フィロソフィアの毒芽 2
「……そうだ、車に揺られてた気がする」

そう言った水鳥、と名乗った20代半ばの男はフリーターで、彼も設楽と同じく突然誰かに気絶させられて目が覚めたらここにいたらしい。設楽よりも少し遅く目覚めた彼は現在、仲間と一緒にここまで来た状況を話し合っている。
水鳥だけではない。この密室には7人の男女が寝ていて、その全てが設楽や水鳥と同じ経緯でここにいる。

周りを見た。殺風景な鉄色の壁に、よく見たら何本ものケーブルが通っていた。細いものから太いもの、赤から青まであらゆる色彩のケーブルがずらっと壁に添って通っていて、その大体の行き先は一つの場所を指していた。

扉。

何やら複雑そうな機械が付けられているその扉は、水鳥とその取り巻きの手によって何度も叩かれていた。しかし案の定というべきか、扉はビクともしなかった。
どうも水鳥は設楽が円筒型の部屋を探索している隙に、他の男二人を仲間につけることに成功したらしい。彼らはパチンコや最近のアニメの話で盛り上がっているらしかった。この短時間で水鳥は既に取り巻きを形成出来ていたのだ。

対照的に三浦という名前の女が作ったサークルも存在していた。化粧のせいで細かい年齢は推定できないが、おそらく20代前半くらいだろう彼女はもう一人の若い女と密室に閉じ込められたという共通の脅威を憂うことでシンパシーに成功したらしい。彼女たちは現状を話しあうと言うよりは互いに慰め合い、言ってしまえば現実逃避を図っているらしかった。

そしてもう一人……学ランの下にパーカーという出で立ちから推測するに設楽と同い年くらいであろう男子、柏原は一番遅くに目覚め、そして密室に閉じ込められたこの状況に全く適応できていないようだった。小柄なその身体を抱いて震えているようにも見える。

設楽はもう一度辺りを見回した。キャパシティが50人ほどであろうそれなりに広い密室の中で、1つだけとても気になることがあった。

扉の真逆にある、それ―――底の見えぬ、円筒状の穴。
それを誰も気には留めていない。彼らは状況を確認することよりまず自身の保身を優先させている。
他人とのシンパシーによる精神の安定。それは小さなサークルを作り派閥となった。時間がわからないので確信は持てないが、たった30分程度の出来事である。その短時間で水鳥と三浦は柵を作ることに成功した。

水鳥グループは現状を話しあうふりをしてその実何も話していなかった。今に至るまでの経緯を延々と話しあっているだけで、この状況についての解答など触れてすらいないようだった。
三浦グループはそれが更に顕著で、傍から聞いていれば延々と「怖いね」「家に帰りたい」という話題をループしているだけのbotにも見える。
柏原はただ恐怖しているだけで動けずにいて、設楽は冷静に自分が置かれている状況を分析している。

このグループ分けされた現状には何か意味がある気がする。それを踏まえて状況を分析するべきなのだ。しかし思考の芽は彼に論理的な推測をすることを妨害しているようだった。
原因は簡単で、現状を判断するには材料が足らなすぎるのだ。ここでの推測は、推測の域を一切出ないものにしかならない。

……考えがまとまらないな。

そう呟いてせわしなく動かしていた足を休めるために、彼は壁際に座り込んでみようとした。そこで彼はようやくポケットに異物感を覚えた。手を突っ込んでみると、そこにあったのはスマートフォンのような5インチ程度の形状の端末だった。

ボタンは見る限りスリープボタンと思われるものだけで、いろんな操作を試してみたが画面に明かりが灯ることはなかった。

「ね、ねえ」

機械を眺めていた設楽に、おどおどとした声が投げかけられる。その方を見ると柏原が上目遣いで設楽を見ていた。

「そ、それ、なに?」
「わからない。ポケットに入ってた」

そっけなくそう答えると、ビクリと体を震わせてから柏原は学ランのポケットを探った。すると同じようなものが出てきた。しかし設楽と同じく、どう操作しても電源は付かないままのようだった。

「こ、これ、なんだろうね……」

不慣れらしい初対面との会話を精一杯やろうとする柏原の様子に、設楽は少し苛立った。
その感情を表に出さないように設楽はそっぽを向いて無視をした。ふと水鳥たちの姿が見えた。彼らも時を同じくして端末の存在に気がついていた。もちろん彼らも同じようにその端末をいじくり回していたが、設楽以上の成果は得られなかったようだった。

……ゲームだ。

ふと頭にそんなことが思い浮かぶ。これは、ゲームなのだと。

ゲーム?ゲームだって?
と笑い飛ばそうとしたが、しかし疑惑の芽は大きくなるばかりだ。

密室。
七人の人間。
扉。
謎の端末。
そして……奈落。

俺は、ひょっとして、とんでもないものに巻き込まれたんじゃないか?

冷や汗が垂れる。思考は止まらない。端末を握る手が弱くなっていく。
穴を見る。人一人は平気で飛び降りれそうな、大きめの穴。底は見えない。
何故これはそこにある?ただの舞台装置なのか?それとも、ゲームを成り立たせるためのファクターなのか?

ふと……宙をさまよっていた視線に光が飛び込んだ。視線の下の方から眼球を刺激するそれは、手のひらから滑り落ちそうになっていた端末の液晶から漏れだしたものだった。端末に電源が点ったのだ。

慌てて画面を注視する。そこには、水色と白のストライプを背景にしてアニメ調のキャラクターが微笑んでいた。
とてもリアルな仕草で揺れていて、しかしそれでいて顔は昨今のアニメのように目が大きく可愛らしいようにデフォルメされている。
最近話題の”ボーカロイド”とかいうキャラクターを用いたライブパーティーが開催された、というニュースをネットで見た時に同じようなものを見た。とても自然な3Dポリゴンのキャラクターが画面上で歌って踊るのだ。それと同じような感じで、端末に映っていたキャラクターはこちらに精一杯の笑みを向けてきた。

「え、こ、これ、なに……?」

と柏原がびっくりしてキョロキョロと意味もなく辺りを見回す。釣られて周りを見ると、グループを作っていた連中も同じく端末に映ったそのキャラクターに戸惑っているようだった。

電源がついてからおそらく10秒ほど経っただろうか、端末のスピーカーから一斉に音声が流れた。

「はじめまして、皆さん。私は、森久保有栖と申します」

一聴して明らかに人間の声だとわかる。そのキャラクターは長い髪を揺らしてお辞儀をして、もう一度こちらを見て微笑んだ。


「突然こちらに連れてきてしまって申し訳ございません。しかしこの施設の位置情報は機密となっていますのでこのような手段を取らせてしまいました。不快にさせてしまったとは重々承知していますが、ご理解の程よろしくお願い致します。
さて、皆さんにはゲームをしてもらいます。ゲームのルールは単純で、この部屋からの脱出です。脱出の成否は一時間後にわかります。皆さんにはその間、話し合いをしてもらいます。
皆さん、扉はもうご覧になられましたか?あの扉は一時間後に開けることができます。開ける方法は簡単で、この中の一人が穴に落ちることを了解することです。あとで操作を説明いたしますが、フィロノーツ……あ、この端末はフィロノーツという名前なんです。後々に使うかもしれないので覚えてくださいね。えっと、フィロノーツを用いてここに残留すべき人を投票します。この部屋の全員の名前が表示されて、多数決によって誰が残るべきなのかを決定します。こちらは 残留投票というシステムになっていて、投票にはもう一種類ございますが、そちらの方は後述させてもらいます。
先ほど話し合いと申しましたが、もちろん話し合いとは誰がこの部屋に留まるかを決定するためのものです。扉の奥に進めるのは六人ですので、進むに相応しい人を決めてもらいます。
話し合いの際に暴力などを振るってもこちらでは特に咎めません。ただし、あまりに酷い暴力においてみなさまには対抗策がございます。それが抑止投票となります。こちらの投票は誰か一人の行いが著しくゲームを乱すものだと思った場合、プレイヤーの誰かがその人を指名して行います。プレイヤーが選べるアクションは沈黙…つまり反対と、あるいは賛成です。この時点で投票した人とされた人以外の賛成票が三つある場合、その時点で強めの電気ショックを流します。その場で生命活動が止まる恐れもありますので、くれぐれもそうならないようにお願いします。また、フィロノーツの電源をこちらからシャットアウトさせていただきます。つまりその時点でゲームの参加権を失いますので、重ね重ね行動にはお気をつけくださいませ。
さて、ゲームのルールはご理解できましたでしょうか?なにかご質問がありましたならフィロノーツの端末をダブルタップしてもらうと音声認識モードに入るので、その際にご質問をどうぞ。答えられる範囲内でしたら解答させていただきます。それでは、幸運を。」

そこでキャラクターの説明が終了し、代わりに画面の右上にタイマーが現れた。

…59:46。

あと一時間であることを示唆しているだろうそのタイマーが一秒ごとに減っているのを見て、誰も何も言えなくなってしまう。呼吸と機械が唸る重低音だけがこの密室を支配している。

そう、みんな理解してしまったのだ。
このゲームは、誰か一人を生贄にして進むゲームなのだと。

しぎゅーか
http://sashimiumu4.diarynote.jp/
2013年06月24日(月) 20時11分48秒 公開
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■作者からのメッセージ
第二話目です。何卒よろしくお願いします。

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