僕は負けない!!
私がハンター業から足を洗うまでには、幾らかの出来事があった。

 そして、再び狩場に立つまでにも。



 私はココット村に生を受け、若かりし頃の村長が残した武勇伝に憧れてハンターを志した。

 長らく村付きのハンターを務め、それなりに腕が立つと自認していたが、村にミナガルデ・ハンターズギルドの出張所が出来たことがきっかけで多くのハンターと出会い、そして世界の広さと自らの未熟を知った。私は、更なる高みを目指すべく故郷であるココット村に別れを告げ、大陸西部に新しく拓かれた集落、ジャンボ村に流れ着いた。

 新天地で見聞きする文物はどれも新鮮だった。そして、その頃ある程度ハンターとして実力をつけていた私は、ジャンボ村近隣の密林地帯において人生初めてとなる古龍との遭遇を経験した。雄々しく、畏ろしく、それでいて儚い。古龍との邂逅により、私は自分の中に新たな世界が開けたのを感じた。

 ジャンボ村でハンターとしての実力に磨きを掛けた私は、村に住む船大工が人生を賭けて造り出したという船に乗り、ココット村へと帰還した。細かな変化は端々に見られても、その根本は少しも変わってはいなかった。村長を中心に彼を慕うハンターが集い、村人と自然が共存する世界。それは、まさに私の原風景だった。

 再び故郷に別れを告げ、ジャンボ村へと戻った私は、新天地を求めて旅に出た村長に代わって村を治めていた竜人族の女性の勧めに従い、大陸第一の規模を誇る都市ドンドルマを目指した。折しも、ギルドに参加するハンター人口の増加に伴い、ドンドルマの街に大幅な改修が施されたばかりだった。私は希望と野心を胸に抱いて街に入り、そして人生を変える出会いを体験することになる。

 ドンドルマは活気に満ち溢れており、そこでのハンター生活は充実したものとなった。人生で初めて、徒党を組むという経験もし、猟団の仲間達は本当に気の良い連中ばかりだった。今でも彼らのことは忘れない。これからもそうだろう。本当に得がたく、尊い仲間達だった。

 そう、歯車は狂ってしまったのだ。

 ドンドルマはイーオスの毒が生物の皮膚を冒すようにゆっくりと壊死していった。あれは、パローネという巨大なキャラバン同盟がドンドルマに出資するようになってからだろう。街中が大幅な改修を受け、ハンターズギルドの業務の大半はパローネの息がかかった人間が取り仕切るようになってしまった。ギルドはパローネに半ば吸収される形となり、大老殿と大長老は意図的にハンター達から遠ざけられた。

 私にはそう感じられたのだ。

 生きる為に狩る。そういったハンターの本質は変容し、狩る為に狩るという新しい世代のハンターが横行していった。新世代のハンターの中で浮いた存在となっていた私は、徐々に街の中で居場所を見出せなくなっていた。私はドンドルマの変貌に辟易し、ハンターの変質に絶望した。そして、仲間と生活を打ち捨てて大陸北東部へと遁走したのだ。

 大陸北東部に聳えるのは、永久凍土に封じられた白銀の極圏フラヒヤ山脈である。その一角には、古くから厳しい自然と共に暮らす民と、彼らを守るハンターの住む村があった。名をポッケ村と言い、その頃ミナガルデのハンターズギルドから支援を受け、ハンターの活動拠点として発展していた。

 私と同じようにドンドルマを逃げ出した者や、ドンドルマで旗を揚げることに失敗した者。元来あるべきハンターの姿を追い求める者など、村には様々な思惑を持ったハンター達が集っていた。そんな彼らとは馬が合い、私は胸に空いた虚無感の孔を埋め、そしてハンターとして更に一段次の階層に上がることが出来たと思っている。

 思えば、ポッケ村での暮らしは随分と長くなった。新たな発見、新たな出会い、ポッケ村で得た経験こそが、その後の私の方向性を決めたといっても過言ではないだろう。だが、人の生は一期一会。ハンターとして地力を付けた仲間達は、徐々に新天地を目指して散っていった。そして、最後まで残っていた私も、後進に道を譲り、一路南を目指してポッケ村を後のしたのだった。

 栄光の街ミナガルデ。ドンドルマよりも一足早くハンターを運用して発展した独立都市である。後年その技術力や街の規模でドンドルマに後れを取ったものの、大陸各地にハンターズギルドの出張所を設け、ハンターの活動に便宜を図るなど、広く影響力を有している。

 ドンドルマが商人や職人と結びついて発展したのに対して、ミナガルデは常にハンターズギルドの拡大に努めた。はじめにハンターありき。時代を経てもその根幹は揺るがず、ミナガルデは常にハンターと共に発展してきたのである。私は、大陸中を彷徨した末、このハンター始まりの地へと戻り着いた。

 そして、私は数年ぶりに故郷ココット村の土を踏む。

 ココット村とミナガルデ。古き良きハンターの生活を残す二つの拠点での生活は、ハンターとは何ぞや、ハンターとして生きる意味とは、ハンターとしてこれからどうすべきなのか。という疑問を私に与え、自ら考え、そして自らを顧みる機会を与えてくれた。

 恐らくはその頃だったろうか。私が真剣にハンターを辞めた後のことを考え始めたのは。

 商才がある訳でもなし。手に職がある訳でもなし。人の伝がある訳でもなし。ハンターを引退した後の私に何が残るのだろうか。そんな、答えの出ない自問を繰り返しながら、私はココット村で煩悶とした生活を続けていた。

 しかし、唐突に答えは舞い降りた。

 それは運命的な邂逅だったと言って良いだろう。

 ある男が私の前に現れ、ひとつの話を持ちかけた。

 男は古代シュレイド王国の領地を二分する国家の片割れ、東シュレイド共和国の人間だった。西シュレイド王国は、王立古生物書士隊を源流とする王立学術院や王立書士隊を擁し、ミナガルデとの関わりも深かった為、王国本土それ自体はモンスターの生活圏から離れているにもかかわらず、モンスターへの造詣は深く、研究も進んでいた。

 対して、東シュレイド共和国は、その政治システムを元老院による合議制と定めていた為、長らくモンスターの研究については消極的な姿勢を取っていた。共和国には、モンスターの学術的研究よりも優先すべき事項が数多くあったのだ。

 しかし、かつてミナガルデを揺るがせた一大事件の中で西シュレイド王国の貴族がモンスターの素材を用いて強力な兵器を開発したことを受け、ようやく共和国の中にもモンスターの生態を研究すべきという論が生じたのだ。

それは、「このままモンスターについての研究で王国の後塵を拝していては、いずれ強力な兵器によって領土を侵されるのではないか」という消極的な感情に端を発していたとはいえ、共和国にとってそれは紛れもなく前進だった。

 そこで、手始めに王立学術院に対抗するだけの研究機関を設置する必要に駆られた共和国は、国費を投じて公立の学術団体、リパブリック・アカデミーを設立した。大陸中から知識人や竜人族の賢者を掻き集めていく中で、モンスターの生態や大陸の歴史についてある程度の造詣を持ち、ハンターとしてもそれなりの経験と実力を備える私にも声がかかったということだった。

 断る理由は無かった。なるほどどうして、これならハンターを辞めた後でも、私の経験を生かした仕事が出来る。私は二つ返事でアカデミーの末席に加わり、ハンター業と並行する形でモンスターや大陸の歴史、古代文明についての研究を行っていた。

 しかし、いかに大陸中から人材を寄せ集めたとはいえ、所詮は付け焼刃であり、モンスターや考古学の分野に於いて共和国の十数年先を行く王立学術院に追いつくのは容易なことではなかった。そこで、起死回生を狙ってアカデミーの取った戦略は、まさに奇策と呼んで差し支えの無いものだった。

 それは、別の大陸に書士官を派遣し、異文化、異なる生態系、未知のモンスター、未知の技術についての情報を収集研究しようとしたのだ。当時、アカデミーに召抱えられていた幾らかのハンターに声がかかり、その中にはこの私も含まれていた。

 新天地。

 海を越えたその先にあるまだ見ぬ風土、文化、モンスター。私にとって断る理由などあるはずも無く。数名のハンターと共に、私はまだ見ぬ世界を求めて大陸を後にした。

 西竜洋を船で一日も行くと、西方大陸と俗称される大きな陸地に着く。しかし、ロックラックは西方大陸のより奥まった地域に位置する為、至近までは海路で赴くのが望ましい。その為には一旦補給に寄る必要がある。

 西方大陸南海上に位置する孤島には、小さなだが豊かな漁村があった。

 子供達が遊び、大人達が各々の営みに従事する姿は、どこかココット村を髣髴とさせ、私に形容しがたい安堵感を与えてくれた。船が補給を終え、モガの村を離れるに際し、私は状況がひと段落ついた暁にはこの地に腰を落ち着けて研究活動をしようと心に決めた。後に、モガの村は古龍による脅威に晒されたと聞いたが、多くのハンターの活躍もあって事なきを得たという。

 モガの村から更に一日。私はまだ見ぬ大陸に栄光ある一歩を踏み出した。海沿いの割に空気は乾燥しており、遠目には広大な砂漠が見えた。この地形を移動するのは難儀するだろうと少々気勢を削がれた気分だったが、この地に住む人々の技術は常人の想像を凌駕し、私を圧倒した。

 船が、砂の上を進むのだ。

 人々が砂上船と呼ぶその船は、ロックラック周辺の砂漠を移動するには必要な技術だったらしい。何でも、大砂漠と呼ばれる地域の砂は、粒子が非常に細かく、人間や陸上のモンスターでは体が沈みこんで歩くこともままならないらしい。当然、この砂漠に棲むことが出来るのは、それに合わせた進化を遂げた生物だけだった。

 小さなものでは魚竜種のデルクス。大きいものともなれば、古龍ジエン・モーランといったものがそれに当たる。近年その存在が確認されたジエン・モーランの近似種、ダレン・モーランも、この大砂漠を住処とする生物のひとつである。

 様々な驚きと出会いを経て、ようやくロックラックの街を訪れた私は、その圧倒的な技術力の前に目を回すこととなる。大陸では、精々空気袋にガスを詰め、ある程度指向性をもって空を漂う程度の技術しか確立されていなかったが。ここ、ロックラックの気球は正に空を泳ぐといって差し支えない。流線型の空気袋にガスを詰める点では同じなのだろうが、羽の付いた円盤を回すことで推進力を発生させ、取り付けられた翼の角度を調整することで高度を操作していた。

 それだけではない。件の砂上船の中には、撃龍船と呼ばれる古龍と渡り合う為の武装が施されたものもあり、ロックラックの守護者として人々の希望となっていた。大砂漠での旅の途上、遠方に眺めることが叶った古龍ジエン・モーランは、時折ロックラック周辺まで接近することがあるらしい。もし、ドンドルマであったらば、即座に厳戒態勢が敷かれ、ガーディアンやハンター達が鬼気迫る表情で防衛に当たるのだろうが、ロックラックは違った。

 撃龍船乗りはジエン・モーランが街の周辺に姿を現すと、ハンター達を伴い、勇んでその迎撃に乗り出す。ジエン・モーランは砂漠の砂を大量に飲み込み、砂中の微生物だけを濾しとって捕食する。残りの砂は体外へ排出されるのだが、その中で一部の金属質は体の中に蓄積し凝縮され、やがて体表面の甲殻に浮かび上がる。それは、大変貴重な鉱物資源であり、峯山龍と呼ばれるジエン・モーランの背は、人間にとっては文字通り宝の山となるのだ。

 ジエン・モーランは自然の脅威の顕現であると同時に、街に恵みをもたらす存在でもある。故に、撃龍船乗りは恐れず、侮らず、意気揚々と古龍に立ち向かっていくのだろう。ロックラックの人々の自然観に愕然としながらも、それこそ元来ハンターの姿だった。私は今一度ドンドルマを思い出して、やり場の無い虚しさを感じることになった。

 ロックラックの街では、モンスターも人々も生命力に溢れていた。

 ロックラックの高い技術によって実現したハンターの武器、スラッシュアックスも含め、私は新たな地で見聞きした情報を随時アカデミーに報告した。概ね報告することがなくなったことを確認し、私はしばしモガの村での生活を満喫した。

 モガの村は小さな漁村ではあるが、人間の村長が人々を治め、海の民と呼ばれる亜人種族、そして竜人族の人々が人間と共生し日々の生活を営んでいた。亜人種という呼び方は、どこか海の民や竜人に対して差別的なニュアンスがあるような気がして私は好きではなかったが、世の中には会えて侮蔑的な意味合いを込めてそう呼ぶ連中もいた。

 しかし、モガの村の人々はそんな世界の趨勢など全く関知することなく、ただただ穏やかに賑やかに、いつもと変わらぬ営みを続けていた。

 村での暮らしを謳歌する中で、定期的に村を訪れる竜人族の商人とも親交を深めることが出来た。そして、私は彼の口から興味深い言葉を得ることになる。ロックラックから、更に内陸へと進んだ辺りに、緑豊かな地があるという。元々は湯治の為に人々が訪れるような小さな集落だったが、傷を負ったハンター達が療養のついでに村周辺で狩りをするようになり、ハンターの拠点として発展していったらしい。

 異文化の匂いに耐え切れず。私は世話になったモガの村を後にして、一路ユクモ村を目指した。

 この大陸に着いてから、私は圧倒されてばかりだった。そして、それはユクモ村でも変わらなかった。砂と風のロックラックに比べ、むせるような緑に包まれたユクモ村は、いつまでも居たくなるような魔力を秘めていた。そして、一口に豊かな自然と言っても、ミナガルデやドンドルマ周辺で見られるような自然とはその趣が違った。もっと繊細で厳かな、どこか神々しさすら感じさせられた。

 そして、豊かな自然に生きるモンスター達の生態、ユクモ村周辺の生態系は、異様と呼ぶ他なかった。リオス科の飛竜達は、ロックラック周辺の水没林や火山地帯で目にすることが出来たが、ティガレックスやナルガクルガなど、中央大陸では比較的新しく発見された部類に入るモンスターの姿すらあった。加えて、体色や生息環境に差異のある近似種の姿まで発見されたのだ。

 原初の自然を体現したかのような荒々しいモンスターとの戦いの中で、私のハンターとしての能力はいよいよ限界に近づいていることに気がついた。ユクモ村でハンター生活を続けながら、今後のことを考えるようになっていた。思えば、ココット村近辺の丘陵地帯で、初めてアプトノスを殺めていたたまれない感情になってから何年経っただろうか。

 老いたな。

 ユクモ村に沸く湯に浸かりながらそう思った時、全身から力が抜けるのが分かった。

 旅の商人から、新たにタンジアという港町が開かれ、ハンター達で賑わっているという話を聞かされたが、最早出向いてハンターをやろうという気持ちにはならなかった。ここらが、ハンターを辞めるには潮時だろう。

少なくとも、当時の私はそう思って疑わなかった。

 私は、一旦ロックラックへと戻り、長く居座る為に部屋を借りた。

 この余生で、今までに蓄えた知識と技術を書物に纏める。ハンターとして生きた証、このオーギュスタン・テルミドールという男が生きた証をこの世に残す。モンスターと戦うことを辞めた私にとって、それが唯一の生きる理由となった。

 ロックラックの外れに隠遁して一年ほどが経った頃だろうか。アカデミーから一通の書簡が届いた。内容は新興の狩猟拠点であるバルバレという街に赴き、周辺に生息するモンスターや、新たに発見された未開地域の調査をして欲しいということだった。今更この老骨に頼むような仕事ではないとも思ったが、ハンターを辞めてからの収入といえば、報告書の提出と引き換えに渡されるアカデミーからの俸給だけである。命令を拒否して打ち止められてしまっては、余命尽きるまで食い繋げていけるかは定かではない。

 私は、アカデミーからの命令に従い、一年ほど住み着いた部屋を引き払ってバルバレを目指すこととした。長年のハンター生活で愛用していた装備の類は、全て中央大陸のアカデミー資料室に送ってしまっていたので、新米のハンターが見につけるようなレザーシリーズの防具と、いざとなれば護身用の得物ともなる解体用ナイフを携えてバルバレに向かう砂上船へと乗り込んだ。

 バルバレは、キャラバンのような移動式の拠点であり、その位置は一定でない。今回は、大砂漠よりも少し内陸に設けられていた為、近場まで砂上船で移動した後は、陸路をポポ車で移動する必要があった。その航路では、数日前にダレン・モーランが出没したという話を聞いており、道中で遭遇するのではないかと危惧したが、幸いそのような大それた出来事もなく、無事に目的の港までたどり着くことが出来た。

 この西方大陸はかなり多様な環境を有しており、砂漠を挟んで大きく生態系が変わってくることもざらだった。この地域を訪れるのは初めてだったが、ロックラック周辺の自然環境とも、ユクモ村周辺の自然環境ともまた趣が違った。

「この世界にまだまだ見るべきものは多い」

そう感じれば、不思議と体の奥から活力が沸いてくる気がした。

 幸いなことに、港とバルバレまでの距離はそれほど離れておらず、もう半時のうちに到着するだろうということをポポ車の御者が言っていた数頭のポポは、数台の荷車を牽引しており、その車列には客車をはじめ、食料や武器、資源を運搬する貨物車もあった。

 客車の那賀には私の他に、幾らか客の姿があった。そのうちの二人はハンターと思しき鎧姿をしており、得物から大剣使いと片手剣使いであることが分かった。珍しげも無い、鋼鉄製の武具を携えており、それほど熟練者という訳ではなさそうだった。

 そして、そのうちの一人が私の姿を見て話しかけてきた。

「爺さん……ハンターなのか?」

 それは、疑問というより、信じ難いという雰囲気を孕んだ問いだった。

「昔、な……」

 私は短く言い、少し笑って見せた。すると男は、いぶかしむような表情で更に続ける。

「俺達はバルバレで一旗揚げようってんだが……まさかアンタもそうじゃないよな?」

 なるほど、これは新人だ。新人にしては肝が据わっている。或いは世間知らずなだけなのかもしれないが。

「さぁな。まぁ、上の命令次第じゃハンターの真似事をすることになるかもは知れんな」

 私が答えると、男は明らかな侮蔑を含んだ口調で切り替えしてきた。

「ハァ? アンタみたいな爺がハンター!? しかも、そんな装備で? バルバレ舐めてる?」

 世間知らずな方だったかと胸中にため息をつき、私は沈黙を貫いた。

 それを無視されたと感じたのか、男は一人で空気に触れた燃石炭の如く加熱していく。

「弱ぇハンターはいるだけで邪魔なんだよ! 雑魚はどっかの村にでも引きこもってろよ!」

 まぁ、この程度の暴言は長いハンター人生の中で体験してきたことと無視していたが、次に彼が何事か言おうとした瞬間、客車を衝撃が襲い。御者の悲鳴が空気を振るわせた。何かがぶつかったようだが、落石や倒木の類ではない。特に理由は無い、私の中のハンターの勘がそう囁いたとでも言うべきだろうか。

 流石にハンターである。それまで私に食って掛かっていたハンターも、連れのハンターも、取るものも取り合えず弾かれたように客車を飛び出していった。私も、怯えるほかの乗客を背に客車から身を乗り出して外の様子を伺ってみた。

 見れば、バルバレに運ぶ食料品を満載した貨物車の周辺を、二匹の巨大な甲虫が飛び回っているのが見えた。甲虫が飛びまわるといっても、ランゴスタやブナハブラのような暢気な調子ではなかった、二メートルを超えるような大柄な飛甲虫が、剣のような角を振り回し、優雅に中空を舞っていた。

その、特徴的な角の下には申し訳程度に顔がついており、怪しいオレンジ色の輝きを放つ複眼が不気味に周囲を睥睨していた。更に、昆虫で言えば胴にあたる部分からは四本の非力そうな足が生えており、それを補うかのように一際大きな足が全面に向かって伸びている、それはまるで鋭い鎌のような怜悧な輝きを湛えていた。更に背面からは耳障りな羽音を響かせる薄羽が伸び、全身を覆う鎧のような甲殻は不気味な深緑色の光沢を放っていた。

 さながら、地獄の番兵といった趣である。

 その甲虫は、ロックラックやユクモ村周辺地域にはいなかった種である。二人のハンターは、それぞれ一匹ずつに張り付いて相手をしていたが、どうやら遭遇するのは始めてだったらしく、縦横無尽に空を駆け、鎌のような足を振り回したり、剣のような角を振るって襲い掛かってくる巨大甲虫に苦戦を強いられていた。

「大言の割には……無様な戦いだなぁ……」

 ひとり呟くと、御者が私の傍までやってきて、隣で不安げにハンターと甲虫との戦いを観戦しはじめた。しかし、どうにもハンター側の旗色が悪い。彼らが敗れれば、その矛先は御者や他の乗客に向くかもしれない。加勢する他に選択肢はなかった。

 そういえば、貨車の中にハンター用の武器が積んであるのを見た覚えがある。恐らく、バルバレの武器商に納入する為の量産品だろうが、少なくとも解体用ナイフ一本よりはマシに思えた。貨車に向かおうとする私の考えを察したのか、御者があわてた様子でこちらを制止する。

「あ、ちょっと! お客様、困ります! それはバルバレの店に納める物でして!」

「承知しておるよ。じゃが、ここでくたばるのと、欠品を出すのと、どちらがお望みかね?」

 沈黙する御者を尻目に、私は車列の天井を駆け抜け、武具を積んだ貨車に辿り着いた。モンスターの甲殻にすら傷をつける解体用ナイフを持ってすれば、粗末な鉄で作られた鎖程度は何の障害にもならない。鍵を叩き壊して車内に押し入り、居並ぶアイアンシリーズの武器を物色した。武具屋に納品する品ならば、基本は抑えてあるだろう。必ず目当てのものは見つかる筈だった。

 火事場泥棒まがいの行為を終え、再び貨車の天井に上がると、一匹の甲虫が腹を見せてひっくり返っているのが見えた。どうやら、大剣使いのハンターは何とか仕留めることが出来たらしい。しかし、彼は仲間の援護には向かわず大剣を杖代わりにして立て尽くしていた。どうやら、かろうじて相討ちだったらしい。倒すには倒したが、どこかを痛めたのだろう。これで、彼の加勢は望めなくなった。やはり、私が出張るしかないのだろう。

 一方で、片手剣のハンター。先ほど私に大言を吐いた方のハンターは、素早く飛び回り、空中で制止しては変幻自在に攻撃を繰り出す甲虫の前に苦戦を強いられていた。尻の先から怪しげな液体が塊で飛んでくるのを辛うじて避け、ハンターの弱点である頭や首を的確に狙う鎌をよけてはいたが、彼は徐々に押し込まれていった。

無駄な動きが多い。彼の体力はもう長くは保たないだろう。私は、左腕に固定した円形の盾を握り込み、飾り気の無いありふれた金属の大槍を正面に構えて右足に思い切り力を込めた。

 片手剣のハンターは、武器を積んだ貨車からもうひとつ後ろに連結されている雑貨を積んだ貨車の傍で戦っていた。槍と盾を正面に構えたまま、私は貨車の天井を走り、貨車と貨車の間を飛び越え、一人と一匹が戦う現場へと肉薄した。

 甲虫は凄まじい速度で空を切り、放たれた矢の如く片手剣のハンターにぶつかった。致命的な一撃こそ盾で何とか防いだハンターだったが、勢いに負けて尻餅を突いてしまった。甲虫は低空を漂いながらハンターの眼前に迫り、鎌のような足を振り上げて止めを刺そうとその時を伺っていた。若いハンターの表情が恐怖で強張る。無理もない、死の恐怖とは抗いがたいものだ。

小生意気で、プライドばかりの若造だが、目の前で死なれては目覚めが悪い。

 空を飛ぶモンスターというのは、無秩序に甲殻を硬くする訳にはいかない。頑丈さと軽量さというのは、ある程度まで両立できるが、限界がある。そして、空中を素早く移動しようと思えば、甲殻の頑丈さを犠牲にしなければならない、この世界に生き残っている空を飛ぶモンスターの多くは頑丈な甲殻を備えているが、それは体の要所だけを守るように進化した為だ。そして、可動性と機動性を損なわない為、大型生物の甲殻には必ず手薄な部位が存在する。

「まだ死ぬなよ、若造!」

 飛行モンスターの場合、獲物を狩るにしろ、外敵と戦うにしろ、多くの場合は空中から仕掛けることになる。必然的に、自分の更に上方から襲われる可能性は低くなり、腹部や足、頭に比べて背面の装甲は薄くなる。だからこそ、そこを狙えば粗末な武器でも致命的な打撃を与えることが出来る。

 私は貨車の天井の端を、今持てる全霊の力を込めて蹴った。宙を舞う数秒間、私は私自身をさながら「古びた矢」のようだと自重した。

 狙うは飛甲虫の羽の付け根。いかに彼らが見事な進化を遂げていても、そこばかりは装甲で覆うことは出来ない。武器の重さ、落下の勢いを利用すれば貫くことが出来る。アイアンランスの先端を甲殻の継ぎ目に突き刺し、体重と武器の重量を甲虫に預ける。突然の重量増でバランスを崩した甲虫は、腹から地面に落下した。背中に突き立てられたランスは落下の衝撃で甲虫の背中を貫き、そのまま腹の甲殻を破って地面に突き刺さった。正に串刺し。逃れようともがけば傷が広がり、死期を早めるだけだ。

 詰みである。

 だが、私に獲物を苦しませる趣味は無い。解体用のナイフを抜き、甲虫の頭と胴の付け根に突き立てる。一瞬、巨大な緑色の甲虫の全身が強張り、少し直視したくないような動きで痙攣した後、彼は動かなくなった。

「無事か? 若造……」

 尻餅を突いたままの片手剣使いは、押し黙ったまま何度も頷いた。

 風が立つ。草木や土の匂いに混じって息絶えた甲虫の体液の臭いが鼻を突いた。この臭い、この緊張感が狩場だ。随分と懐かしい気持ちがする。一年も腐っていた骨董品のような老体の癖に、いざとなればまるでよく整備された機械のように動く。

(バルバレよ、私は帰ってきた……)

言い知れぬ感慨が胸中に渦巻いた。

「ご無事ですか!」

 先ほど私を制止した御者が走り寄ってきて言う。

「あぁ、私は問題ない。これを取ってくれ」

 御者の男に二千ゼニー分の銀貨を渡す。一般的なアイアンランスの市場価格を下回ってはいないはずだ。なにぶん、ロックラックから得物を持ってきてはいない。これから先、身を守る武器が必要だ。これが、新しい相棒となるのだ。

「……ありがとう……ございます。あ、いえ、そうでなくて! お名前は何と……?」

 御者は呆けたような顔をしながら銀貨を両手で受け取った。そして、我に返ったかのように居住まいを正して私に名を問う。困ったことだ。今更この老骨に名乗る名があるだろうか。

ぼんやり思索に耽っていると、思わず浮かんだ言葉が口をついて飛び出していた。

「ブリーフマン(鼻垂れ)……」
闇猫
2015年10月25日(日) 09時01分28秒 公開
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