。それまで、自由気ままに酒盛りをし、酔って騒いでいたハンター達の表情が一気に強張った。

 新米ハンターも熟練ハンターも関係なく、一同がこれから起こるであろう何らかの事態に備えていた。

 基本的にはハンターギルドは敵を持たない。特に、バルバレのような移動型都市の場合は現地民とのトラブルが予想されれば、早々に場所を移すことも可能だ。

 しかし、時にハンターの戦闘能力を危惧した地方領主によって、兵士が差し向けられる場合もある。

 ごく稀なケースだが、荒事に発展することもあった。


「違うな……」


 唐突にネイモアが呟いた。恐らくは、今スティーブが危惧したような事態にはならないということだろう。

 そして、ネイモアが予言めいた呟きを発した直後。入り口の布が翻って一人の男が天幕の中に転がり込んできた。


「助けてくれぇ!!」


 男は、天幕に入るなりそう絶叫した。

 遠くからやってきたのか、着ている服は誇りっぽく、あちこち汚れていた。

 ろくに水も飲んでいないようで、声はしわがれ、皮膚の乾燥が目立っている。疲労の色も濃く、恐らくはここまで自らの足で走り通してきたのだろう。


「助けて……」


 うわ言のように繰り返す男を、ネイモアが助け起こした。


「おい、しっかりしろ」


 ネイモアは給仕を呼んで男に水を飲ませる。

 貪るようにして喉を潤した男は、どこか怯えるような瞳で酒場を見渡した後、今度は俯いて黙り込んだ。彼の体を支えるネイモアが怪訝な顔で問い質す。


「一体何があったってんだ? そんで、お前はどこの何モンなんだ?」


 男が黙したままネイモアの問いに答えないでいると、その現場に居合わせたハンターの一人が男の外套に付いている紋章に気づいた。


「てめぇ! シェパードか! 何しに来やがったんだ!」


 それは、飛竜を模したシルエットを円で囲んだシンボルであり、昨日スティーブ達が遭遇した飛竜保護団体、空の牧師会の紋章であった。

 ハンターは席から立ち上がり、男を指差して怒鳴った。怒鳴られた男は、ネイモアに体を支えられたまま少したじろぐ。

 その瞳には憎悪と動揺の色が浮かんでおり、混乱して何を話せば良いか分からないといった様子だった。


「まぁまぁ、方々落ち着きなよぉ。まずは、この男の話を聞いてみようじゃないか」


 一瞬で物騒な気配に包まれた酒場を、つばの広い皮製の帽子を被った背の低い竜人がゆったりと歩く。この、バルバレのハンターズギルドを取仕切るギルドマスターであった。

 緩慢だが、妙に隙のない動きで男の傍まで歩み寄ると、マスターは改めて男に問うた。


「さて、旅の人。アンタは先ほどこのテントに助けを求めて飛び込んできた訳だが……一体我々に何が出来るだろうか?」


 男はそれでも沈黙を守り続ける。徐々に剣呑な表情へ変わっていくネイモアとは対照的に、ギルドマスターは変わらず穏やかな調子で今一度口を開いた。


「何か、お困りごとを抱えているのではないかね? お前さんは空の牧師会の人間のようだが……なるほど、我々ハンターズギルドと御宅らの関係はこれまで余り良いとは言えなかった。物を頼みにくい気持ちも分かる。しかし、ギルドとしては正当な報酬と理由さえあれば、とりあえず依頼を受けることは出来るがね?」


 男は、しばし周囲を見渡した後、おずおずと語りだした。


「数時間前。我々の野営地に狗竜の群れが襲ってきた。先日火竜に破壊された柵の隙間から侵入してきて、すぐに数人が犠牲になった。今は家屋へ立て篭もることで急場を凌いでいるが、それもいつまで保つかは分からない。私は、たまたま柵の外にいたから、そのままの足でここへ来た……」


 男は沈痛な面持ちで言い切り、そして俯いた。

 そこに、一人のハンターが野次を飛ばす。


「つまり、お前は仲間を見捨てて逃げてきたって訳だ」


 心無い言葉だが、野次を浴びる男が牧師会の一員であることを鑑みれば致し方ないのかもしれない。その野次に呼応するように、また別の野次が男に投げつけられた。


「ジャギィも腹が減ってたんじゃねぇか? おい、モンスター様が困ってんぞ! お前も餌になってやりゃあ良かったんだ!」


 野次に対して喝采が起こる。これまでのハンターと牧師会の軋轢を思えば、そう言いたくなる気持ちも理解できなくはない。

 しかし、それはリンチだとスティーブは思った。

 ハンターとしての誇りがあるなら、その来歴はどうあれ、眼前でモンスターの被害を被っている人間を嗤うようなことはしない。


 スティーブは怒声を張りそうになるのを堪え、ギルドマスターの言葉をじっと待った。


「皆の者、静まりたまえ」


 竜人族の老爺の声が天幕に響き渡った。それまで野蛮な喧騒に包まれていた大衆酒場は一瞬で静寂に包まれる。ギルドマスターは荒くれ達を制した後、うな垂れる牧師会の男に歩み寄って言った。


「話は分かった。救援の依頼だね……緊急事態ゆえ報酬については後ほど交渉するとしよう。しかし、ハンターに支払う報酬金だけで二万ゼニーは下らないと思ってくれなさいよ?」


 竜人の穏やかな言葉に、牧師会の男は涙目で頷いた。

 そして、ギルドマスターはそれまでの穏やかな調子と変わって、硬質な声色で天幕中に響き渡る声を張った。


「緊急クエストだ! ここから少し離れた地で、空の牧師会の野営地がジャギィの群れに襲撃された! 報酬は二万ゼニー以上を保障しよう! 緊急ゆえ契約金は無し。すぐに出立出来る者の受注を求める!」


 ギルドマスターの声が天幕を揺るがすが、後に残ったのは冷たい沈黙だった。

 その場に居合わせたハンター達は、誰しもが「我関せず」という表情を浮かべている。

 ハンター達は、これまで空の牧師会によって数々の狩猟妨害や糾弾を受けていた。例え、モンスターの襲撃を受けて窮地に陥っていたとしても、助けようという気は起こらないだろう。

 自分以外は。とスティーブは胸中に呟いた。


「誰かおらんかね!」


 再度、ギルドマスターが声を張り上げる。しかし、相変わらず天幕の中は牧師会への嘲笑と侮蔑だけが渦巻いていた。

 男の表情が徐々に曇っていく。

 ここで助けを得られなければ、モンスターと戦う術を持たない牧師会の連中は全滅だろう。そこに、女子供の別はない、それこそが自然というものである。

 彼が絶望感に襲われたとしても無理はない。


「僕が引き受けましょう」


 一歩進み出て、スティーブはよく通る声で宣言した。

 酒場がどよめき、居合わせたハンター達の表情が歪む。小声で何事かを言い合っている声も聞こえるし、それが好意的な内容でないことも承知している。

 そして、一拍遅れてパーティの仲間である《海の民》が驚きの声を上げた。


「正気か!? 昨日だって俺達はこいつらを助けたのに、冷たく追っ払われたんだぞ? お前のお人好しは知ってるつもりだがよ……こいつらの為に命を張る義理がねぇ!」

「だが、矜持がある」


 ネイモアの咆哮にスティーブは冷静に応じた。それにネイモアが言い返す。


「誇りで飯は食えねぇだろ! お前だって仕事を選んでりゃ今頃一等クラスのハンターになってたんだ! それがどうだ!? 今でも二流に甘んじてる。無駄に能力を消耗させてるだけじゃねぇか!」

「誇りを失ったら……ハンターである意味が無い。それは、ただの殺し屋だ」


 スティーブの返事にネイモアは言葉を詰まらせた。


「僕はハンターだ。それ以上でも以下でもない! 目の前にモンスターの脅威に晒され、命の危険に見舞われている人があるなら、悪人だろうと善人だろうと助ける。裁かれる必要があるなら、その後でも良い! ここで、憎いからとか嫌いだからと助ける相手を選んでたら、それはシェパードのように命に優劣を付けて差別しているのと同じじゃないのか!?」


 今度はスティーブの声が天幕を揺るがせた。酒場に居合わせたハンター達の動揺は鳴りを潜め、代わりに冷やかな視線がスティーブへ向けられた。相変わらずぼそぼそと何か言う声が聞こえるが、スティーブは気に留めず真っ直ぐにネイモアの目を見つめる。

 そして。


「一人でも行くが、一人ではないことを願う」


 スティーブは決意を孕んだ声で言った。

 相棒と呼んで差し支えない時間を共に狩場で過ごした人間のハンターと海の民のハンターの間に長い沈黙が横たわった。永遠に続くかと思われたそれを先に破ったのは、ザボアシリーズの鎧を身に纏った巨漢の海の民だった。


「分かったよ……俺のまけ……」


 ネイモアが呆れた表情で笑い、そして何事かを言おうとした時、それを割って二人の間に女性の声が飛び込んだ。


「一人ではありません」

「そうよ、私達も行く!」


 スティーブが声のした方へ目を向けると、ガンナー用のレイアシリーズの防具に身を包んだ線の細い白竜族の女性と、真紅に染め上げられたボーンシリーズの鎧を身に纏った土竜族の少女の姿があった。

 外の誰でもない、シャロン・カーティスとワンダ・ベルである。


 恐らく、先刻の騒ぎを聞きつけ、状況を追いかけて酒場にまで来ていたのだろう。


 スティーブと彼女達はパーティを組んでいるので、基本的にはリーダーであるスティーブの受注したクエストに同行する。しかし、それは何らかの拘束力を持った規則に縛られたものではない為、報酬やクエストの内容に不満があれば同行しない自由もある。そして、今回の依頼は間違いなく《割に合わない》部類のものと言って間違いない。

 それでも同行を申し出てくれる彼女らの心に、スティーブは目頭が熱くなるのを感じた。


「まぁ、乗りかかった船だ。最後までオトモしてやるぜ」


 女性陣に言葉を遮られた挙句、機先を制されてしまったネイモアは、照れ隠しに坊主頭を掻きながら最後にそう宣誓した。

 スティーブはひとつ頷き、ギルドマスターに改めてクエスト受注の意思があることを伝えた。だが、そこにはもうひとつの懸念があった。


「マスター。この依頼は我々が受けます。直ちに現場へ急行し、空の牧師会野営地を救援しましょう。このまま身一つで走ります……ですが、間に合う保証はありません。それだけはご承知置き下さい。貴方も、良いですね?」


 スティーブはギルドマスターと、ようやく一人で立てるようになった牧師会の男に言った。

 バルバレから牧師会の野営地までは、ハンターが身一つで走っても三時間ほどはかかる。護衛のハンターでも連れていれば話は別だが、彼らはそれを嫌ってモンスターに対する自衛手段を持たない。

 篭城しているとは言え、野営用の仮設家屋ばかりでいつまでも持ち堪えられる筈はない。事態は一刻を要していた。


 ギルドマスターは革の帽子を被りなおすと、意味ありげに咳払いして言った。


「うむ。君の言うことは理に適っている。ここから、人間の足では恐らく間に合わないだろう。しかし、方法が無い訳ではない。君達が我々の実験に参加してくれると言うなら、今から現場に間に合うよう力を貸すが……どうするかね?」


 是も非も無かった。


 間に合う方法がひとつでもあるというなら、それにすがるしかない。スティーブは力強く頷いて、ギルドマスターの企みに乗ることを了承した。その後で仲間の顔を見渡すと、ネイモアだけが不安そうな表情を浮かべており、先に相談しろと顔に書いてあった。

 パーティの中で一番大柄かつ力の強い男が一人だけ弱気な姿を見せていることが妙に滑稽に思えたが、お陰で肩の力が抜けた。スティーブには、今それがありがたかった。


「へっへっへ……デミにはお似合いの仕事だな」


 酒場に居合わせたハンターのうち、誰かが放った言葉だった。

 スティーブはネイモアのお陰で抜けていた肩の力が再び湧きあがるのを感じたが、それを止めようとはしなかった。全身の毛が逆立ち、怒りと憎しみと不快感が綯い交ぜになって津波のように去来する。

 砕けん程に奥歯を噛み締めて憤慨を堪えながら、スティーブはおし黙ったまま声の聞こえた方に目を向ける。


 そこには《大タル》に腰掛けた中年ハンターの姿があった。


 年相応の皺が刻まれた顔には野卑な笑顔が貼り付いており、太い眉毛の片端を吊り上げてスティーブの仲間を眺めていた。彼は薄汚れたバトルシリーズの防具を身に纏い、その傍らには専門ではないスティーブに詳しい判別はつかなかったが、ブレイズブレイド系統と思われる大剣が立てかけられていた。


 残念なことにそれなりの経験を積んだハンターと見受けられる。

 男はスティーブの視線に気づいたらしく、わざとらしくビールの注がれたジョッキを掲げて見せ、スティーブが胸中に滾らせている怒りになど全く気づかぬ様子で更に言葉を続けた。


「デミ諸君! 精々人間様を助けてやれよ? そいつらに助けてやる価値があるかどうかは知らねぇがな……ガハハハ!」


 そう言って品の無い馬鹿笑いをしたハンターの言葉を受けて、同調するように酒場の中で小さな笑いが起こった。


 デミとは、《デミヒューマン》の略語であり、所謂竜人族や海の民といった人間に近い異種族に対する蔑称である。長らく、人間と竜人、海の民は互いに協調し、お互いの長所を活かし合う形で発展して来た。


 しかし、近年人間社会の中に竜人や海の民が多く進出するに当たって、軋轢も生じるようになってきた。

 竜人や海の民は、絶対数こそ人間より少ないものの。知性や身体能力、技術力の面で大きく人間を上回る。

 身近な異種族が増えるにつれ、人間族の間ではその能力を妬んだり、彼らが自らの存在を脅かすのではないかと懸念する向きも大きくなっていた。


 莫迦なことを、とスティーブは思う。

 それを言えば自分のパーティの仲間だけでなく、ギルドを統べる竜人族であるマスターすらも侮蔑することになるのだが、彼らにそれにも自覚している様子はなかった。


 最近はこういう無自覚に悪意を振りまくハンターも増えた。

 ネイモアは既に爆発寸前の《火薬岩》のようになっているが、ワンダとシャロンは憮然とした表情で堪えている。そして、ギルドマスターは流石の年の功を見せ、罵詈雑言はどこ吹く風と暴言を受け流していた。


「羨ましいねぇ、にーちゃん! パーティに二人も囲ってんのかよ? もしかして、そっちのデケェのもソレ用なのか?」


 更に別の所から男の声で野次が飛んだ。ワンダは言葉の意味が分からないという風の顔をしていたが、シャロンは下唇を噛んで目を伏せる。ネイモアの装備するザボアアームの手甲がギリギリと音を発し、巨漢の海の民が拳を握り締めて怒りを堪えていることが分かる。

 竜人族の女性は、人間から見て大抵の場合美しい外見をしている。

 その為、悲惨な歴史の渦中にあった頃もある。遠い大陸で《ココットの英雄》と呼ばれる竜人族が、人々を悩ませていた飛竜を討伐してハンターという職業を世に知らしめ、人間と竜人族が手を取り合って生きていけると証明するよりも以前。


 土地の権力者によって竜人族の女性が大勢攫われ、手篭めにされることが平然と行われる時代があった。中には人攫いによって売りに出された者もあるという。

 そして、一見して異なる種族が手を取り合って共存しているように見える今の時代でも、残念なことにそうした闇の文化は密かに受け継がれているという話はちらほらと聞く。


 モンスターの脅威が届かない地域の権力者の間では、未だに異種族の人身売買が横行しており、中にはそうしたことに手を染めるハンターも存在するという。


「だが、ホントに上玉だぜ、あのアルヴ。ちくしょ〜……俺もご相伴に預かりたいぜ〜!」


 更に大剣使いのハンターが茶化すように下品な言葉を発した時、スティーブは背負っていた円形の盾を全力で投擲していた。

 彼の全身を突き抜ける怒りに任せて放たれた盾は、それが本来防具であることを忘れさせる攻撃的な力を発揮し、ハンターが座っていた大タルを粉砕した。タルに座っていたハンターは当然体の支えを失って尻から床に落ちて呻き声を上げる。


 酒場で僅かに起こっていた卑猥な笑い声は消え去り。訪れた静寂の中で、大タルを破壊した青い円形の盾が床と壁に反射してスティーブの手元に戻る音だけが響き渡った。


 座っていたタルをスティーブに破壊され、尻餅を突いたハンターは一瞬混乱した表情で周囲を見渡した後、下手人であるスティーブを睨みつけようとしたが、全身に怒りを滾らせた青い鎧の狩人を目の当たりにして口をつぐんだ。

 差別とは。人間がとり得た唯一の防御策だという者もある。


 竜人族や海の民が人間のコミュニティの中でその補佐や指導に当たることは多いが、大きな街を歩いていても人間以外のハンターの姿を見ることは殆ど無い。そこには、人間のハンターが長い時間をかけて醸成してしまった因習、保守性というものが横たわっていた。


 長らく、世界でモンスターを相手に戦うのは人間の仕事であった。人間はそれ故に知性や身体能力で一歩他種族に後れを取っていても、胸を張って世界で生きていけた。しかし、そこに他種族が入り込んでくると状況が変わってくる。

 異種族に対して、人間が唯一勝っている点は、その繁殖力と適応力だった。

 人間は、世界から唾棄されることを恐れた。恐れるが故、自らの存在意義を守る為に予防線を張ったのだ。他の種族がハンターになれぬよう。数の利を活かして悪しき不文律を作り上げた。


 だが、それすら恐れず才能ある他種族がハンターの業界に存在すると、それは不当な弾圧を呼んだ。スティーブ自身、そんなものは嫌というほど見てきたし。そんな旧弊は破壊すべきだと常々思っていた。

 海の民であるネイモア、竜人族であるシャロン、土竜族であるワンダと出会ってからは一層その思いは強くなっていた。


 だからこそ、スティーブはハンターの言葉を許さなかった。


「ハンターは人に武器を向けねぇのが信条なんじゃねぇのか! 偉そうに一席打った割にゃ、自分もハンターの心得を破ってるじゃねぇか!」


 どこからともなくスティーブに罵声が飛ぶ。それは、若い声だった。

 誰を見るでもなく、スティーブは怪訝な表情で自分を見つめる酒場に居合わせた多くのハンターを見渡した後、誰に言うでもなく一言呟いた。


「命と……誇りを守る場合は別だ。覚えておけ」


 ハンターは人に武器を向けず。というのはハンターの心得のひとつであるが、自身の命と名誉を守る為であれば話は別であると昔から言われていた。

 スティーブにとって、今ある仲間を愚弄されることは自らの頭を足蹴にされることよりも許し難い行いであり、彼は仲間の名誉を守る為であらばタブーに触れることも厭わないつもりだった。


「次は、頭を狙う」


 短く言いながら、スティーブは受け止めた盾を背中の留め具に戻した。


「申し訳ない。大タルは今回の報酬から弁償を……」


 遠回しに「次に言えば殺す」と言われ、色を失ったハンターから視線を剥がし、ギルドマスターに向き直ってスティーブは言った。


「安くしとくよ」


 軽い調子の声で一言マスターは応じた。


「さ、時間を無駄にした。時は無いよ! 準備にとりかかってくれ。ナタリア!」


 急に硬さを帯びた声色でマスターが声を張る。

 ナタリアというらしい給仕の女性が駆け寄ってきて竜人の老爺に耳を貸す。


「ハンター殿の了承は得た。アレの実地試験を行うよ。彼を呼んでくれ」

「はい、マスター」


 快活に返事をしたナタリアは、給仕にしては妙に無駄のない所作で天幕の奥へと消えていった。


「さぁ、アンタ方はこっちだ。ついておいで」


 スティーブらは、案内されるがまま天幕の外へと出る。出際に脇目で先ほどのハンターの様子を伺うと、彼は床に座りこんだまま黙って下を向いていた。彼も、長らく中堅所に居座る内に、才能への妬みばかりを募らせていったのだろう。

 焦燥感と劣等感に押しつぶされそうになる不安は理解できなくも無いが、それが誰かを貶める理由にはならない。スティーブは男が再起し、自らの鍛錬によって不安を克服するようになることを祈りつつ、天幕の入り口を仕切る布を通り抜けた。



 ※ ※ ※ ※ ※


 温暖期 ……空の牧師会野営地から約十キロメートル地点上空



「まだ着かねぇのかよ……」


 しっかりと船内の柱にしがみつきながらネイモアが嘆息した。

 ちなみに、ぼやくのはこれが初めてではない。


 クエストの受注から半時程が経っただろうか。スティーブらは、目標地点となる牧師会野営地まですぐの距離にまで迫っていた。

 ギルドマスターに案内されたのは、バルバレの飛行船発着場であり、そこでスティーブらは見たことも無い飛行船に乗せられた。


 聞けば、少し前にバルバレを騒がせた《とある旅団》に影響を受けて新造されたものらしい。


 巨大な楕円状の空気嚢に特殊なガスを詰め、仕組みは良く理解できなかったが《ギギネブラ亜種》などの飛竜から採取される《電気袋》から得られるエネルギーを用いて回転する板を使って空を飛ぶらしい。

 そこまでは、バルバレやロックラックでこれまでも見ることが出来た飛行船だが、この船は空気嚢を近年バルバレ周辺で目撃されるようになった大型の鳥竜種、ゲリョスの皮で覆っていた。


 空気嚢に吊り下がる形で、そこそこしっかりした作りの角ばった木製の船体があり。二十人程度なら余裕で収容できる広さを備えていた。船室には様々な機材や物資が満載されており、主となるの船体の他、見張り台や固定式のヘビィボウガンのある小部屋が幾つか備わっていた。


「まるで、空飛ぶ要塞だな」


 散々船内を見学した後、飛行船の見事な造りにスティーブは感嘆した。


「そうだろ? 何せ、バルバレの技術力を結集した最新作だからな! 関係者以外でこれに乗るのはキミらが初めてだよ。光栄に思って良いよ」


 スティーブらに同行するくたびれた黄色い作業服を着た男が言った。妙な話方をする男だが、何となくそれだけでただ者ではないと分かる気がした。

 妙なのは話方だけでなく、銀髪を右側頭部だけ刈り上げ、長めに残した頭頂部の髪の毛を頭の左側に流している髪型や、額の左側付近ではねている癖毛が胡散臭さに拍車を掛けている。


 顔立ちは整っているが、どこか挑戦的な目をしており、線が細く高い鼻と、自信ありげな微笑を浮かべる口元はどこか軽薄さを纏っていた。


「(私、この人は生理的に受け付けません……)」


 スティーブの傍で、シャロンが消え入りそうな声で呟いた。


「(堪えろ。もうすぐ目標地点だ……)」


 余りにも正直な物言いに心中で苦笑しながらスティーブも小声で応じた。


「そう言えば、おっさんなんて名前なの?」


 ワンダの不躾な言葉を受け止め損ね、おっさん呼ばわりされた銀髪の男は昏倒しそうな勢いでたじろいだ。そして、大袈裟な身振りを伴って一瞬にして立ち直り、ただでさえ吊り目気味の瞳を更に吊り上げてワンダを指差しながら言った。


「私はおっさんではない! まだ二十九だ!」


 問題点はそこなのだろうかとスティーブは一瞬自問したが、すぐにどうでも良くなって話の推移を見守ることにした。


「私は、ティーロ・T・サイード。バルバレの行政官を務めている。今回、ギルドマスターの指示を受けて、新型飛行船を用いた対モンスター新戦術の実地試験を監督することになった。よろしく頼むよ」


 相変わらず物言いだけは奇妙だが、そこそこ礼儀は備わっているらしかった。きっと、無礼で頭のネジも二、三本は飛んでいるのだろうと思っていたスティーブだが、その認識は改めることにした。


「新戦術? 確かギルドマスターもそんなことを言ってたが……」


 ようやく揺れに慣れたのか、ネイモアが柱から離れ、スティーブらの方に近づきながら言った。


「私は実地試験の方が気になります。何の試験なのです?」


 ネイモアに呼応する形で、シャロンも再度口を開く。二人から一斉に質問を受ける形になったティーロというらしい男は、わざとらしく両手で二人を推し留めるジェスチャアを取った後、スティーブらを備え付けの机に着くよう促した。

 スティーブ達が大人しく席に着くと、ティーロは机の傍にあった黒板に何かを描きはじめた。

 飛行船と地面、そして人と思しき雑な絵が黒板の上に居並ぶ。絵を描き終えたティーロが、ひとつ咳払いをしてから改めて口を開いた。


「もうすぐ目標地点上空に着く。キミ達の質問に応えつつ、作戦内容を説明しよう。まず、新戦術だが……これからキミ達にはこの船を飛び降りてもらう。選択権も拒否権もない」


 ティーロが言った瞬間、ネイモアが立ち上がって怒声を放った。


「馬鹿かテメェは! いったいここがドコだと思っていやがる! 空の上だぞ! それも、落ちたら地面に叩きつけられておっ死ぬような高さだ!」

「まぁまぁ、落ち着きなさいよ。そんなことは私だって知ってるし、何も持たせずに飛び降りさせるわけは無いじゃないか。もっと頭を使いなよ」

「このやろ……」


 スティーブは、立ち上がったネイモアの肩を掴んで椅子に座らせた。高所での恐怖心からネイモアは普段の十倍は殺気立っている。気持ちは分からないでもないが、かといって彼を野放しにしていてはいつまで経っても話が終わらない。終わらない内に現場に着いてしまう。多少強引に黙らせることも致し方なかった。


「続けて」


 スティーブは短く言った。


「ありがとう。そこの海の民の不安を除く為に先に申し上げれば、キミ達にはこのバックパックを背負って降りていってもらう」

 ティーロは説明しながらロッカーのひとつを乱暴に開け、中から人の半身ほどもある大きな背嚢を取り出した。荷姿は大きめだが、見た目の割に重量は無さそうに見える。


「それは?」


 いぶかしんだ表情でシャロンが問う。


「落下傘だ。中には飛竜の翼膜を繋ぎ合わせた帆が入っている。この紐を引けば中身が飛び出し、空中で広がって落下の速度を殺してくれる。支給品投下実験を繰り返して信頼性を高めた人間用だ。安心してくれたまえよ」


 本当に何事もなさげにティーロは言いきった。


「人間での実験はしてないわけ?」


 今度はワンダが口を開く。そして、ティーロは首を横に振った。


「いいや? これを装備しての降下実験は非公式だが何度も行われているよ? 当初、不幸な事故が無かった訳ではないが……こうして改良を重ねた結果。装備の性能不足による事故は起こらなくなっている。心配御無用!」


 つまり、最初期には人命に関わる事故が起こっていたということだろう。

 だが、あのギルドマスターが事故を頻発するような装備の実地試験をこの緊急時に容認する筈はない。恐らく、その《落下傘》とやらの性能は現在時点で実用に耐えうるものなのだろう。

 とは言え、不安感が完全に消えた訳ではないが。


「この戦術。誰が思いついたんだ?」


 スティーブは最も根本的な質問を口にする。待ってましたと言わんばかりにティーロの瞳が輝き帯び、それだけで聞かずとも誰の発案かは見当がついてしまったが、スティーブには辛抱強くティーロの返事を待つだけの分別があった。


「私だよ! 少し前、とある旅団がバルバレで名声を得た。お抱えのハンターの腕前もさることながら、私は彼らの有していた飛行船に着目した。彼らは、単にポポ車や船よりも便利な乗り物程度にしか思っていないのだろうが、私に言わせればこれはハンティングに革命をもたらす技術なんだよ!」

「革命だぁ?」

「そうとも。ついでに作戦を説明しちまうからよく聞いておくように。これから数分の後、この船は空の牧師会とやらが野営地を築いた場所の上を飛ぶ。その時、キミ達にはこのバックパックを背負って船を降りてもらう。降りると言うよりは、落ちると言った方が正確かな? それは良い。落ちると言っても落下の勢いは落下傘が殺してくれるから、君達は危険じゃあない速度で地面に降り立てる訳だ。その後、バックパックを投棄し、ジャギィの群と好きに戦ってくれ。えっちらおっちら走っていくよりは随分楽な話だろ?」


 楽な話かどうかは置いておいても、確かにこの技術が確立されれば狩猟に変革をもたらすことは確実だった。

 ハンターの狩場への移動を高速化する試みは、これまで様々な形で行われてきた。造船の技術が向上してからは海路を利用することが主流になったし、内陸にはポポ車を用いての移動が主になった。

 より緊急性の高い救援依頼などは、ハンターが身ひとつで走り、ネコタクが必要物資を運搬するという方法などが採られてきた。


 しかし、この飛行船からハンターを降ろすという思想は、これら全てを遥かに凌駕するだろう。救援対象の喪失という方向性で最も失敗率が高い救援依頼も、この技術の実現で格段に成功率の向上が見込まれる。

 現に、自分達は今、熟練のハンターをして不可能と断じるような依頼の成功を見込んで動いている。


 この実験に懸けるバルバレとギルドマスターの期待値の大きさが伺えた。


「話は分かった……落下傘の使い方を教えてくれ」


 スティーブは立ち上がり軽薄な笑みを浮かべるティーロに言った。


「正気か!? こんなもん、分の悪ぃ博打じゃねぇかよ!」

「でも、他に方法もありません。助けると決めた以上、リスクを犯してでもひとりでも多く助けられる方策を採るべきではないでしょうか?」


 ネイモアの言葉にシャロンが応じる。お互いの言い分に一里ある。

 ネイモアの言う通り、装備を着けた状態のハンターが落下傘を使用して、事前の実験と同じ結果を得られるとは限らない。特に重武装のネイモアやシャロンでは、その重量の影響は顕著だろう。

 しかし、シャロンの言うように、そもそも全滅必至の所から数人でも助け出そうと思うならばリスクを避けることは出来ない。何せ、最初からそこに道理は無かった。

 依頼達成不可能なことが道理なのだ。

 それをこじ開けるためには、無理をすることが避けられなかった。


「やろうよ、ネイモア! 私達なら出来るよ!」


 ワンダの駄目推しを受け、ネイモアはため息を吐きながら額に手を当てた。

 そして、垂れた頭を左右に振ってから勢いよく正面へ向き直り。気合の乗った瞳を爛々と輝かせて言った。


「しゃーねぇ、やるか! 但し勘違いすんなよ? 俺は最初っからやる気だったさ。お前らの心配をしてたんだからな?」

「そういうことにしときましょー」


 大木のような腕を組み、口をへの字に曲げたネイモアを見てワンダが可笑しそうに言った。


「話は纏まったようだね、方々。それじゃ、準備に移ろうか」


 議論の推移を黙って見守っていたティーロは、満足そうに頷いて言った。同業者に嘲られ、助ける義理も利点も無い相手を救出に向かう依頼。まともなハンターならばまたいで通るようなこのクエストが、ハンター史に残る一戦になるかと思うと、言い知れぬ高揚感が体中を駆け巡り、血が滾り、闘志が燃え上がるのをスティーブは全身で感じていた。



狩部門伴
http://twitter.com/Thermidor999
2017年03月04日(土) 23時58分14秒 公開
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