悪鉄火-V
第三話 慣れと家族と嘘八百と


「なあオッサん、本当に大丈夫なのかい? 私は不安で不安でたまらないよ……だって、こんなの、こんなの初めての事なんだよ。そりゃあ不安になるのも仕方ないと思うんだよね……こう、胸がドキドキして仕方がないんだ。オッサん、君はどうだい?」
「いや別に、初めてでもないし。もう慣れちまったよ」
 不安げなキキナの様子に、くくっとオッサは声を立てて笑った。
 頭上は一日の役目を終えて、茜色に燃える太陽が染め上げた逢魔が時の空が覆い。眼下には日の光と同調して、朱く輝く砂漠が広がっていた。
 
 足下は頼りない木の板で、少し動くだけでもギィギィと不穏な音を立てる。頬に当たる風は叩きつけてくると表現したくなるほどに強い。

「はぁ、慣れか……なあ、オッサん人間って凄いと思わないかい? だって、慣れてしまえばだいたいの状況でも平気で過ごす事が出来るんだからさ。暑いところ、寒いところは言うに及ばず、街での暮らし、旅での暮らしそれぞれに大変な事はある。でも人間は慣れって云う名の適応である程度平気になっちゃうんだよ。本当に凄いよね〜〜」
「御託はいいからさっさと飛べよ」
 冷たく突き放すように言ってやると、キキナはやれやれと肩を竦めてみせる。しかし、その頬を汗が一筋伝い、動揺している事が見て取れた。

 
 オッサ達は今、空の上にいた。

 
 正確には、ハンターズギルドの紋章がデカデカと刻まれた気球の中で、眼下に広がる砂漠を見下ろしていた。
 オッサにとっては既に慣れた光景だが、キキナは平気な顔して竦んでしまっているようだ。オッサはしてやったりと満足げに笑う。
「なんだよ、上位ハンター達は奥地に向かうのに皆こうやって飛んでるんだぞ、大丈夫だって。それに今日は砂漠だから簡単だぞ、密林とかと違って障害物が少ないからな」
「で、でもさよく考えてみてくれよオッサん、私は下位のハンターだ。上位ハンターの真似事なんてとてもとても出来ないよ。それに君だって下位ハンターだろう? 何だってそう平然としているのさ」
 悔しげなキキナの言葉に、オッサは余裕の仕草で肩をすくめてみせる。
 狩奴は緊急性の高い依頼をこなす事が多く、ギルドが判断した場合、気球を使用して現場に向かう事となる。その際、イャンクックの翼膜で造られた落下傘で降下するのだが、初めてならどんな胆力があったとしても恐怖してしまうのは仕方ない。

「なあオッサん、君が先に飛んでおくれよ。別に順番はどうだっていいんだろ? 意地悪しないでさ……頼むよ、ね」
 あまりに弱々しい声で言うと、キキナは小指を咥えてもじもじと上目遣いで見つめてくる。そんな姿を見せつけられると、胸がもやもやして、守ってやりたいなどと思ってしまうから不思議だ。
 オッサはブンブンと首を振り、沸き立って来た思いを断ち切って、狼狽えるキキナを眺めていた時とは違う真摯な表情で彼女を見つめ返した。
「別に理由がないわけじゃないんだよ。落下傘が開いたら上が見えないからな、お前がヘマした時に助けられなくなるんだ、だから――」
「なるほど、そう言う事か」
 なにやら納得がいった様子で手を打つと、キキナは落下傘が入った背嚢を担いで、先程までの怯えが嘘のようにゴンドラの縁に足をかけた。

「じゃあ先に行ってるね、オッサん守っておくれよ」
 無邪気に、そして妖艶に片眼をつむってみせると、キキナは「とうっ」と気の抜けたかけ声と共に、ひどくあっさりと蒼空へ身を躍らせた。
 あまりの事にオッサは唖然としてしまう。
「ずいぶんと度胸ある娘だなぁ……ウルセさんに蹴り落とされるまで飛び降りれなかったお前とは大違いだよな悪鉄火」
 背後で気球技師が声を上げて笑うのを聞いて、オッサの顔がカッと赤くなる。残念ながら真実なので文句は言えないが、言いようのない悔しさを感じる。
 オッサは憮然とした表情で、落下傘と共にスティールガンランスとキキナのフルフルホルンを背負う。
 
 落下傘に慣れていないキキナの事を考えての事だが、落下点にモンスターがいたら武器無しでは危険である。落下傘は操作しづらいが、意図すればキキナのすぐ近くに降りられるはずだ。
 ずしりと肩にのし掛かってくるフルフルホルンの重みは、命を背負うという責任感も相まって倍にすら感じられた。

「じゃあ、行ってくるよ」
「ああ、気をつけてな。あの女の子を守ってやるんだぞ」
 ひらひらと手を振る気球技師にオッサは苦笑する。同業者を守ってやる義理はないだろうがオッサも男だ、そういった気持ちは大いに持っている。

「馬鹿言うなよ、殺したって死にそうに無いだろ、あの女は」
 気持ちとは裏腹の皮肉を一つ残して、オッサは慣れた様子でゴンドラから飛びだしていった。
 上空からのダイブは、慣れてしまえば爽快なものだ。
 修行中、あれだけ恐かったものが、今では密やかな楽しみになっている事実はなかなか面白い。そう言えば、ゴンドラの上でキキナが同じ様なことを言っていたと思い出し、オッサは苦笑する。
 はるか下方ではキキナが落下傘を開くのが見えた。本当に落下傘降下が初めてなのかと思うほどに冷静だ。
 オッサは悔しくなるが、同時に頼もしくも思う。これほどまでに心胆が強ければ、狩り場で怯える事は無いだろう。それに彼女の具足は、オッサが身に着けているバトルシリーズと比べて格段に高性能なフルフルシリーズなのだ、口ではああ言っていたが実は凄腕のハンターなのかもしれない。
 そんな事を考えつつも、適切な高度になれば身体が勝手に動いて落下傘を開く。マッシュルーム型の落下傘はコントロールが難しいが、風は意図した方向へ吹いてくれている。後は気合いさえあれば意外となんとか出来るものだ。
 オッサは風に乗ってキキナの後を追った。

                
                                ◆ ◆ ◆

 
 ミナガルデの集会所は、夜も近くなり客の入りが激しくなってきた。
 狩りの成功を祝う者、失敗にくだを巻く者、昼間から飲んだくれている者。雑多な人間が入り交じり、奏でる狂想曲は、楽しくもあり、乱暴でもあり、悲しくもある。
 酔客の入り乱れる酒場は、給仕の側から見れば戦場だ。酒臭い人の波を縫い注文を取ったり、食べ物を運んだりするのはなかなか骨が折れた。
 小柄で、しかも仕事を始めたばかりのマイカは疲れてはいたが、精一杯笑顔を振りまいて集会所の中を駆け回る。
 看板娘であるベッキーからは休んでも良いと言われているものの、マイカは働きたかった。
 自身がこれから生きていくためにというのは建前。本音は忙しくすれば一時でも両親の死を忘れられたからだ。肉体を酷使している方がジッとしているよりもずっと楽だった。
 
 マイカの父と母は、彼女を馬車に残して逃げ出した。命をかなぐり捨てて囮になってくれたのだ。
 低く、だけれでも優しかった父親の声で響く、悲鳴を聞いた。
 歌うようにいつも慈しんでくれた母親の声で響く、断末魔の叫びを聞いた。
 逃げ出して、逃げ出して、逃げ出して、ようやく見つけた木の洞の中で震えていた。自分も死ぬのだと、喰われるのだと怯えた。
 そんな時に現れた彼。自分よりもちょっと年上の少年。
 黒い短髪、意志の強そうな太い眉毛、鋭さの中に優しさが感じられる黒瞳。
 あの力強い微笑みを思い出すと顔が熱くなる。胸がどきどきする。頭が真っ白になる。怖さを忘れられる。
 
 この気持ちが、吟遊詩人がよく謳う”恋”と云うものなのだろうか……
 そう考えて、マイカは頭から湯気を出しかねないほどに赤くなる。
 だが、同時に不安にもなった。今日、オッサと楽しそうに話しをしていたあの白い女性……少し変な人だが、大人っぽい雰囲気は自分には無いものだ。自分の薄い胸元を見てマイカは小さく溜息を吐く。
 ――オッサさんも、ああいう人が好きなんだろうな。
 そう考えて、マイカは自己嫌悪に陥ってしまう。
 これは、オッサをだしにした現実逃避だ。
 忙しく仕事をする事で悲しさは紛らわせる事は出来る。だが、それでも完全ではない。胸の内に引っ掛かる悲しさと恐怖を一時でも忘れるために、自分はオッサの事を想っているのではないのか、そう考えて、そんな自分がとても汚い人間に思えて、マイカは自分自身に嫌悪感を抱いてしまったのだ。
 
 そんな時、突然集会所のドアが開かれた。
 キィキィとウエスタンドアがたてる軋んだ音にマイカは顔を向ける。一瞬オッサが帰ってきたのかと思ったが、ベッキーが言うには彼が狩り場から帰ってくるのはどんなに早くても明日以降になるらしい。
 そこにいたのは、十七、八歳くらいの少女だった。
 身長はマイカより頭一つ分以上高く、オッサと同じくらい。プラチナブロンドの髪は酒場の薄暗い照明の中でも美しく輝き、蒼い瞳は吸い込まれそうなほどに深く鮮やかな色をしている。
 
 美人な人だとマイカは思った。ただ不機嫌そうな眉間の皺や、凶悪に吊り上がっている眦が全てを台無しにしているが。
 平服姿の彼女は、具足を身に着けるハンター達に物怖じもせずに集会所の中に入ってくる。

「毒露姫……」「毒露姫のカホ……」「山崩しの後継か……」
 喧噪が一瞬途切れ、酔客達はひそひそと言葉を交わす。そのざわめきからは、年若い少女へ対する感情としては不釣り合いな畏怖が感じ取られた。
 カホはカウンターで接客をしていたベッキーの元へ向かい、なにやら話し込んでいるようだ。
 マイカは多くのハンターに畏怖されている少女の事が気になって、注文を取りつつ、さり気なくカウンターの方を見ていると、ベッキーが手招きしてきた。

「何ですか?」
 酔客の間を縫ってカウンターの方へ行くと、ベッキーと話しをしていたカホがギロリと睨んできた。いや、落ち着いた物腰に悪意は感じられないから、目つきが悪くて睨んでいるように見えただけのようだ。
「ふ〜ん、あんたがマイカね?」
 カホが頭の先から足の先までを撫でるように見つめてくる。いかに視線に悪意は無かろうが目つきが凶悪なのは事実、マイカは実に居心地が悪かった。
「カホちゃん、目が恐いわよ。それと、口調も威嚇してるみたい」
「そ、そうかしら……」
 苦笑するベッキーに指摘されて、カホはばつが悪そうに頭を掻く。
 その仕草と雰囲気に既視感を感じる。顔は全然違うが、カホの立ち振る舞いはオッサと似ている。少なくともマイカにはそう思えた。

「え、えっとマイカ……ちゃん? あたしの名前はカホって云うの……えっと、山崩しの猟房って孤児院の院長代理なの」
「えっ……孤児院の方なんですか?」
 寝耳に水だ。集会所に働く事にはなっていたが、住居のあては全くなかった。
 孤児院に入れるというのならばそれに越した事はないが、不審に思う。話しがあまりにも出来すぎているのだ。
 行商人の娘は、疑念のこもった視線をカホに送った。

「気持ちは十分にわかるけど、そんな目で見ないでよ。あんたの事はオッサ……あんたを連れて帰ってきたハンターの紹介でね。今日はあんたの意志を聞きに来たのよ」
 言ってカホはぎこちなく微笑む。意図して笑おうとすると顔の筋肉が反発するのだろう、相変わらず眉間には皺が寄ったままだ。
 正直不気味だったが、マイカの頭は先程名前が出てきたオッサ事で一杯だった。彼は自分の命を救っただけでなく、住居まで紹介してくれたのだ。
 ――オッサさん、なんて優しいんだろう。
 オッサの事を想いマイカはうっとりと頬を上気させた。
 彼の紹介ならば、不安を感じる事など何一つ無い。マイカの中からカホに対する疑念と不信感が瞬時に氷解した。
「す、すみません……疑ったりして」
「別にいいわ、あたしだってこんなうまい話は疑うもの……それはともかく、猟房に入るってつもりはあるの?」
「は、はいっ喜んで!!」
 二の句も告げずマイカは頷いた。カホは満足げに頷いて目を細める。
「そう、わかったわマイカ……あのね猟房に入るって事は家族になるのも同じなの。だから、あたしの事は気軽に”姉さん”って呼びなさい」
「姉さん……」
 その言葉を口にしてマイカは、くすぐったい気持ちになった。一人っ子だった彼女は兄弟姉妹と云うものに憧れていたのだ。
 目の前に突然現れた義理の姉は、決して失った両親の代わりにはならないだろう。
 
 だが、マイカは嬉しかった。自分の事を妹と、家族と呼んでくれる人間がいるという事はなんと幸せなのだろうか。
 一度は独りで生きていこうと決心していた少女は、不意に現れた新たな家族を前にして、心から喜び安堵した。
「まあ、そう言う事……よろしくね、マイカ!!」
「はいっ、カホ……姉さん」
 姉と呼ぶにはまだぎこちない。だけれども、そんなマイカにカホは微笑んだ。
 先程とは違う自然な笑顔は、命を救ってくれた少年とそっくりだった。

                
                                ◆ ◆ ◆

 
 オッサが操る落下傘は砂漠の真ん中ではなく、狩り場の中心付近にある洞窟の近くに降下した。キキナの動きを追っての結果だが、依頼主である商隊はこの洞窟に身を隠しているらしく、降下ポイントとしてはベストといえた。

「いやいや、ただ高いところから飛び降りるだけだと云うのに、なかなか爽快なものだね。街にいたんじゃ決して体験できるものじゃないよ! まあ、寿命は大分縮んじゃったかと思うけどね」
 落下傘を畳んだキキナは、少しばかり興奮した面持ちでオッサに近づいていくる。彼女の落下傘降下の腕前はとても初めてとは思えない、それが悔しくてオッサは口をへの字に歪めた。

「こんな事で寿命を伸び縮みさせて、ハンターがつとまるかよ」
 言葉がぶっきらぼうになるのが恥ずかしかったので、オッサは押しつけるようにキキナのフルフルホルンを差し出した。
「う〜ん、これ重たいから君が持っててくれて構わないんだけどね」
「冗談言うなよな」
 あながち冗談には聞こえないキキナの言葉に毒気を抜かれて、オッサは苦笑する。フルフルホルンを受け取ったキキナは「よっこらしょ」と少しアレな掛け声を一つして、己の得物を背負った。
 太陽は西の地平線に落ちかけ、気温も大分下がってきている。昼間ではクーラードリンクと呼ばれる特殊な飲物で身体を冷やさなければ、とても動く事も出来ない酷暑も今は態をひそめている。
 これから夜になると気温は一気に下がり、今度は身体を温めるホットドリンクが必要になってくる。砂漠の狩り場は千変万化、人を寄せ付けない極地なのだとあらためてオッサは感じた。
「さて、さっさと仕事を終わらせてしまおうぜ」
「そうだね、賛成だよ。折角企画した酒宴が中断しちゃったのは本当に残念だったからね。帰ったら仕切り直ししないと、オッサんもそう思うだろう? 集会所にはマイカもいる事だしね」
「む……そうだな」
 下戸のオッサとしては正直気が進まなかったが、一度受けた挑戦を無下にするのも気にくわなかったし、元気なマイカの姿を見るだけでも悪くないと思う。だがそれを言うと、また好いた惚れただのとからかわれそうだったので意地でも口には出さない。

「……楽しいお喋りの時間は、ここまでだな」
 風に乗る微かな獣臭を感じてオッサは前方を睨む。
 視線の先には連なる砂丘。その向こうから細い影が三つ跳びだしてきた。
 一見するとそれらはランポスに見えた。しかし、その鱗は蒼ではなく橙色と緑のまだら模様で、頭には小さなトサカが一対張り出している。口先の牙はランポスよりも長く、ギョロリと蠢く眼はランポス以上に狡猾そうだ。
 ゲネポス――ランポスと祖を同じとする肉食竜で、より劣悪な環境に適応した肉体の強靱さはランポスのそれを凌駕し、牙には神経性の麻痺毒が含まれていた。
 しかし、いかにランポスより強靱とはいえオッサの敵ではない。問題は目の前のゲネポス達を”ドスゲネポス”が率いているかどうかだ。
 
 依頼内容は特定のモンスターの討伐ではなく、あくまでも立ち往生している商隊の護衛だ。群れを形成しきれていないゲネポスならばともかく、ドスゲネポスが統率している群れがいるのならば危険度は大きく上がる。

「オッサん、あのゲネポス達はドスゲネポスが統率している巨大な群れの一員じゃ無いはずだよ」
 ゲネポスがオッサ達に気がついて奇声を上げた時、キキナは言った。
「どうしてわかるんだよ?」
「一番右の個体、あれは他の二頭と比べてトサカが肥大化している。ランポスやらゲネポスやら走竜下目は、群れのリーダーが他の個体のトサカを噛みちぎるらしい。トサカと成長の因果関係はまだ不明だけど、トサカを成長させた個体のみがドスなんたらに成長する事が出来るんだよ。それで、あのゲネポスだけど、あれだけ肥大化したトサカを持ってるって事は、大きな群れから分派したばかりの小さな群れだと予想できるよ、うん」
「な、なるほどな……」
 キキナの説明にオッサは曖昧にしか返せなかった。しかし、ここまでの知識量があると言う事は、それだけ多くの文献を読み、狩り場に出ているという事だろう。その手並みを拝見とばかりに隣に目をやってオッサは目をぱちくりさせた。

「あれ……?」
 キキナの姿が忽然と消えていた。あまりの事態に呆けているとゲネポス達は唸り声を上げて一斉に跳びかかってくる。
「くっ!」
 咄嗟に盾を構えるが、足下は腐葉土よりも柔らかい砂地である。矢継ぎ早に襲いかかってくるゲネポスの蹴りに足を滑らせて、思わずたたらを踏んでしまう。
 なおも追撃してくるゲネポスを盾で押し返すと、重心移動を利用して後方へ跳んだ。
 オッサの脚力により砂が巻き上げられ、ゲネポス達は一瞬動きを止める。その一瞬で、連結された銃槍が、正面からゲネポスを突いた。

「チッ、浅いかっ」
 砂煙に視界が殺されていたのはオッサも同じ、銃槍の穂先は手近にいたゲネポスの鱗を貫くが致命傷には至っていないようだ。悲鳴を一つ上げて跳び退ると、三頭が固まって恨めしそうに睨み付けてくる。
「ふぅー……!!」
 仕切り直しとばかりにオッサは大きく息を吐き出した。
 そして、変質する。

 自然界で最も凶暴で狡猾な獣… "ヒト" へと……

 夜の帳が落ちかけ、冷え込んできた空気がさらに凍り付く。ゲネポス達も銃槍を構えるオッサに不穏なものを感じたようで、威嚇するだけで攻めては来ない。
 その時、いくつもの岩が転がっている洞窟の入り口付近から、角笛による高らかな吹奏が砂の大地に響き渡った。
 素晴らしい技巧から奏でられる音色はオッサの耳に心地よく聞こえるが、モンスターの嫌う音域にゲネポス達の意識が洞窟の方へと向けられる。
「ハッ!!」
 その隙は致命的だった。短い雄叫びと共にオッサは砂を抉りながら駆けて、体重を乗せて斬撃をリーダーと思わしき個体へと叩き込む。
 鉄の刃は、鱗を吹き飛ばしながら首の半ばにまで打ち込まれて止まる。オッサは右腕の盾で槍身を殴りつけ、無理矢理に刃を振り切った。
 リーダー格のゲネポスの首が宙を舞い、泣き別れになった胴体がどうっと倒れる。
 突然リーダーが死んだ事に二頭のゲネポスは信じられないといった様子でぽかんとしていた。
 
  ―――まだ…続けるか?
 
 無言で、残ったゲネポスを睨み付けると、リーダーを失ったゲネポス達は情けない鳴き声を上げながら逃げていった。

「ふぅ……」
 遠ざかるゲネポスを見届けて、オッサはぎろりと洞窟の方を睨み付けた。とりあえずキキナにはひとこと言っておきたかった。
「おいキキナっ!!」
 怒声を浴びせかけると岩陰からひょっこりとキキナが顔を出し、小走りで駆けつけてくる。なにやら満面の笑顔でオッサはムッとする。
「お前、戦う気があるのかよ!」
「ん、もちろんあるよ。それより、折角狩ったんだから早く剥ぎ取らないと。走竜下目は絶命すると体液が変質してすぐに腐敗しちゃうからね……死臭で敵を呼びつけないための進化だとは思うけど、ハンターとしては嫌な特質だよね」
 苦笑しながらキキナは、頭のないゲネポスの身体にナイフを押し当てた。ナイフは鱗の隙間を滑り簡単に引きはがしていく。手際の良さにオッサは感嘆を漏らすが、すぐに自分もナイフを引き抜いた。
「もう一度聞くが、お前戦う気あるのかよ?」
「ああ、もちろん! だから角笛でサポートしただろう。鈍くさい私じゃ君の隣で戦うなんて無理があるからね。適材適所って奴だよ、うん」
 キキナの言い分は釈然としないものの、追求してもひらりひらりと躱されるだけだろう。それに彼女のサポートは確かに的確であった。それでも腹立たしいものを感じつつ、ナイフを動かしていると、誤って皮を裂いてしまう。

「う……」
 二年もハンターを続けている身としてはあまりに恥ずかしい失態、オッサは苦々しく表情を歪めて、裂けた皮の代わりにゲネポスの麻痺牙をへし折ってポーチの中へ突っ込んだ。
 すると、キキナが自分の剥ぎ取ったゲネポスの鱗を差し出してくる。
「約束だから、これも入れておいておくれよ。私のポーチはパンパンで他に何一つ入らないからね。重たいのも嫌だし」
「わかった」
 悔しかったが、拒否するのもみっともないので、オッサは憮然としつつも受け取った鱗をポーチに放り込んだ。
「行くか、依頼書によれば商隊は洞窟の中にいるらしいからな」
「そうだね、商隊の人達にしても日が落ちてきた今が動きやすいだろうし」
 二人は頷きあって洞窟へと向かった。ふと、オッサはキキナがニヤニヤしている事に気がついた。
「なんだよ……?」
「いや〜、君ってば、からかい甲斐があって可愛いなって思っただけさ」
「な、な、なんだとっ!!」
 声を荒げるとキキナは口を押さえてその場に蹲る。どうやら笑いを堪えているようだ。オッサは顔が熱くなるのを感じながら、取り繕うように「ふんっ」と鼻をならして、洞窟へと向かったのだった。


 地底湖がある洞窟の中は、砂漠にあると思えない程に寒い。オッサはポーチの中からホットドリンクを取りだして一口含む。キキナも同じように小瓶を呷っていた。
 洞窟に入って商隊とはすぐに合流できた。荷車を使わない小規模なキャラバン隊で、旅慣れてそうな屈強な肉体を見ると、ゲネポスなど物の数ではないように思える。

「おお、助けに来てくれたか!」
 隊長とおぼしき髭面の男が褐色の顔をくしゃりと崩した。
 人の好さそうな笑みだが、オッサは商隊に不満げな空気が漏れだしている事に気がついた。待望していた救出の手が十四歳の子供と言う事で落胆しているのだろうが、折角駆けつけたオッサとしては面白くはない。

「これでもキャリア二年だ、心配しなくても守りきってやるよ」
 不機嫌さを隠すことなく言ってみるも、商人達は苦笑するばかり。完全に軽く見られているようだ。
「いやいや、御仁方、甘く見てはいけません。彼、悪鉄火のオッサは彼の有名な山崩しのウルセの弟子なのです。この若さでくぐり抜けた修羅場は数知れず! 十二歳で狩り場に出てからと云うもの、その勢いは破竹の如し、今ではあのリオレウスだって単独で狩るほどの実力者なんですよ!!」
 オッサが怒りに身を震わせていると、突然横合いから芝居がかった口上が割り込んできた。
 商人達の注目を浴びたキキナは満足そうに不気味なフルフルホルンを構えて見せる。

「このフルフルの頭をそのまま使ったフルフルホルン。そして私の身体を守るフルフルの具足はせがむ私のために、彼が何頭もフルフルを狩ってプレゼントしてくれたのです。ふふ、あの恐ろしい帯電竜を屠るのも彼の手に掛かれば、野薔薇を摘みに行く程度の労苦。信頼さえいただければ御仁方の安全も必ず保証して下さるでしょう」
 言って本当に嬉しそうに微笑む。よくもこれだけ嘘八百を並べる事が出来る物だとオッサは感心する。
 リオレウスを単独で狩るなど今のオッサでは考えられない事だし、フルフルにしても手に余る事は間違いない。
 だが、商人達は目の前に晒されたフルフルホルンをまじまじと見て、しきりに感嘆を漏らしている。あの作り話を完全に信じたわけでは無いだろうが、フルフルシリーズを揃えるハンターがいれば少しは安心と思ったのだろう。本当に面白くない。

「それで、ガレオスの群れがいるという話しだが」
 怒りを引っ込めて尋ねてみると、隊長らしき男が神妙な面持ちで頷いた。
「ええ、ゲネポス程度なら我々でもなんとか追い払えるのですが、ガレオスになると、とてもとても……」
 商人達の顔が一斉に歪む。砂漠を歩く者達にとってガレオスとは恐怖の対象だ。
 砂竜と呼ばれるそれは、砂漠という名の大海を自由に泳ぎ回る大型モンスターである。現在では魚竜種に分類されているが、一昔前は飛竜種の一種と目されており、ゲネポスとは比べものにならない程の生命力を持つ。
 砂漠を行く商人である彼らは、仲間が砂に呑み込まれた姿を幾度となく目の当たりにしているはずだ。今度は自分たちの番と怯えるのも無理はない。

「わかった、じゃあ俺達が先行して囮になるからその隙に行ってくれ。ガレオスは音に反応するから出来るだけ静かに、だけど急いでな」
「わ、わかりました」
 すっかり丁寧語になってしまった商人に苦笑ししつつ、オッサは洞窟の出口へと向かう。フルフルホルンを背負い直したキキナも彼に続いた。
「さてさて、ガレオスとは、なかなか骨の折れる相手だね……」
「ランポスやゲネポスと比べればな……だけどお前、あの話しは何だよ、カホ姉……同門の奴と一緒ならともかく、独りでリオレウスなんてとても狩れないぞ」
 憮然として言ってやると、キキナは楽しそうにくすくすと笑った。
「なに、君ならすぐにそうなると思ったから言ってみただけさ。それとも自信が無いのかいオッサん?」
 キキナの唯一色づいている赤い瞳が、試すように覗き込んでくる。
 オッサはその瞳を正面から睨み返し、鼻で笑って見せた。
「馬鹿言うなよ、そいつは他人より有るつもりだぜ」
 その応えに満足したのか、キキナは白い顔一杯に笑みを浮かべた。
 一瞬、見とれてしまったオッサは、慌てて顔を逸らすと足早に洞窟の出口へと向う。
 
 空には夜の帳が落ち、上弦の月がオッサ達を出迎えた。
 街では見る事の出来ない、満天の星空の下でヒトとモンスターの闘争が、静かに幕を開けようとしていた……
(@_@)
2009年05月13日(水) 17時55分31秒 公開
■この作品の著作権は(@_@)さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
コメ返し
・天地無双様
コメント有り難うございます。
いや〜、そんなに言ってもらうとちょっと喜びすぎて、椅子から飛び上がっちゃいま(ry
高得点有り難うございました。

・テルミドール様
二回目のコメント有り難うございます。
第一話の時から、コメントを頂きしかも、お褒めの言葉まで…
あれ、何でだろ目がぼやけて見えないや。
しかも、涙が出てきてる…
これじゃあ、文がうて無ぢwっbwbvfにt

・田中角way様
コメント有り難うございます
笑い泣き……
って、嘘だったのか(0_0川)ガーン
まあ、それは置いておいて、
有り難うございました。

・紅竜騎士様
は…初…初めまして。
コメント有り難うございました。
えっと、自分はこのサイトに来たのは初めてなのですが……
まあ、それはさておき今回は、有り難うございました。

・オメガ様
コメント有り難うございます。
「オッサん」にはまっていただけましたか!
よかった〜
実は、このあだ名を考えるとき
「オッサん」が思いついたんですけど、流石にださいかな〜と思っていたけど評価していただき安心しました。
今回は有り難うございました。

・カテドラル様
コメント有り難うございました。
実は、酒が入ると汚くなる人は小説を書く前から思いついていたんです。
しかし、どんな人が良いだろう…と言うことになり
・酒が入ると汚くなる元貴族の男
・酒が入ると汚くなる…というか、元からかなり汚い親父or女
などの、数多くの中から一番シンプルで良かったのが
「酒が入ると汚くなる女」
だったんですよ。
さて、今回は有り難うございました。

この作品の感想をお寄せください。
 初めまして、『地雷な彼女』のおちょめです。
 モンハンで落下傘とは考えもしませんでした。武器を抱えながら目的地まで降下、想像すれば何ともそそられる光景ですよ。
 最初から拝見させてもらっていますが、凄い文章力と構成力ですね。感服しました……。
 
 こんなヘタレな私ですが、今後とも宜しくお願いします。
40 おちょめ ■2009-05-16 11:32 ID : DOdxzTnsU3I
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 どうも、天地無双です。あの気球の発想。とてもユニークです。これで、また参考にすべきライターさんが見つかりました。顔文字様はストーリーがとても上手でいらっしゃいます。是非とも参考にさせていただきます。

やっぱりリーダーを失ってしまうと、途端に臆病になってしまう魔物(モンスター)いるのですね。あのときのオッサン(失礼、オッサさん)がcoolに見えました。
今度私にこのようなユニークな発想の仕方のコツなどありましたら、教えてくださると幸いです。
読んでて楽しかったです。次回も楽しみにしております。
では、失礼いたします。
50 天地無双 ■2009-05-13 22:14 ID : wU1tQ.4L17s
PASS
 商隊の保護ですか。ハンターとしては結構難しいのではないでしょうか。誰かを守りながら戦うのはきついですから。にしても気球からの落下傘というのはよく思いつきましたね! 考えもしませんでしたよ。私の作品の中にも取り入れたいですね。まぁパクるのは良くないのでしませんけども。 40 紅竜騎士 ■2009-05-13 21:34 ID : 9A0d1.S/GRk
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合計 130
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