死神は嗤わない【02】

【繋がりの無い者達】





 ライラ学院付属高等学校は、東華市でも数年前に出来たばかりの新設校だが、その設備の良さや、進学率から、入学希望者は多い。

 それに同校の生徒一人一人の自治と創造性を重んじる校風もまた、人気のある理由である。

 生徒は約六百人程。人口の多い東華市でもかなり多いといえる。少子化の影響を全く感じさせない生徒たちの喧噪が、学校の外にまで響いていた。

 桐原 修也は三階の階段を上がって手前のクラス、二年一組の引き戸をガラリと開けた。――途端に、青春真っただ中の高校生の喧噪が廊下に溢れ出す。

 と、教室に入って来た修也に気付く者があった。脱色した長髪を後ろで一つに縛り、学校指定の学ランをだらしなく着こなした少年が、こちらに手を振っていた。

「よう、修也。休みはどうだった?」

 窓際の、一番後ろに座った修也の前の席に寄りかかった少年が、そう聞いてきた。

「どうもしないさ。宿題やって、ゲーム…くらいかな」

 本当は大嘘なのだが、顔色一つ変えずに言う修也に、少年は面白く無さそうに椅子を揺らした。

「何だよ。つまんねぇなー、って、そうだ。聞いてくれよ修也。俺な? 昨日一昨日といつものとこでナンパしてたんだが…どうにもなぁ――」

 ここまで聞けば、ナンパが失敗したという事が分かるが、彼は実際のところ、不細工というわけでも無いのであった。

 それに、バスケ部である彼に好意を抱いている女子も、少なからず居るのだ。――当人は気づいていないが。

 しかし、彼のいつでも軽薄な笑みを浮かべているところや、言動の多さに反して青白い顔が、ある程度美形で長身。という長所をことごとく潰してしまっていた。

「…まぁ、運が無かったんじゃない? っていうか、お前も暇だなぁ、恭平」

 結局のところ、自分には関係の無い話だ。そう思い、締まらない笑みを浮かべる少年――恭平に、修也は適当な相槌を打つ。

「釣れないなぁ。ま、阿刀田さんなんて彼女が居るお前には、関係無い事だろうけどな」

 わざとらしく、恭平がニヤけて見せた。耐性の少ない修也の頬が紅潮する。

「お、おいやめろよ。アイツとはそんな関係じゃ――」

「いやいやいや、分かってるって。阿刀田さん、なかなか良い子じゃないか。――ツンデレだし」

「っ! はぁ? アイツの場合、ただの鬼――」

「…鬼で悪かったわね!」

 ギクッ…。

 背後から聞こえたハイトーンの声に、二人は硬直した。ゆっくりと首だけをまわし、修也は背後を振り向く。

 窓際の隅に置かれた掃除ロッカーの前に、まさしく“鬼”が立っていた。

 流れるような栗色の長髪を揺らし、座ったままの二人を見下ろす彼女。その瞳は、修也一人を捉えていた。

 近くで小さな笑いが起こった。恭平は“鬼”の視線が自分に向けられていない事を悟ったのか、いつの間にか逃げ出している。

 チッ…恭平め…。

 さっさと逃げ出した恭平に、修也は心中で舌うちをした。しかし、そんな事は全く顔には出さない。

「あ、あのー、阿刀田さん? そろそろ教室に戻った方が…」

「…………」

 ――ここで話しかけるのはまずかったようだ。こちらを見下ろす視線がきつくなる。

 まさに一触即発。次に修也が何か言おうものなら噛み殺すぞと言わんばかりの殺気が主に少女の周りを覆う。

 と、その時。

「よーし、じゃぁSHR、始めるぞー」

 チャイムと同時に入ってきた担任の先生によって、修也の命の危機は救われたのだった。

 ……な、何のために来たんだ…? アイツ――。

 冷や汗を垂らしながら困惑する修也をしり目に、少女はチェックのスカートをなびかせ、自分の教室へ向かうため、二年一組の引き戸を開けた。



 *



 修也と悠は、表向き普通の高校生を演じる事になっているが、実際は潜伏という名目で、日常生活に紛れ込んでいる身なのだ。

 何故かといえば、それは彼らにせめて普通の青春時代の過ごさせてあげようなどという“特殊境遇者保全局”の殊勝な心がけでも何でもなく、ただ単に都合が良いからだ。

 この国は、半世紀近く戦争や荒事に無縁だった国だ。国民の半分以上が平和ボケしているともいえる今の情勢は、同時にそういった事に特に敏感であるともいえた。

 だから、成人の局員を使って、要するに『裏の仕事』と呼ばれる暴力による解決を政府が命じた場合、もしそれが公になったら大変な事になるのである。

 しかし、だからといって言い逃れが効く未成年にそれをさせるわけにもいかない。

 彼らは自らを“繋がり”によって守っている者たちが殆どだからだ。

 家族。友達。――場合によってはその教師。今の子供達には様々な繋がりがある。

 故に、政府は修也や悠のような――繋がりの少ない者たち――を選んで、救う代わりに任務を遂行してもらっているのである。もちろん、彼らの場合は特殊な訓練を受けているエージェントであり、更に特殊能力を持っているというオプション付きだが。

 まぁとにかく、今の国には自由に動かせて、尚且つ邪魔になれば抹消出来るような彼らのような手駒が必要だ。という事である。


 放課後のチャイムが鳴ると、修也はすぐに廊下に出た。恭平がしつこく遊びに誘って来たが、今日だけは謹んで遠慮をした。

 無言で階段の方に歩いて行き、修也はゆっくりと上がっていった。

 やがて、屋上の扉の前に立つと、ゴソゴソと制服のポケットの中をまさぐる。

「んー、確かここらへんに…、――あ、あったあった」

 『この先、屋上につき、関係者以外立ち入り禁止』と書かれた金属製の扉が、嫌な金属音を立てて開いた。

 夕方の寒風が吹き付け、視界に橙色の空が飛び込んで来た。

 新設校らしく、白いタイル張りになった屋上はとても綺麗だった。空の色と対照的になって目に焼きつく鮮やかさだ。

 と、奥のフェンスで、チェックのスカートがはためいていた。――阿刀田 悠である。

「定時連絡」

 修也がそう言うと、悠は片手をフェンスに絡めたまま、こちらへ振り向いた。朝の事をまだ怒っているのか、少々目つきが悪い。

「……特に変わった事は無いわね。平和そのものよ。あんたは?」

 平和――という言葉を、修也は好まなかった。それを悠は知っている筈なのに。

「平和…なぁ。この四年間、どこが平和だったって言うんだか」

 修也の左目に、一瞬紅蓮の光が浮かんだ。いや、もしかしたら夕日の反射かもしれない。だが、夕日に照らされた修也の表情は、どこか物悲しげだった。

「あたしは、もうこんな『平和』は飽き飽きだわ」

 修也の事など全く気にせず、そう言った悠の言葉の裏にある意味を理解し、修也の表情が少しだけ和らぐ。

「…あぁ。それに関しては、同感だ。俺もこんな『平和』は飽き飽きだ。偽りの平和――偽りの笑顔。…偽りの仮面」

 多分、赤の他人がこの珍会話を聞いていたら、さぞ不謹慎に思うだろう。平和のどこが悪いのかと問うだろう。

 だが、悪いのだから、仕方がない。

 この国はもう、狂っている。悪が横行しているというのに、いやむしろ、正義さえ悪の真似ごとをしている始末なのだ。

 そうしてまで保たれているように見せかけられた平和を、二人は許さない。

 だが、それを今の修也や悠では、どうしようもない。敵が見えているのに、何も出来ないのだ。

「……明日香は――」

 修也は、自らの妹の名を口にした。“あの島”で生き別れになった妹の名を。

「……“特別境遇者保全局”からの応対は変わらないわ。明日香ちゃんは我々が保護している。あたし達が協力する間は、保護を約束するってだけ」

 四年前、修也と妹の明日香は、国の機関に保護され、特殊能力に目覚めた修也は、機関のエージェントとして。危篤状態が断続的に続いているらしい明日香は、同機関の特別な施設で治療を受けている。

 四年前から、変わらない。修也は妹のために、今まで修羅の道を歩いてきた。

「…そうか…」

「今日の任務よ」

 そう言って、悠が渡して来たのは、携帯電話。しかしそれはカムフラージュで、その実、様々な機能の搭載された小型端末である。

 修也は無言でそれを受け取り、任務内容を確認した。そしておもむろに肩に掛けたエナメルバッグを下ろすと、中から漆黒のロングコートを取り出す。

「……先に、行ってる」

「分かったわ」

 表情に陰りを見せた悠が顔を上げた時、もうそこには修也の姿は無かった。
L5トミー
2008年01月27日(日) 22時53分25秒 公開
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■作者からのメッセージ
こんばんわ。トミーです。

えぇっと、第二話です。
お見苦しい物ですが――というか、某方の小説をインスパイアしていますが。(何
感想くださった方々、真にありがとうございます。
それでは。

あ、ちなみに阿刀田 悠と嗤わないの読みですが。

あとうだ ゆう と、わらわない です。

ではでは。失礼しました。

この作品の感想をお寄せください。
偽りの仮面・・・仮面も偽りなのか。
好きですよ、こういうの。頑張って下さい。
ところで、此処って利用者少ないですよね・・・
30  凰雅沙雀 ■2008-01-28 22:25 ID : FZ8c8JjDD8U
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