fragment 閑話。 前編 |
私のお隣さんは、霊感が強いらしい。 「――、は?」 「だから、さっき小さい子が探してた」 いやいや待て。私は大学へ通うために一人暮らしをしてからというもの、小さい子の知り合いなんて作ってない。このアパートにも子供は住んでいない。ましてや実家からは遠すぎる。 「ちょっと待ってください。私、小さい子の知り合いなんてこの辺にいませんよ?」 あまり交友のない隣人は不思議そうに首をかしげた。 「いや知り合いじゃなくても、見たことぐらいあるだろ?あの小学生ぐらいの女の子…」 いきなり訪ねてきたと思えば何を言い出すのだ。不躾と思いつつ玄関先での立ち話なのだが、小学校からも遠いここ周辺にはめったに子どもなんか来ない。 「…この辺に住んでる子なんですか?申し訳ありませんが、お見かけしたことがないです」 はっと彼は顔をあげた。驚いたように目を丸くさせ、目にかかった茶髪を振り払う。その仕草が犬みたいだ、とふと思った。いや、身長は私よりも随分高いのだけれども。 「見たこと、ない?」 「ええ。この辺りにはあまりお子さんはいらっしゃらないでしょう?」 「見えないのか?」 「…何がですか?」 話がかみ合ってないのを嫌い、私は彼を部屋に招き入れた。すまない、と彼は小さなテーブルの前に座る。 「で、本当に見えないのか?」 「だから何がですか、って聞いてるんです。あちょっと待って下さいね、お茶淹れます」 ついでに、とお茶菓子に貰いもののクッキーを添えた。…そういえば、これ、誰に貰ったんだったか。 あまり友達もいませんしね、と少し自嘲気味に笑いながら湯呑にお茶を注ぐ。 …もしかすると、この部屋に私以外の人が入るのも初めてかもしれない。 「だれが、ってあいつがだよ」 「あいつと仰られても…」 はぁ、と彼はため息をついた。その姿に私は少しムッとする。 「いきなり来てなんなんですか貴方。私は子供が苦手なので、小さい子の知り合いなんかいませんよ。探してたって、人違いか何かじゃないんですか?」 「人違いなわけねーだろ!このアパートで瑞樹、つったらお前しかいねーよ」 「え…」 不覚にも絶句。だって私は引っ越してきた時も、この人に名字しか告げてない。表札だって。 この人が私の名前を知るすべはなかったはずなのに。 「どうして、名前…」 「あいつに聞いたに決まってんだろ?」 「あいつあいつ、って一体誰なんですか?事によってはストーカー規制法の対象ですよ?」 「だから…。ああもう、こういう呼び方は嫌いなんだが…、率直に言うと幽霊、かな」 「はぁ?!」 訳が分からない。いきなり来ては小さい子だの探してるだの、挙句の果てには幽霊?信じろと言うほうが無理な話じゃないか。 「出てってください。どうぞそのクッキーは差し上げますので」 「待てって!!そうだ、このクッキーだ。お前、これどうやって手に入れた?」 「は?関係ないでしょう、どうせ貰いものですよ」 「誰に?」 …………。 思い出せない気がする。いや、一週間ぐらい前から確かあったのだ。台所の棚を見て、ああおいしそうだと思って。それで…? 何も言えない私の前で、彼は誇らしげに笑みを浮かべた。 「だろ?それ、あいつが俺の家で作ったやつだから。さっきまで自信なかったんだけどな、あいつ意外と菓子作るのうまくて既製品と見分けつかないし。でもほら食ってみろ。…これは、人間には作れない」 一口試しに齧ってみると、甘い味が口の中に広がった。 それだけではなかった。 目の前に、半透明の少女の姿が浮かんでいた。 「っきゃ」 「大丈夫」 彼が微笑む。それとともに、少女も笑った。 『こんにちは。初めまして。わたしがみずきさんをきにいったので、りゅうじさんがてつだってくれました。クッキー、たべてくれてうれしいです。 わたしはむかし、このばしょにいたんです。みずきさんがうまれるまえのことです。でも、ちょっとびょうきにかかっちゃいまして。たかぁーいねつがでて、しんじゃいそうになったんです。しにたくない、しにたくないっておもってたら、ちゅうとはんぱになっちゃいました。 だからずっとここにいたんですけど、みずきさんをはじめてみたとき、おねえちゃんにそっくりだっておもったの。 このクッキーでいえるのはここまでみたいです。またがんばってつくります。もっとおいしくできるようにがんばります。』 続 |
神北キラア
2010年01月11日(月) 15時20分37秒 公開 ■この作品の著作権は神北キラアさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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