悪鉄火-第一話
第一話 蹂躙歩行


 先日まで降り続いた雨と、遠慮なく降り注ぐ夏の日射しで、森の中の空気は層でも出来ているのではないかと思うほどに蒸し暑かった。
 なめし革を幾重にも編み込んだ具足は鉄製の物よりはマシだが、通気性を度外視したそれを身に着けた状態では何もしていなくても汗が滝のように流れ落ちて行く。
 しかし暑さも、流れ落ちる汗の鬱陶しさも眼前に広がる光景と比べれば些末なものだと思えた。
 森の脇を通るように拓かれた街道の真ん中に荷車が横倒しになっており、その近くには轡をはめたアプトノスが喉を噛み裂かれて絶命していた。
「間に合わなかったのか……」
 荷車から少し離れたところで折り重なるように倒れていた商人風の若い男女の姿を見つけ、オッサは苦々しく呟いた。
 伝書鳩にてギルドにもたらされた救難依頼を受けて急行したのだが、遅きに失してしまったようだ。
 砂漠や火山を使う街道よりも格段に危険度の低いこの街道でモンスターの襲撃に遭うなんて、なんと不運なことだろう。
 オッサは苦悶の表情を貼り付けたままの骸に近づくと、掌でそっと目を閉じさせてやった。弱肉強食の自然界を渡り歩く職業柄、このような事は日常茶飯事だとわかっていても、納得できるほどにオッサは経験を積んでいるわけではない。
 十四歳とまだまだ幼さを残している彼は、だからこそ同族の死に深い憤りを感じていた。
「出てこいよ、せっかくの獲物が腐っちまうぞ」
 その声に応えるかのように、木々が鬱蒼と生い茂る森の中から青い鱗姿が現れる。数は三頭、黄色い眼に走る切れ長の瞳孔がオッサを見据えていた。
 鳥竜種ランポス。黒い縞模様のある青い鱗が特徴的な肉食竜で、人間の生活圏と密接する身近な脅威だ。高い攻撃本能を有してはいるが、単体であれば武装した成人でなんとか追い払える程度の相手である。
 しかし、ランポスは常に群れで行動しており、集団戦法の網にかかればハンターの護衛のない商人など一溜まりもないだろう。
 目の前で獰猛な気勢を上げている三頭のランポスはおそらく群れの斥候、獲物を仕留めた今、すぐにでも本隊が到着するはずだ。
 そう判断したオッサは、間をおかずにランポスたちに向かって駆けた。
 馬車が通れるように整備された道はハンターの脚力を遺憾なく発揮させる。土を抉りながら一気にランポス達に肉薄し背の得物を解き放つ。
 鋭い金属音が響くと同時に連結されたのは、鉄色に鈍く輝く銃槍――スティールガンランスだ。
 地面すれすれを通り抜けたそれは、下方からランポスを斬り上げた。
 鋭い銃剣は鱗のない白い胸を容易く突き破り、オッサの頭上でランポスを串刺しにする。同時に爆音が響き橙色の爆炎に灼かれた青鱗姿が跳ね上がると、一寸間をおいて火薬と肉の灼ける匂いにまみれた骸がオッサの背後にべちゃりと落ちてきた。
「ここは人間様の縄張りだぜ、侵したらどうなるか……わかるよな!!」
 頬についた血を二の腕で拭い、オッサはランポスたちを睨み付ける。
 ランポスは仲間をやられたことに呆気にとられていたが、すぐさま怒りの雄叫びを上げて頭上から襲いかかってくる。
 戦闘において相手の頭上を取ることはそれだけで必殺の手であるが、オッサは虫を払うかのように右腕の巨盾で跳びかかるランポスを地面に叩きつけた。
「ゲハッ!?」
 身体を打ち据えた衝撃にランポスは苦悶を漏らす、そこへ向けて盾の尖った下辺が容赦なく下される。
 ゴキリという音と共にランポスの細い首があらぬ方向へと折れ曲がった。
 首の骨がへし折れる感触を盾から感じ取ったオッサは、最後に残った一頭に目を向ける。
 ランポスは仲間を次々と屠り去ったオッサに向けて低く唸るが、襲いかかってくることもなく森へ向けて逃走を図った。
 オッサは逡巡する。
 追うべきか捨て置くか――前者ならばモンスターが支配する森の中に足を踏み入れねばならない上に依頼から完全に逸脱してしまう、後者ならばこの道を使う時の危険は消えることはないものの言ってみればただそれだけだ。
「まあ、無理する必要もないな」
 偶発的な遭遇戦でない限り、ギルドの依頼を逸脱すれば厳しく罰せられる。
 危険を冒した代償が罰ならば答えは一つ、オッサはスティールガンランスを縦に構えると連結を解いた。
 ガンランスには中折れ式が多く、長大な槍身をコンパクトに纏めることが出来る。
 槍身が折れると同時に輪胴弾倉から空薬莢が排莢されるので、オッサは弾丸を装填してから銃槍を背負い直し、無惨な骸になりはてた商人夫婦の元へと向かった。
 結局救うことは出来なかったが、遺体が帰ってくるだけ遺族たちの心情も整理がつきやすいだろう。
「しっかし、後味が悪いな……親子三人がこん、な?」
 依頼内容を反芻してオッサは愕然として自分の愚かさに歯がみする。目の前の惨状に気を取られて依頼内容が完全に吹き飛んでしまっていた。
 慌ててとりだした依頼書には確かに『親子三人』と記述されている。そして、ここにある亡骸はアプトノスと商人夫婦のみ。
「くそっ! 馬鹿か俺はっ!!」
 依頼書通りの状況ならばまだ子供がどこかにいるはずなのだが、街道上には見あたらない。
 ならば森の中だろうか、モンスターたちの生活圏である森になんの武装もしていない子供が入り込んで無事に済んでいるはずもないが、生きている可能性を見過ごせるほどオッサは老成していなかった。
 オッサはこちらに向かってきているであろうギルドの後続たちに、荷車の位置がわかるようにと狼煙を焚いて森の中に足を踏み入れた。
 一歩踏み出しただけで足場の悪さが解る。
 ここからは先は弱肉強食という名の絶対の掟に支配された自然界と云う名の世界。
 この場所で日々切磋琢磨して生き残ってきたモンスター達にとっては地獄であり楽土、しかし自分の生活圏を築いてきた人間にとっては異境であり地獄である。
 自然界において人間とモンスター、どちらが優位かなど考えるまでもない。
「おいっ、誰かいないか!! ハンターだ、助けに来たぞっ!!」
 叫び声を上げつつ子供を捜す。
 子供の足ではそれ程遠くには行ってないだろうが、森の中で人一人見つけるのは困難を極める。もし最悪の結果であれば余程の幸運がない限り亡骸を見つける事もできないだろう。
「助けに来たぞ!! 生きてるなら返事をしろっ!!」
 焦燥感が募る。ナイフで木に目印をつけながら進むも、地図もない状況では深く入りすぎればいかにハンターでも遭難してしまう。
「おいっ! 誰かっ!!」
 喉よ嗄れよとばかりに声を張り上げるものの返事はなく、奇妙な鳥の鳴き声や虫の羽音くらいしか聞こえなかった。
 ――ここらが潮時か。
 これ以上は自分にも危険が降りかかると判断したオッサは捜索を諦めて踵を返す。ミイラ取りがミイラになるなど笑い話にもならない。
「だれかぁ……」
 森の息吹の合間からそんな声が耳朶を打った。空耳などではない、間違いなく人の声だ。
「もう一回、声を出せ! 安心しろ、すぐに助けてやる!!」
「だ、だれかぁぁ!!」
 今度は叫び声、オッサは迷うことなく声の方向へ走った。
 彼は今ハンターとしての判断など全て忘れていた。ただ救える命を見つけた事の高揚感がオッサを奔らせた。
 木の枝が頬を裂き、下草が足にまとわりついて何度もこけそうになりながらオッサは駆けて、ついに木の洞に身を隠していた少女を発見した。
 少女といってもオッサより一つ二つ年下くらいだろう、旅に生きる娘らしく傷んだ、それでいて尚美しさを保っている金髪を肩口で揃え、翡翠色の瞳が恐怖にゆれている。なめし革の旅装は所々裂けているが見たところ大きな怪我は見あたらない。
「どうやら無事のようだな」
 オッサは安堵に溜息を吐き少女に微笑みかける。命を救えた事で出た表情だったが恐怖に歪んでいた少女の表情が安堵に柔いだ。
「とりあえず自己紹介をしておこうか、俺の名前はオッサ……見ての通りハンターだ」
「あの、マイカです……」
 一礼する少女――マイカを見ると恐慌状態に陥っていないようだ。まだ幼さの方が際立っているというのに気丈だと感心する。
「そうかマイカ、突然で悪いが立てるか? こんな暑いところからさっさと離れたいだろ」
「は、はい」
 ランポスの事はあえて口に出さずにオッサはマイカの手をとって立ち上がらせた。
 気丈に振る舞っているが、まだ恐怖が抜けきれていないようで足取りはおぼつかない。
 肩でも貸してやれればいいのだがモンスターの襲撃の事を考えると、両手は空にしておきたいのが本音だ。ゆっくりでも自分で歩いてくれるのならばそれが一番理想的である。
 しかし、状況は常に望みを絶って行く。オッサの耳は腐葉土が降り積もった土の上を踏む微かな足音を捉えた。
「来やがったか……」
 明確な数は解らないが十に近く、人とは思えない程俊敏に駆け回っている。
 恐らく先程逃げ出したランポスの仲間であろう。
 仲間を殺し縄張りを侵す不埒者を蹴散らすために群れを成してきたのだ。
 マイカの顔が瞬時に恐怖に引きつる。彼女は恐らく両親がランポスに殺されたことを知っている。断末魔の悲鳴も聞いているだろうし、もしかしたら鋭い牙が肉親の首を裂き、腸をえぐり出した光景も目の当たりにしているかもしれない。
 そんな彼女がランポスを目の当たりにしたら最悪恐慌状態に陥ってしまう。
「マイカ、もう少し暑いのを我慢してくれ……恐かったら目を閉じて耳を塞いでおいても良い。だからじっとしていてくれな」
 オッサは出来る限り軽い調子で言ってマイカを木の洞に座らせると、踵を返しスティールガンランスを連結させた。
 鈍い鉄色の銃槍に煌びやかさや華やかさは無いが、無骨なまでの頑強さからは機能美という名のハンターの武器に相応しい美しさが醸し出されている。
 木々の間から次々と青い鱗の鳥竜ランポスが姿を露わにする、一見して数は十頭近くだがそれだけではない。
 群れから一寸遅れて木々の闇から、これまでのものよりも巨大な青鱗が姿を現した。
 遠目からならば一回り巨大なランポスにしか見えなかっただろう。しかし前肢と後肢に生え揃う赤い爪はランポスより太く鋭く発達しており、なにより頭を飾る赤いトサカは下々を統べる王冠のようだ。
 ドスランポス、大規模化したランポスの群れで見られるリーダー的存在であり、その戦闘能力と知能は通常の個体を大きく上回る。
「よくねぇな……」
 オッサは溜息を吐いてスティールガンランスを構えた。
 鬱蒼と木々が乱立する森の中は、薄くしか差し込んでこない木漏れ日のせいもあって視界が悪く、リーチの長いガンランスを自由に振り回せる広さもない。
 その上ドスランポスに率いられた群れとくれば、オッサにとって有利な要因など何一つ無かった。
「まあ、不利でも何でもやってやるさ!!」
 オッサの気勢に呼応するかのように、ランポス達が木々の間から次々と襲いかかってくる。
 それは”蹂躙歩行”の始まりだった。
 頭上から襲いかかってきたものは下から突き上げられた銃剣に二つに裂かれ、右から襲いかかってきたものは攻撃ごと盾で弾き飛ばされ、倒れたところを脚甲に覆われた踵に踏み抜かれ頭蓋を破壊される。
 正面から襲ってきたものは、長大な銃槍の先から放たれた爆炎に灼かれてもんどり打って倒れた。
 重量のある銃槍と盾を持っていれば、如何な怪力を持ってしても駆け回ることは出来ない。だからオッサは歩く、近づく者を突き崩し、撃ち砕き、弾き返しながら、命を蹂躙しながら歩行する。
 人間と獣、両者には厳然とした差が存在する。獣たちが持つ相手を倒すための爪と牙を捨て去った人間は、代わりに自らの領域を創る術を考え出す優れた頭脳と、それを実現させる器用な指を手に入れた。
 人間は自らが創り出した領域の中では獣に対して圧倒的優位に立てるのだが、野生に下れば彼我の力関係は簡単に逆転する。
 強靱な爪も牙も持たない人間がそのままで獣に勝てるはずもない。
 だから野生で獣と相対する時、人間は獣に変質せねばならない。自然界で最も凶暴で最も狡猾な”ヒト”と云う名の獣に。
 そして、今のオッサは紛れもなくヒトと化していた。
「クオッ……クオォッ!!」
 一息で三頭もの仲間が蹂躙されたのを見てドスランポスが甲高い鳴き声を上げる。
 それを聞いたランポス達は無秩序な包囲と解き、オッサから見て右方向へと展開した。
「獣風情が小細工を弄するかっ!!」
 左手に銃槍、右腕に盾を具える状況では相手を正面に見なければ攻防のどちらかが疎かになってしまう。
 右から攻められた場合、強靱な盾によって相手の攻撃は防げるだろうが数で圧されたら分が悪い。オッサは忌々しげに叫ぶとランポスの群れに向かって身を翻した。
「……ッ!?」
 左手に衝撃を伴った痺れを感じると同時にガチッと硬い音が辺りに響く。
 確認するまでもない、乱立する木にスティールガンランスが引っ掛かったのだ。
 この一瞬の隙を待っていたかのようにランポス達が一斉に襲いかかってくる。
 オッサは迫り来る衝撃に対して盾の下辺を腐葉土に突き刺し身を低くした。
 ランポスの発達した後肢が力を溜め、腐葉土を巻き散らせながら跳びかかってくる。人間よりずっと重量のあるランポスの蹴りは凄まじい衝撃だが、オッサの盾を破るほどではない、一撃二撃ならばしのぐことは容易いだろう。
 しかし、襲い来るランポスの数は七頭、重たい蹴りを正面から受け止めるオッサの体力は確実に削られて行く。
 それに足場も悪い。柔らかい腐葉土の上では上手く踏ん張りが利かず、気を抜くと足を滑らせてしまう。
 そして、オッサは六頭目の蹴りに耐えきれず盾ごと押し倒された。
「ぐうっ!?」
 盾のお陰で爪による傷は負わなかったが、オッサを押し倒したランポスは牙を剥いてさらに責め立ててくる。
 この至近距離で銃槍は意味を持たない、長すぎるリーチが徒となり刃も砲撃も当てることが出来ないのだ。
「調子に乗るなよ、この野郎っ!!」
 襲い来る牙を首をひねってなんとか躱すと、オッサは銃槍の槍身をランポスの首に当てて連結を解いた。
「ギャアッ!?」
 輪胴弾倉から自動的に排莢された熱い空薬莢が鼻先で舞い、ランポスは悲鳴を上げて仰け反った。オッサは重心が変わったのを見逃さず、右腕と腹筋に満身の力を込めてランポスを一気に押し返した。
「ぬあぁっ!!」
 雄叫びと共に素早く立ち上がったオッサは、腰のナイフを引き抜いてランポスの目にねじり込んだ。
 深く突き込み、捻り上げるとナイフは根本からへし折れてしまったが、脳まで穿つ一撃にランポスはビクビクと痙攣し横倒しに倒れた。
「はあぁっ……はあぁぁぁ」
 疲労を打ち消すように大きく息を吐き出すと、オッサは銃槍を拾い上げた。
「きゃぁぁぁ!?」
 絹を裂くような悲鳴が耳朶を打つ。視線を向けると一頭のランポスがマイカが身を隠している木の洞に牙を剥いていた。
「マイカぁぁ!!」
 オッサの挙動はこれまでで一番早かった。
 連結を解いていた銃槍を背負いつつ駆け出し、木の根を、腐葉土の中から突きだしていた石を蹴り砕きながら一気に加速して一息でランポスに肉薄する。
「目を瞑ってろぉ!!」
 速度の乗った突きがランポスの頭を直撃し、脳髄を抉り出しながら突き抜ける。
 鮮血を噴き出しながらどうっと倒れるランポスの向こうに、血を浴びながらも固く目を瞑ってるマイカがいた。
 どうやら怪我はないようでオッサは一瞬だけ顔を綻ばす。
「マイカ、そのまま目を瞑って耳をしっかりと塞いでいろよ……ちょっとうるさくなるからな」
「は、はい……」
 マイカが頷いたのを確認してオッサは踵を返した。
 残るランポスは後五頭、それと後方に控えていたドスランポスが恨めしそうに睨み付けている。
「おい、このままじゃ群れは全滅だぞ……まだ続けるつもりかよ!?」
「ギャアッ!!」
 オッサの言葉に応えるようにドスランポスが吼える。
 野生では生き残ることこそが至上であるはずだが、縄張りを荒らし群れを蹂躙した悪鬼の如き存在を打倒せねば気が済まぬのだろう。
「そうだよな……好き勝手やった俺を許すはずもねぇよな!!」
 言葉とは裏腹にオッサは嗤っていた。その顔こそ自然界で最も凶暴な獣に相応しい貌だった。
 ランポスを率いてドスランポスが突撃してくる。
 オッサはそれに対し盾を前面に出すと銃槍を水平に構えた。
「セット……」
 短い呟きの後に柄の奥の引き金を引くと、砲門に朱い炎がくすぶり始める。
 それは徐々に勢いを増してゆき、その色は蒼く染め上げられた。
 ドスランポスの後肢に力が溢れ一気に跳びかかる。五頭のランポス達も主に続いた。
「竜の咆吼を聞けっ!!」
 オッサの言うとおり、その爆裂は竜の咆吼だった。
 正面で炸裂した爆圧に圧され、オッサの身体は後方のマイカが隠れている木に背中から叩きつけられる。
 なめし革の具足では息も止まるような衝撃を受けるが、森の音すら薙ぎ払う様な破壊の息吹を受けたランポス達は、粉砕された肉片を辺りに飛び散らせた。
 竜撃砲――あらゆる生態系の頂点に君臨する飛竜種、特に火竜と呼ばれるリオス科の火炎の息吹を参考にして生み出されたガンランス最強の攻撃手段である。
 大量の火薬が炸裂した爆心地はお椀のように抉れ、辺りには火薬と生きた肉が灼ける臭いの混交臭――死の臭いが充満していた。
「へぇ……なかなかしぶといな」
 竜撃砲の直撃を受けながらドスランポスは立ち上がってくる。
 恐らく群れのランポス達を盾にしたのだろう。大を守るために小を犠牲にするなんて事は野生ではごく当たり前に行われていることであり、ドスランポスの行為は種保存のために必要な事であった。
 ドスランポスは満身創痍ながらオッサを睨み付けて来るが、仇敵への恨みより部下の命を犠牲にしてまで永らえた命を優先したのだろう。迷うことなく踵を返して駆けだした。
 オッサは逡巡する。
 追うべきか捨て置くか、
「考えるまでもねぇ!!」
 強かに打ち据えた背中が痛む、体力も殆ど残っていない。だがオッサはドスランポスを追った。
 ドスランポスさえ倒してしまえば群れは瓦解する。手負いならば倒してしまうのが街道を使う際の安全を考えれば一番良いし、今の状況ならばギルドも容認するだろう。
 しかし疲弊しきった身体では思うように走ることが出来ず、ドスランポスの青鱗姿は徐々に離れて行く。
「くそ、逃がすか……」
 がむしゃらに追いかけるがドスランポスには届かない。このままでは追いつけないばかりか森の深部へ迷い込んでしまう。
 走る力を残していればと悔やむが今更どうしようもない。
「……なんだ?」
 諦めかけたその時、オッサの耳に腹から冷えるような不気味な鳴き声が聞こえてきた。
 悪意もなければ敵意もない鳴き声は、それでも恐怖を知らないようなオッサの背筋を凍らせる。しかし、どうしたことだろう、恐怖すら感じる不気味な鳴き声を聞いていると身体に力が……走る体力が戻ってきた。
 否、これは一度薬を飲んで体験したことのある感覚”強走状態”だった。
 無尽蔵に体力が沸き立ち、疲労知らずになるハンターにとっては理想的な状態。
 なぜ薬も使わずに強走状態になれたのかは解らないが、ドスランポスを追うには都合がよい。
 木の根や石など、固い場所を足場に速度を上げると一気にドスランポスに追いすがる。
 ドスランポスは振り返ろうとするが、スティールガンランスを連結させる方が早い。
 下方からの一閃――顎から頭部を破壊されたドスランポスは糸の切れた操り人形の如く力を失いゆっくりと倒れた。
 同時に強走状態が抜けた事で一気に疲労が襲いかかりオッサは膝をついた。
「はぁ……はぁ……はぁ……なんだったんだこりゃあ」
「声もかけずにフォローしたから混乱しちゃったかな? いやはやそれにしても君は強いねぇ……思わず見惚れてしまったよ」
 聞き覚えのない声にオッサは弾かれたように声の方向へ視線を飛ばす。
 そこにいたのは一人の女性だった。
 彼女を一言で形容するのならば”白”と表現するしかないだろう。
 病的なまでに白く透き通った肌を包むのは、フルフルと呼ばれる飛竜種の皮で造られた白い具足。頭巾からはみ出している頭髪も同じく白で、唯一瞳だけが赤く色づいている。
 彼女の背にあるのは白く不気味な鎚。
 ――いや、あれは狩猟笛か……
 オッサは白い女の背負う狩猟笛――フルフルホルンを見て眉根を寄せる。
 顔全面が口のようなフルフルの頭を象った姿はあまりにも不気味で、見る者が見れば嫌悪感を抱くだろう。
 そんなフルフルホルンを背負っている白い女は、何が面白いのか顔一杯に笑みを湛えていた。
「う〜ん、初めましての人に此程見つめられた経験は十六年にもなる人生の中で初めてのことだよ。いやなに別に不快ってワケじゃないんだ、これでも人見知りをするタチでね少しばかり恥じらっていると理解してくれ。誤解されるのは嫌だからね」
 早口で捲し立てるように言うと、白い女はケタケタと哄笑する。儚げな外見だけに破天荒な様子に唖然とさせられる。
「お前は……誰だ?」
 訝しげに尋ねると、白い女は笑うのを止めてオッサをジッと見つめた。赤い瞳に見つめられると何となく居心地が悪くてオッサは視線を外してしまう。
「なんだ、君は女に見られたくらいでへたれるのかい? まあ、あれだね君は女性にあまり免疫がないのだろう? いやいや応えなくったって解る……解りすぎるくらい解るよ、見たところ十三、四歳くらいの少年だ、ハンターなんてやってると同年代の女の子とふれあう機会も少ないだろうさ。まあ男と女ってのは同じ人間だけども別の種族と言っても差し支えないほどに違うから、君がどうしていいか解らずに戸惑っているっていうのは理解できるよ。うんうん、だからここは年長者であろう私が手取り足取り――」
「だから! お前は誰なんだよ!!」
 やたら冗長な白い女の話に業を煮やしたオッサは声を荒げた。
 至近から怒鳴り声を受けても白い女には柳を揺らす風程度にしか感じていないのか、ニコニコ顔を崩すことはない。
「やれやれ、君は私とは真逆で性急に答えを求めるタチのようだね。まあいいさ、他人の名前を聞くのならばまず自分から名乗るって云う一般常識はひとまず置いておいて、私の方から名乗るとしよう。まあレディファーストとでも思えばこれもまたスタンダードなんだろうしね……私の名前はキキナ見ての通り狩猟笛使いのハンターさ、さあ私は名乗ったから次は君の番だよバトルシリーズで身を固めた少年」
「オッサだ、まあ見ての通りガンランス使い……さっきはお前が旋律でフォローしてくれたんだろ? ひとまず礼を言わせて貰うぜ」
 オッサが頭を下げようとすると、白い女――キキナが肩に手を置いてそれを押しとどめる。
「なになに狩り場で他のハンターが困っていたら助けるのが普通だろう? こんな事で礼を言う必要もないさ。それで話しは全然変わってしまうのだが、私はこの場から早く離れたいなって思っているんだ。ここはとても熱い、はっきり言って鎧の中の状態は最悪さ、ドンドルマ以南の方で見られるサウナって云う蒸し風呂を思い出す程の状態さ……まあ、あっちはさっぱり気持ちの良いものだったのだが、鎧では下着やら何やらがペタペタと張り付いてきて幾分不快だとは思わないかいオッサ?」
「まあ、同意するがちょっと待ってくれマイカ……ランポスに襲われた行商人の娘を迎えに行ってくるからよ」
 やたら長いキキナの話しを聞き流してオッサはマイカが待っている木の洞の方へと足を向けた。
 キキナもオッサに同行し、木の洞の中に目をやって呆れたような声を出した。
「あらら、まあ君に非はないと思うが素人の近くで竜撃砲を使うのは駄目なんじゃないかなぁ。まあこれは一般論だから聞き流してくれてもいいけどさ」
「う、うるせぇな!!」
 木の洞の中でマイカは目を回していた。
「さてさて困ったことになったね。見たところ君はかなり疲労困憊のようだけど、私はこの少女を運ぶ義理も人情も残念ながら持ち合わせてはいない。いや正直に告白すると背中のフルフルホルンが重たくて、これ以上何かを持とうなんて気にならないんだ。だから、マイカっていったかな? 彼女を運ぶのは君の仕事になるんだが依存はないかい?」
「お前の話は回りくどいぞ! 言われなくても俺が運ぶつもりだ」
「それがいい、あらゆる文献では少女を救うのはいつも男の仕事だ。君が最後まで責任を持って彼女を救おうとするのは自然なことだし――」
「わかったから黙ってろ!!」
 オッサはキキナの話しを無理矢理断ち切ると、気絶したマイカに手を伸ばした。
 恐怖に対して気丈に振る舞っていた少女の身体は思った以上に細くて頼りない。あまり力を入れすぎれば折れてしまいそうだった。
 一つの地に根を生やしていない行商人の娘が両親を失った今、その前途は多くの災難が待ち受けているだろう。孤児院に預けられればいいが、運が悪ければ女の武器を売る仕事をせねばならないかもしれない。
 両親を失って尚続く苦難と悲しみを想像して、オッサは腕に抱えた少女を不憫に思った。
「なあオッサ先程出会ったばかりの君に偉そうな口を叩くつもりは無いんだが、まあ不快だったら聞き流してくれればいい……」
 長ったらしい前置きをすると、キキナは哀れな者を見るような目でオッサを見た。
「君は恐らく助かるはずもない彼女の命を救った。それだけでいいじゃないか、君と彼女の関係はこれでお終い、彼女が今後歩む人生なんて黙殺すればいい。君が何か責任を感じたり彼女に対して同情したりする必要は無いと思うよ」
「なんだそりゃ、そんなの当たり前じゃないか……」
 キキナの言葉と視線から逃げるようにオッサは言うと、マイカの身体を抱えなおした。
 森の切れ間から覗く夏の日射しは、苛つくほどに明るかった・・・。
(@_@)
2009年05月09日(土) 17時47分14秒 公開
■この作品の著作権は(@_@)さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初投稿の新人です。
名前がめんどくさいんで「顔文字」と呼んでいただいても結構ですので・・・
次回もがんばらせていただきます。

この作品の感想をお寄せください。
はじめまして、そしてコメントが遅くなりまくってしまって申し訳ないです。Cieloです。

文と文の間隔を空けるようにすれば、内容的にはなかなかだと思うので、がんばってください。
20 Cielo ■2009-05-17 11:18 ID : .76UVRVGeEk
PASS
少し読みにくいですね
行と行の間をこまめに空けたほうが良いと思います
10 桃色のレウス ■2009-05-11 11:25 ID : X6mTT9WLt7I
PASS
 どうも、始めまして無名の一般人ですが、長いので無名でいいです。

 読みにくいです。テルミドール様が仰っていますが改行は入れた方が良いですよ。
 
 全体的に良いです!! 

 主人公の視点がぶれないようにするってどういう風にやったらいいと思いますか?
30 無名の一般人 ■2009-05-09 21:32 ID : v.gyHCsHdfk
PASS
合計 60
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