悪鉄火-W
第四話 夢幻穿槍


 夜という天幕が張られた砂漠の片隅で『闘争』という名の演目が開演する。
 役者はヒトとモンスター。
 舞台を照らすのは、上弦の月と満天の星々。
 そして、開幕の鐘は……
 闇を切り裂く朱い鉄火!

 オッサのガンランスの先から炸裂した爆炎―――鉄火が、砂を掻き分けながら迫る刃のような背ビレを灼いた。
 しかし、その勢いは衰えず、オッサは砂色の背ビレに強かに打ち据えられる。

「くぅっ!?」
 あまりの衝撃に尻餅をついてしまうが、合皮と鉄鋼で編まれた具足のお陰でダメージはほとんど無い。
 オッサは素早く立ち上がると、銃槍を背負って駆け出した。
 砂の中を高速で泳ぎ回るガレオスに有効な攻撃手段は、残念ながら持ち合わせていない。それに、依頼はあくまでも商隊の護衛である。
 
 オッサは戦う事よりも囮になる事を選んだ。
 ザッザッと派手な音を立てながら駆け、四頭からなるガレオスの群れをおびき寄せる。
 柔らかい砂に足を取られて、いつもの脚力を発揮するのに倍の体力がかかるが、辺りに鳴り響いているフルフルの呻き声のような狩猟笛の旋律によって、オッサの肉体は疲れ知らずの強走状態になっていた。
 
 速度こそガレオスの方が早いが、無尽蔵の体力を得たオッサは小回りを利かせて襲い来る背ビレを悠々と躱していく。
 
 すると何度攻撃してもあたらない事に焦れたのか、一頭のガレオスが背ビレが隠れるくらい深く潜航し、砂の中から勢いよく跳びだしてきた。
 巨体が宙を舞い、獲物を直接屠ろうとオッサの前に立ちふさがる。
 
 砂の魚竜、ガレオスは巨大だ。ランポスはおろかドスランポスと比べても一回り、二回りは大きい。
 
 目の前に跳びだしてきたガレオスは身体を仰け反らせ、口内から砂の塊を吐き出してくる。体内の粘液と砂中を回遊している時に溜め込んだ砂を混ぜ合わせて一気に吐き出す砂塊は、直撃すれば骨が砕けるほどの威力があった。
 
 しかし、オッサは恐怖など知らぬといった様子で、逆に距離を詰めて砂塊を躱すと、連結させたガンランスを巨体の正面から突きだした。

「ギアアアアッ!?」
 ガレオスが悲鳴を上げる。
 オッサのスティールガンランスはガレオスの胸に深々と突き刺さっていた。
 彼はこの瞬間を待っていたのだ、ガレオスが砂の中という安全な領域から跳びだしてくる瞬間を。
 
 そして闇夜を裂く朱い鉄火。
 炸裂した火薬は、ガレオスの表面に堆積した砂の下の鱗を易々と弾き飛ばし、痛々しい傷を穿つ。
 
 オッサは重心移動のバックステップで一度距離をとると、砂を踏み抉りながら突撃し、勢いを乗せた斬撃を下方から突き上げる。
 砂が左右に断ち分かれ、ガレオスの腹が縦に裂けた。
 おびただしい鮮血と共に、臓腑が垂れ下がり、ガレオスはそのまま力を失って事切れた。

「よし……」
 オッサは再び銃槍を背負うと、ガレオスの亡骸に背を向けて駆けだした。
 一頭倒したからといってやる事は変わらない。出来る限り音を立てながら走り回り、商隊が離れるまでの囮になる。後は先行してくる者を倒せばいい、幸いにして狩猟笛の旋律で体力は無尽蔵に沸き立っている、勝算は十二分にあった。
「あれ……?」
 気がつくと先程まで鳴り響いていた、本能の深いところを刺激する不気味な音色が止んでいた。旋律が途切れても強走効果は持続するが、何事かとオッサはキキナがいるはずの洞窟の方へ視線を向けた。
「なっ!?」
 キキナはガレオスの亡骸へと爆走していた。
 手には解体用のナイフ、得物であるフルフルホルンは、信じられない事に洞窟の壁面に立てかけている。
 あまりの行動に唖然としていると、オッサはガレオスの背ビレに打たれて尻餅をついてしまう。

「痛てて……って何やってるんだお前!?」
「何って、見て分かるだろうオッサん、剥ぎ取りのために駆けつけてきたのさ。大丈夫安心しておくれよ、砂竜のヒレは間違いなく剥ぎ取ってあげるから!!」
 手を振りながらキキナは嬉々として続ける。

「いやはや、それにしても強走効果があると走るのも楽だよね。そうそう、強走状態といえば、ちょっと前にとある地下要塞都市を尋ねた事があるんだけどさ、そこに無尽蔵のスタミナを持つなんてハンターがいたんだ、つまりはずっと強走状態ってことなんだけど、いや〜羨ましいよね疲れ知らずなんてさ」
「そんな話、今は関係ないだろうが!! 武器持たないなんて死にたいのかよ!!」
「ん? だって重たいの嫌だから、フルフルホルン置いて来ちゃった♪ エヘ」
「『来ちゃった♪ エヘ』 じゃねぇぇ!!」
 執拗に襲ってくるガレオスを躱しながら半ばやけくそ気味に叫ぶと、キキナがやれやれといった感じで肩をすくめているのが見えた。とても腹が立つ。

「大丈夫、強走効果が切れる前に剥ぎ取りを終わらせるからさ。だから、その間は私の身体は君が護ってくれ!! 出来るだろう君ならさ?」
「馬鹿野郎! 狩り場で他人をアテにするんじゃねえよ!!」
 オッサは嫌気がさした。キキナに対してではない、自分の性分に対してだ。
 ポーチの中をまさぐって、意中の物を手にすると、オッサはキキナの方へ向かっていたガレオスに投げつける。
 
 綺麗な放物線を描き飛んでいく…手のひらに収まる程度の球が、中空で炸裂し辺りに甲高い炸裂音を響かせた。
 
 オッサが投げつけたのは、音に頼るモンスターに対して造られた音爆弾だ。
 人間の耳には不快感すら与える事のない高音は、音に頼って外界の様子を探るガレオスにとっては絶対の効果を顕した。高音に驚いたガレオスは砂の中から跳び上がり、苦しそうにのたうち回る。
 
 オッサは無防備に跳ねているガレオスの腹目がけて、銃槍の穂先をねじり込んだ。

「づぁっ!!」
 裂帛の気合いを爆発させて、銃槍を矢継ぎ早に突きだして行く。
 体重の乗った突きを三度繰り出し、狭まった間合いを離すために鉄火を炸裂させる。爆圧に圧されるのも戦術の一つ、突きと砲撃を繰り返す事で、一定の間合いをキープして攻撃する事が出来るのだ。
 圧倒的な連撃に腹の肉を粉砕されたガレオスは、最期にひとつ跳ねして、それきり動かなくなった。

「流石だね、オッサん!! いい仕事しているよ」
「わかったから、早く笛吹に戻ってくれ!!」
 結局、言葉とは裏腹にキキナを護ってしまう自分にほとほと呆れ果て、オッサは背後からガレオスが吐き出してきた砂塊を、盾を振って叩き砕いた。
 
 目の前にいるガレオスは後二頭。オッサのポーチの中には、音爆弾が三個残っているから殲滅する事自体は容易い。しかし、ハンターとモンスターとの戦いは狩りであり、殲滅する事が目的ではない。
 討伐が目的のクエストならば殲滅する事も吝かではないが、今回の目的はあくまでも商隊の護衛である。商隊が安全圏まで逃れられたらガレオスと戦う理由は無くなるのだ。
 
 それに、目の前のガレオスだけが群れの全体で無い可能性もある。巨大な群れが形成されていたら商隊を守るためにも音爆弾は重要になってくる。
「う、うわああぁぁ!?」
 突然、砂漠の宵闇に悲鳴が響き渡る。同時に砂が弾け飛ぶ音と砂竜の嘶きが耳朶を突いた。
 目を向けると遥か前方を進む商隊、その頭上を巨大な黒い影が跳ね飛んでいった。

「ドスガレオスだとっ!?」
 その巨大な影を仰ぎ見たオッサは、歯ぎしりを禁じ得ない。
 ドスガレオスとは、砂竜ガレオスの群れを統括する個体に冠される名称で、ドスランポスやドスゲネポスなどの、ドスを冠する他のモンスターと同じく、通常個体より一回り以上巨大な体躯を持つ。
 
 しかし、同じドスを冠する個体とはいえ、ドスガレオスはドスランポス等とは大きく趣を違えている。
 
 ただでさえ巨大なガレオスをさらに巨大にしているのだ、その体躯は飛竜種の代名詞たるリオス科と同等以上。生命力で飛竜種に劣るとはいえ、砂漠を行く者にとっての驚異度はあまりに高い。
 
 ドスガレオスが到着した瞬間、オッサを襲っていたガレオス達が、商隊の方へと泳いで行く。オッサは舌打ちして銃槍を背負うとその後を追いかけた。
「待つんだオッサん、人の足で砂中を泳ぐガレオスに追いつけるはず無いだろう! 意味のない事は全て徒労だ、やるもんじゃないよ」
「じゃあ、どうするってんだよ!!」
 オッサが怒鳴りつけると、キキナはポーチの中から角笛を出して見せた。
「なに、追いつけないなら来て貰えばいいのさ。人間には文明の利器がついている。自然界で一番の卑怯者で、一番の乱暴者らしく搦め手でいこうじゃないか」
 
 キキナは無邪気に妖艶に片眼を瞑ってみせると、角笛の先を軽く嘗めて口に咥えた。
 夜の砂漠に技巧と、力強さを備えた吹奏が響き渡った。
 その演奏は、月夜のもとで人々を例外なく陶酔させるが、モンスターの嫌う音域を聞かされたドスガレオス達は逆に怒り狂う。
 
 狙いを商隊から音源付近に佇む二人に変更し、ドスガレオスに率いられたガレオス二頭が轟然と迫ってくる。
「じゃあ、オッサん。あとよろしく!! 残念ながら私は武器を持っていない」
「いちいち腹の立つ事言わなくていいから、さっさと狩猟笛を取りに行きやがれ!!」
「うん、わかったよ」
 二人は頷きあい、キキナは洞窟の方へ、オッサはドスガレオス達が迫る方へとそれぞれ駆けだした。
 
 音源が二つに分かれた事を察知したドスガレオス達は、一頭のガレオスをキキナの方へとやって、ドスガレオスともう一頭のガレオスがオッサへと向かう。
 キキナは武器を持っていない、いかに強走状態が続いているとはいえ、追いつかれたら危険だ。オッサはポーチの中から音爆弾を一つ取りだして、キキナの方へと向かうガレオスに投げつけた。
 
 凄まじい高音に打たれて、ガレオスが砂から飛び出す。これでキキナが武器を取るまでの時間稼ぎには十分だろう。
 オッサはのたうつガレオスを黙殺し、己に向かってくるドスガレオスともう一頭のガレオスへと目を向ける。
 ドスガレオスの背ビレは通常のものよりもずっと大きい。黒く変色した砂を纏うそれは、さながら砂漠を斬り裂く剛刃。いくら合皮の鎧を身に纏っているとはいえ打たれたらただでは済まないだろう。
 
 オッサはそんなドスガレオスに向かって音爆弾を投げつけた。音爆弾はドスガレオスとガレオスの間で爆ぜ、両者を砂の中から引きずり出す。
 いかに巨大なドスガレオスも音を頼りにしているのには変わりない、音爆弾は覿面の効果を顕した。
 しかし、オッサは無防備にのたうつドスガレオスを攻めずに、距離をとると、ポーチをまさぐって砥石を取りだした。
 砲撃機能が付加されているガンランスは、他の武器以上に劣化が激しく、特に砲門内の煤を落とさねば砲撃の破壊力が落ち、最悪砲撃する事も出来なくなってしまう。
 刃毀れした刃を研ぐのはもちろん砲門内も綺麗に掃除する。煤が落ち、刃が鋭さを取り戻したところで、オッサは排莢して新たな弾丸を装填する。その一連の動作を終えた頃にようやくドスガレオス達は立ち直り、各々が砂の中へダイブしていた。
 残る音爆弾はあと一個。ドスガレオスとガレオス二頭を相手にするには心許ないが、ドスガレオスは広範囲を回遊する。ここで仕留めておかなければ商人達に危険が及ぶかもしれない。

「ええい、ままよっ!!」
 意を決してオッサは音爆弾を投げつける。三頭ばらけていたので狙いはドスガレオスの剛刃の如き黒い背ビレ。
 炸裂した高音に身を打たれてドスガレオスは再び砂の中から跳びだした。

「つぁ!!」
 気勢を乗せた突きを無防備な背中に向けて放つ。
 鋭い刃は黒ずんだ体躯に易々と突き刺さるが、その手応えはあまりに軽いものだった。

「砂か……」
 銃槍の穂先は、厚く堆積した砂に阻まれてドスガレオスの鱗を粉砕するまでには至らない。
「だったら、砲撃で吹き飛ばす!!」
 砲撃で砂を吹き飛ばそうと水平に構えた時、横手からガレオスの背ビレがオッサの足を叩いた。虚を突かれたオッサは、思わず片膝をついてしまう。
 
 ガレオスを相手にするならこの程度の隙はなんて事もない。しかし、相手はガレオスを率いるドスガレオスである。素早く立ち上がろうとしたオッサよりも、一寸早く立ち直ったドスガレオスがその太い尾ビレをオッサへと叩きつけた来た。

「ぐおっ!?」
 咄嗟に盾で防いだものの、体勢が定まっていない状態で衝撃を殺しきれず防御ごと吹き飛ばされてしまう。そこ目がけて、砂塊がとんできた。

「くそっ!!」
 立ち上がる間も与えられぬ連撃に、オッサは倒れ込んだままの体勢で盾をつきだして砂塊を防ぐ。しかし、連続発射する上にガレオスのものとは段違いの勢いを持つ砂塊に、鉄製の盾もへしゃげてしまう。
 それでも砂塊は盾を貫くほどではない。このまま防いでいればいずれ吐き出す砂も無くなって、反撃する機会が生まれるだろう。
 しかし、それはあくまでも敵がドスガレオスだけだった時の話しだ。
 倒れ込んで身動きが取れないオッサに向かって、背ビレを突きだしたガレオス達が襲いかかってくる。

「オッサん! 出来れば耳を塞ぐんだ!!」
 迫るガレオスに身を竦ませていた時、そんな声が天恵の様に聞こえてきた。
 同時に視界の端に写る黒い影。オッサは左手の銃槍を放り出して片耳を塞ぎ、もう一方を砂に押しつけた。
 
 直後に、至近距離で音爆弾が炸裂する高音が響き渡る。少し離れれば問題ない音も、これほど近ければ容易く耳に障害を残す。オッサは塞いでもなお響く高音に顔を顰めながらも耐えてみせた。

 オッサに迫っていたガレオス二頭は音に耐えきれず、砂から飛びだし苦しそうに砂上でのたうち回る。砂上に出ていたドスガレオスに高音の影響は無いみたいだが、砂を撃ち尽くしたのか、断続的に襲いかかってきた砂塊がピタリと止んだ。
 その好機を見逃すオッサではない。高音の影響からいち早く立ち直り、銃槍を引っつかむと連結を解除しつつ立ち上がり、ドスガレオスへと突撃した。
 近づいてくるオッサを蹴散らそうと尾を振り回すドスガレオスに対して、安全圏である回転の軸、即ち足下に潜り込み無防備な腹目がけて再連結した銃槍の突きを見舞った。

 背に比べて堆積する砂が少ない腹は、鱗で守られていない事もあって容易く鉄の牙に喰い破られた。

「ギィィイイィイィイイ!?」
 不気味な悲鳴を上げるドスガレオスは、オッサを叩き潰そうと尾を振り回し、体重を乗せてた体当たりを敢行するが、オッサは銃槍の重心移動を利用して右に左に軽やかにステップを踏んでドスガレオスの攻撃を回避してゆく。
 乱れ舞う尾の下を潜り抜け、足の間をすり抜ける。蹂躙歩行とは違った巨大なモンスターを相手にする為の戦法。
 モンスターから見れば捉えきれない姿は夢幻の如し、されど身を穿つ槍の先は…


 現実の脅威。



 ――これぞ、夢幻穿槍。

 英雄たる山崩しの妙技にて、弱点を痛撃されるドスガレオスは、たまらず身体をくねらせて跳躍し砂の中へと逃げ込んでいった。

「キキナ!!」
 オッサはドスガレオスを見送ることなく銃槍を背負い直すと、笑顔で手を振るキキナに合流した。
「すまん、さっきは助かったぜ」
「いやいや、別に構わないさ。でもオッサん実を言うとね、今投げた音爆弾で私が持ってきた物は全部使っちゃったんだ。オッサん持ってない?」
「ああ、俺も使いきっちまった……って、お前一個しか持ってきてなかったのかよ!?」

 オッサが叫ぶと、キキナはバレたかと可愛らしく舌を出して見せた。可愛らしいのだが、打算がもの凄く見てとれて頭が痛くなる。
「それよりオッサん、私に一つ作戦があるんだ。私が狩猟笛を吹き始めたら、これでガレオス達をおびき寄せてくれ」

 そう言ってキキナが差し出してきたのは、先程から彼女が吹奏していた角笛だ。
「どんな作戦なんだよ?」
 角笛を受け取りながら尋ねると、キキナは重たそうにフルフルホルンを縦に構えて微笑んで見せた。
「そいつは結果が出てからのお楽しみってやつだね。おっと、そいつを吹くって事は間接キッスって事になっちゃうけど、興奮しちゃ駄目だぞオッサん☆」
「お前は、何言ってるんだよ」
 呆れた調子を作って言うオッサだが、顔が無意識に熱くなっている。キキナはさも満足そうに笑うと、憮然とするオッサを尻目に、ほんのりと紅く色づいている唇を舐めて、フルフルホルンの吹奏に掛かった。

「ちっ!!」
 オッサは大きく舌打ちすると、角笛に口を、一瞬躊躇ってから口につけた。その躊躇いは彼のもつ少年らしさだった。
 ブオォォン……と技術のかけらもない、ただ音を出してみたといった感じの吹奏が、キキナが奏でるフルフルの呻き声の合間から響き渡った。

 人間でもしかめっ面する吹奏に、されどキキナの吹奏と同じように怒りを露わにしたドスガレオス達が背ビレを返してオッサの方へと迫る。
 オッサは角笛を腰にやると、背後で吹奏を続けるキキナを護るように盾を構えた。

「来い……」
 キキナの意図は知れないが、自分のやるべき事はやった。後は言い出しっぺが後始末をするだけだ。
 砂を斬るガレオスの背ビレが徐々に上がってきている。砂の中で十二分に加速をつけて一気に跳びかかってくるつもりだ。
 巨体を弾丸の如く跳ばしてくる攻撃をへしゃげた盾で受けきれるかは五分以下、勝算少ない勝負だがオッサは焦燥することなく盾を構える。
 狩りのために人生全てを賭けて鍛えた肉体と業を信じているのは当然のことだが、同時に、背後で熱演する訳のわからない女も信じてみようかと彼は思っていた。
 そして、ドスガレオスが今にも跳びかからんばかりに頭を上げた瞬間――
 
 砂漠にフルフルが吼えた。

 背後から響き渡るのは圧力さえ感じられるフルフルの咆吼。
 その大音量は砂を律動させ、音を頼りにするドスガレオス達を大いに打ち据えた。

 跳ね上がりオッサの正面に落ちてくるドスガレオスの巨体。
 これはフルフルホルンの旋律の一つ高周波を使用した事による結果だが、オッサは頭が下がる思いだった。

 高周波の旋律は単純なもので、狩猟笛を少しでもかじっていれば誰にでも吹奏する事が出来る。しかし、攻撃にこうもベストな位置で発動させるなど至難の業だ。
 オッサは背後でおそらく会心の笑みを浮かべているであろう”仲間”を頼もしく思い、己の正面で、無防備に背中を向けてのたうつドスガレオスに向けて銃槍を水平に構えた。

「火薬を御馳走してやるよっ! たんまりとな!!」
 上弦の月と満天の星々が照らす夜の砂漠の薄闇を、明々とした鉄火が引き裂いた。

 砂が厚く堆積した背に人間の生み出した火焔が叩きつけられ、ドスガレオスは声なき悲鳴を上げる。
 さらに叩き込まれる、鉄火、鉄火、鉄火、鉄火!!
 計五発の装填分を撃ち尽くすと、ドスガレオスの背の砂は全て吹き飛ばされ、その下に隠れた美しい水色の鱗が露わになった。

 そこでようやく立ち上がったドスガレオスは、オッサから逃げるかの如く尾を振り回し砂の中へと跳躍する。
 その時オッサは既に銃槍を背負い、ドスガレオスの後を追っていた。

「そう嫌うなよ……」
 跳ぶドスガレオスを追うようにオッサも跳ぶ。重い銃槍と盾を手にしながらの跳躍はオッサならではだ。

 空中で銃槍の柄に手をやって、空中でそれを連結させる。
 狙いは、砂に飛び込んだばかりのドスガレオスの背。砲撃により露わになった水色の鱗。

「仲良くしようぜ!!」
 突き落とす!
 オッサの体重、自重、盾の重量全てを乗せた一撃はドスガレオスの鱗を悉く吹き飛ばし、その体内に深々と突き立った。
―――ギュゥアァァァァァァアアアアァァァアッッ!!
 ドスガレオスの悲鳴を耳にしてオッサは嗤う。
 ヒトという名の獣に相応しく、凶々しく嗤った。
 オッサを振り切ろうとはね回り、高速で蛇行するドスガレオスだが、オッサは両手で銃槍の柄をしっかりと握り、あまつさえその奥に隠された引き金を引いた。

「セット……」
 呟きつつ銃槍から手を離す。慣性の法則でオッサの身体は砂の上を派手に転がり、全身を打ち付けてしまうが、彼は傷など無いかのようにゆっくりと立ち上る。
 彼の視線の先には、背ビレの後方に銃槍を突き刺したまま逃亡するドスガレオスの姿が見える。そしてそれは約束された決着だった。

「竜の咆吼を聞けっ!!」
 この『闘争』と云う名の演目は、幾度となく砂漠の静寂を乱してきた。悲鳴や怒号に始まり、音爆弾の炸裂音、鉄火、フルフルの咆吼……
 だが、この爆裂は前述のどれよりも圧倒的で華々しかった。
 通常の鉄火とは比べものにならぬ凄まじき鉄火が、砂を遥か上空まで吹き飛ばし、明々と燃える火の玉の如く砂漠を染め上げる。
 至近どころか体内でそれ程の爆裂を受けたドスガレオスは泳ぐ力を失い、しかし、勢いだけは衰えず砂の上を滑り、そして最期には張り出した岩に激突して止まった。

 口からは黒煙を吐き出し、遠目からでも決着がついた事がわかる。
 オッサは派手な音を立てて落ちてきたスティールガンランスを拾い上げると、未だ健在のガレオス達に目を向けた。

 しかし、ガレオス達に既に戦う意志など残されているはずもない。
 砂を斬りながら、一目散に竜撃砲の音源から遠ざかっていくのが見える。
 オッサは大きく息を吐き出して、ヒトから人間へと立ち戻った。
「なるほど、なんで君が悪鉄火なんて呼ばれているのか、合点がいったよ」
 フルフルホルンを引き摺りながらキキナが近づいてくる。その貌はいつになく神妙といった面持ちだ。
「悪って云うのは本当は、否定すべき物事や道徳・法律などに背く行動や考えなんて、善と真逆の意味じゃない……元々は畏敬の念を抱かせる程の荒々しさや強さの事を云ってたのさ」
 キキナはボロボロに傷つきながらもしっかり二本の脚で立ち、銃槍と盾を携えるオッサの姿を足下から額の先まで眺めて、大きく頷いてみせる。

「君の姿は正に悪。凄まじき剛さで鉄火を操る者……”悪鉄火”か、実に君に相応しいと思うよ」
「へっ、この二つ名は爺……師匠が勝手につけたんだぜ? 善と逆の意味に決まってるだろうが……差し詰め悪ガキが鉄火を使ってるとでも言いたいんだろうよ」
 オッサは肩を竦めてみせると、連結を解いた銃槍を担いで息絶えたドスガレオスの方へと向かう。キキナもその後に続いた。

「まだ、生きてやがったか……」
 背に大穴を穿たれ、口から火薬臭い黒煙を吐きながらもドスガレオスはまだ生きていた。ただ、放っておけば息絶えるのは目に見えている。

 ドスガレオスの白い眼がオッサ達を見上げてくる。感情など感じられるはずのない濁った目には、それでも狩られた側が狩った側へと送る畏敬が感じられた。錯覚かも知れないが少なくともオッサはそう感じていた。
 するとキキナが息も絶え絶えなドスガレオスにそっと近づき、

「だあぁぁっ!!」
 左右に平たい特徴的な頭が、上面から振り落とされたフルフルホルンによって叩き砕かれ、ドスガレオスは今度こそ完全に息絶えた。

「勝者が敗者にしてやる事は少ないよね……トドメを刺してやる事、命を奪っておいて言う事じゃないけどミゼリコルド―――慈悲の一撃もその一つだと思うんだ」
 キキナは悲しそうに目を閉じると動く事の無くなった亡骸に一言、
「ありがとう……」
 と声を掛けると、今度はいきなり豹変したように嬉々とした表情で解体用のナイフを腰から引き抜いた。

「やっぱり、ハンターの醍醐味はこの剥ぎ取りの瞬間にあると言っても過言じゃないよね! 勝利者の特権ってやつだよ!! 折角奪った命だ、是非是非有効活用しないと恨みをかっちゃうよ」
 冗談めかしたような口調で、キキナはドスガレオスに堆積した砂をナイフでこそぎ落とし始める。

「お前、切り替え早すぎないか?」
「当然、いくら暇の方が多いからって人生ってのは短いらしいからね! 喜ぶ落ち込む笑う泣くは精一杯、いくらでもやっとかないとね。何となく損した気分じゃないか!!」
 そうして笑うキキナは、まるで子供のようだ。
 オッサが呆れて溜息を吐くと、試すような、それでいて誘うような視線を投げかけてくる。その妖艶な仕草、目線を見ると切り替えと言うより人が替わってると言った方がしっくり来る。
「それでオッサん、私は合格だったかな?」
「合格? 何がだよ……」
 一瞬訳がわからずに聞き返すとキキナは驚いた様な顔をして、声を上げて笑った

「あははは! なんだよそれ、君が最初に私の事を知らないから今回はついてきてくれって頼んだんじゃないか! まさか忘れちゃったのかい? なんだなんだ、これじゃあ、ちゃんと組んで貰えるか心配した私が莫迦みたいじゃないか」
「あっ!?」
 指摘されてオッサは思いだした。キキナの言うとおり、このクエストは彼女が組むに値するか見るための試用も兼ねていたのだ。
 予想外のドスガレオスの襲来で間抜けにもすっかり忘れていた。

「おいおい、こればっかりは君の落ち度だろう? そんな目で睨まないでおくれよ」
「うるせえな!!」
 オッサは居たたまれなくなって、キキナの視線から逃げるように顔を背けた。

「それで、私は合格なのかなオッサん?」
 みなまで訊かないで欲しい。
 これが試用だと忘れていたくらいに、キキナを仲間と感じていたのだ合格不合格どちらかなど声に出さずとも決まっている。

 キキナもそれを知っていてあえて尋ねてくるのが、オッサにも目に見えてわかる。だから尚いっそうに腹立たしい。
「次……」
「ん、どうしたんだい? あんまり聞こえないんだけど」
 聞こえているくせにこう言うのだから、さらに腹が立つ。
 オッサは怒りと羞恥に顔を染めて、顔を背けるどころかキキナに背を向けた。

「次、クエストが入ってきたら呼ぶから、いつになるかわからんが、予定は空けとけよ!!」
 ぶっきらぼうにそう言うと、背後のキキナが正面に回り込んできた。
 彼女は何も言わない。
 だが……
 白い顔一面を彩る笑顔が、オッサの胸を微かに高鳴らせたのだった…


(@_@)
2009年05月23日(土) 14時24分18秒 公開
■この作品の著作権は(@_@)さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 コメ返し
・おちょめ様
コメント有り難うございます。
この落下傘についてですけど、実は不意に思いついただけなんですよねwww
コメント有り難うございました。

・天地無双様
コメント有り難うございます。

参考…
いやっほおぉぉぅぉぅっxじょjぉうっぇt
失礼、取り乱してしまいました。

ユニークな発想を思いつく…か
自分は、ほとんど妄想でこの落下傘などを思いつきましたwww

・紅竜騎士様
コメント有り難うございます。
作品に取り入れる…
「どうぞどうぞ、じゃんじゃん持っていってください!」とは、言いません。
が、これにアレンジを加えて応用を利かせたものなら、良いと思います。

誤字修正(5/23)

この作品の感想をお寄せください。
 どうも、始めまして。主にオリジナルで活動している――していたケルベロスです。
 
 前の作品は読んでない(申し訳ない)ので、この作品だけに限ったコメントになりますので、御了承下さい。
 
 感想……は、もう上手いです。と感じました。道具を使うときにさりげない説明、描写、感情。とても上手いと思います。
 私も参考にしたいと思います。……なんか上から目線みたいな言葉で申し訳ないです。

 戦闘でありながらも、面白く表現しているなど、とてもいいと思います。
 これからもよろしくお願いしますね。

 まとまった時間が取れたら最初から読ませていただきます。
40 ケルベロス ■2009-05-24 21:53 ID : qhPntUR4m9Y
PASS
 はじめましてですね。以前からこのサイトで小説を投稿しているチャーリーです。

 とても上手ですね。基礎的なことはもちろん、キャラもなかなか個性的です。私が言うことは何もありませんね。
 しいて言うなら、物語に伏線を出すと結構わくわくしながら読むことができます。意外と難しいようですがやるだけのことはあります。あくまで参考までに……。

 ちなみに(@_@)sの読み方、なんとなく『イニシャルフェイス』と読んでおります。一体何の意味があるのか自分でも不明です(汗)

 次回も期待しています!
30 チャーリー ■2009-05-23 16:19 ID : /au4C0FQ4gY
PASS
 どうも、Tからコメントをしていなくて申し訳ない。

 え〜今までのU〜Wまでの作品を見ての感想ですが、全体的に読みやすくなっていますね。いいと思います。 発想力が豊富なようですのでどんどん活用し、オリジナル要素を加えていってください。
 今回の作品ですが、

だったら、砲撃で吹き飛ばす!!」
↑この部分。改行しなくていいんじゃないですか? 勘違いならいいです。

 では頑張ってください〜w
30 無名の一般人 ■2009-05-23 13:13 ID : BKxfIEf7uBY
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