Dauntless. <Chapter.04 Hell Dive>

 温暖期 ……空の牧師会野営地上空



 数分の後、スティーブらを乗せた新造飛行船は、《ジャギィ》の群に襲われているという空の牧師会の野営地上空に差し掛かっていた。

 ティーロの指示でゲリョスの皮に覆われた風嚢から吊り下げられた船体の後部が開いた。


 冷たい空気が流れ込み、同時にその場の雰囲気もどこか硬さを帯びる。


「落下傘から伸びる紐を操れば降下地点はある程度自由に出来る! 期待しているぞハンター達よ! 最初はスティーブ・ダグラス、キミからだ! 次にワンダ・ベル! ネイモア・ヴォート! シャロン・カーティスの順番で続きたまえ! 降下三十秒前、備えてくれ!」


 興奮しているのか、ティーロの口調が徐々に激しくなる。無理もない、流入する空気が突風となり、かき消されないように話そうと思えば自然と声も大きくなる。

 そして、自身の発案が狩猟界の常識を一変させるかも知れないという思いは、野心的な行政官の功名心を煽るには十分過ぎるものである。


 しかし、今のスティーブにそれを不愉快に思ったり、批判的に思う感情は存在しなかった。今、足元にはモンスターに襲われる人達がいる。

 そして、それを助ける。スティーブの胸中に存在したその一念だけだった。


「ダグラス! 行きたまえ!」


 ティーロが張った怒声を背中に受け、スティーブは弾かれるように少し助走をつけて飛行船の船体を飛び出した。

 薄暗い木造の部屋から一転、青い空、白い雲、遠方に連なる山脈、そして広大な森林と平野を散りばめた大地という色彩豊かな自然の芸術が眼下に広がった。



 美しい。



 と、スティーブが胸中に唸った直後、肌に触れる風が彼の意識を現実に引き戻した。


 落ちている。

 降下開始から既に幾らかの時間が経過していた。

 ティーロの話では、船を飛び出した後、十秒を数えてバックパックの紐を引けと言われていた。本来、飛行船からの降下には長い時間をかけて訓練する必要があるらしいが、落下傘降下の経験が無いハンターをぶっつけ本番で降ろすという無茶苦茶でもしでかさなければ今回の依頼の成功はありえない。


 万に一つの可能性であっても、それに懸けるしかなかった。


「うおおぉぉぉお!!」


 スティーブは背嚢の紐を勢いよく引いた。

 ベッドのシーツを翻した時の音を五倍に増したような音がして背嚢から勢いよく落下傘が吐き出される。

 直後、体が浮き上がるような感覚を覚えた後、それまでめまぐるしく動いているように感じられた周囲の景色の動きがゆっくりになった。


 飛竜の翼膜を用いた落下傘は求められた働きを十分にこなし、スティーブの落下する勢いを致命的ではない程度にまで減殺した。後は、紐を操って落下地点を調整するだけである。


「意外と難しいな……」


 人生で初めての経験ということもあり、数々の修羅場を潜り抜けてきたスティーブであっても落下地点の調整が上手くいかない。

 思うように落下傘を操れず、スティーブは想定していた森林傍の平原ではなく、森林そのものに突っ込む形になった。


「まずいな、樹に引っかかったらことだぞ」


 想定外の状況に陥った焦燥感は冷静さを拭い去り、ますますスティーブの手元を狂わせる。


「そんな、冗談じゃ……!!」


 乾いた破断音を響かせてスティーブの体が樹木の波に呑み込まれた。

 小さな枝を次々と圧し折りながらスティーブは森の中へ落下する。

 体はハプルシリーズの鎧に守られているが、顔の一部は剥き出しの生身である。頬や顎を針葉樹の葉や枝に打ち据えられて尖った痛みが走った。


 しかし、スティーブが歯を食いしばってそれを堪えていると、突然枝葉が全身を叩く感覚が消えた。


「抜けた!」


 スティーブが安堵の声を上げた直後、今度は彼の眼前に地面が迫ってくる。

 落下の速度はかなり減殺されているものの、森林に飛び込んだことで体勢が整っていない。

 このまま墜落すればどこか痛めてしまうかも知れなかった。

 肉食竜のただ中で負傷することは、殆ど死ぬことと同義である。

 スティーブは右手に固定した盾の革紐を握り締めると、正面に構えて墜落の衝撃に備えた。


 直前に地面が迫り、今まさに地上に激突するとスティーブが目を伏せた直後、彼の体は大きく上へ引っ張られた。想定とは違う種類の衝撃が体を突き抜け、思わずスティーブは目をしばたたいた。

 体の引っ張られる方に目を向けると、太い木の枝に落下傘が引っかかっていた。痛い目に遭わずに済み、取り敢えずスティーブは胸を撫で下ろしたが、今度は地面まであと少しという所で宙吊りになってしまった。

 そして、悪いことにスティーブが降り立ったのは野営地のど真ん中であり、そこら中にジャギィの、そして近年バルバレ周辺で問題となっている外来の肉食竜《ランポス》の姿があった。


「何だこいつらは?」


 スティーブはランポスに遭遇することは初めてだった。

 ジャギィよりも二回りは体が大きく、鋭い牙の並んだ嘴のような黄色い口が特徴的な青い竜がランポスと呼ばれるモンスターであることを知ったのも後になってからのことである。


 ランポスとジャギィは獲物を巡って小競り合いを繰り広げていた。

 中には、犠牲になった牧師会の人間の肉片を取り合って争っている連中もいる。野営地を最初に襲撃したのはジャギィ達なのだろうが、偶然後そこにランポスの群れが通り掛かり、状況は悪化した。


 そして、見知らぬモンスターと、想像よりも酷い状況に飲まれていたスティーブは我に帰った。

 これでは、肉屋にぶら下げられたリノプロスである。早急に拘束を解かなければ、いずれ彼ら注目を浴び、吊るし上げられたまま生餌にされてしまう。


 狩りの中で死ぬことは本望とはいえ、そんな無残な死に方は受け入れがたかった。


 事前に教授された内容に従い、スティーブは背嚢の留め具を順番に外していった。

 背嚢が落下中に外れるという最悪の事態を避ける為、ひとつひとつの留め具はしっかりと固定されていたが、外すのに無理な力が必要なほどではなかった。

 これならシャロンとワンダも難儀することは無いだろうなどということを考えながら順調に留め具を外していると、どういう訳か最後のひとつが外れない。


 そして更に悪いことに、一頭のジャギィがスティーブの存在に気づいてしまった。


「まずいな……」


 そのジャギィは、用心深くスティーブを観察しながらじりじりと彼に歩み寄る。

 もし、スティーブが抵抗できないと分かれば一気に襲ってくることだろう。その確信がスティーブの焦燥感を煽った。

 留め具を外そうと必死に手を動かすが、不具合なのだろうか一向に外れる気配はなかった。


 ジャギィの歩みは徐々に速くなる。

 飛びかかられるのも時間の問題だろう。スティーブはジャギィと留め具を交互に見ながら懸命に脱出を試みたが、いよいよ間に合わず、遂にジャギィは勢いをつけて吊るされた食肉のような有様のハンターに飛びかかった。


「冗談だろ!」


 口を大きく上下に開き唾を撒き散らして襲いかかってくるジャギィを、スティーブは右手に備えた円形の盾で力いっぱい打ち据えた。

 金属と肉がぶつかり合う鈍い音が響き、ジャギィは大きく体勢を崩して地面に転がった。宙吊りの状態でそんな動きをとったスティーブも振り子のようにその身を揺らされる。


 留め具を外すことを諦めたスティーブは、腰に下げた鞘から解体用のナイフを抜いた。

 手馴れたハンターならば飛竜の外皮すら易々と切り裂くことが出来る鋭利な刃物を用いて落下傘から伸びるロープを切断し、青い鎧のハンターはようやく地面に降り立つことが出来た。

 しかし、態勢を立て直したジャギィが左右に飛び跳ねながら再び彼に飛びかかった。


 悪態を付きながらスティーブは右手の盾でジャギィの牙をいなし、その胴を全力で蹴り上げる。

 ハプルシリーズの脚甲がジャギィの腹に食い込み、狗竜の筋線維が断絶する不愉快な感覚が脚に伝わった。それを奥歯で噛み潰し、スティーブは背嚢を腰に留めているベルトを解体用ナイフで一息に切り裂いた。


 頑丈な皮製のベルトも、解体用の鋭いナイフに掛かればバターのように切り裂かれた。支えを失った背嚢が鈍い音を立てて地面に落ち、遂にスティーブは全ての拘束から解き放たれた。


「流石に蹴ったくらいじゃどうにもならないか」


 再度、体を起こして挑みかかってくるジャギィに口上を述べ、ハプルシリーズの鎧を纏ったハンターは正面から手負いの狗竜に突進する。

 前脚を振り上げて上体を起こし、後脚を踏ん張って噛み付いてくるジャギィと、放たれた矢のように一直線に突進するスティーブの体が交錯する一瞬。

 スティーブは上体を屈め、右手の盾でジャギィの顎に強烈なアッパーカットを見舞った。更に振り抜いた右腕を左方に流しながら体ごと回転して左手で腰のオデッセイを抜く。


 体が縦に伸び切り、仰向けに倒れそうになるジャギィへ向けて、スティーブは回転の勢いを利用した斬撃を叩き込む。


 オデッセイの青い刃は無防備なジャギィの喉元を捉え、あっけなく切り裂いた。噴水のように動脈血が噴出して辺りの地面を汚す。

 スティーブは全身でそれを浴び、青く塗り上げられたハプルシリーズの鎧に赤黒い色彩を散らした。


「皆も無事に降りてきただろうか」


 スティーブは大混乱の最中、オデッセイを一振りしてひとりごちた。



 ※ ※ ※ ※ ※



「おいおい、あの野郎……森に落ちてったぞ!」


 開傘が遅れ、他のメンバーよりも速い速度で降下していったスティーブが森の中に消えていくのを上空から眺めつつネイモアは声を張った。近くに落下傘を開いた状態でゆっくりと降下するシャロンの姿があり、彼女は妃竜砲に据え付けられた単眼鏡を覗き込みながらそれに応じる。


「植生が濃くて確認出来ません!」


 珍しくシャロンも声を張るが、降下中は風の音が騒々しく、そうでもなければ会話にならない。

 ネイモアの少し下に位置するワンダが、風の音がうるさい中でもよく通る声で叫んだ。


「森は避けた方が良いよ! この落下傘が引っかかって動けなくなっちゃうかも!」


 そう言って、彼女は落下傘から伸びる紐を引いて器用に落ちていく方向を変えていった。丁度、森と平原の変わり目辺りに目掛けて舵を切っている。


「本当に初めてなのかァ……アイツ?」


 余りに手馴れたその動きに、ネイモアは呆れ半分で唸った。器用で多彩な特技を持つ娘だと思っていたが、空から落ちることまで上手くやってのけるとは思っていなかった。


「木々の切れ目から彼の姿が見えます!」


 相変わらずスコープを覗き込みながらシャロンが叫ぶ。


「……どうやら、落下傘が樹木に引っかかって身動きがとれないようです!」

「何やってんだよ……」


 シャロンから寄せられた凶報を聞いてネイモアは額に手を当てて目を伏せた。


「んまぁ……ヤツのことだ! むざむざ食い殺されるこたぁねぇだろ! さっさと着地して援護に向かうぞ!」

「了解っすー」

「了解しました」


 スティーブに代わって指揮を取るネイモアの言葉に、ワンダとシャロンは肯定の意を表した。

 そうこうしている間にも地面が近づき、着地の態勢に入らなければならなくなった。

 三人ともが重量のある武器を担いでいる為、ひとつ間違えれば衝撃で足を痛めかねない。

 ティーロからは着地に一番気をつけるよう言い含まれていたが、ぶっつけ本番で上手くいくものだろうかと、ネイモアの胸中に今更の不安感が去来する。


「落ち着いて下さい! ティーロの説明通りにやれば大丈夫ですから!」

「そんなに器用にいくかよ!」


 ネイモアの少し上を降下しているシャロンが叫んだ。

 ネイモアは反発するように怒鳴る。

 言うは易いが、飛行船から技術としても確立されたばかりの落下傘によってハンターを狩場に展開するという試みは、まさに前代未聞である。

 技術的な蓄積が無いばかりか、ギルドマスターやティーロの言うように、このクエスト自体が最終実験的な意味合いを持っている。


 成功するという確かな保証などどこにも無かった。


「よいしょぉ!」


 活発な掛け声が轟き、ネイモアは足元に視線を移す。

 見れば、ネイモアより先に降下したワンダが無事地上まで辿り着き、既に降下用の装具を外しにかかっていた。

 どうやら怪我も無いようで、巨漢の海の民はひとまず胸を撫で下ろした。


 しかし、彼女が無事に地上へ到達したということは、次に自分の番が回ってくるということである。

 多少の怪我は覚悟の上、そして少々の手傷如きで動きが鈍るようなことはないという自負はあるものの。自身より一回り以上も年下の少女が初めての試みを難なくこなしたというのに、ハンターとしても人間としてもより経験値を積んでいる筈の自分が仕損じては面目ないという焦りは、ネイモアから平常心を失わせるに十分だった。


 地表が眼前に迫る。

 普段段差を飛び降りた時よりも落下速度は緩やかだったが、何せ重量のある銃槍と盾を装備した状態でのことである。

 体のどこにどんな負荷がかかるかは未知数だった。

 着地の瞬間、ネイモアはワンダのように掛け声を上げることはしなかった。衝撃で舌を噛むことを嫌ってのことである。代わりに、腹の底から唸り声が漏れた。

 だが、危惧したようなトラブルには見舞われず、彼自身も驚くほどにすんなりと着地は成功した。


「ご無沙汰ね?」

「あぁ、元気そうじゃねぇか」


 降下用の装具を全て取り去ったワンダが軽口を叩く。ネイモアはそれに笑いながら応えた。

 ワンダは必要最小限の荷物だけが入った背嚢を背負い、体に異常が無いか確かめている。落下傘が収納された背嚢に固定されていた狩猟笛は既に取り外され、背中の留め具に固定されていた。

 そして、ウェーブの掛かったブロンドの髪を何度か手で解かし、戦いに望む気持ちを整えている。


 ネイモアもワンダに倣い、大袈裟に思えるほどあちこち固定している金具を取り外し、だらりとしな垂れた落下傘に繋がる背嚢を取り去った。

 落下傘用の背嚢に懸架されていたディープオーシャンを取り外し、腰に括り付けていたザボアシリーズの兜を被る。最小限の狩猟用具が入ったポーチを腰に巻きつけ、最後に金属と水竜の素材で作り上げられた飾り気の無い銃槍を背中の留め具に固定した。


 着地による負傷も無く、状態は万全と言えた。


「では、参りましょう。ワンダはスティーブと合流。私はネイモアと一緒に生存者の救出に向かいます」

「了解」

「おいおい、いつの間に降りてきてたんだよ」


 ネイモアより後に降下したはずのシャロンは、既に降下用装具を排除し、狩猟に必要な装備を整えていた。

 別段手こずったつもりも無いが、こうなると何やら自分だけが遅れを取っているような憂鬱な気分になる。

 しかし、それを全く感じさせない二人の女傑の態度に救われた。


「何凹んでんのよ? おっさん!」

「やかましい! さっさと行こうぜ」


 三人のハンターは孤立した仲間と、ハンターの敵たる人々を救うべく薄暗い森の中へと消えていった。



 ※ ※ ※ ※ ※



 鬱蒼と木々が生い茂り常に薄暗い森の中に、金属と金属を打ち合わせる甲高い音が響き渡った。

 オデッセイと、その対になる盾をぶつける音は肉食竜の食欲を剥ぎ取るには十分以上の効果を発揮した。

 多くのジャギィとランポスが苛立った様子で一斉にスティーブに殺到するが、森林に渦巻く殺意を一身に受けてなお、青く染め上げられたハプルシリーズの鎧に身を包んだハンターの闘志は揺らぎすら見せなかった。


 前後左右にステップを踏みながら距離を測るランポスは、スティーブの直前で大きく跳躍した。

 後足に備わった鋭い爪の切っ先をスティーブの体に向けながら、蒼い肉食竜は自然の理に則って落下する。


 勝利を確信したようにランポスが短く鳴き声をあげる。

 しかし、それは直後悲鳴へと変わった。

 スティーブの体を貫くべく突きつけられた爪は、オデッセイと対になる鋼鉄の盾に阻まれたのだ。

 そればかりではなく、スティーブは超人的な膂力を発揮して、ジャギィより一回りは大きい体を吹き飛ばした。


「随分重いな……やっぱり」


 青い竜は空中で一回転して地面に落ちる。

 その際、運悪く首の骨を折ったらしく、短くうめいた後それは動かなくなった。その光景を見た他の個体がけたたましい鳴き声をあげる。

 何を言っているかは分からないが、恐らくこちらへの警戒を強めたのだろう。


 スティーブの周囲は完全にジャギィとランポスに囲まれており、先ほどまで獲物を奪って争っていた両者の小競り合いはどこへやら。共通の敵を目の前に団結しているようにさえ見え、スティーブは脱出は困難さを噛み締めた。


 しかし、この凶暴な捕食者達の意識を自分に向け続けられれば、或いは牧師会の人間が逃げる時間を稼げるかもしれないとスティーブは考えていた。


 問題は、どこを見ても生き残った者の姿を見つけられないことである。

 スティーブは、頭を振って最悪の想像を打ち消す。


 生き残りがいないとしても、それは結果に過ぎない。

 眼前の肉食竜を悉く討伐した上で、生存者が無いのなら致し方ない。これまでもそんな結末に出会ったことが無い訳ではない。

 しかし、仮にまだどこかに生存者が隠れていたとすれば、その被害を押しとどめる為にも目の前の状況に立ち向かっていかなければならない。


 先手必勝と言わんばかりに、スティーブは地面を蹴って手近なランポスに襲い掛かった。ハプルグリーヴの中が汗でじんわりと湿る。

 円形の盾を正面に構えたスティーブは、勢いを緩めることなく全身で青い肉食竜に体当たりした。


 スティーブの突進を前脚で受け止めたランポスの、ナイフのように鋭い爪が盾の表面を削る。

 その耳障りな音を噛み殺しながら、スティーブは更に一歩踏み込んだ。

 彼と組み合う形になったランポスは、尋常ならざる膂力に圧されて仰け反る。

 青い肉食竜の体勢が崩れたのを見逃さず、スティーブはオデッセイの蒼刃を閃かせた。


 左から右へ逆薙ぎに払われた剣は、ランポスの細くしなやかな首を捉え一瞬の内に胴体と離れ離れにした。

 剣を振って血糊を掃い、右手の盾を背後に向けて振りぬく。

 途中、スティーブは盾が弾力のあるものにぶつかる感覚を覚えた。


 それが背後に迫っていた肉食竜の体を殴りつけた感触だということを確信したスティーブは、腕を振りぬいた勢いで体ごと背後の獲物に向き直り、回転の力を利用して今度は左手のオデッセイを横薙ぎに振りきった。


 不運なランポスの胸を切り裂いたオデッセイを翻し、細かく上下に切りつけ、青い竜の両前脚を切り落とす。

 腰を落としながら円盤のように一回転し、青い竜の右足を斬りつける。

 体勢が揺らいだランポスの左脚を蹴飛ばし、堪りかねて地面に転がった竜の胸にオデッセイを突き立てる。


 短い唸り声を上げて動かなくなった竜に一瞥をくれ、スティーブは次の獲物を探した。今度は側面からジャギィが飛び掛ってくるのが見え、スティーブは盾を振り下ろしてジャギィの延髄付近を打撃し昏倒させた。

 それと入れ替わるように飛び掛ってきたジャギィを正面から盾の腹で殴りつけ吹き飛ばす。当たり方が悪かったのか、首の骨が折れたらしいジャギィは地面に落ちて動かなくなった。


「キリがないな……」


 スティーブは数々の死線を潜り抜けてきた歴戦のハンターであるが、雲霞の如く押し寄せる肉食竜達によって徐々に追い込まれていった。

 ジャギィとランポス、先刻まで獲物を巡って争っていた両者は、最早スティーブを最優先の敵と看做し、連携こそ取らないまでも。

 獣としての本能に従って一斉に彼へと殺到していた。


「ぐっ……」


 背中を突き抜けた衝撃に、スティーブは思わず前のめりにバランスを崩す。

 しなやかな筋肉を誇るジャギィが、青い竜と比べれるとやや小さめの体をいっぱいに使って体当たりしてきたのだと分かる。

 肉食竜からの攻撃の密度が増しており、自分が徐々に凌ぎきれなくなっていることに、スティーブは頭の芯を熱した鉄棒で炙られるような焦燥感を覚えた。


 前のめりに崩れた体勢を無理に立て直そうとはせず、スティーブは前方へと体を投げ出した。

 そのまま前転し、起き上がりながら先ほどまで自分が立っていた場所に目を遣る。そこには、体当たりの反動でまだ次の動作に移れないでいるジャギィの姿があり、隙だらけの狗竜に向けてスティーブは迷うことなくオデッセイと対になる円形の盾を投擲した。


 真横に回転しながら空気を切り裂いて飛んだ盾は、バルバレの酒場で大タルを叩き壊した時と同じように、ジャギィの頭蓋を砕いた。

 切れたというよりは弾けた肉の間から鮮血と脳漿が撒き散らされる。


 哀れな狗竜を屠った盾は、勢いを殺しながら上へと跳ね返った。

 それは、まるで示し合わせたかのように急な放物線を描いてスティーブの元へと宙を舞う。

 彼は、右手で盾を受け止め、少し持ち上げた後で手を離し、中空に漂う形となった盾の革紐に右手を滑り込ませた。

 そして、落とさないように革紐をしっかりと握りこむ。


 直後、側面に殺気を感じたスティーブは反射的に盾を持ち上げた。甲高い音と共にランポスの鋭い爪が青い円形の盾の表面を削る。

 致命的な鉤爪の一撃こそ逃れたものの、人間より遥かに重量のある体からの圧力を受け、スティーブは反対方向へと吹き飛ばされた。


 所々返り血で染まっている青いハプルシリーズの鎧を土にまみれさせながらスティーブは地面を転がり、意図せず数回跳ねた後仰向けに大地へ転がった。


「しまったっ……」


 地面に背中をつけるなど、モンスターとの戦闘に於いてあってはならないことだった。

 鈍重な大型竜との戦闘ならまだしも、相手は小刻みに跳ね回る鳥竜の類である。これ以上無い隙を晒すことになったスティーブがその後どうなるかは、ハンターとして経験を積んでいる彼自身が一番よく分かっていた。


 案の定、スティーブを吹き飛ばしたランポスは、後足で力強く地面を蹴って跳躍し、爪先に生えた鋭い爪で哀れな獲物に止めを刺すべく落下してきていた。鎧の頑丈な部分で受ければ或いは致命傷を避けられるかもしれない。

 しかし、人の数倍の体重を誇る肉食竜にのしかかられて無事で済む筈もないだろう。

 盾で受けるか。このまま真横に転がって避けるか。生存の可能性を模索して、あらゆる思考が凄まじい速度でスティーブの脳裏を巡る。


 しかし、結局どの手立ても実行されることはなかった。

 最終的に盾で受け止める選択肢を取ったスティーブが、歯を食いしばって全身の筋肉を動員し、金城鉄壁の構えを取った矢先、スティーブ目掛けて落下していた青い肉食竜の体が、真横へブーメランのような形に折れた。

 空中でバランスを崩した青い竜は、スティーブの少し横に落下し、混乱した様子で立ち上がろうとしていた。


 仰向けの体勢のまま、スティーブはすかさず右手に持った盾で青い竜の頭部を打ち据える。

 肉食竜が一瞬怯んだ隙に首と腕の筋肉をしならせて素早く立ち上がり、無防備な延髄にオデッセイの蒼刃を振り下ろす。スティーブが丁度《ドテカボチャ》を叩き切るような感触を覚えた後、青い竜の首が胴体と切り離されて鮮血と共に宙を舞った。


「スティーブ!」


 直後、明朗な声がスティーブの名を呼ぶ。

 声のする方へ目を向ければ、そこには快活そうな土竜族の少女の姿があった。


 パーティの一員、ワンダ・ベルである。

 真紅に染め上げられたボーンシリーズの甲冑を身に纏い、その体躯には不釣り合いにも思える巨大な笛を担いだ姿を他の誰と見間違える筈もない。

 彼女は、スティーブとの間に割って入ったジャギィの頭部をネイティブホルンの打撃面で殴打し、鎧袖一触に小型の鳥竜を屠ってから言った。


「ハロー、元気してた?」

「ひとりでも勝てたさ……」

「助けたのは私じゃないよ?」


 人間のハンターと土竜族のハンターは挨拶代わりに軽口を叩き合う。

 先刻、ランポスは空中にいる時を攻撃された。

 スティーブのパーティで、空中の敵を迎撃出来るのはガンランスの使い手とヘビィボウガンの使い手二人だが、ガンランスによる攻撃ならばスティーブもただでは済まなかった筈である。


 誰の助勢かは考えるまでも無いことだった。


「二人は?」

「生存者の救出に向かったわ! ……生き残りがいればの話だけどネ」


 スティーブとワンダが話す間にも、温暖期の羽虫の如く湧いて出る肉食竜は牙や爪を振りかざして襲い掛かってくる。

 盾を背中の留め具に掛けたスティーブは、オデッセイの柄を両手でしっかりと握り、正面から襲いかかってくるジャギィの胸へ目掛けて突き刺した。

 力強く地面を蹴りながら前進し、一息に小柄な肉食竜の心臓を貫く。


 スティーブは串刺しにされたジャギィを持ち上げ、振り下ろす勢いでその体からオデッセイを抜いて言った。


「望みは薄いな。飛行船は確かに効率的な移動手段だが、ここの連中はモンスターから身を守る力が無い。手遅れだったかも」


 スティーブの言い終わりを待たず、ワンダが狩猟笛を振るう。鋭くはないものの、棘のような突起が並ぶ打撃面でランポスの胴を打ち据え、柄で顎を跳ね上げる。

 脳を縦に揺らされて動きが鈍った青い肉食竜に止めを刺すべく、両手でしっかりと柄を握り締めたワンダは、振り回す力そのままに哀れな鳥竜の側頭部を叩き割った。


「考えるのは後! コイツらを片付けてからよ!」


 ワンダと合流し、警戒しなければならない方向が減ったスティーブは余裕と落ち着きを取り戻し、苦戦を強いられていた相手から優勢を奪い返した。

 英雄とは言えないまでも、数年ハンターとして生き残っている人間が束になれば鳥竜の群れなど物の数ではない。

 まして、今回は《ドスジャギィ》のような大型の個体に率いられている訳ではないのだから、体勢の整ったスティーブらにしてみればさしたる脅威にはならなかった。


「あらかた片付いたか……」


 辺りに横たわる鳥竜達の亡骸を眺めながらスティーブは言った。

 鳥竜種の骸は、体液の化学変化で数秒で腐敗して消滅する。素材を取ろうと思うならすぐに取り掛かる必要があるのだが、残念ながら今回は剥ぎ取っている余裕などなかった。


「そうね、二人の援護に回りましょ。もしかしたら生存者を保護しているかも」


 ワンダの言葉にスティーブは力強く頷いた。自分の身を守るだけならば、この場合難しくない。

 しかし、そこに自分の身を守れない者の身を守るという仕事が付与されると、その難易度は急激に上がる。どうしても注意力は散漫になるし、訓練されていない人間は恐怖に駆られてどんな突拍子の無い行動に出るか分からない。


「行くぞ!」


 無駄になってしまう命に胸中で詫びたスティーブは、オデッセイを腰の鞘に戻し、円形の盾だけをしっかりと握り締めながらワンダに言った。

 土竜族の少女は、人間の女性なら担ぎ上げるのにも鍛錬を必要とする狩猟笛を軽々と持ち上げて肩に担ぎ直し、スティーブの目を見返して頷いた。



 ※ ※ ※ ※ ※



「どんだけいやがるんだコイツらは!?」


 簡素な造りの家屋の入り口を塞ぐ形で立っているネイモアは、心に降り積もった憤懣を《大タル爆弾》の如く爆発させて怒鳴った。

 飛行船から無事に降り立ち、ワンダと別れてシャロンと共に生存者の捜索の為に手近な木造の家屋を訪ねると、まだ十にもならないような人間の少女が小さくなって震えているのを見つけた。


 すぐさまシャロンが保護し、少女の安全は一応守られたが、それは吹けば飛ぶような危うい保証であった。

 ネイモア達が家屋に入るのを見つけた鳥竜達が一斉に木造の簡素な小屋に押し入ろうと殺到してきていたのだ。


 シャロンが窓や裏口を塞ぐ間、ネイモアは玄関に居座りしっかりとした調度の木製の床に頂点から二股の溝が切ってある盾を突き刺して入り口の守りとし、その後ろから愛用の銃槍を両手で構え、油断なく鳥竜の襲撃に備えた。

 家屋に押し入ろうと、迂闊にもネイモアに近づいたジャギィは、盾と扉の枠の隙間から繰り出されたディープオーシャンに生える鋭い鰭に切り裂かれて絶命した。


 しかし、隙間から外の様子を眺めれば、この哀れな集落を所狭しと鳥竜達が跋扈しているのが見える。

 それは、一頭倒したくらいでは趨勢に何の影響も及ぼさないと言わんばかりの光景だった。


 瞬く間に仲間が屠られたのを見て取った鳥竜達は、威嚇のつもりか口々にやかましく騒ぎ立て、数歩後ろへ飛んで家屋の入り口に聳え立つネイモアから距離を取った。


「そんなに離れちまって大丈夫なのかぁ?」


 ネイモア自身も狗竜が人語を解すとは思っていなかったが、彼は挨拶代わりにそう言い放ち、同時にガンランスの柄部分にある引き金を引いた。

 ボウガンのそれよりも柔らかく弾みのある炸裂音が森に響き渡り、ディープオーシャンの砲口から人の拳より少し大きな鉄の塊が吐き出された。

 鉄塊は緩やかな放物線を描いて飛び、怯んで一塊になっていたジャギィ達の上で炸裂すると、火炎や金属片を正面方向に撒き散らした。


 まともに鉄の雨に打たれた数頭のジャギィ達が声も無く絶命する。

 ネイモアは間を置かず次弾を発射し、初弾を生き残った狗竜達に追撃を仕掛ける。


 降り注ぐ鉄の雨を前に、ジャギィの群れは恐慌状態へ陥った。

 本来は巨大な竜の目や耳といった感覚器官を損傷させることが目的の榴散弾だが、小型の竜種にとってはどこへ当たっても致命的な一撃となる。

 ばら撒かれた金属片を受けて右脚が千切れ飛んだジャギィは、立ち上がることも逃げることも出来ずに地面の上をのた打ち回っている。


 小竜の戦闘能力を瞬時に奪い去るという点に於いては、ガンランスはハンターが扱う全ての武器の中で最も有効だった。

 ジャギィ達にすぐ止めをさしてやれないことを胸中で詫びながら、ネイモアは迫り来る肉食竜に対して三発目の榴弾を放った。

 放物線を描いて飛んだ弾頭は、いつの間にか小屋の襲撃に加わっていた、ネイモアも初めてお目に掛かる蒼い肉食竜--《ランポス》に直撃する。


 直後、弾着の衝撃で信管が作動し、青と黒のまだら模様が印象的な肉食竜の顔面付近で炎が舞った。

 想定よりも近い位置での爆発により、熱風と爆音がネイモアに襲い掛かる。巨漢の海の民は床に突き刺した盾の陰に隠れてそれをやり過ごし、すぐさま隙間から青い竜の様子を伺った。

 白煙を押しのけながら、頭部を失った青い竜が不気味なほど力なく地面に倒れ伏す。


「リロード!」


 家屋を壊さんばかりにネイモアが怒鳴った。

 ディープオーシャンを体に引き付けながらその場を下がると、代わりに篭城の準備を終えて戻ってきていたシャロンが床に突き刺さった盾に取り付く。

 彼女は、妃竜砲を展開するとディープオーシャンの盾に特徴的な溝に銃身をあてがう。


 そして、本当に狙いを定めているのか疑いたくなるような速度で引き金を引いた。

 乾いた炸裂音の後に甲高い悲鳴が森中にこだまする。


「化物かよ……」


 ネイモアはディープオーシャンの槍身を中心で折り、空になった巨大な薬莢を排出しながらひとりごちた。

 流石、バルバレのハンターから《白い悪魔》と渾名されるだけはある。無慈悲かつ正確な狙撃の腕前と、雪のように白い肌と美しい容姿からつけられた通り名であるが、彼女自身はその呼び名に何の感慨も無いようだった。


 しかし、ネイモアはこんな悪魔なら味方にいても悪くないと的外れな感慨を抱いていた。


 家屋に迫る肉食竜はとりあえずシャロンに任せ、ネイモアは腰に巻いた弾帯からガンランス用の榴弾を引き抜くと、無駄のない動作でディープオーシャンの回転式弾倉に押し込んだ。

 槍身の中ほどで折れていた銃槍の前部分を持ち上げて固定し、本来の姿に戻す。そして、巨漢の海の民は弾倉が格納されている部分の上部に位置する撃鉄を起こし、弾頭を発射位置に合わせた。


 後は、引き金を引くだけで致命的な威力を備えた榴弾が飛び出す仕組みになっている。


「ネイモア、まずいです」

「どうしたぁ? 弾切れか?」

「いいえ、正面の層が薄くなってます。裏に回りこまれたか……」


 シャロンの言い終わりを待たず、天井の通気窓を突き破って一頭のジャギィが部屋の中に飛び込んできた。狙いは分かっている。

 ネイモアはディープオーシャンを投げ出すと、身ひとつでジャギィに襲い掛かった。


「キャアァァアァ!」


 二人のハンターには目もくれず、部屋の隅で震える人間の少女に狙いを定めていたジャギィは、もう飛び掛れば新鮮な獲物にありつけるという距離で動きを止めた。


 止められたというほうが正解だろう。


 寸でのところでネイモアがジャギィの尻尾を掴み、狗竜の体を思い切り後ろへ引っ張った。

 何事が起こったのかといぶかしんだジャギィが軽率にも後ろを振り返ったとき、少女に襲い掛かろうとしていたジャギィの踏ん張りが弱まる。


 その瞬間を見逃さず、ネイモアは剛腕を唸らせて文字通りジャギィを引っこ抜いた。

 宙に浮いたジャギィの体は、勢いを失うことなく地面に叩きつけられる。

 簡素な造りの木製の床が軋み、内蔵を傷めたらしいジャギィは腹の息と共に血の塊を吐き出した。

 すかさずネイモアがジャギィに背後から組み付き、細首に巨木の幹のような腕をあてがって締め上げ、余った手でジャギィの頭部を押さえると、彼は両腕に力を込めた。


 何とか拘束を脱しようともがいていたジャギィだったが、徐々にその抵抗の動きが小さくなる。やがて、小さな襲撃者は力を失い、だらりと舌を出してあらぬ方向に視線を向けながら事切れた。

 ジャギィの死を確認したネイモアは両腕から力を抜き、その骸を解放する。息絶えた狗竜は力なく床に崩れ落ち、再び起き上がることはなかった。


「もう嫌だ……」


 鼻水と涙で顔を濡らしながら人間の少女が弱音を吐く。

 ネイモアは何も言わず大きな手で彼女の頭を撫でると、鼻水が鎧に付着することも厭わずその小さな体を抱きしめた。

 肩を震わせて咽び泣いていた少女が一瞬驚いたように身を竦ませるが、すぐに落ち着いた様子で巨漢の海の民に体を預けた。


「ここを出ましょう!」


 少女が落ち着きを取り戻したのと同時にシャロンが言う。


「正気か!? まだ、連中がどれだけいるか分からないんだぞ?」


 無謀な提案に、ネイモアはすかさず反論する。


「バリケードは急場の凌ぎです。ジャギィとはいえ数が揃っているならいつまでも保ってはくれませんよ! それにランポスだって混じってるんです……ここの守りはいつか破られます。それまでにスティーブやワンダがここを見つけるとは限りません」


 ネイモアは舌打ちして、先刻投げ出したディープオーシャンを拾い上げた。

 シャロンの言うことには理がある。


 篭城とは、助けが来る見込みがあってこそ有効な手段であり、仲間がいつ助けに来るか分からない状況下で、いつまでもひとつの拠点に固執していては脱出する機会すらも失いかねない。

 そうなっては、後は煮るなり焼くなり好きにされるだけである。


 それは余りの好ましい結末ではない。


「どうするよ!」


 ガンランスを背中に担ぎ直し、人間の少女を懐に抱きながらネイモアが問う。


「少女を頼みます! 私が血路を!」


 シャロンは普段とはうって変わって苛烈な調子で叫んだ。

 そこには、なんとしてもこの少女だけは守るという気概が滲んでいた。

 ネイモアは、不安げに眉を潜める少女の顔を一瞥し、見えるはずもないと思ったが面頬の奥でひとつ笑顔を作ってから両腕で背中と膝の裏を支え、しっかりとその体を抱き上げて言った。


「大丈夫だ! 助けてやる」


 余り上等とは言えない麻の着物を着た少女は、ネイモアのザボアシリーズの鎧の胸当てをしっかりと掴んだ。


「シャロン!」

「行きます! ごめんなさい!」


 白竜族のガンナーは、妃竜砲から弾倉を引き抜き、乱暴に投げ捨てて腰の弾納から別の弾倉を取り出し、無駄のない動作で装填してからボウガンの横に付いている取っ手を引いて弾を薬室に送り込む。

 そして、一言詫びてから家屋の床に刺さっているディープオーシャンと対になる盾を蹴飛ばして表へ出た。


 ネイモアは複雑な気分になったが、一応先に謝罪を貰ったこともあり、緊急時ということで自身の愛用品へのシャロンの酷い仕打ちには目を瞑ることにした。


 建物を出るなり、シャロンは腰だめに構えたヘビィボウガンの引き金を引く。乾いた炸裂音と共に銃口から数十の小さな弾丸が飛び出した。

 本来至近距離でこそ効果を発揮する弾薬だが、シャロンの目的はあくまでもネイモアの脱出路を開くことにあるため、最大の効力を発揮する必要は無かった。


 彼女の目論見通り、被弾を嫌ったジャギィ達が左右に飛び跳ねて囲みに隙が生まれる。


「道を空けてもらうぜ!」


 ネイモアは少女を右腕だけで抱え直すと、背中に担いだ銃槍を片腕で展開しながら肩を支点にして切っ先を跳ね上げ、大上段に振り上げたディープオーシャンの砲身を最も身近にいたジャギィの脳天に叩きつけた。

 重量のある機械槍はジャギィを一瞬で肉塊に変える。


 肉と骨を磨り潰す感触が腕を駆け巡るが、気にも留めずネイモアは更にそれを左右に薙いだ。

 ガンランスの刃は獲物の体こそ捉えられなかったが、縦横に振り回される銃槍を恐れたジャギィの多くは、飛び跳ねてネイモアから距離を置いた。


 銃槍を引きずって走り、一瞬生じた隙から囲みを突破したネイモアは、ガンランスを背中に戻して人間の少女を抱えたまま全力で走った。

 同じようにヘビィボウガンを担いだシャロンがその後に続く。


「どこに逃げるってんだ?」

「手近な別の建物に入りましょう、場所を変えながら防戦して数を減らします」

「言うのは簡単だがな! 俺はともかくお前の手数には限界があるんだぞ!?」

「最悪は、銃床で戦いますのでご心配なく!」


 ニコリとも笑わずに言っていることから、シャロンのこれは冗談や与太話の類ではない。

 弾薬が切れれば、彼女は本当に銃床で肉食竜と戦うだろう。銃床で殴りつければ人間くらい簡単に昏倒させることが出来るが、相手がモンスターとなれば話が変わってくる。

 人間よりもタフな生き物相手にどこまで戦えるのかは疑問だった。


 つまり、そういう選択肢を選ぶより前に片をつける必要がある。

 存外に広い野営地を、ジャギィらの追撃から逃れながら走り回り、弾丸によって急所を穿たれた哀れな亡骸を飛び越え、或いは見送りつつ、ようやくネイモア達は手頃な建物を見つけた。

 先刻立て篭もっていた家屋よりは頑丈そうに見える木造の家だった。


「あそこに入るぞ!」


 ネイモアがドアを蹴破るべく速度を上げたとき、待ち構えていたかのように青と黒の体表を持つ肉食竜が数頭姿を現した。

 そして、彼らはネイモアの前に立ち塞がると前脚の鋭い爪を振り回し、黄色い嘴のような口をいっぱいに開いてギャアギャアと鳴き喚いた。


 ジャギィとランポス、この二種間で連携などあるはずもない。

 ランポスは獲物がジャギィに追い込まれるのを虎視眈々と待っていたのだろう。ネイモアはその狡猾さに感心しかけ、慌てて首を左右に振って雑念を振り払った。


「シャロン! また囲まれた!」

「逃げ場なんてありませんよ」


 この非常事態の中で余りに落ち着いた様子のシャロンにネイモアは胸中で嘆息した。

 そして、吹っ切れたように一歩踏み込むと、右腕に抱える少女を庇いつつ背中のガンランスを展開して真正面のランポスに目掛けて突き刺した。


 水竜《ガノトトス》の鋭利な鰭を加工して作られた刃は、青い肉食竜の細長い首を貫いた。ネイモアが体を左側に開いてランポスを引き倒す形で突き刺さった刃を引き抜くと。

 竜は血の泡を噴いて地面に崩れた。


 だが、まだランポスは他に三頭も残っている。

 そして、ネイモアは今盾を持っていないばかりか、右腕には人間の少女を抱えている。

 見るからに凶暴そうな青い竜を相手に、この状況を無事に切り抜けられるとは到底思えなかった。


 ランポスは腰を落とし、頭を前に出して攻撃の機会を伺っていた。

 最悪の場合、腕甲を盾にしてでも少女を守ると心に決めたネイモアは、威圧するように眼前の捕食者を睨みつける。


「ネイモア、動かないで!」


 ネイモアの後ろにいたシャロンが怒鳴った。ネイモアはこの状況下で動くなという無理難題を飲み、展開していたディープオーシャンを地面に突き刺して両腕で少女を巨体の下に押し込めた。

 ちらと後ろを覗き見たネイモアの目に飛び込んできたのは、妃竜砲を横に傾けた状態で構えたシャロンの姿だった。

 そして、その指は引き金にかかっている。

 今にも発砲しようとするシャロンを見て、ネイモアの背筋が凍りついた。

 技量抜群の狩人たる彼女と言えど、散弾を目の前の味方に当てず、獲物だけを撃ち殺すなどという芸当は不可能であるとネイモアは思っていた。


 或いは、ザボアシリーズの鎧に守られて大事には至らないという打算があるのかもしれないが、それにしても自分の攻撃に味方を巻き込むなど彼女らしくない行動に思えた。


 シャロンの指が引き金を引く。ネイモアは目を閉じず、冷酷な判断を下したシャロンを睨み続けた。

 だが、次の瞬間に襲ってくるはずの衝撃が来ず。

 ネイモアは目を丸くすることになった。


 代わりに、三発の銃声と共に恐ろしい速度でヘビィボウガンの銃身が左に流れ、いつの間にか装填されていた《通常弾》がネイモアの横を通り過ぎる。

 ネイモアは弾丸が空気を切り裂くゾッとするような音を間近に聞き、改めて肝を冷やした。


 弾丸は正確にランポスの胸部を穿ち、命までは取れなかったまでも行動力を奪うことには成功した。白竜族の銃士は、そのままぐるりと向きを変えて後方のジャギィにも弾を見舞う。


「すげぇな……」


 ヘビィボウガンと機構が似通っているガンランスを得物とするネイモアは、彼女の動作の理屈を理解していた。

 弾丸を発射すると、ボウガンでもガンランスでも反動で銃身が跳ね上がる。

 逆に言えば横向きに寝かせて構えれば射撃の反動で銃身は横に流れる。

 彼女はその力を利用して重量のあるヘビィボウガンで素早く獲物に狙いをつけ、弾丸を叩き込んだのだ。


 しかし、食事を邪魔された挙句、獲物を持ち逃げされたジャギィ達は酷く興奮しており、一発や二発の弾丸が胴体に当たったくらいでは怯まなかった。

 脚を撃ち抜かれたり、頭を吹き飛ばされた哀れなジャギィを掻き分けて、一際凶暴そうな一頭がシャロンに飛び掛った。

 その一撃は唐突で、反撃は間に合わず、避けようにも既に機会を逸していた。


「シャロン!」


 助けようにも盾はなく、ネイモア自身も人間の少女を抱えており滅多なことは出来ない。

 シャロンは妃竜砲をせめてもの緩衝材にと体の前に掲げた。

 ネイモアが無力感に歯を食いしばったとき。シャロンに迫るジャギィの後方から飛来した円盤が、狗竜の後頭部を急襲し、意図せぬ方向からの一撃を受けたジャギィが頭から地面に突っ込んだ。


「借りは返したぞ、シャロン!」


 ジャギィの後頭部を砕き、地面に落ちた円形の盾を拾いながら、空の色のような青で染め上げられたハプルシリーズの鎧を纏った男が言った。

 彼は、突然仲間が打ち倒されて混乱するジャギィの一頭に襲い掛かり、一刀の下に首を撥ねた。


「……感謝……します」


 シャロンの体から力が抜けるのが分かった。

 間一髪シャロンの危機に間に合ったスティーブの後ろから、土竜族の快活そうな少女が現れて別の生き残りのジャギィに巨大な笛を叩きつけながら言った。


「無事でよかった! 二人とも!」


 血糊と脳漿がべったりと付着した狩猟笛を担ぎながら快活に笑ったワンダを見て、ネイモアはなんとも複雑な気持ちになった。

 ともあれ、分散していた仲間達が集結したことで戦いの趨勢は決まったとネイモアは確信していた。


「よし、残りを片付けて生存者を探すぞ!」


 スティーブの号令に、三人の異なる種族のハンターは力強く頷いた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 Epilogue.

 寒冷期 ……バルバレ周辺の森林地帯上空


 それは、凄惨な事件だった。

 数ヶ月前、スティーブらが飛び込みの依頼として請け負った《空の牧師会野営地救援依頼》は、生存者二名を除いて全員が肉食竜の餌食になるという後味の悪い結果を残した。

 スティーブ達は、現行のハンターが取れる最速の移動手段で現場へ向かったが、牧師会の人々はモンスターに対抗する手段を持たなかったというのが主な理由である。


 犠牲者の中には、最初に野営地を訪れた時、スティーブに対して「モンスターは貴方のご飯じゃない」と怒鳴った女性の姿もあった。

 彼女の亡骸は特に損傷が酷く、あちこちをジャギィとランポスに食い荒らされていた。


「モンスターは貴方のご飯じゃない……か。例えそうだとしても、向こうにとっては貴女はご飯だったようですよ」


 自然の摂理とは時に無慈悲である。

 皮肉に聞こえる言い方だが、スティーブらが身を置いているのはそういう世界の最前線だった。

 慈悲をかけるのは勝手だが、相手から同じ物が返ってくることはない。


 シャロンとネイモアが唯一救い出すことが出来た少女は、バルバレに駆け込んできた男と共に別の牧師会の支部へ合流すべく街を去っていった。

 あれだけの目に遭いながら、まだ牧師会に身を置くのかとネイモアは呆れていたが、それが彼らの矜持なのだろうとスティーブは結論した。


 世界は広い。中にはそんな考え方の人間もいる。


「スティーブ。そろそろ目標地点上空です」


 密林地帯の上空を飛ぶ飛行船の控え室でスティーブが思索に耽っていると、涼やかな女性の声がそれを中断させるように部屋に響いた。

 ガンナー用のレイアシリーズの防具に身を包んだ背の高い女性。スティーブが狩りを共にする仲間の一人、シャロン・カーティスの声である。


 まだ状況前だというのに、彼女は生真面目に《レイアキャップ》まで被っていた。

 背中の《妃竜砲【姫撃】》には汚れひとつ浮かんでおらず。良く手入れが行き届いているのが窺い知れる。


「分かった。すぐに降りるよ」


 スティーブは手をかざしてシャロンの言葉に応えた。

 そして、愛用の片手剣《オデッセイ》を収めた革の鞘を腰に巻きつけ、対になる青い円形の盾を右手にしっかりと固定した。

 腰のポーチを開き、必要最低限であるが装備の保全用具と薬品類が抜かりなく収まっているのを確認して控え室のドアを出た。


「クエストの詳細を確認します」

「あぁ、頼む」


 シャロンの涼やかな声に、スティーブの硬質な声が応じる。


「目標地点付近には、現在三名のハンターが待機しています。リオレイアの討伐依頼に失敗し、撤収する所をリオレイアの追撃を受け、それを振り切ったものの戦闘能力を失って遭難したようです。また、パーティ内一名は重傷とのことです」

「穏やかじゃないなぁ……いつもながら」


 聞けば、まだ経験の浅いハンター達らしく、名を上げる為に固執した挙句。

 引き際を見誤ったようだった。最近はこういうハンターも増えた。

 大きな街を拠点にしていれば嫌でも耳に入る他のハンターの武勇伝に自分を重ね、ろくに地力も備わっていないまま格上のモンスターと戦って敗れる若いハンターが。


「スティーブには直接目標地点に降下して彼らと合流後ネコタクの救援活動を支援して貰います」

「ネコタクだけじゃ駄目だったのか?」


 ハンターが狩りに失敗した場合、命があれば逃げ帰ることは許されている。事前にネコタクを雇っておけば、クエストの成否に関わらず救援を請うことが出来る。

 代金は報酬金の三分の一と割高だが、命の値段と考えれば安いものである。


「周辺でランポスの大きな群れが確認されています。確実にモンスターの勢力圏を脱するには護衛が必要でしょう」

「了解。いつかの借りを返してやるさ」


 数ヶ月前の惨劇でもランポスによって大きな被害が出た。

 ジャギィよりも大きく、凶暴で、筋力もある。恨みはないが、今度は誰も殺させない。スティーブは青く染められた《ハプルアーム》の拳を硬く握り締めた。


 二人がクエストの確認をしながら貨物室に降りると、そこにはスティーブも見知った人間の姿があった。

 より正確に表すならば、《土竜族の少女》と《海の民》の男性である。

 彼らも一応鎧を纏っているが、シャロンのように兜まではつけていなかった。


「よう、遅かったな。何してたんだ?」

「へっへっへ〜、仲良くしてたんだよね〜?」


 茶化すようにネイモアとワンダが言う。


「人のことを言えるのかよ……」


 スティーブは野卑な笑顔を顔中に貼り付けた二人の仲間を見て小さく呟いた。

 ふと、振り返ると。

 シャロンは普段通りの鉄面皮で顔面を覆いながらも、頬だけ少し赤くしている。

 それに釣られてスティーブもなんだか背中がむずがゆいような心持になった。


 冷静になれと自分に言い聞かせ、スティーブは仲間の軽口を忘れる。


「時間がない……酸素マスクを着けろ」


 スティーブは貨物室内の仲間に言った。

 現在、飛行船の船内は《酸素玉》を応用した技術で空気に満たされているが、ひとつ壁を挟んだ外は息をするのも困難なほど空気が薄く、飛竜すら活動出来ない高高度の空である。

 酸素供給器を着けずにいると、あっという間に体に変調を来たすことになる。


 言ってからスティーブも壁に掛かっている《モガスピカ》と呼ばれる潜水用装備を改造した空気供給器を被った。

 防塵眼鏡も併せているこのマスクを被ると、上から兜を着けることはできない。地上に降りてから、マスクを脱いで兜を被る必要がある。


「降下一分前。下はちょっと霧がかかってるよ」


 酸素マスクを装着したワンダが、言いながら少女とは思えない力強い動作で歯車に付いた取っ手を回した。

 すると、徐々に貨物室の壁の一部が開き始める。貨物室の空気が流出し、床に転がっていた《アオキノコ》が空気と共に船外へ投げ出された。


 外気と室内の空気が混じりあい、冷たい風がスティーブの頬を撫ぜる。


 数ヶ月前の空の牧師会襲撃において、多くの犠牲を出すという結末は不幸だったが、バルバレのハンターズギルドが抱えていた実験についてはスティーブ達は良い結果を残した。


 その功績もあり、ギルドマスターの勧めで、とある飛行船キャラバンに専属のハンターとして所属し、時折このような救援依頼を受けるようになっていた。

 飛行船によるハンターの輸送と現地での展開については、狩りの効率化の面で脚光を浴びたが、その後墜落死亡事故や粗悪濫造品の落下傘による事故死が相次いだ為、未だ一般化はしていなかった。


 スティーブ達のようなごく限られたハンターだけが、手厚いバックアップの下で特殊なクエストに利用するのが関の山という状況が続いたが、逆に危機的状況下に置かれた人々を、現場へ急行し危険を冒してまで助け出すスティーブらは、いつしか敬意と感謝を込めて《センチニアル》と呼ばれるようになった。


 かつて《偽善者》、《ハンターの恥さらし》、《デミとその飼い主》などと蔑まれた彼らは、同業者からも一目置かれる存在となっていた。


「降下四十秒前です。スティーブ、落下傘を」

「オーケー。準備出来てる」


 スティーブはシャロンに促され、落下傘の格納された背嚢を背負い数本の革帯と堅牢な造りの留め具で体に固定した。

 この革帯と留め具が粗末な造りであると、降下中に突如背嚢が体から離れ、勢いそのまま地面に激突する恐れがある。

 その為、スティーブ達は常に慎重に用具を選定していた。


 それを怠って命を落としたハンターなど、この数ヶ月で掃いて棄てるほどいる。


「降下三十秒前」


 シャロンが淡々とカウントを続ける。

 しかし、もうまもなく降下という所で、ワンダが唐突に雑談を差し挟んだ。


「そう言えば、スティーブにも呼び名が欲しいよね?」

「呼び名?」


 唐突に発せられた場違いな言葉に、スティーブは思わず応じてしまった。


「そ、ネイモアには"サブマリナー"、シャロンには"白い悪魔"」

「君には"真紅の魔女"?」


 ワンダは狩猟笛の扱いに於いて抜群の才覚を発揮し、人々を鼓舞したり、気持ちを落ち着かせたり、はたまた獲物を苛立たせたりと音色ひとつで様々な心理的効果を現出させることが出来る。

 果ては、かつて牧師会の野営地付近で見せたように、巨竜の咆哮を狩猟笛の音色で減殺するという離れ業も持っている。


 戦闘に於いてはまだまだ未熟の域を出ないが、音色を自在に操作する業。そして、慣れない人間には御伽噺の存在のように思える土竜族という出自と、狩場での隠密性など露も考えていない真紅に染め上げられたボーンシリーズの鎧が相まって、いつ頃からか彼女は若くして《真紅の魔女》の二つ名を取るようになった。

 そこまで考えて、ふとスティーブは自分にだけ二つ名が存在しないことに気づいた。

 別にハンター家業に絶対必要なものかと言われれば、否といえるようなことだったが、他の仲間にあって自分にだけないのは確かに少し寂しく感じられた。


「戻るまでに良いのを考えておいてくれ」


 言いながらスティーブは完全に開ききった壁に歩み寄る。


「ひとりで大丈夫か?」

「ハンターが四人以上で行動したら縁起が悪いだろ?」


 今回、救出対象は三人のハンターということであり、一応の縁起を担いでスティーブひとりでクエストに当たることになった。

 勿論、状況がもっと逼迫していればタブーと呼ばれるものを犯してでも全員で事態の収拾にあたるが、今回はそれほどの大事ではないとスティーブは思っていた。


「んー……キャプテン・バルバレ?」


 わざとらしくあらぬ方向を向きながら、緩やかな丸みを帯びた顎に右手の人差し指を当てながらワンダが言った。


「ダセェな……」


 それが、スティーブの二つ名の案であることを察したネイモアは、呆れたように眉を潜めて吐き捨てる。

 スティーブも自身の顔に苦笑が浮かぶのを止めなかった。


「……トレス」

「ん? 何か言ったか?」


 シャロンが何事かを呟いたが、風の音に混じってスティーブにはそれが聞き取れなかった。スティーブが問うと、白竜族の女性は少し声を大きくしてもう一度言った。


「ドーントレス……」


 言葉の意味は分からなかったが、スティーブは何となく力強い響きの言葉だと思った。


「竜人族の一部が使っていた言葉で"勇敢な者"という意味です」


 シャロンは胸の前で両手を組み、少し俯きながら上目遣いで言った。


「悪くねぇな……」


 先刻とはうって変わって、ネイモアがシャロンの言葉選びに賛辞を贈る。


「あぁ……"地獄に飛び込む"には良い名だな……」


 ドーントレス--勇敢な者。言葉の響きと意味する所を何度も噛み締めたスティーブは、シャロンの《マカライト鉱石》のように蒼い瞳を真っ直ぐに見つめて言った。

 そして、左手の人差し指と中指以外を折り込み、二本の指を立てて仲間達に敬礼したスティーブは、一歩、二歩と軽快な調子で荷物室の床を蹴り、空の上で口を開いた飛行船の外壁から両手両足を広げて空中へと身を投げ出した。


 数秒後、スティーブの背嚢が開き、火竜の翼膜の模様をそのまま映したような巨大な傘が展開する。


 金でも、名誉でもなく、ただ己が信じたハンターであり続ける為に、スティーブと仲間は怯むことなく死地へ飛び込む。

 決して謳われることのない行いだとしても、それは変わらないだろう。彼は、ハンターである故にハンターなのである。



 落下傘で降下の速度を緩めながら、スティーブは胸に矜持を抱いて森林地帯を覆う霧の中に消えていった。



−Dauntless− Written by Monhan Karibe(Thermidor)
狩部門伴
http://twitter.com/Thermidor999
2017年03月05日(日) 00時33分30秒 公開
■この作品の著作権は狩部門伴さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 アーカイブ企画No.01

 全4部構成(第4部)

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