ハンターほど素敵な商売はない-@
@. 「奇術師」

『竜王の系譜』
『魅惑の蟹料理』
『ドドドドブランゴ』
『紅色の雷、菫色の刃』
 ext.ext.・・・・・・
 タイトルだけで内容の見当がつくものもあれば、狩猟の行き先ですら定かではないものまで。
 寸劇のタイトルでもなければ、小説の名前でもない。
 ハンター御用達の大衆酒場に届けられた、クエスト依頼書である。
 大の男が三人分両手を広げても足りない程の幅の掲示板が、鱗のように貼り付けられた紙切れで覆われている。
 ハンターは気に入った依頼を見つけると、ここから目当ての依頼書を引きちぎってはカウンターへ持っていき、依頼を受注するのが慣わしなのだ。
「ボツ。没。これもぼつ、と」
 もちろんこの俺、オロもその例にもれず、掲示板の前で手ごろな依頼を探すべく、紙束をめくっていた。
 工房の爆発事故で負った火傷はすでに癒えたが、まだまだ病み上がり、本調子とは言い難い。また、工房の修理代は元々裕福ではない俺の財布にとどめをさし、ぶっちゃけ相当な額の借金がたまっている。
 こんな状況では、自然と依頼を引き受ける基準も高くならざるを得ない。
「とにかく支払いが良くて楽で拘束時間短くて、ついでにちょっと色気のある依頼が理想なんだがな・・・・・・」
「ナニ寝言いってるんですか」
 俺のつぶやきを聞きとがめて、新たに依頼書を貼り付けにきた受付嬢が、呆れたようにため息をついた。
 制服にあしらわれた純白のフリルが、酒場の入り口から吹き込む風になびいてヒラヒラとゆれる。それは、十代半ばで可愛らしさを多分に含んだ、少女の緩やかな顔の輪郭とあいまって、なかなかに魅力的であった。
 彼女の名はリィナル。一年ほど前にこのギルドに就職した、若手の受付嬢である。その歳相応の愛らしさと、愛想が良くて意外と生真面目な性格、そして屈強な狩人達に対しても堂々と立ち向かう度胸から、ハンターの間でも割と評判がいい娘だ。
 もっとも、生真面目な性格がどうも俺とは相性の悪いせいか、この娘は俺に会うたびにやたらとつっかかってくることが多い。
 この日も、リィナルは機嫌が悪いらしく、ギルド発行の依頼書をまるで手形のように掲示板へ叩きつけていった。
「まったく! どいつも! 都合の! いいこと! ばかり! いって!」
 片手に依頼書の束を抱え、反対側の手は休むことなく動き続ける。
 リィナルの手が閃くたび、バッチンバッチンとビンタをくれたかのような音があがった。
 あんまりにも痛そうな音に、近くでたむろしていたハンター達も、リィナルの手に合わせて首をすくめている。
「少しは! 依頼をより分ける! こちらの! 身にも! なって! ください!」
「なんか不機嫌だなオイ。生理か?」
「ひねり潰しますよ」
「・・・・・・スンマセン」
 ちょっとした軽口に、真顔で即答、処刑宣告。
 思わず条件反射的に謝ってしまった俺を、誰が責められるだろうか。
 リィナルは、そこで八つ当たりが過ぎたことに気が付いたのか、大きく深呼吸をすると、照れたように笑った。
「失礼しました。少々、仕事が忙しかったもので、つい憂さ晴らしさせてもらいました」
「俺はサンドバックでもぬいぐるみでもねぇぞ」
「さしずめアナタは大きな熊のぬいぐるみ、ってところですか」
 微笑みながら、リィナルは作業を続けている。
 俺はその後ろ姿を眺めていて、ふと、依頼書が掲示板の下の方に溜まっている事に気がついた。
 女性の中でも小柄な方であるリィナルの身長に比べ、掲示板の最上部の高さは両手を伸ばした分ほど余分に高い。あれでは、依頼書を貼り付けるのにも苦労するだろう。
 俺は、リィナルの手から依頼書の一部を引き抜いた。
「オロさん?」
「貸しな。手伝ってやる」
 驚いたような顔でこちらをみる受付嬢の事を無視して、俺は依頼書を貼り付けた。
 片手で紙を押さえ、もう片方の手で備え付けの針を手に取り、固定する。
 リィナルはなぜかムッとしたような表情でこちらを見ていたが、やがてあきらめたのか、再び作業を再開した。
「意外と、優しいところあるんですね」
「ふん。意外とといわれるのが意外だぜ」
「・・・・・・それなら、報酬のいい依頼書を、普通の人じゃ手の届かない高さの所に貼り付けるのはやめてください」
「ふん、バレタカ」
「子供ですか、まったく」
 リィナルは再び、大きくため息をついた。
「ともかく、優しいというならば、その優しさを少しは身近な人に注いであげたらどうです? この前、ユトリが嘆いていましたよ。アナタが最近かまってくれなくなったって」
「全身包帯でグルグル巻きにされてて、どうかまえってんだよ」
「まあ、そこらへんは理屈じゃないですから」
 歳が近いこともあってか、俺の同僚ともいえる女ハンター・ユトリと、リィナルは仲がいい。
 猪突猛進な性格のユトリと、冷静な性格のリィナル。一見相性の悪そうな組み合わせだが、お互いの歯車が上手くかみ合ったのだろう。
 仕事が休みの時、二人で町へ遊びに出かけるところを、何度か見かけたことがあった。
 もっとも、何故ここでユトリの名が出てきたのか、俺にはいまいちよくわからなかったのだが。
「・・・・・・お」
 そんなこんなで依頼書の貼り付けを手伝っているうち、俺は一枚の依頼書に目をつけた。
 それは、とある旅芸人の一座の護衛を依頼する文書だった。
 ドンドルマからミナガルデに向かう旅芸人の一座。その道中を護衛してほしいという内容だ。
 この手の依頼は、実は結構難しいのである。
 拘束時間が長い。守るべき対象は素人。そしてなにより、狩るべきモンスターがわからないというのが一番のミソとなる。
 そもそも、ハンターがモンスターに対して優位にたてるのは、その長年に渡り受け継がれてきた叡智によるところが大きい。
 どんな武器が有効なのか、どんなアイテムが通用するのか。どんな属性が通用するのか。どこが一番肉質が薄いのか。
 そういった大小さまざまな知識を持つことで、初めて人間はモンスターと同じ土俵に立つことができるのだ。
 それは言い換えてみれば、知識のないハンターは素人と大差ない、飛竜の餌も同然の存在であることに他ならない。
 だからこそ、この手の漠然とした依頼は、ハンターにとって大分に難しいものといえるのだ。
 運がよければ道中を寝て過ごすことができる反面、最悪、寝る間も惜しんで飛竜を撃退しつづけなければならない。
 ギルドは若手ハンターの犬死と依頼成功率の低下をおそれて、護衛の任務は上級以上のハンターにのみ受注を許している。
 まあ、そうでなくとも拘束時間の長さを嫌って、依頼を引き受けるハンターは少ないのだ。そして供給の少ない分、依頼料は跳ね上がる傾向にある。
 実際、俺の手にした依頼書には、成功報酬として30000zもの大金が約束されていた。
 まさに、ハイリスク&ハイリターン。
「ふん、なんだ。探せばあるじゃないか、おあつらえ向きの依頼が・・・・・・」
「あ、それはダメです。NG。却下」
「何ぃ?」
 俺の手の中から、依頼書が掻っ攫われる。
 見ると、リィナルは涼しい顔をして依頼書を懐に取り込んでいた。
「イヤちょっと待てよ。いくらなんでもそりゃ職権乱用じゃねえか?」
「この依頼はもう予約済みだから、これでいいんです」
「予約? まだ張り出されてもいない依頼を、誰が予約するってんだ」
「とにかく、この依頼はダメなんです。あ、もうお手伝いは結構ですよ。はい、散った散った」
「無償の奉仕者に対して、それはあんまりだろ」
「よくいいますね。他の人より少しでも早く、いい条件の依頼を手に入れるためじゃないですか」
「い、言いがかりじゃないかなソイツは」
「この前、酔った時に大声で叫んでいましたけど」
「・・・・・・・・・・・・ぐぅ」
「まったく、浅ましい」
 顔を引きつらせる俺と、その目の前で涼しい顔を浮かべているリィナル。
 俺たちの間に、目に見えない火花が飛び散ったような気がした。
「ともかく、依頼書、出せよ」
「何度言ってもだめです」
「出せ」
「ダメ」
「・・・・・・・・・・・・」
 しばらく、張り詰めた静寂がその場を包む。
 普通、人と人が目をじっと見つめ合うなどというのは、滅多にあるものじゃない。例えば、恋人同士であるか、もしくは、天敵同士であるかでないかぎり。
 俺とリィナルの関係は、言うまでもないだろう。
 天敵同士の冷戦に、巻き添えや飛び火を恐れて周囲から人がいなくなっていく。一人、新米と思しきハンターが不用意にも掲示板に近づこうとして、俺らに気がついた途端顔を引きつらせて酒場から逃げていったのが、視界の隅で見えた。
 そんな、一触即発の空気を破ったのは、なんとも場違いな声だった。
「なんだか、取り込み中のようですねぇ」
 長年ハンターというヤクザな稼業を続けてきたものならばまずあげないであろう、妙に礼儀正しい声。
 空気の読めないその発言に思わず振り向くと、そこには小柄な男がニコニコと笑って立っていた。
 まるで、狐のような男だった。どんぐり状の縦長の顔に、細長く釣りあがった目が切れ込みのように付いていて、俺とリィナルの方を向いて静止していた。
 黒く、短く切った髪は健康的に見えるが、その肌の色は幽鬼のように青白い。かといって虚弱というわけではなさそうだ。装甲全体に突き出たトゲが印象的な黒い甲冑、ガルルガSシリーズに身を包んでおり、装甲の隙間から覗く四肢は決して細身ではなかった。
「あ、ヴォルペさん」
 リィナルは俺とのにらみ合いからあっさり離脱すると、ヴォルペと呼ばれた男のそばに近寄った。
「どうも、リィナルさん。一体、何があったんですか?」
「大したことじゃありません。ウチのロクデナシが、依頼の件でちょっと駄々をこねただけです」
「誰がロクデナシだ、この生理不順女」
「・・・・・・ひねり潰します」
「ああ、もういいですから。よくわかりませんが大体わかりましたから。とにかく、一旦双方とも矛を収めてください」
 ヴォルペは、今にも飛び掛らんとするリィナルを制しながら、俺に向かって挨拶をした。
「お初にお目にかかりますね。こちらのギルドで噂に名高い、『轟天』のオロとお見受けしました。我が名はヴォルペ。『奇術師』ヴォルペと申します。どうぞ、お見知りおきを」
 やたらと芝居がかった、妙に丁寧な挨拶。慇懃無礼を絵に描いたような態度だ。
 だが、俺はそんな態度に腹を立てるより前に、顔に冷たい水をぶっ掛けられたような気分に陥った。
『奇術師』ヴォルペ。ギルドに正式に所属していない、いわばフリーのハンター。その中でも、ドンドルマ周辺では最強と噂される程の凄腕である。
 その名に聞き覚えがあるものが他にもいたのか、遠巻きに見つめていたハンター達の間からどよめきが生じる。
 ヴォルペは、慣れているのか、周りの動揺を完璧に無視しながら、リィナルから依頼書を受け取る。
「ふむ。争いの火種は、この依頼ですね・・・・・・」
 顎をなぜながら、ヴォルペは依頼書を眺める。
「オロさん。よろしければ、手を貸していただけませんか?」
「何ぃ?」
「いえ、このクエストを予約したのは、実は私なんですよ。ですが、予約したはいいが、正直一人だけでは心細い。最初からここで人手を募るつもりだったのですが・・・・・・『轟天』が腕をふるってくれるならば、百人力というものです」
 そういって、手を差し出すヴォルペ。
 口調自体は丁寧だったが、その言葉の節々に潜む優越感を、俺は敏感に感じ取っていた。
 おかしい。
 普通、ハンターは己の腕が上がれば上がるほど、パーティを組むメンバーを固定したがる傾向がある。実力の劣る相手と組んでも、得るものは少ないと経験的に悟るからだ。
 この男が噂どおりの実力を持っているのならば、いくら厄介な依頼だからといって、俺の手が必要だなんてことはまずありえない。ただのお人よしという可能性もあるが、この男の狡猾そうな細い目をみつめていると、その線も非常に疑わしく思えて来る。
 俺はすこし考えたが、結局のところヴォルペの手を握った。
 胡散臭いことこの上ないが、この依頼の報酬は見逃すにはあまりに惜しすぎるからだ。
 それに、依頼の時に一時的なパーティを組むのには、昔から慣れている。一番怖いのは仕事中、コイツに出し抜かれることだが・・・・・・最初から信用しなければいいだけの話だ。
「契約成立、ですね」
「・・・・・・一言だけ言っておく」
 俺は、ヴォルペの目をにらみつけて言った。
 ピクリ、と掌の中で、ヴォルペが動揺したのが伝わってくる。
 向こうも気付いたのだろう。俺が、握った手に込める力が、じわじわと増していっていることに。
「俺を『轟天』と呼ぶんじゃねえ」
「ほう、それはまたどうして」
「黙れ」
 掌の中で、ミシリと音が鳴った気がした。
「俺が聞いているのは、YESか、NOかだけだ。余計な詮索はするんじゃねえ」
「・・・・・・なるほど、承りました」
 ヴォルペの額に一筋だけ、汗が流れる。
 俺は鼻を鳴らして、握った手を離した。 



ACT2.歌姫

 それは、いってみればある種の祭壇だった。
 中心に鎮座するのは円形の石舞台。ハンターが数人がかりで掘り出してきた巨岩を、石職人達が丁寧に削り上げたその舞台は、自然ではありえない均等性と、それによる整合された美しさをかもし出している。
 その舞台を取り囲むように立つのは、四柱の石松明。頂上から火を吹き、辺りを照らし出す様は灯台のようだ。
 明かりはその炎のみ。時刻は夜。太陽も西の果てに沈んだ今、周囲はやわらかな薄闇のヴェールに包まれていた。
 その場にいる誰もが口を閉ざしていた。
 呼吸の音も聞こえるかのようなしんとした静寂であるが、それは決して不快なものではなかった。
 その証拠に、人々の目は輝いていた。その口元は微笑んでいた。まるで、祭りの前日の子供のように、その顔には来るべき瞬間への期待が満ち満ちていた。
 やがて、舞台の奥から一人の女性が現れた。
 黒い髪、黒い肌。その身は白いヴェールで包まれており、闇の中で炎の揺らめきを受けてぼんやりと光って見えた。
 薄い生地を通して、女性の身体のラインがはっきりとわかる。不思議と、淫らな印象はなかった。それは、彼女の体つきが均整の取れた、無駄なものの一切ないそぎ落とされた美しさで張り詰めており、異性への欲望というよりは名工の手による彫刻を連想させたせいかもしれなかった。
 頭は小さく、手足は異常なほど長いが、違和感は全く無い。むしろ、彼女と比べると、世間一般の人々の体つきの方が全て間違いで、彼女の身体こそがこの世で唯一の正解であると錯覚してしまいそうだった。
 何より印象的なのは、その目だ。灯火の光を受けて、薄暗い闇のとばりの中で白く輝くその目は、さながら地に零れ落ちた月の光のひとしずくのようだった。
 まるで敵意を持たれているのではないかと思えてくるほど強い眼光は、人々の目に飛び込んでくるようだ。今なら、もし彼女が異国の女神の化身(アバター)だと言われたら、うっかり信じてしまいそうだ。そう思わせるほど、強く人をひきつける眼だった。
 たおやかな前奏が始まり、彼女がゆっくりとした動きで両の腕を広げる。まるでその場にいる人々全てを抱きしめようとするかのように肩が上がり、彼女の肺に冷たくも熱を持った大気が吸い込まれていく。
 そして。
 歌声が、世界を支配した。

  

 
「・・・・・・凄ぇな」
 夕刻、町のホールにて。
 注文した料理に手をつけることも忘れて、ガラにも無く俺は舞台に魅入っていた。
 歌声をさえぎらないよう、上演中に息をひそめているなど、初めての経験だった。
「いかがですかな? 我が楽団は」
 目の前に座っていた大男が、体格に似合わぬ柔和な笑みを浮かべて聞いてくる。
その全身はがっしりとついた筋肉によって覆われており、額は小さな灯火の明かりを受けてツヤツヤと精力的に輝いていた。
 彼が、依頼を頼んだ張本人。楽団の責任者、アガルパ本人である。
 商人の割りには立派な身体を椅子にゆだねたその姿は、さながら桃毛獣のようだった。
「うん、まあ、言う事無ぇな」
 これで、アンタが口利かなきゃ最高なんだが。
 俺がそういおうと思った矢先、横槍が入った。
「ええ、全くもって素晴らしい。流石はドンドルマ地方にありといわれたアガルパ楽団。一流の歌姫をそろえていますね」
 俺の横に座っていたヴォルペが、歯の浮くような見え見えの世辞を言う。
 喉元まで出かけていた言葉を飲み込んで、ヴォルペをにらみつけたが、奴はどこ吹く風で自分の皿に盛られた料理を片付けにかかっていた。
 依頼を正式に引き受けた後、俺たちは楽団の移動ルートを検討するという目的で、アガルパの招きに応じた。
 依頼主相手とは言っても、ただ言う事を聞いていればいいというものではない。自身の得意な獲物や、通るルート、旅先の予定などを依頼主とハンター、その両者で話し合って最終的な移動ルートを決めるのだ。
 実力を見誤って依頼失敗、楽団は全滅、ハンターは死亡などと、冗談な話ではなかった。
「目的地はミナガルデまでだったな? 定石通りだったら密林から森丘を抜けるルートを進むのが一番だが。かかる時間は、大体これで2週間ぐらいだ」
「いえ、それなんですがね・・・・・・」
「もう少し早くつきたいなら、湿地帯を抜けるコースもあるな。こっちなら10日ぐらいまで短縮できるが・・・・・・この時期は毒怪鳥が出やすいからな。おすすめはしないぜ」
「今回、わが楽団は砂漠を抜けるルートをとりたいと思うのですよ」
 アガルパが笑顔のまま告げる。
 一瞬、俺は何を言っているのか理解できなかった。
「砂漠って、イヴァルナ砂漠のこと?」
「はい。別名『亡骸の砂海』とも呼ばれているようで」
「・・・・・・楽団の人数は?」
「まず、主だった者だけでも20名はくだらないかと」
「・・・・・・砂漠越えを経験したことのある奴はいるのか?」
「私は何度かありますが、他のものはなんともいえませんな」
「・・・・・・正気とは思えねえな」
 俺は息を深く、大きく吐き出した。
 イヴァルナ砂漠。別名の『亡骸の砂海』が示すのは、二つの意味。
 一つは、遭難した人間の数が尋常でない事。もう一つは・・・・・・。
「あの地域はダイミョウザザミの大量発生区でしたねぇ」
 ヴォルペが涼しい顔で、ポツリとつぶやいた。
「ダイミョウザザミ・・・・・・一角竜の頭蓋を被った、巨大節足生物。その強固な甲殻から、盾蟹の異名を持つモンスターですな」
「ご説明どうもありがとう、アガルパ団長。・・・・・・冗談じゃねえぞ。なにが哀しくて、奴らの巣穴にこっちから飛び込まなきゃならんのだ」
「しかし、ザザミというモンスターは、一流のハンターからしてみれば、さして強力なモンスターではない、と私は聞いておりますが」
「・・・・・・よし、言った奴の名前教えろ。今すぐ盾蟹の巣に放り込んできてやる」
 実際、そんなくだらない話をこの団長様に吹き込んだ間抜けを、俺は絞め殺してやりたい衝動にかられていた。
 何が恐ろしいかといって、素人の浅知恵ほど恐ろしいものは無い。
 確かに熟練のハンターにとって、ダイミョウザザミというモンスターはさして強大な相手ではない。
 もちろん決して油断のできるモンスターではないが、ザザミ自体がさして攻撃性の強いモンスターではないため、大型モンスターの中では比較的安全に狩ることのできるモンスターである。
 だが、それも一対一、あるいは一対多の場合に限った話だ。一度に二匹以上のモンスターを相手取る場合、その難易度は飛躍的に跳ね上がる。
 それは、単純に狩猟対象が二倍になるという問題ではない。モンスター一匹の時ではわずかに付け込むことのできた隙が、二匹になることで互いにカバーされて、隙をつぶされてしまうのだ。隙の無くなったモンスターなど、一体誰が狩れるというのだ。
 どんな凄腕だろうと、二匹以上のモンスターを同時に相手どれと言われたら首を横に振るしかないだろう。それほど数の問題というのはやっかいなのだ。
「ふん、あんたらは旅芸人の一座だと聞いていたが、どうやら本当はネズミの群れだったようだ。
 ・・・・・・モンスターに食われて死ぬのはキツいらしい。集団自殺なら、ネズミらしく海にでも飛び込むんだな」
「しかし、もうイヴァルナ砂漠を抜ける計算で、次回の公演の予定は立ててしまいました」
 俺の皮肉に悪びれた様子もなく、あっさりとアガルパは言い放った。
「今更延期、ないしは中止ともなると、印刷代やら会場の確保、延滞料金などで、とんでもない損失が生まれてしまいます。今更、他の道は選べません」
「なら、盾蟹の腹ン中で金勘定でもしてみるのか?」
「そこを何とかするのが、あなた方の腕の見せ所では?」
「できないことをできないっていうのも依頼料の内さね。断言するが、俺達以外にこの話を振っても、まともな返事はかえってこないぜ」
 一瞬、その場に険悪な空気が張り詰める。
 その膠着状態を崩したのは、ヴォルペのあっさりとした一言だった。
「まあ、なんとかなるんじゃないでしょうか」
「何ぃ!? ヴォルペ、テメエ何を・・・・・・」
 俺はヴォルペの顔を見て絶句した。
 ヴォルペは笑ったまま張り付いたかのような顔を全く崩してはいなかった。
 ただ、その細い目の奥の光は爛々と輝いていて、ヴォルペ自身は冗談でもたわごとでもなく、混じりけ無しの本気でモノを言っているという事だけは理解できた。
 二対一。戦況は逆転、著しくこちら側の不利となった。
 この場で、どうやってこれ以上やりあえというのだろうか。
「・・・・・・依頼料の上乗せはあるんだろうな」
 苦々しい顔で俺はため息をつくと、ソファーに深く身を沈めた。
 事実上の敗北宣言を受けて、アガルパはにっこりと暑苦しい笑みを返した。

「イカレてんのか、あいつらは!?」
 俺の憤懣が込められた愚痴が、夜の水面をわずかに震わせた。
 ドンドルマの市中を突っ切るように流れる川の、その橋の上。
 夜も半ば更けた今、町のざわめきも大分に落ち着き、わずかに見える夜の盛り場の明かりも今は遠い。
 あの、話し合いという名目の命令の後、ヴォルペとアガルパが場所を移して呑み続けようとするのを尻目に、俺は一人その場を抜け出してきたのだ。
 気の合わないあいつらと、用も無いのに呑み続けるなど御免だった。それでなくとも、いい加減に堪忍袋の緒が切れそうだったのだ。今日、これ以上一緒にいれば、俺は必ずどちらかの息の根を止めかねない事態を引き起こすと、自分で思った。
 ねぐらに帰る前に酔いと怒りを幾分か覚まそうかと、川の方まで足を伸ばしたのだが、生憎と怒りは時間をおけばおくほど、良く練られたパン生地のように膨れ上がってくる。
 20人以上の素人を率いて、『亡骸の砂海』を横断する。
 本年度最大のジョークか、さもなければ正気の沙汰ではない。気が滅入るとか、困難だという程度のレベルではなく、冗談抜きで遭難しかねない状況なのだ。ミイラ取りがミイラになるといった事態も、十分に考えられた。
「依頼、キャンセルするかな」
 口に出して言ってみた途端、その言葉のおぞましさに身震いした。
 基本的に、ハンターは依頼をキャンセルする自由が、ハンターギルドから与えられてはいる。
 だが、実際にその自由を行使するハンターは、そうそういない。プライドと名声がその邪魔をするのだ。
 まあ、プライドの方はともかく、名声の方は無視するには少々問題がある。
 ハンターは己の「名声」を下に引き受ける事も多い。その分、一度「無能」のレッテルを貼られようものなら、そのハンターは碌な仕事を回してもらえず、挙句の果てにはのたれ死ぬか、山賊まがいの野良ハンターに落ちぶれる、などということもざらにあるのである。
 さらに厄介なことに、一般的なものと同じく、ハンターの名声も、失うのは容易い代わりに取り戻すのは非常に困難。また、どんなにがんばっても取り戻すことができない時もある。
「クソッタレ」
 俺はもう一度つぶやくと、足元に転がっていた小石を川面めがけて蹴り飛ばした。
 思った以上によく飛んだ小石は、ゆったりとした放物線を描いて宙を舞う。
 そのまま、ぼちゃんといった音を期待していた俺の耳に、妙に鈍い音と、小さな悲鳴が飛び込んできた。
「あれ?」
 意外な声に、緒rえは闇の川面に目をこらした。
 ほどなくして、人影が浮かんでくる。
 闇に溶け込むような黒い肌に、アンバランスでありながらどこか整合性のとれた体つき。
 さきほどの歌姫だ。
 一目見て、俺はそう確信していたが、同時になんとも言いがたい違和感を感じ取ってもいた。
 俺は橋を降りて、彼女に近づいた。
 膝までしかない、浅い川だ。繁殖期だというのに水は冷たかったが、ハンター用の防具は防水性能も考えられているため、靴の中に浸水してくるといったことはなく、不快感はさほどでもない。
 不意に近寄ってきた大男におびえたのか、彼女の身体が強張る。それを見て、ようやく気が付いた。
 彼女は、妙におどおどしていたのだ。
 舞台の上では、彼女はまさに女神のごとく君臨しており、威風堂々としていた。それが、今ではそのなごりも欠片も感じ取ることができなかったのだ。
「ふ・・・・・・」
 彼女が、かすれるような声で、何かをささやいた。
「ふ?」
 俺が思わず聞き返した途端、彼女は予想もしなかった行動に出た。
 いきなり、ペタンとその場に座り込むと、そのまま声も立てずに涙を流し始めたのだ。
 俺は思わぬ展開に、呆然となった。寝室でならいざ知らず、見ず知らずの女にいきなり目の前で泣き出されて、動揺しない方がどうかしている。
 しかし、この状況は一体全体どういうものなんだろうか。傍から見たら、いかがわしいことこの上ないんじゃないか。
 月の無い夜。
 闇の水面。
 レックスSシリーズに身を包んだ大の男。
 黒い肌をした、裸の少女・・・・・・ハダカノショウジョ!?
 我ながら本当に間抜けな話なのだが、俺はその時まで自分の置かれている状況の本当の危険さに、全く気が付いていなかったのだ。
 いかがわしいどころの騒ぎではない。誰だってこんな状況を見たら、俺の事を性的犯罪者と見るに決まっている。
 一瞬、大声で否定したい衝動に駆られたが、そんな事をしてもますます犯罪者じみて見えるだけだと思い、俺は必死で自分を抑えこんだ。
 ここまできたら、開き直るしかないだろう。
 俺は顔をしかめて、なんとか歌姫に話しかけた。
「まあとりあえず、泣き止めよ」
 それで誰が泣き止むというのだ。
 ・・・・・・自分の言ったことに自分で突っ込むあたり、我ながら相当に慌てているんだろう。
 なんだか、俺も泣きたくなってきた。
 少女は涙を流したまま、川原の一点を指し続けている。
 その指先を追っていくと、川辺に丁寧にたたまれた女物の服がおかれているのがわかった。
 恐らくは、上演が終わって、水浴びに来たのだろう。夜中に女の一人歩きとは物騒な話だが、それでも汗でべとべとのまま寝るよりはマシだ。
 そんななか、正体不明の大男がいきなり現れたのだ。
 なるほど、恐怖で泣き出すのも、まあ、無理はないかもしれない。
 とりあえず川原から俺が彼女の服を取ってくると、彼女は奪うかのような勢いでそれを掴むと、両手でそれを抱え込んだ。
 それでとりあえず涙は止まったが、今度は代わりに俺の方を刺すかのような視線でにらみつけてくる。
 そんな疑いのまなざしに耐えかねて、俺はしぶしぶと口を開いた。
「あー、アガルパ楽団の歌姫さんだな。
 俺は、アンタ達の護衛を引き受けることになったハンターだ。」
 そう言っても、彼女は俺への視線の力を弱めない。
 まあ、説得力に欠ける言い分ではあった。
「今のは事故みたいなもんだ。
 俺はアンタに興味があったわけじゃないし、そもそもアンタがここにいたことも知らなかったんだ」
 なんだろう。
 ウソは一言も言っていないのに、自分で喋っていて感じる、この薄ら寒い感じは。
 彼女の視線も、なんだかしゃべればしゃべるほどますます冷ややかになってくる気がする。
「ともかく、すまなかったな」
 とうとう俺は説得をあきらめて、その場を去ろうとした。
 言う事は言った。これで彼女が騒ぎ立てるというんだったら、大人しく俺はそれに甘んじよう。
 どうせ、元々悪名の方が有名だったんだ。今更、痴漢の汚名の一つぐらい、大したことはない。
 しばらくは知り合いからエロだのエロオロだの言われると思うと忌々しいが、まあその程度ですむ。
 そう思い、川原に上がろうと思ったところで、後ろからパシャンと水の鳴る音がした。
 振り向くと、そこには歌姫が川の中で横たわっている姿があった。
 そういえば、先ほど蹴り飛ばした小石が当たったのは、彼女だったように思える。それが原因で倒れたとしたら、流石にバツが悪そうだ。
 俺は彼女に近づくと、彼女の身体を改めようとした。
「おい、大丈夫・・・・・・」
 ぐう。
 呼びかけた途端。
 実に見事なタイミングで、大きな腹の虫が鳴く音が、俺の声をさえぎったのだった。

 ドンドルマにおける料理店といえば、ハンターズギルドの大衆酒場と、劇場の二つが真っ先に上げられる。
 だが、それ以外にもちょっと探せば、美味い料理を出すところは結構転がっているものである。
 『超速機動屋台・麒麟の生足亭』も、その一つだ。
 大層な名前は付いているものの、実際は小さな屋台に過ぎない。
 ここで出す料理は一点、アプトノスのポトフ(洋風おでん)のみ。だが、亭主のネーミングセンスに反比例して、これがまた実に美味い。
 丁寧にとったレアオニオンのダシを元に、ヤングポテトや五香セロリなど良質の野菜と、塩漬けにされたアプトノスのばら肉を一緒に大鍋でコトコトコトコトジックリ煮こむ。
 ただそれだけのはずが、そこに一体どんな手を加えればそうなるのか、野菜も肉も煮崩れしていないにもかかわらず、口に含めばとろけるように柔らかくほぐれ、しかも素材の旨味が凝縮されていながら、芯までダシの味が染み渡っているのだ。
 つくづく、亭主のネーミングセンス最悪なのが悔やまれる店だ。最も、そのおかげでいつまでも安くて美味い料理に、俺はありつける訳だが。
「・・・・・・おっちゃん、店の名前変える気はねぇのか?」
「断固お断りさせていただきます」
 やせっぽちで貧相な中年男である亭主は、俺の提案をやたらと漢らしくはねつけると、再び鍋のアクを取る作業に戻った。
 この亭主も、十分な変人である。屋台のオヤジをさせておくには惜しい逸材だ。
 俺はため息をつくと、隣で物もいわず皿を空にしていく歌姫を見つめた。
 店に入ってからずっと食べ通し。俺の問いかけにもうんともすんとも答えず、ひたすらに目の前の料理を平らげていく。もちろん、服を着て、だ。
 舞台の頃の面影は、あんまりなかった。
 ぶっちゃけ、幻滅である。
「せめて名前ぐらいは教えてくれないもんかね・・・・・・」
「スゥ・ラ」
「お?」
「名前。スゥ・ラ」
 俺のつぶやきに、少女は初めて反応してくれた。
 もっとも、抱え込んだ皿からは目をそらさなかったが。
「スゥラか。良い名前じゃねえの」
「スゥラじゃない。スゥ・ラ」
「・・・・・・同じだろ」
「違う。スゥ・ラ」
「まあ、そんなのはどうでもいいけどよ」
 少女の口調にムッとしたものが混じるのを感じて、俺は慌てて話題を変えた。
「おまえさん、ちゃんと食うもん食ってるのか?
 パッと見じゃあわかりづらいが、おまえさんの身体の細さは尋常じゃない。昨日今日メシ抜いたって訳じゃなさそうだが」
「ご飯はもらってる。団長さんから。パンとスープ」
「どれくらいだよ?」
 ようやくひと心地がついたのか、ここで少女がスプーンを置いた。
 腹が膨れたせいで落ち着いたのか、川でみせていたきつい目は影を潜めている。
 そうしてみると体格の割りには、彼女は随分と幼かった。
 せいぜい、十代後半。ひょっとしたら、十代前半程度の年齢なのかもしれない。
 少女はおずおずと両手を広げ、親指と人差し指で小さな輪っかを作った。
「足りねえだろ、それじゃ」
「もらえるだけイイ」
 スゥ・ラの物言いは淡々としていた。
「団長さんがいなかったらそれももらえない。団長さんがいたから、スゥ・ラはご飯が食べられる」
「よくしつけられてるこった」
 俺の皮肉が伝われなかったのか、少女は不思議そうな顔をして首をかしげた。
 奴隷、という言葉が頭をよぎる。
 人を人とも思わず、家畜のように扱う風習のことだ。
 ドンドルマの周辺では大分少なくなってきた慣習だが、完全に廃れたという訳ではない。
 さすがに同じ人種に対しては王国も厳しく取り締まるようになっているが、これが例えば「流浪の民」といった異人種などにおいては、まだ取り締まる制度も明確に成立してはいないため、いまだに「使用人」と銘打った奴隷の売買などが裏社会では盛んなのだ。
 確かに奴隷は安上がりだし、実際に使ってみると便利な点が多い。一度手に入れれば、手放すのは惜しいという考え方もうなずける。
 賛否両論の制度だったが、俺としてはどうという事はなかった。
 人権問題だのと難しい理屈をこねる奴がいるが、興味もない。一度、奴隷反対運動に関わっている奴に薦められて「奴隷となった自分」というのを考えてみたが、馬鹿馬鹿しくなってすぐやめた。
 どう考えても「主人面した馬鹿をブチ殺して、在り金根こそぎ奪って逃げる自分」しか想像できなかったからだ。自分の境遇に嘆いたり、ましてや見ず知らずの人間に助けてもらうなんて、冗談ではなかった。
 だから、目の前の少女が奴隷であると思っても、さしたる感慨もわかなかった。
 ただ、不思議な奴だと思っただけだ。
 少女の歌姫としての能力は本物だ。たとえ着の身着のままであの楽団から逃げ出しても、炉辺で空き瓶片手に歌うだけで、その日のメシ代ぐらいは稼げるだろう。
 無能というのならともかく、能力があるにもかかわらずひどい現状で我慢する事ができるなど、おかしな話だった。
「自分じゃ気付いていないかもしれないがな。お前さん、もっとメシとかもらってもいい立場にいるんじゃねえのか」
「歌が歌えて、ご飯がもらえる。スゥ・ラは、それで十分」
「アホかお前。そりゃ、豚の幸せっていうんだ」
 悪態をついても、少女はニコニコと笑っているだけだ。
 どうにも話していて疲れる相手だった。
「じゃあ、今の生活に不満はないわけだ」
 会話するのもバカバカしくなって、半ば話を切るつもりで言った言葉。
 意外なことに、そこでスゥ・ラは初めて困ったような顔をした。
 何か言いたそうに、口元を振るわせる。
 だが、その事について問おうとする前に、彼女は席を立った。
「おじさん、ご馳走さま。初めて食べた。美味しかった」
 そのまま、声をかける暇もなく少女は走り去っていく。
 上手く矛先をかわされた形になり、俺は舌打ちしながら、すでに冷め切った自分の皿の料理をつついた。
「・・・・・・俺はまだそんな歳じゃねえぞ、全く」
 そうつぶやいた俺の肩を、店のオヤジがそっと叩いた。
「なんだよ」
「あの、そろそろ店じまいなんですが・・・・・・」
 



act.3 亡骸を継ぐもの

 数日後、アガルパ楽団は当初の予定通りにドンドルマの町を後にした。
 野を越え、山越え、谷を越え。目指すはただ一点、ミナガルデの町である。
 最初は順調であった旅も、やがて乾いた大気がピリピリと肌を刺すようになり、太陽からの熱もだんだんと高くなってくるにつれて、その様相を変えてくる。
 イヴァルナ砂漠。
 亡骸が亡骸を生む。それが故に『亡骸の砂海』の二つ名を冠する、魔境の一つが、近づいてきていた。

 咆哮・・・・・・いや、絶叫が大気を震わせた。
 キメの細かい砂粒を噴き上げるようにして、砂竜ガレオスが地中から飛び出してくる。
 砂の中を、まるで水中の魚のように泳ぎまわるこの生物は、時として地上にその姿を現すこともある。
 例えばそれは、獲物を捕らえるためであり、また例えば縄張りに侵入した外敵を追い払うためだ。
 だが、この時は、そのどの理由とも違っていた。
 ガレオスが宙を舞うのと同時刻、同位置、同タイミングで、別のもう一匹の生物が砂中からその姿を現す。
 それは、一個の巨大な頭骨であった。
 くすんだ灰色をした、角持つ竜の亡骸。天に向かってそそり立つ角は日の光を浴びて白く輝き、落ち窪んだ眼窩は虚ろな黒に彩られている。それが突然砂の中から現れ出でる様は、まるで遠く昔に滅んだ生物の怨霊が、異教の邪術により黄泉帰ってきたかのような恐怖心を、見る者へ植えつけるだろう。
 もちろん、邪術などこの世にありはしない。よくよく観察してみると、頭骨の下には細い、甲殻類を思わせるような脚が覗いて見えたし、辺りを探るようにピクピクと動く小さな目も見て取れる。そしてなんといっても、城壁を思わせるような巨大な二本のハサミが、その生物の正体を雄弁に語っていた。
 盾蟹、ダイミョウザザミ。
 死した一角竜の頭骨を宿とするその生態から、「亡骸を継ぐもの」とも呼ばれる巨大モンスター。
 その数の多さと多彩な攻撃手段から、砂漠を旅するものに最も恐れられているモンスターの一つだ。
 恐らくは、ガレオスを地中から跳ね飛ばしたのも、このモンスターの仕業だろう。全身のバネを使い、頭骨の角で標的を地中から突き上げたのだ。巨体のガレオスがたっぷり5秒間は空を泳いでいた事から、その威力の程が知れる。
 地中から這い出してきた盾蟹は、そのまま地に叩きつけられてもがいている砂竜に近づくと、容赦なくその槌のようなハサミを振り下ろした。
 ガレオスの首の骨の折れる音が、断末魔の悲鳴の代わりだった。
 獲物にトドメを刺した盾蟹は、勝利の余韻といったそぶりも見せることなく、機械的に獲物の肉を毟り取る作業を始めた。

「おうおう、いるいる」
「盾蟹の捕食光景とは、これまた珍しいものを見ましたねえ」
 盾蟹から砂丘一つ分はなれた場所で、俺とヴォルペはその光景をつぶさに観察していた。
 イヴァルナ砂漠に入ってすぐにアガルパ達は、一般にハンター達が安全地帯と呼んでいる場所で待機してもらっている。俺とヴォルペはその露払いとして、こうして先行している訳だが。
「砂海に入って早々、まずは一匹、と」
「幸先のいいことです」
「どこがだ阿呆。先が思いやられるって言うんだ、こういうのは」
 どこまでものんきな事をいうヴォルペに、俺は歯軋りしながら、それまで覗いていた双眼鏡をアイテムポーチへと戻した。
「さて、オロさん。どうしましょうか」
「俺の方が聞きたいね。どうにかなるっていったのはお前の方だろうが」
「それはまあ、それなりに用意はしてきていますが」
 そういって、ヴォルペは両手に持った得物を俺に見せ付けた。
 細くくねった刀身に、先端にカエシの入った、まるで釣り針のような形の異形の剣。
 ハイガノスパイク。魚竜、ガノトトスの素材を用いて作られた、片手剣に分類される武器だ。
 その最大の特徴は、直接的な攻撃力よりも、むしろ刀身自体に練りこまれた毒性にある。
 ガノトトスの牙に塗り込められた毒は、標的の血液に溶け込んだ途端、睡眠薬と同様の作用をもたらすのだ。
「何匹相手にするかわかりませんからね。それなら、倒しきってしまうよりも、これでしばらくお休みしてもらおうかと思いまして」
「まあ、それしかねえだろうなぁ」
「・・・・・・そういうアナタは、いつも通りの装備のようですが」
 ヴォルペの視線は、俺の背に負われた巨大槌、オンスロートに向けられている。
 俺は鼻を鳴らすと、アイテムポーチからいくつかの投擲用ナイフを取り出して見せた。
 その切っ先が太陽の光を浴びて、ぬらりと不気味に輝く。
「何もド突き回すだけが、能じゃないってな」
「眠り投げナイフ・・・・・・ですか。良く用意できましたね」
「ギルドのジジィに出させた。拠点に戻れば、あと一抱え分は用意してあるぜ」
「・・・・・・でもそれなら、ライトボウガンなりを用意した方がよかったのでは?」
「うるせえ」
 金が無くて買えなかったなどと、誰が言えるか。
 俺はヴォルペの返事も待たず、ダイミョウザザミへ向かって歩き始めた。
 一歩、また一歩と、おぼつかない砂地を踏みしめる。
 その度に、ダイミョウザザミの強大な生き物としての気配が、大きくなって俺を飲み込もうとする。
 どんな生き物にだって気配はある。
 身体のきしむ音、大気を吸い、吐く音。獲物をついばむ音。肉を咀嚼する音。
 地中特有の湿った砂の匂い。絶命した獲物の血と臓物の匂い。甲殻類独特の、妙に生臭い分泌物の匂い。
 同じ生き物とはとても思えない、熱砂の中にあってなお伝わってくる、甲殻種の冷ややかな体温。
 そういった目とは別に伝わってくる感覚が、このモンスターが本来はヒトの手に負えない生き物であることを、本能として俺の中で警告してくる。
 体調は万全だ。
 俺は、自分の中に確かに沸き起こる恐怖を感じて、むしろ薄く笑みを浮かべた。
 モンスターは、本来、絶対的に危険な存在なのだ。それは、どんなに熟達したハンターにおいても当然のことである。いや、むしろ熟達すればするほど、その事を肝に銘じるようになるのかもしれない。
 その事をわきまえず、自分の力を過信しているような奴ほど「怖くなんてない」などと軽々しくいいやがる。
 冗談じゃない。恐怖は、人間に自然に備わった、最高の危険感知装置の一つなのだ。それを感じないのは、つまり目隠ししてがけっぷちを走り回るのと同じようなことだ。
 まずは、恐怖を感じて。それから、その己の恐怖と向き合うことから、ハンターの仕事は始まると、俺は考えている。
 俺は、ダイミョウザザミに向かって駆け出した。
 それまで食事に夢中になっていた盾蟹が、こちらに気付く。だが、俺はそれ以上の行動を奴に取らせる前に、背負った槌を両手に構えた。
「憤ッ」
 気合一発、体格の割りには細い脚の内の一本に向かって、槌を振り回す。
『猛襲』の名を冠した鉄槌は、その名に恥じぬ攻撃性を発揮して、ただの一撃で盾蟹の脚をへし折った。
 周囲に蒼い血が飛び散り、ダイミョウザザミは苦痛の軋り声を上げる。報復とばかりに盾蟹は大きく片方のハサミを振りかぶると、脚の周囲をなぎ払った。
 まるで岩石が飛んできたかのような大質量の通過に、空気は轟音を鳴らし、砂は宙に舞い上げられる。
 だが、残念なことに、その時すでに俺は盾蟹の背後に回りこんでいたのだ。
 槌は大きく振りかぶられ、全身の筋肉が大きく引き絞られる。
 今の一撃とは違う、全身全霊の力を込めた一撃だ。
 俺は自身の限界まで力を溜め込んだのを見計らって、槌を振り下ろした。
 俺の全ての破壊の力が、槌を通して盾蟹の殻に炸裂する。
 その瞬間、雷の落ちるような音が、周囲の大気を震わせた。
 非常な硬度を持つはずの一角竜の頭骨の内、鋭く突き出た角。それが、その一撃で根元からへし折れる。
 手ごたえあり。そう思った俺は、ふと何気なく盾蟹の脚の様子を見て、それが常とは異なる動きをしようとしているのを見て取った。
 瞬間、恐怖が俺の脳味噌の奥で、警告のハンマーを叩き鳴らした。
 恥も外聞も捨てて、俺は慌てて地べたを転がった。
 盾蟹が『真後ろに向かって』ゆっくりと突進していくのは、その一瞬の後の事だった。
 俺は全身から、砂漠の暑さとは別の汗が噴出してくるのを感じていた。
 ゆっくりとはいっても、盾蟹の質量はヒトの数十倍はある。マトモにぶつかれば、ムチウチ症どころではすまない怪我をすることになっていただろう。
「上等だぜ・・・・・・!」
 俺は気を取り直して槌を振りかぶると、再びダイミョウザザミめがけて飛び掛っていった。
 盾蟹も受けて立つつもりなのか、左右両方のハサミを振りかぶると、津波のように俺へと襲い掛かる。
 恐怖は感じていた。だが、俺はそれにひるまなかった。
 盾蟹の直前まで走り込むと、そのハサミが俺をペシャンコにするかしないかの所で横っ飛びに跳ねる。
 全力の攻撃を避けられた盾蟹が体勢を立て直すより早く、三度俺の振るった撃槌が、脚の一本に大きなヒビを入れていた。
 それからは、壮絶なインファイトの応酬だ。盾蟹はなんとか俺を捕らえようと四脚を小刻みに動かすが、生憎と俺はその巨大なハサミが届く範囲に、決して自分の身を置かなかった。
 がむしゃらに振るわれる岩石のような一撃が、頭上を掠めていくのを感じながら、俺は淡々と盾蟹の脚めがけて攻撃を加えていく。
 やがて、俺が幾たび目かに槌を振るった時、それは起こった。
 腕に衝撃が走る、それと同時に、目の前の盾蟹の体がグラリと揺らぐ。
 咄嗟に身を引いた俺の目の前で、ダイミョウザザミは無残にも大地に崩れ落ちた。
 まだ、仕留めてはいない。その証拠に、盾蟹の脚は度重なるダメージの蓄積にボロボロになりながらも、未だに威勢よく足元の砂を引っ掻き回している。
 俺は慌てず騒がず、懐からさきほどヴォルペに見せた眠り投げナイフを取り出した。
 一振り。
 二振り。
 三振り。
 俺の手が宙を払う度に、虚空を鈍い刃の煌きが貫く。
 甲殻種の頑強な殻の隙間を縫うように突き刺さった投げナイフ。それが三度続いた時、ダイミョウザザミの全身から力が抜けたのがわかった。
 盾蟹から穏やかな寝息が聞こえ始めるのを確認すると、俺はようやく緊張を解き、手に持ったナイフを再びポーチにしまいこんだ。
「流石ですね」
 のんきな声が、後ろから聞こえてくる。
 それを聞いた途端、俺は一瞬にして自分の神経がささくれ立つのを感じた。
「テメエ、見てただけかよ?」
「いえいえ、あまりにも早すぎて、私が手を出す暇も無かったんですよ」
 ヴォルペはいけしゃあしゃあと言い放った。
 だが、俺は見ていたのだ。ダイミョウザザミが真後ろに突進してきた時には、すでにコイツが盾蟹に切りかかれる位置まで近づいていたのを。
「・・・・・・けっ、まあいい。ともかく、これでひとまず邪魔者は片付いた。さっさとアガルパ達を呼ぶぞ」
 眠り毒だって、いつまで効力が続くかわかったものではない。
 俺はすぐに安全地帯まで戻ろうとして、ヴォルペがその場を動こうとしないことに気がついた。
「何やってんだ」
「気付きませんか?」
 ヴォルペの持って回ったような言い回しに、怒りが膨れ上がりそうになる。
 だが、その時初めて、俺は地面が地震のように揺れていることに気がついた。
「こいつは・・・・・・!?」
「どうも、今日は千客万来のようで。どうやら、私も仕事する余地が残っていたようですね」
 俺は背の大槌に手を伸ばし、ヴォルペは鞘から剣を抜き払う。
 身構えた俺達の前に、二つの巨大な砂柱があがる。
「一匹、任せてよろしいでしょうか」
「逆だろ。俺がお前に、一匹任せるのさ」
 俺達は言うが早いが、それぞれの標的をめがけて走り出した。


 日が暮れ、月が夜空に浮かんだ。
 ギラギラと輝くような恐ろしい満月が、暗いはずの夜空を蒼暗く染めているのを見ながら、俺はぼんやりとこんがり肉をかじっていた。
「死ぬ・・・・・・」
 精も根も、尽き果てそうだった。
 今日一日で、一体何匹の盾蟹を撃退したのだろうか。俺はその数が二桁に達したところで数えるのをやめたが、ヴォルペは12匹退けたとさっき言っていた。恐らく、それ以下ということはないだろう。
 疲労も極まったせいか、目の前で油の滴り落ちる美味そうな肉塊を見ても、食欲が欠片もわいてこない。それでも食べるのをやめないのは、食えなくなったら終わりだというハンターとしての本能が働いているからにすぎない。
 俺の後ろでは、すでに安全地帯のうちの一つであるオアシスのそばで、野営のテントを張り終えた楽団の連中が、旅中での貴重な楽しみである晩餐を取っているところだった。
 何気なくそれを見ていたが、その中で一人、手にパンとスープ皿を抱えたまま右往左往している女を見かけ、俺は声をかけた。
「何してんだ、あんた?」
 女はビクリと体を震わせると、俺の方を見て引きつったような笑顔を浮かべた。
 ・・・・・・たまに思うんだが。俺ってひょっとして、ものすごい人相が悪いんじゃないだろうか?
「あ、いえ・・・・・・スゥちゃんが、見当たらなくて・・・・・・」
「ああ、あの歌姫の嬢ちゃんか」
「あ、はい。ご存知ですか」
 女はそれを聞いてわずかに警戒心を解いたのか、すこしだけ自然な笑みを浮かべた。
「いつもの事なんです。あの子、この時間はどっかいっちゃってて・・・・・・」
「何ぃ?」
 俺の顔がこわばるのを見て、再び女の顔に緊張が戻る。
 だが、そんなことに構っている場合ではなかった。
「勝手にどこかをほっつき歩いてるのか!?」
「は、はい・・・・・・多分・・・・・・」
「糞!」
 夜中になったからといって、決して周囲が安全になったわけではない。むしろ、モンスターの種類によっては、夜間に最も活発に動き回るものだっているのだ。
 俺は食いかけの肉を放り投げると、その場を飛び出した。
 所詮は、女の、しかも年端もいかない少女の足だ。そうそう遠くまでいけるはずはない。
 果たして予想通り、俺はほどなくして、砂漠の中に点在する洞穴の中から、一人の少女の歌声が聞こえてくるのに気付いた。
 尻っぺたのひとつかふたつ、腫れ上がらせてやる・・・・・・!
 そう意気込んで洞窟に踏み込んだ途端、俺の脳髄を衝撃が吹き飛ばした。
 明かりは岩陰から差し込む、青白いわずかな月明かりのみ。
 その光の中で少女はぼんやりと浮かび上がり、全身から汗を噴出しつつ歌っていた。
 それは、なんという歌声だろう。
 耳を塞ごうと思っても、覆った手を突き抜けて鼓膜を揺さぶる。
 視覚すらその歌の前には屈服し、声を元に目に光景がありありと浮かんでくる。
 歌声が、世界を支配するどころではない。
 歌声が、一個の世界を生み出していく。
 それは、劇場で歌った時がまるでお遊戯だったかのような、凄まじい歌声だった。
 はっきり言おう。
 俺はその時、衝撃のあまりに身動きが取れなかったのだ。
 やがて、少女の歌が終わり、彼女が大きく深呼吸をした所で、ようやく俺は金縛りの呪縛から逃れることができた。
「・・・・・・おじさん?」
「誰がおじさんだ」
 少女の言葉に俺は思わず突っ込みをいれようとして、自分の声が若干かすれていることに気がついた。
 俺の複雑な心境も知らず、少女は俺を見て、嬉しそうな、それでいて困ったような顔をした。
「聞いてたか?」
「当たり前だろうが」
「・・・・・・困った。団長さんに、聞かせるなって言われてる」
「アガルパが? そりゃまたどうして」
「『希少価値』が下がるから。お前は舞台の外で歌うなって」
 少女はそう言うと、哀しそうに顔をゆがめた。
「だから、私はここで歌う。歌っても、誰にも気付かれないように」
 それを聞いて、俺はようやくここに来た理由を思い出していた。
「あー、嬢ちゃんがどこでわめこうが歌おうが、俺の知ったこっちゃないけどよ。勝手に出歩かれると、今度は俺の方が困るんだが」
「・・・・・・ごめんなさい」
 そう素直に謝られてしまうと、毒気を抜かれた手前、これ以上厳しく追求する気も失せてしまう。
「どうしても歌いたいってんならよ」
「?」
「今度から、俺も連れて行け」
「・・・・・・聞かれたらダメだっていったハズ」
「でも、もう聞いちまったしなぁ」
 俺は、ニヤリと見せ付けるように笑った。
「取引さ。もし連れて行ってくれるなら、おまえさんがアガルパの目を盗んでこっそり歌ってたってことは内緒にしてやる」
「・・・・・・え」
「連れてかなきゃばらすぞって言ってんだよ」
 スゥ・ラは、俺の目の前で散々悩んだようだったが、やがて渋い顔をして、結局は俺の案に従った。
「・・・・・・悪党」
「お? 知らなかったのか」
 少女の皮肉など、どうということはない。
 ふてくされた少女の頭をポンとはたいて、俺はオアシスへ帰るべく、足を向けた。



ACT.EX 少女の独白

 不思議だ。
 少女は、ここ数日の間、自分の心がこれまでにないほど沸き立つのが感じられた。
 原因は、わかっている。あの、全身真っ青な鎧のおじさんのせいだ。
 自分に構ってくれる。自分の話を聞いてくれる。
 五つの頃に両親と死に別れて以来、奴隷として様々な人に買われてきたが、これまで自分の話を聞いてくれた人なんてほとんどいなかった。
 今の主人である団長さんの傍には、これまでにないほど沢山の人が集まってきていたが、それでも自分に構ってくれる人なんていなかったし、それが普通だと思っていた。
 団長さんは好きだ。ちゃんと一日に三回ご飯をくれるし、両親から教わった歌を歌っても、他のご主人は五月蝿いといってすぐ殴るだけだったが、団長さんはほめてくれた。それだけではなく、大勢の人の前で歌わせてくれた。
 だけれども、何かが足りない。それはおかしなことに、今まで歌いたくて歌いたくてたまらなかった歌を、劇場で歌っている時に一番感じるのだ。
 その不満を慰めてくれるのが、夜にこっそりと一人で歌を歌うことだった。
 これまでは、それでなんとかバランスがとれていた。けれど、あのおじさんが来た途端、そのバランスが崩れていく。
 見ていていて落ち着かない。話していると心が高ぶってくる。
 体の中の血が暴れだそうとして、体が火照る。夜の寝つきも悪くなっていく。
 そんな時、スゥ・ラはいつも夜風に当たって、身を涼めていた。
 その日も、少女はいつもの通り、身を涼めるために、夜、みんなが寝静まったテントの中を一人で散歩していた。
 テントの周りをうろついては、時たま暇つぶしに中の様子を覗いていく。
 その内、少女はひとつのテントに近寄った。
 中を覗くと、そこには他の団員達が使う、大小さまざまな楽器の入ったケースが置かれている。
 スゥ・ラは、その一つ一つを開いては、楽しそうに覗くのを繰り返していた。
 やがてその内、妙に重いケースが、部屋の隅に置かれているのに気がついた。
 彼女が、それを好奇心に任せて開けたのも、ある意味必然だったのかもしれない。
 そのケースを開けた途端、少女は顔色を変えた。
 その身がこわばり、全身から汗が吹き出てくる。
 少女は慌ててふたを閉じると、そのケースを放り出してテントから飛び出した。
「おっと!?」
 その途端、誰かと正面からぶつかる。
 やたらと細く釣りあがった目をしたその人に、謝ることも忘れて、少女は自分の寝所へ駆け込んだ。
 布団を頭から被るが、全身がおこりのように震えている。
 大昔、少女の両親が繰り返し歌ってきた歌の一小節が、頭の中で繰り返されていた。

「・・・・・・数多の飛竜駆逐せし時

     伝説は蘇らん

      数多の肉を裂き

       骨を砕き

        血を啜った時

       彼の者はあらわれん・・・・・・」



ACT.4 急転

「ふぁぁぁ」
「・・・・・・どうやら、お疲れのようですね」
 明朝明け方、開口一番の大あくびを決めた俺を見かねて、ヴォルペは苦笑した。
 全く、あくびもでるというものだ。ここ数日、スゥ・ラの夜の独唱会に、付き合いっぱなしだったのだから。
 さすがに毎日黙って出かけるわけにもいかないので、不承不承ヴォルペにはその旨をそれとなく伝えておいたのだが・・・・・・。
「若い子とデートか何かですか?」
「阿呆か」
 俺がぴしゃりと言い放ったにもかかわらず、ヴォルペはニヤニヤと笑っている。
 どうやら、俺が何をしているのか、感づいている節すらあるのだ。
「まあ、期日までは後三日ほどです。それまでにどうにかこの砂漠を越えなければなりませんから」
「ふん、そろそろ強行軍になってくるかな」
「寝不足で体力は大丈夫ですか?」
「なめるんじゃねえ、『奇術師』」
 気に食わない相手であっても、流石にこうも一緒に戦っていると、軽口の一つや二つは交わすようになるものだ。
 まあ、何を言っても信用できない相手であることには変わらないのだが。
 そうこうしつつ、今日も楽団の露払いに出かけようとした俺達だったが、そう上手くはいかなかった。
「・・・・・・何か、あわただしくありませんか?」
「・・・・・・だな」
 いつもならば、騒がしいながらもそれなりに秩序の見受けられた一団が、今日に限っては大分にざわついている。
 まるで、得体の知れない不安に、楽団全体が震えているかのようだ。
 俺達はやがて、何人かの部下と話し込んでいるアガルパを見つけた。
「・・・・・・ああ、あなた達か」
 団長は、普段は崩さないニコヤカな作り笑顔をするのも忘れて、部下に命令を下していた。
 その部下がいずこかへ走り去っていくのを見届けてから、ようやくこちら側に気付いたようだ。
「申し訳ありません。ただいま、ちょっとしたトラブルが起こっておりまして・・・・・・」
「トラブル?」
 アガルパは大きくため息をついた。
「ウチの歌姫が、昨日の晩から逃げ出したんですよ。今、探しに人をやったところです」
 あの馬鹿、やりやがったか。
 内心、俺は快哉と舌打ちを同時に行ったかのような、非常にややこしい心境に陥っていた。
 奴隷に嫌気がさして逃げ出した、というのは非常に共感が持てたが、何もこの時期にここでしなくてもいいじゃないか、という忌々しさも同時に感じたのだ。
「・・・・・・しょうがねえ。ひとっ走り、俺が探してくるわ」
「い、いえ! 我々の手だけで十分ですとも! ハンターであるあなた方の手を煩わせるようなことではありません!」
「阿呆か。砂漠じゃあ、お前ら素人が100年かかったって骨も拾えねえだろうよ。むしろ、死人が増えるだけだぜ」
 そう言って、探しに行こうとする俺の腕を、団長は必死で掴んだ。
 異常なほどの力の入れようだった。まるで、探しにいかれては困るかのような。
 俺はギョッとして団長の顔をにらみつけた。アガルパもそれに気がついたのか、バツの悪い顔をして腕を放す。
「まあ、確かに期日が迫っているのも事実です。我々は露払いに専念して、捜索は他の人に任せた方がいいのかもしれませんね」
「・・・・・・・・・・・・まあ、そうかもな」
 ヴォルペの一言に、俺は忌々しくもそれを認めた。
 それはつまり、少女の生存は絶望的だと認めることに他ならなかった。
 俺のいった通り、まあ素人じゃあ今日一日でスゥ・ラを探すのは難しいだろう。いや、俺達ハンターが捜索に向かっても、一日で見つけ出せと言われるのは少々骨だ。
 以前俺がすぐに彼女を見つけられたのは、彼女が姿を消したのに気がついたのがそう遅くない時間だったからだ。昨晩から失踪したとなると、行動範囲は面積にして数倍に広がってしまう。
 暗澹とした気分の俺をよそに、ヴォルペは普段通りに砂漠の奥へと向かっていく。
 突然、その顔がアガルパの方に振り向かれた。
「ところで、無くなったのは彼女だけですか?」
「・・・・・・!? え、ええ、はい。着のみ着のままで出て行ったようですが」
「なるほど、なるほど・・・・・・」
 ヴォルペの目の奥で、何かが光ったように見えたのは、俺の目の錯覚だろうか。
 俺が問いただそうとした途端、その首は元の方向に戻ってしまった。



 結局、その日の夕刻になってもスゥ・ラは見つからなかった。
「・・・・・・チッ」
 俺は腹立ち紛れに、今日狩猟したダイミョウザザミ(やりすぎて撲殺してしまった)のあぶった脚を、殻ごと噛み砕いていた。
 その横では、俺と同じようにちぎり取った盾蟹の目を鍋で煮る、ヴォルペの姿があった。
 ちなみに、楽団の皆様は、俺達を遠巻きに囲んでみつめている。
 ためしに食べてみないかと薦めてみたが、みんなバケモノにでもあったかのように悲鳴をあげて逃げ出していった。
「・・・・・・美味いのに」
「丸太みたいな脚を勧められたら、普通は逃げ出すと思いますが」
 ヴォルペの突っ込みなぞ、聞こえないフリをした。
「そんなに彼女が気になりますか」
「・・・・・・ふん。あの歌が聴けなくなるのは、少々勿体無ぇからな」
 俺は、奇術師の指摘を認めた。
「だが、ここを出て行ったのは本人の意思だ。何処で生きようが野たれ死のうが、俺が口出しできる問題じゃねえしな。大体、一日以上たってるんだ。流石にもう生きちゃいないだろ」
「では、もしそうではないと言ったら?」
 ヴォルペの言葉に、俺は動きを止めた。
「もし、今なお生きている可能性があると言ったら?」
「・・・・・・ありえねえ。昼は灼熱、夜は極寒の砂漠だぜ。そうでなくても、いつだって腹ペコのモンスターがウヨウヨしてんだ。神様でもない限り、アイツを助けるなんて不可能だろうよ」
「なるほど、上手いことを言いますね」
「おい」
 久しぶりに、俺はこの得体のしれない狐目の男に対して殺意を抱いていた。
「おちょくってんのか。俺は今機嫌が悪ぃんだ。死にてえなら遠慮なくいかせてもらうぜ?」
「いえいえ、確かにね。今の彼女には、神様がついているといっていいのかもしれませんよ。・・・・・・まあ、ご利益があるかどうかはさておいて」
「は?」
 ヴォルペは、串に刺した目玉を突きつけて、唇の端を吊り上げた。
「彼女は生きている可能性があります。必ずという保障はありませんが、五割程度なら保障できます」
「・・・・・・なんで断言できんだよ。テメエが」
「信じる信じないは任せますよ。ですが、この話を聞いて、アナタはじっとしていられる人じゃあないでしょう」
「・・・・・・・・・・・・」
 忌々しいが、この男の言うとおりかもしれない。
「解せねぇな。なんで俺にそんな事を言う? まさか、あの嬢ちゃんに情が移ったって訳でもねえだろ」
「まさか。私は彼女の顔もほとんどみてませんからね。それより、もし探しにいくというのなら、取り残しはないようにしてくださいね」
「・・・・・・取り残し?」
「彼女が持っていった物、全て取り戻してほしいということです」
 話はそれで終わりという風に、ヴォルペは目玉の煮込みを平然とかじり始めた。
 俺は鼻で笑うと、再びザザミの脚をかじり始める。
 上等だ。
 内心、俺は敵愾心が燃え上がっていくのを感じていた。
(今はお前のいう通りに、踊ってやる。だが、全て上手くいくだなんて思うなよ・・・・・・!)



ACT.EX2

 寒い。
 夜の砂漠が発する冷気に、スゥ・ラは岩陰で身を震わせた。
 昼間の、焼け付くような暑さがウソのようだ。焼けつくような、というのは比喩でもなんでもなく、実際に少女の皮膚は、昼間に強烈な日光を浴び続けたせいで、所々に水ぶくれができてしまっている。
 それが、今では寒冷期にでも入ったかのような寒さである。
 外に出ているよりは少しはマシと思い、たまたま見つけた洞穴に転がりこんだが、それでもなお砂漠の砂は少女の体温をじわじわと毟り取っていく。
「おなか、減った・・・・・・」
 口に出した途端、それは急に耐え難い欲求となって少女を襲った。
 帰りたい。
 痛烈に、そう思った。
 だが、そう思った途端に、両の手に抱えていたケースの中から、笑い声が聞こえたような気がして、慌てて少女はその考えを振り払う。
 コレは、悪いものだ。
 少女は、両親から教わった唄を思い出していた。
 それは、「流浪の民」が黒い竜神について歌った、戒めの口伝。
 実際に黒い竜神というものを見たことなどなかったが、少女は目の前のケースに入っているものが、その眷属であることを確信していた。
 これは、この世にあってはならないモノの一つ。
 そう思った瞬間、彼女はこれをどこか遠くに捨てなければならないと決心したのだ。
 十と半ばしか経ていない娘であっても、スゥ・ラはやはり「流浪の民」、唄と共に生き、唄を真実と定めるものの一人であった。
 ただ一つの唄を信じて、それに殉じようというのだから。



ACT.5 剣

「およびじゃねえぞ、クソ蜥蜴っ!!」
 叫ぶと同時に振るわれた鉄槌が、黄色い肉食獣の横っ面を張り倒した。
 聞くに堪えない悲鳴を上げて、肉食獣・・・・・・ゲネポスが吹き飛ばされる。
 蜥蜴が気絶するのを確認する間も惜しんで、俺は行き倒れていた人影に駆け寄った。
 姿格好から、アガルパの手の者だとわかる。だが、残念ながら、手遅れだった。体に傷跡はなく、その皮膚はカピカピに干からびてしまっている。
 恐らくはゲネポスにやられたのではなく、熱中症にかかったまま干からびてしまったのだろう。
 クーラードリンクの用意もせずに砂漠を歩こうなどと、愚の骨頂だ。新米のハンターだってそれを聞いたら苦笑するしかないだろうが、実際に目の前で行き倒れている人間を見ると、気の毒という気もしないではない。
 しかし、それにしても不可解なのは、アガルパの行動だった。
 砂漠についてのずぶの素人を捜索に出すなど、正気の沙汰ではない。それでは、二次遭難者を増やしにいっているようなものだ。
 それだけ、楽団にとってスゥ・ラが大切であるという考え方もできるが、それだとやはり、なぜ俺達を捜索に行かせなかったのかが引っかかってくる。
 気になることは多かったが、とりあえず簡潔にでもいいから、死体は埋葬してやるべきだろう。
 俺は死体を焼こうとして、とりあえず亡骸を仰向けにした。
 その時、偶然に死体の腰に差しているナイフに目がいった。
「・・・・・・?」
 その形状が気になり、鞘ごとナイフを抜き取る。
 そのまま音も無く引き抜かれた刀身は、月明かりの元、ひどく細い輝きを帯びていた。
「こりゃあ・・・・・・」
 その形を見ていて、ひどく嫌な気分がこみ上げてきた。
 半ば、自分の視界から隠すようにして、再び刀身を鞘にしまうと、俺は辺りを見回した。
 楽団の連中が寝静まってから、すでに大分時間がたっている。正直、打つ手が無かった。
 一日半ともなると、女の足でも相当な距離が稼げる。装備も整えてない女が、どれほど無事に移動できるかまではわからないが、楽観視することができない以上どうしても捜索範囲は漠然としてきてしまう。
「どうすんだ、おい・・・・・・」
 途方にくれて、それでもとりあえず走り出そうと鉄槌を背負ったところで、妙な匂いが鼻につくのにきづいた。
「・・・・・・うわ、蜥蜴臭え」
 撃槌オンスロートにこびりついた、蜥蜴の鱗の匂いだった。
 このくそ面倒くさい時に、いちいちイライラさせやがって。
 半ば八つ当たり気味に、気絶していたゲネポスにトドメを刺そうとした俺の頭に、ふと、いつものくだらないアイデアが思いつく。
「・・・・・・・・・・・・まあ、モノは試しか」
 俺は独り言をいってから、懐からナイフを取り出してゲネポスに近づいていった。
 

 しばらく後、突然に凶暴な人間に襲われた哀れなゲネポスは、昏倒していた状態から目を覚ました。
 ずいぶんと長く眠っていたような気がする。
 いつの間にか鼻にかかっていた白い布を振り払うと、彼は注意深く辺りの様子をうかがった。
 辺りに、さっきの人間のような敵の姿はいない。さっきはおいしそうなご馳走も転がっていた気がするが、それすらどこにもなかった。
 耳を澄ましても、辺りに自分以外の生き物の気配は無い。砂上を駆ける夜風の音が聞こえるだけだ。
 匂いは・・・・・・
 そのゲネポスは辺りの空気の匂いをかぎまわった時に、さきほどの白い布と同じ匂いがどこからか漂ってくる事に気がついた。
 改めて白い布をかぐ。その布が、ニンゲンの間ではヴェールと呼ばれるものであることなど、鳥竜種に属している彼にとってはどうでもいいことだった。
 これは、ニンゲンの、メスの匂いだ。それも若くて、やわらかそうな。
 ニンゲンと比べて大分に小さな彼の脳は、非常にシンプルな点でのみ物事を判断している。
 すなわち、敵か、エサかという点で、だ。
 彼はエサの存在を文字通りかぎつけると、一直線に匂いの元へと走り去っていった。


 フッと意識が遠のいて、気がついた時、スゥ・ラは自分がケースを抱えたまま夜の砂漠に出ている事に気がついた。
 それは、無意識の内に自分の中にある帰巣本能が働いたのかもしれない。だが、その事についてまともに考えるだけの気力も、彼女にはすでに残されていなかった。
 いや、残されていないのは、気力だけではなかった。
 真夜中の砂漠だというのに、寒さはほとんど感じないのだ。実際には、それは寒さを感じるだけの体機能もおかしくなっているだけだったのだが、一番困っていたことが解決して、少女はすこしホッとしていた。
 ふと、少女は以前にとあるハンターから奢って貰った、煮込みの事を思い出していた。
 あれは、おいしかった。頭に石はぶつけられるわ、ハダカは見られるわで散々な状況だったが、そんな事も簡単に許せてしまうぐらいに、あの料理はおいしかった。
「あ・・・・・・」
 気が緩んだ途端に、脚がもつれた。体制を立て直そうとしたが、それを許すだけの体力も、今の少女には残されていなかった。
 手に持っていたケースが砂の上を滑る。それに手を伸ばそうと地べたをはいずる少女の頭上に、一つの影が降りた。
 見上げると、そこには奇妙な臭気に包まれた、一匹の黄色い肉食獣が立っていた。
 鋭い爪に、強靭な脚。目は金色に輝き、縦に開いた瞳孔は一直線に少女を指して離れない。
 その口からは小さいながらも鋭い牙が生えそろい、今にもご馳走にありつこうとヨダレを垂れ流している。
 ああ、そうか。ここで、私、スゥ・ラは食べられるのか。
 少女は、おとなしく目をつぶった。
 恐怖は、不思議と感じなかった。




 いつまでたっても、痛い事は起きなかった。
 恐る恐る瞼を開いてみると、そこには最近やたらとちょっかいを出してくる、一人のハンターの姿があった。
 ゲネポスは、その男の片腕に嘴を掴まれて、とびかかることも逃げることもできない。必死で無言のまま暴れるが、そのハンターは爪で腕をひっかかれても気にも留めない。
「お仕事ご苦労さん、だな」
 ハンターはそう言って、背中に背負っていた大きなトンカチを振り上げた。
 ギョエエエ、と妙に間抜けな声を上げて、ゲネポスが飛んでいく。
「おじさん・・・・・・?」
「待たせたな。道が混んでてよ」
 そういうと、ハンターはニヤリと人の悪い笑顔を浮かべる。
 もしかして、冗談のつもりなんだろうか。
 私は笑おうとして、そのまま自分の意識の糸がぷつりと切れるのを感じた。



「お仕事ご苦労さん、だな」
 俺はそういうが早いが、片手で押さえ込んでいたゲネポスに向かって、もう片方の手に握った槌を振り上げた。
 妙に情けない声を上げて、ゲネポスが飛んでいく。
 ゲネポスを犬代わりにして、スゥ・ラの匂いを追わせる。
 まさか、こんなに上手くいくとは思わなかった。
 内心で、少女を探し出した今回最大の功労者に向かって礼をいいながら、俺はお駄賃代わりにゲネポスに向かってこんがり肉を放り投げておいた。
 今の一撃で再びゲネポスは気絶したようだったが、どうせそのうち目を覚ますだろう。元々、致命傷には程遠いのだ。
「おじさん・・・・・・?」
「待たせたな。道が混んでてよ」
 俺の冗談に、少女はへにゃりと力の抜けた笑みを浮かべる。
 そして再び砂地に倒れ付した。
 俺は少女の体を抱え上げ、その冷え切った体にブルリと背筋を震わせた。
「飢え、それに寒さって所か・・・・・・」
 それ以外に体にダメージがないというのは、この場合上等な部類にはいるだろう。
 俺はアイテムポーチからホットドリンクを取り出した。
 意識が無い今、直接飲ませるのは無茶なので、とりあえず手の平に液体をたらしてから、少女の四肢に塗りこんでいく。
 ホットドリンクに使われているトウガラシの成分が皮膚に浸透していくにつれて、少女の体に幾分か温かさが戻ってきた。
 ひとまずは、これでいいだろう。
 俺は少女を抱え上げると、近くにあるハズの洞穴を探して歩き始めた。


 少女が目を覚ましたのは、俺が丁度、通算3つめのこんがり肉を焼き終えたところだった。 
「よう、起きたか」
 俺の呼びかけに、少女は返事ともうめきともつかない声で答える。
 手持ちのホットドリンクをこんがり肉にぶっかけて即席のホットミートを作ると、俺は少女に手渡した。
 彼女は寝惚け眼のまま無造作にそれを咀嚼し始めたが、そのうちようやく目が覚めたのか、目を見開いて顔を真っ赤にした。
「〜〜〜〜〜〜ッッ!?!?」
「クックック、ようやくお目覚めかい?」
「か゛っ、辛゛い゛ッ!?」
「まあ、そうだろうな。・・・・・・吐き出すんじゃねえぞ? 薬だと思って飲み込め」
 半泣きになりながら、少女は俺のいう通りそれを無理やり飲み込んだ。
 それでとりあえず血色がよくなったのを確認してから、俺は彼女の頭をはたいた。
「?」
「逃げ出すのはいいがな・・・・・・時と場所ぐらい選べこの阿呆!!」
 俺の言ったことが良くわからないのか、不思議そうに首をかしげる。
 これだから、天然はやりづらいのだ。
「何も、俺が護衛してるときに逃げ出すことはないだろうが。・・・・・・ミナガルデについてからなら、値段次第でいくらでも足抜けの手伝いぐらいしてやったのによ」
「逃げる? ・・・・・・何からか?」
「何からって・・・・・・テメエ、奴隷に愛想が尽きて逃げ出したんだろうが」
 俺がそういうと、少女は泣きながら笑ったような、くしゃくしゃの顔を浮かべた。
「逃げたく、なかった。・・・・・・でも、帰れなかった」
「は?」
 変な謎掛けを聞かされたような気分だ。
 俺の顔を見て、少女はさっきから大事そうに抱えていたケースを持ち出してきた。
 慎重にその止め具を外して、蓋を開ける。
「・・・・・・!?」
 その途端にケースから漏れ出した異様な精気に、俺は思わず身構えた。
 まるで巨大な生物が、大きく息を吐き出したかのようだ。それは、生きているはずがないのに、むしろ生身の存在よりもなお強烈な生気を放っていた。

 〜大地の竜脈より命を受け 御神体の北門へ注ぐ者也〜

「黒龍剣・・・・・・!?」
 俺の言葉に答えるかのように、その漆黒の刀身が月の光を受けて、生々しく輝いていた。





 数多の飛竜を駆逐せし時
   伝説は蘇らん
  数多の肉を裂き骨を砕き血を啜った時
    彼の者は現れん

 土を焼く者
  鉄を溶かす者
   水を煮立す者
    風を起こす者
     木を薙ぐ者
      炎を生み出す者

 その者の名はミラボレアス
   その者の名は宿命の戦い
     その者の名は避けられぬ死
  喉あらば叫べ
   耳あらば聞け
    心あらば祈れ

 ミラボレアス
   天と地とを覆い尽くす
  彼の者の名を
    天と地とを覆い尽くす
     彼の者の名を
      彼の者の名を



 邪龍信仰、というものがる。
 古い唄や言い伝えの中にのみ存在する、伝説中の伝説に登場する黒龍、ミラボレアス。
『運命の戦争』を意味するその名は、その存在の正邪を抜きにして、神の如き力を持つ者として人々に認知されている。
 そして、ヒトという奴は、どうしても力を持つ者に憧れてしまう生き物なのだ。とくに、弱い人間ほど、その傾向は強くなってくる。
 人智を絶する力を持つとされる黒龍は、そんな人間にとってこの上なく魅力的な『象徴』だった。
 こうして、邪龍は邪神となり、それを崇めたてるものにより、具体的に黒龍を崇めるための『偶像』・・・・・・祭器が求められる。
 それらは不思議と、全て武器の形をしていた。
「その内の一つが、コイツか」
 俺はため息をつきながら、その漆黒の剣と盾を手にとって眺めてみた。
 間違いない。
 柄を握った時の、吸い付くというよりはむしろ取り込まれるような感触。
 まるで今にも脈をうち始めそうな、刀身のしっとりとした暖かさ。
 刃を軽く振るった時に巻き起こる風は、さながら龍の呼吸のようだ。
 その全てが、この武器が本物であることを示していた。
「お父さんとお母さんの教えてくれた唄にあった。
 コレは龍の眷属。追放者の使徒。封印の一柱。
 この世にあってはならないモノだって」
「・・・・・・だから、どっか遠くに捨てちまおうって思ったのか」
 少女はコクリとうなずいた。
「馬鹿くせえ。与太かもしれない唄を信じて、のたれ死のうってのか」
 あんまりにも馬鹿馬鹿しくなって、俺はため息をついた。
 なぜ、こんな代物が一介の楽団にあったのか・・・・・・まあ、大体見当はつく。
 それを目の前の少女に打ち明ける気には、流石にならなかったが。
「とりあえず帰んぞ。こんなところにいたら、今度はどんなモンスターが出てくるかわかったもんじゃねえ」
「駄目。コレを捨てないと」
「捨てておけば安全かよ?」
 それを聞いて、少女の体がビクリと震えた。
「素人にはここは魔境かもしれないが、俺達ハンターにとっちゃここらは庭みたいなもんだ。そこいらに捨てたところで、見つける奴はきっといるぜ」
 なにせハンターの嗅覚というやつは、犬も真っ青って話もあるぐらいだしな。
 そういった途端、少女の顔がうつむかれ、その目に見る見る涙がたまる。
「泣くなっ!!」
 俺の叫びに、スゥ・ラははじかれたように顔を上げた。
「テメエは女だから泣いたっていい。だが、今は泣く時じゃねえ。涙ってのは、もうどうしようもないって時に流すもんだ」
 説教なんてガラでもないが、まあ、この時はとことんムシの居所が悪かったんだろう。
 俺は、怒りすら込めて、つぶやいた。
「テメエはまだ、できることがある」
 それを聞いても、少女はなお首を振ったままだ。
 土壇場で、どうにも煮え切らないガキだ。
 そう思った瞬間、仕事を引き受けて以来よく持ってくれた堪忍袋の緒が、とうとうブッツリと切れる音が聞こえた。
「いいだろう、なら、何ができるのか見せてやろうじゃねえか。目ン玉開いてよく見てやがれ!!」
 一声叫ぶ。
 間髪いれず、俺はためらわずに少女の腹へ拳をねじりこんだ。

 
ACT.6 粉砕

 俺とスゥ・ラが楽団のところにたどり着いたのは、夜も明けた頃。
 ほとんど皆はおきたばかりだ。ハンターの一人が歌姫を探しにいったことなど、ほとんど誰も気付いていなかった。
「おや、お帰りなさい」
 その、わずかな例外・・・・・・ヴォルペは、楽団の連中からすこしはなれた所で、俺達の事を待ち構えていた。
 隣には、完全に落ち着きをなくした様子でアガルパが立っていた。
 最初の頃の堂々とした印象など、すでに欠片もない。大きな体を猫背にしている様は、妙に小物じみて見えた。
 ヴォルペが俺の抱えていた荷物を見て、ニヤリと笑った。
「なるほど、しっかり約束は果たしていただいたようですね」
「けっ、抜かしやがれ」
「す、スゥはどうなった!?」
 俺達の軽口を無視して、アガルパは口から泡を飛ばしそうな勢いでしゃべる。
 俺は鼻を鳴らすと、肩に担いできた二つの荷物をおろした。
 黒龍剣の入ったケースと、気絶したスゥ・ラだ。
「当身をいれただけだ、安心しな。・・・・・・もっとも」
 俺は、アガルパをにらみつけた。
「あんたにとっちゃ、残念な結果だったかもしれないがな」
「な、何を言って」
「とぼけるんじゃねえ」
 俺の殺意を込めた声に、アガルパは身をすくませた。
「楽団を装って、ギルドや王国が禁じた品物をこっそり売買する・・・・・・陳腐な手だが、隠れ蓑が上等だっただけに、効果は抜群だったみたいだな。
 だが、その隠れ蓑が密売の商品を勝手に持ち去るとは思ってなかった。そこから足がつくのを恐れて、テメエは証拠隠滅とばかりに手下を放った。
 仲間を探索するというよりは、商品を取り戻し、口封じを行う暗殺者としてな。まあ細かいところは違うかもしれんが、一連の流れとしてはざっとこんなところだろ」
「でたらめだ! 貴様、ワシを侮辱しているのか!」
「アンタはいつも部下にスティレット(暗殺用の短剣)を携帯させてるのか? おっと、個人で買ったなんて言い訳は通じないぜ。あれは相当特殊な技術で出来た特別品だ。個人の趣味で買う代物じゃねえ」
 そういって、俺は懐から、証拠の短剣を放り投げる。
 アガルパは慌てた様子でそれを受け取ったあと、天を仰いで大きくため息をついた。
 どうやら、腹をくくったらしい。
 再び俺の方に顔を向けたとき、それはこれまでアガルパが見せた人のよさそうな顔とは似ても似つかない、『闇の商人』としての顔となっていた。
「それで、アナタはいくら欲しいんですかな?」
「ふん、なるほど。話が早くて結構」
 俺は表向き辟易したような顔をしながらも、内心はほくそ笑んでいた。
 全く、商人というやつは実にわかりやすい。最終的には、結局金で肩をつけようとするのだから、やりやすいことこの上ない。
 ・・・・・・そいつが高くつくってことを、教えてやる。
「そうさな、もう依頼料には上乗せしてもらってるからなぁ。・・・・・・うん、そうだ」
 俺は思わせぶりな言葉を並べた挙句、一言を告げた。
「このケースの中身をもらおうか」
 そういって、ケースを開ける。
 異様な生気と共に現れた黒い盾と剣を見て、ヴォルペの顔が一瞬だけしかめられるのが見えた。
 だが、それよりもおもしろいのはアガルパの顔色だった。
 蒼くなり、赤くなり、しまいには白くなる。
「ふ、ふざけるな! これはウチの生命線がかかってるんだ! 一体、これだけでいくらかかっていると・・・・・・!?」
「多分、ハンターでないあんたよりは正確にわかってるはずだがね。あんたらには荷の重い代物さ。・・・・・・欲深は、身を滅ぼすぜぇ」
 俺の挑発に、アガルパは怒り心頭に達したようだ。
 さっき受け取ったスティレットの鞘を抜き、俺に飛び掛ろうとする。それを察したヴォルペは、咄嗟に背に隠していた一対の双剣を抜き払い、その短剣を払い飛ばそうとする。
 だが、それを予想していた俺の動きは、その場のだれよりも早かった。
 黒龍剣を、無造作にアガルパめがけて放り投げたのだ。
 一瞬、何が起こったかわからずに、アガルパはソレを手で受け取ってしまう。
「そぉい!!」
 次の瞬間、抜き打ちに振るわれた俺の槌が、アガルパの手の中の黒龍剣を微塵に砕いていた。
「ば、馬鹿なぁ!?」
「口止め料、確かに受け取ったぜ」
 ああ、しまった。
 俺は砕け散る黒龍剣、絶望にゆがむアガルパの顔、何故か引きつったヴォルペの顔を見ながら、場違いな後悔をしていた。
「嬢ちゃんの目、覚まさせとくべきだったかな」



「やってくれましたねえ」
「フン、なんの話だかな」
 今日も今日とて、露払いの仕事は続く。
 ヴォルペの恨みがましい台詞を、俺は鼻で笑い飛ばした。
 アクシデントはあったものの、依頼はまだ完遂していない。
 アガルパはともかく、楽団全体が密輸に手を出していたという証拠はない。全員を砂漠においていくのはためらわれた。
 一応、アガルパには『スゥ・ラに何かあったら、地の果てまで追い詰める』と念を指しておいた。振るえあがったあの顔を見る限り、しばらくは安全だろう。
「彼女のことならば、心配ないでしょう。密輸は王国にたいする反逆罪が適用されますし、黒龍に連なる装備品の関与はギルドに対する敵対行為です。ミナガルデに付いた途端に、よくて一生ブタ箱行きですな」
「随分と手回しがいいじゃないか。まるで、予想していたみたいな口ぶりだな、ゴミ処理屋さんよ」
「ほう! お気づきになられていましたか」
 わざとらしい奴の驚いた顔に、俺はもう何度目かともわからないイラつきを覚えた。
「ついさっきな。テメエの抜いた双剣を見れば、誰だって見当がつくだろう」
「いやはや、あの時はとっさのことで、ついうっかり、使い慣れた得物を抜いてしまいましてねぇ」
 ヴォルペはからからと笑う。
 アガルパが激昂した時、俺はヴォルペの手に握られていた剣を、ハッキリこの目で見ていた。
 透き通るような刀身に、それとは対照的に豪奢な柄。
 ギルドナイトセーバー。
 ギルドナイトと呼ばれる、特殊なハンター達にのみ支給される、いわば名刺代わりのような代物だ。
 ついうっかり、などといったが、この男に限ってそんな事は考え難い。遊び半分の、種明かしのようなつもりだったのだろう。
「フリーのハンターってのは仮面か。ギルドナイトが堂々と名乗ってちゃあ、やりづらい仕事もあるだろうからな」
「いや、全くご名答で。・・・・・・アガルパ楽団に対しては、以前から内偵が入っていたんですけれどもね。これまで大した事もやっていないし、見逃していたんですよ。・・・・・・全く、黒龍なんて大物に手を出さなければ、私も楽が出来たんですけどねえ」
 自慢気に種明かしをする男を見て、胸がムカムカしてきた。
「まあ、最も、あなたの存在が派手だったおかげで、こちらもその間にしっかり証拠固めができたんですけれどもね」
「ふん、計算づくとでもいいたげだな。・・・・・・気に入らねえ」
「それはこっちの台詞です」
 ヴォルペが、初めて笑い顔をやめた。
「私はね、私の思う通りに動いてくれる人が大好きなんですよ。それゆえの『奇術師』なんです。だから最初はアナタと仲良くなれると思ったんですがね。どうやら、見込み違いだったようだ」
「フン、武器をぶっ壊してやったことが、よほどこたえたみたいだな・・・・・ざまみろ」
「全く、まさか黒龍の名を冠する武器を、易々と破壊できる人間がいるとは思いませんでしたよ。確かに、ザマあないですな。・・・・・・今回はともかく、この礼はいつか必ずしますよ」
 ここにきて、ようやくヴォルペはこれまでの柔和な仮面を外してきた。
 つまりは、俺が駒として使うにはやっかいだと、認めたに他ならない。
「上等、いつでも来い」
 表面上は笑っていても、内心ではどちらも敵愾心であふれかえっているのだろう。
 仲良しこよしなんてしょうにあわない。これこそが、ハンター同士の狩りなんじゃないか。
 俺達は無言で、ミナガルデに向けての露払いを開始した。
 さあ、今夜は強行軍だ。
 今日中に、ミナガルデまでぶちぬいてやるぜ。


ACT.EX3 後日談

 結局、私が再び目を覚ました時、その話はすでに終わっていた。
 目が覚めたのは砂漠ではなく、ミナガルデのとある一軒の宿屋。
 団長は警備兵につれていかれ、核を失った楽団は散り散りとなっていた。
 そして、結局名前も聞けなかった、あの大きな青いハンターのおじさんは、私に会うこともなくドンドルマの町へ帰っていった。
 私がおきた時、傍の机の上には、粉々になった黒い竜神様の眷属、それと一通の便箋が置かれていた。
『コンサート代』
 入っていたのはその一言と、宿屋へ前払いされた一年間分の料金の領収書。
 あんまりにも身勝手なその一言に私は頭にきて、手紙をびりびりに引き裂いてやって。
 その後さびしくなって、すこしだけ泣いた。
 だって、私にはその時、それ以外の事はできなかったのだから。

 あれから、もう半年がたった。
 今、私はミナガルデの町で、歌を歌って暮らしている。
 最初はほとんど誰も聞いてくれなかったけれども、今ではいろんな人が聞いて、お金をくれるようになった。
 劇場で歌ったらどうか、といってきた立派な人もいたけれど、私はその話を断った。
 私の唄は暗い劇場でではなく、空の見えるところでこそ生きるとわかっていたから。

 いつかお金がたまったら、私はいろんなところを旅してみたい。
 それは、幼い頃に死んだ両親の生き方であり、私の望んだ生き方でもあるからだ。
 でも、最初に行くところは決めてある。
 あの、ドンドルマの町だ。
 そして、あの青い鎧を北、悪党でハンターのおじさんにこういってやるのだ。


「わたしにも、できることがあったよ」、と―――
あぱっちお
2009年05月22日(金) 18時43分13秒 公開
■この作品の著作権はあぱっちおさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初投稿です。
この、へたっぴな新人をどうぞよろしくお願いします。

この作品の感想をお寄せください。
 どうも、はじめまして無名の一般人です。

 読んでみての感想ですが……量が多すぎです。20〜30kぐらいでいいと思います。 まず、会話の文と地の文は間を空けたほうがいいです。

 ストーリー的にはいいので頑張ってくださ〜いw
20 無名の一般人 ■2009-05-22 21:24 ID : jbVTm2OgWU6
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