咎と裁き 第一章 【胎動編】 File.3 《白銀部隊》 |
File.3 白銀部隊 森田の初仕事からおよそ2ヶ月の月日が流れていた。6月ともなると春の穏やかな陽気は消え去り、夏の厳しい日差しが顔を覗かせると共に、ジメジメとした梅雨の気候が訪れる。今日も、朝からしとしとと雨が降り続き森田の気持ちを陰鬱とさせていた。SSSの事務所には森田と、社長の石田、竹藤、そして後一人詰めていた。 「暇ですねぇ……齋藤先輩と木村さんはどこに行ったんです?」 森田は、先ほどからデスクトップにかじりついて何やら資料と格闘している竹藤に尋ねる。竹藤は、気分転換なのか、一旦パソコンにかじりつくのを止め森田に向き直ると言う。 「ああ、シシオなら仕事だよ、シモンだ……奴が京都にいると言う情報が入った。現在シモンの私兵部隊と京都周辺のPMC部隊が交戦中だが、形勢は悪い。そこでシシオが単身シモンと決着をつけるべく京都へ向かった訳だ……木村先輩はその運転手として着いて行ってる」 齋藤は初仕事の時のようにチームとして現場に出る事が少ない、どちらかと言うと単独での潜入任務や諜報活動を専門としている。木村は優れた前衛だが、その他にも運転手としての技能が秀でている。左手でハンドルを捌きながら右手でMP5を乱射すると言った離れ業もやってのける。機人が知能を増し車の運転まで覚えてくる昨今、カーチェイスになったことも何度かある、その都度木村の能力は遺憾なく発揮され機人迎撃に一役買っている。 「なるほど……齋藤先輩と、シモンは長いんですか?」 竹藤は自ら茶を汲みながら言う。 「ああ長い……思えば、SSSが立ち上がって最初に相手にしたレベル5はあいつだからな、その頃から戦っているのに、未だに引導を渡せない、まるでルパン三世だよ」 竹藤は手を横に広げ、首を横にふるふると振りながら言った。 「しかしな、最近はシモンだけじゃないんだよ」 ソファで新聞を読んでいた石田が口を挟む。 「と言うと?」 森田は反射的に聞き返す。 「うん……最近は次々と進化した機人が現れてきている、それらはシモンの様に固有の名前を持っていてね、下級の機人を率いて組織的な破壊活動を行っている」 森田にはこの2ヶ月で芽生えた新たな疑問があった。機人は何故破壊活動を行うのか……である。良い機会なのでそれを石田にぶつけてみる。 「社長、そこですよ! 何で機人は破壊活動を行うんですか?」 「さぁ?」 石田は腕を組んで首を捻り答える。 森田は拍子抜けの答えに肩から力が抜けて思わず前につんのめる。 「さ、さぁって……じゃあ、理由も分からずに奴らと戦っているんですか?」 「そうだけど……」 石田はボリボリと頭を掻きながらまた答える。 「理由は要らないだろ、あいつらは罪も無い人間を苦しめる、だから倒す……そうだろう?」 森田はその言葉に満足し、それ以上は追求しなかった。そうだ、自分は根本的な事を忘れていた。人を助けるのに理由は要らない。理由のある人助けは自己満足か打算である、理由も無く人を助ける事にこそ真の価値がある。 「そうですね、奴らのやっている事は許してはおけません……」 森田は自分に言い聞かせるように呟くと、その時事務所の電話が鳴り出した。竹藤がそれを取る、しばしの沈黙、竹藤は幾らか言葉を交わす、そして神妙な面持ちで受話器を置くと、こちらに向き直った。 「社長、仕事です……場所は外宮前、依頼主は……」 外宮とは伊勢神宮の事である、天照大神を祭る内宮も伊勢神宮であるが、外宮は内宮よりも格が下である。祭神は豊受大神である。伊勢市駅の近隣に位置し、伊勢市の観光スポットとしても有名である。 「外宮だって? まずいな……で、依頼主は?」 石田は竹藤が意味深に区切った箇所を問い詰める、竹藤はそれに答えて言う。 「依頼主は……総務省、白銀の応援要請です」 竹藤の話では、総務省お抱えの対機人部隊、通称《白銀》の情報部が、機人の一団が外宮を襲撃する計画を立てている事を察知した。白銀部隊も撃退に向かうが、土地勘が無いため伊勢市のPMC、つまりSSSに支援を要請したわけである。時間は深夜、機人は何故か日の光を嫌う、そしてその行動は夜に限定されている。 「今何時だ?」 石田が言う、森田が時計に目をやると、その短針は丁度2を指していた。 「まだまだ時間はありますよ、じっくりと準備できます」 石田は、この事を京都の齋藤と木村にも送るよう指示すると自室へと帰っていった。それを見送った後、森田は竹藤に問う。 「前から気になってたんですが、白銀ってなんですか?」 竹藤はそれに答えて言う。 「機人の存在に気付いているのは俺達だけじゃない……いや、むしろ積極的に研究しているのは政府の連中だと言えるだろう。そして、彼らとしても機人の破壊活動を看過することは出来ない、そこで対機人用の特殊部隊を設立する必要に迫られた」 そこで竹藤は一端言葉を切る。なるほど、機人の脅威を考えれば、それを政府の人間が知らないわけは無い。森田も、この2ヶ月で様々な事を学んだ、政治の裏側に蠢く様々な思惑も。機人という存在は表向きには《テロリスト》と発表されている、勿論その実体は隠しててである。公に流されるニュースと齋藤や石田の話を比較すると、様々な事柄が見えてくる。 「そして、総務省お抱えの組織として誕生した対機人専門特殊部隊……それが《白銀部隊》だ」 竹藤は人差し指を立てて言った。そう考えると、おかしな話である……機人を倒すだけならば、何も総務省が出張らなくても。自衛隊の外局として、或いは警察の中の特殊部隊として組織すれば良いだけの話ではないだろうか。その疑問を竹藤にぶつけると、思いもよらない返答が来た。 「白銀部隊の裏には神社庁も絡んできている」 「何ですって?」 神社庁とは日本に点在する神社を統括する組織である。太平洋戦争で日本がアメリカに敗れ、神社の国営が禁止された折、次善策として民間の法人が日本の神社を統括することになったのだ。竹藤は更に言う。 「白銀は次世代の最新装備を使うだけじゃない、俺たちのものとも違う、特殊な技術を使って機人に対抗する。そして……その技術を提供しているのが神社庁だ」 その技術は竹藤達をもってしても解明が難しく、未だに尻尾も掴めていないとのことであった。各都道府県に点在するPMCも、その技術の解明には躍起になっているがどこのチームも解明には至ってないという。 「だが、俺達にも術がある……それぞれのPMCも独自の技術で機人に立ち向かっている」 術……森田が初仕事で目の当たりにした石田の神秘的な攻撃。森田自身は過去に術を行使した事が無い訳ではない、しかしそれは呪詛を跳ね返すものや悪霊からの霊障を防ぐといった効力にとどまる。物理的な攻撃エネルギーを生む事はできない。しかし、石田のそれは確かに自身に敵意を持つ相手を討ち払う力を持っていた。石田曰く、そこまで術を高めるのは、個人の素養にも寄るが修行次第だと言う。そう言われて森田も修行し始めたのだが、石田のレベルに到達するにはまだまだ時間がかかるだろう。 「術ですか……懐かしいですね、先輩方と共に三大霊と戦った事を思い出しますよ」 竹藤は「そうだな……」と感慨深げに言うと、武器の格納してある棚を壁から引きずり出す。 「森田、喋りすぎた。そろそろ準備しなければならん、仕事の時間だ」 見れば依頼を受けてからもう3時間程経っていた。今回は事前に情報が入っているため、機人を待ち受ける事になっている。そのためには早い段階で布陣し待ち受けなくてはならない。そろそろ現場に赴くのが妥当であろう、竹藤が準備し始めた頃、打ち合わせたかのように石田が執務室から戻ってくる。 「竹藤君、そろそろじゃないか?」 それも、ちゃんと仕事に出る時間を計算して戻ってきたようである。自分を呼ぶように言っておきながらも、やはり部下に任せず自ら出てくる所は実直な彼らしい。 「そうですね、自分も今呼びに上がろうかと思っていた所です」 「今日は何だか嫌な感じがする……早めに現場に入りたくてね」 石田はそう言うと、銃器類の格納されている棚を漁る。 「私もそれを感じています……皆さん今日は危ない……」 女性の声がする、森田が声の方に目を向けると、階段を一人の女性が下りて来ていた。彼女の名は藤原爽子、SSSの事務全般を引き受けると共に機人や霊の感知能力に長け、現地でのサポートを受け持つ事が多い。そして、齋藤の大学時代からの恋人でもある。 「藤原さん……貴女がそう言うなら、今日はより用心する事にしましょう」 石田は神妙な顔でそう言うと、竹藤と森田の方を向いて言う。 「今日は拠点防衛用D号装備で行くぞ、弾薬も多めに持って行け」 D号装備とは大規模な施設攻撃を前提とした防衛用重装備で、齋藤が機人の残骸から作成した特殊装甲板を用いたアーマーベストと、竹藤が開発した対機人用電磁防盾を基本オプションとして実装する。特殊装甲と言うのは、機人の体を構成する金属を思念防御加工……つまり、人間の思念や霊が入り込めない加工を施したものをそのまま装甲板として利用した物である。それで作られたアーマーベストは、通常の防弾チョッキのおよそ3倍の耐久性を誇る。対機人電磁防盾は、上記の特殊装甲を盾に運用した物で、更に竹藤の独自技術で思念防御加工を施す事で機人の無生物への融合を防ぎ、更に霊などの非物質的存在の攻撃も防ぐ事ができる万能防盾である。ただし、機人は重厚なその肉体を人間の数倍の筋肉で動かしているため、その硬度を保つ事ができる……特殊装甲はその機人の肉体をそのまま利用しているためとても重い。故に通常は装備する事はない、激戦が予測される場合にのみ携行されるのである。 「了解です。あぁ、社長! 今回は白銀との合同任務です、タッグネームを用いたいと思います」 竹藤はD号装備の格納されている棚を引きずり出すと石田に言う。タッグネームとは戦闘時に用いる非公式な名前の事である。会話や通信で誰の事を指すのかを特定されにくいと言う効果もある。また、SSSは格好良いという理由でも使ってはいるのだが。 「分かった、では俺が『プレジデント』、竹藤君は『ソーテック』、藤原さんは『エヴァ』、森田は、そうだな」 石田が森田のタッグネームを決めかねている所、竹藤が横から口を挟む。 「そう言えば森田よぅ、お前は自分で愛国者を名乗ってたよなぁ」 その通りである、大学時代もこの日本への愛国心は変わらず、いつか日本の役に立つ仕事に就きたいと願っていた。自分の家の神社を継ぐということも、その一つではあると思ったが、日本に内在する人類の敵と戦う今の職業は森田にとってまさに理想の職だと言える。そう言う意味で、この会社に誘ってくれた諸先輩には感謝している。 「そうですね、自分の愛国心は並の人間には負けません! 少なくとも日本の政治家には負けません!」 そう言うと、石田はポンと手を打つと言った。 「よし、森田! 今日からお前のタッグネームは『パトリオット』だ」 パトリオット、地対空ミサイルの名前にもなっているが、その意味は「愛国者」、森田はまさに自分を体現する名前だと思い、同時にその名にとても愛着がわいた。 「ありがとうございます、これで思い切り戦う事ができます」 そう言うと、石田は満足そうに頷いた後、顔を真面目なものに切り替え、その場の全員に言う。 「よし、出勤だ! 運転はパトリオット、お前が頼む」 森田は返事と共に、親指を立ててサインする、他のメンバーも次々と地下の車庫へと降りていった。 伊勢神宮、外宮……神域ではあるが夜ともなるとその神秘的な雰囲気はどこか不気味な色を放ちだす。日本神話に伝わる神々を祭る伊勢神宮は、思念や霊力を活動エネルギーにする機人にとって言わばエネルギープラントのようなものである。今回機人が伊勢神宮襲撃を企てたのも、おそらく安定したエネルギーの供給のためであると考えられる。そして、事前にその動向を察知した政府は、総務省保安三課……通称《白銀》の投入を早急に決定した。 「諸君らがSSSか、私は二条正輝、白銀第二分隊長だ……以後諸君らには白銀の指揮下に入ってもらう」 SSSのメンバーが外宮に到着した時には、既にその周辺は封鎖されており、身分を明かす事で中に入る事ができた。そこには白銀の部隊が布陣を終えており、森田達は白銀部隊の指揮官に引き合わされた。指揮官である二条に今回の作戦の大まかな内容を説明される。機人の襲撃がどの方位からあるのかは窺い知れないため白銀の正規兵は外宮の周辺にまんべんなく配置される。そして、襲撃のあった箇所に増援が派遣されるため、その周囲の防御網が薄くなる。そこを補うのが今回のSSSの仕事である。説明を終えると二条は足早に外宮の奥、仮設司令部へと消えていった。 「俺達は外宮の中央で待機だそうだ……」 最後まで二条と打ち合わせをしていた石田が言う。森田は石田が乗り込んだのを確認すると、フクスごと外宮の奥へと乗り入れていった。そこは、普段の神秘的な様相とは打って変わって、まるで前線の小基地のような体であった。救護テントに物資保管テント、ゴミ収集車両に偽装した装甲車などがいたるところに配置してある。そして、白銀の隊員達が作業に追われ右往左往している。 「来ますかね……?」 森田は石田に向けて言と、助手席に座っている石田は形の良い顎を撫でながら応じる。 「来るだろう……各地の寺社が機人に襲われる事例が増えてきている、ここを襲わないわけはない」 現場に到着してから随分と経つ、森田は石田の勧めで睡眠を取り夕食を済ませた。時刻は既に午後23時、夜襲をするには少し早いが相手は人間ではない……人間の常識で推し量るのは危険である。その時だった……フクスの後部に座っていた藤原が突然声を上げる。 「来ます!」 石田がフクスのドアを蹴り開けて外に出る、白銀の隊員達に動きはない。森田も天井の扉を開けて外に上半身を出し、辺りを見回すが特に変わった所はない。しかし、竹藤はその存在を感知していたらしい、彼は石田と自分に向けて叫ぶ。 「正門だ!」 突如、外宮の正面門辺りで大きな音がする。白銀の隊員たちが一斉に戦闘体勢に入る。所定の警備場所を持たない遊撃隊は次々と外宮の正面へ駆けていく。森田も駆け出そうかと思ったが、その場で逡巡する、今回は独自の作戦ではない、あくまでも白銀部隊の援護が目的である。石田の指示、或いは司令官である二条の要請によって動く事ができるのだ。とりあえずにと、フクスの後部から盾を引っ張り出し、作動を確認してから保持しておく、いつ出動を要請されても良い様にである。見れば竹藤もアーマーを着用し、盾を装備した所であった、その他にも彼は背中に何やら小型の機械を背負っている、チカチカと赤や緑のランプが点いたり消えたりしているが、森田にはそれが何なのかは分からなかった。竹藤の機械に気を取られていると、森田の肩にマウントされている通信機がやかましく鳴る。森田は通信のスイッチを押してインカムを耳に当てる。 「パトリオット、聞こえるか」 声は石田のものである、通信機を通してではあるが判別する事はできた。回線はオープン、白銀傍受していればだが、基本的にはSSS間にしか聞こえない。石田は少し緊張した声で森田に言う。 「良好ですプレジデント」 通信状況が良好な事を伝えると石田は用件を話し出す。その内容は、現在外宮の正門に大型トラックが突っ込んだと言う事である。そして悪い事に、そのトラックは機人に寄生されており中の運転手は居ないとの事であった。機人は既にトラックから寄生を解除し人の形になって、今度は破られた門から外宮領内に侵入したそうである。更にトラックのコンテナからは数十体の機人が次々と現れていると言う。 「パトリオット、正門の援護に向かえ、そして状況を逐一報告しろ」 「了解」 森田が短く返事を返すと通信は切れた、今回の得物であるP-90のマガジンを確認すると、森田は盾を持って外宮の並木道を走った。盾とアーマーベストは相当な重さで走っているだけで体力をごっそり持っていかれる気分である。左手に盾を持っているため、長めの銃は持てない竹藤も今回は愛用のステアーAUGではなく、マシンピストルと呼ばれる小型の機関銃《MP7》を使用していた。森田が外宮内を疾走している間も銃声が林の中に轟く、既に戦端は開かれたようである。銃声が近くなり正門が見えてくるとそこには既に何体かの機人が倒れている。そこにまた、通信が入る。 「パトリオットです」 森田は立ち止まりP-90を左の脇に挟むと通信のスイッチを押してインカムを耳に当てると言う。 「エヴァです、ここからは戦闘区域ですので私が支援します。通信は切らないでそのまま戦場に向かって下さい」 通信の相手はエヴァ、つまり藤原である。彼女は前線に出る事は少ないが、主に指揮車の中で通信やレーダーによる索敵などを行い、前線に出るメンバーの援護をする。恐らく今もフクスの中から通信を行っているのだろう。森田は藤原の言葉に従い、通信を切らずに戦場へ向かう。 「こちらパトリオット、これより戦闘区域に入る」 「了解、気をつけ……十時方向から敵です!」 戦闘区域に足を踏み入れた途端、藤原から鬼気迫る言葉が飛んでくる。森田が咄嗟に盾を構えると、金属同時のぶつかる音が辺りに響く、それも剣戟の様な甲高い音ではなくドラム缶を金槌で思い切り叩いたような低く詰まった音である。森田が盾の覗き口で盾の向こうを見ると、赤い瞳と目が合った、機人である。衝撃から言って思い切り全身で突進してきたのであろう。吹き飛ばされそうに鳴るのを足を踏ん張ってこらえると盾越しに思い切りP-90を乱射する。銃弾が何かに当たる音を何度も聞いた後、ゆっくりと覗き口を見る。安全を確認した後に盾をのけてみると、銀色の輝きを湛えた人型の生き物が倒れていた。 「こちらパトリオット、一体の機人を射殺した」 「了解、その先の駐車場が小康状態です、援護に向かって下さい。正面には防盾を用いたバリケードが仮設されていますが、長くはもたないでしょう。現在白銀部隊の正門防衛に当たっていた人員が交戦中です、増援もまもなく到着すると思いますが油断はしないように」 「了解、これより支援に向かう」 通信は切らないが、言葉は切れた。こちらの聴覚を妨害しないためであろう。戦場では五感を研ぎ澄まさなければ生き残れない、森田がSSSに入社して2ヶ月で学んだ事である。特に人型を取り、銃火器の扱いを覚えた機人との戦いは実際の戦争さながらでさる。森田も何度か危険な目に遭い、軽傷くらいならば既に何度も負った。銃声が徐々に近づいてくる、正確にはこちらが近づいているのだが。 「援護か!」 「状況はどうです?」 森田が仮設バリケードに滑り込むと、白銀の隊員の一人が言う。森田は肯定の意味で一度だけ頷くと状況を尋ねる。彼はバリケードに身を隠しながら銃撃し、その合間に答える。どうやら旗色は悪いようであった、獣型と人型の中間である先程のような形態の機人は既にあらかた片付いていたが、残ったのは知能が発達し銃火器の使用を覚えた連中であるらしい。驚異的な跳躍力で突破される事はないが、泥沼の戦いに引き込まれて小康状態に陥ったと言う。森田も迎撃に参加するが、そこで藤原から通信が入る。 「パトリオット、様子が変です……機人の一体が一度コンテナに戻っています。何かを取りに向かったのかもしれません、警戒してください」 「了解、皆さん! 連中が何か企んでいるかも知れません、注意してください」 返事は無かったが、白銀の隊員はそれぞれ親指を立てて了解の意を表す。森田も再び盾の上にP-90だけを掲げて銃撃する、目暗撃ちではあるが被弾率は極少であり、牽制にも十分である。森田の牽制によって一人の隊員が上半身を上に出して銃撃するが、彼はすぐに叫ぶ。 「撤退! 撤退だ! 逃げろぉ!」 その言葉の鬼気迫る感じに只ならぬものを察知した森田はもとい、白銀の隊員達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。叫んだ本人も一目散にバリケードを離れる。するとその直後、バリケードで大きな爆発が起こる。爆炎に照らされてバリケードの奥に居た機人の姿が少し見える。一体の機人が巨大な筒のような物を持っているのが分かった。 「RPG!」 RPG-7。旧ソ連が開発した対戦車用携行武器である。爆弾の付いたロケットを発射し、その後ロケット自身にも点火することで目標の装甲を貫通し爆発する事で高い破壊力を得る。安価で使用も簡単であるために、中東諸国やゲリラ、武装組織に大量に出回り、戦場でその破壊力を遺憾なく発揮している。元々戦車を破壊するための武器である、防盾をまとめて立てただけの安っぽいバリケードでは相手になるわけもなく、正面を固めていたバリケードはあっけなく消し飛んだ。 「木を盾にして防衛線を張れ!」 白銀の隊員が叫ぶ、一同それぞれ林に逃げ込むと、木の陰から銃撃を行う。RPG-7の弱点としてその性質上命中精度が悪いと言うものがある。万が一自分の隠れている木に直撃すればバリケードと同じ運命をたどるだろう。しかし、多くの木が生えている林では自分の隠れている木に当たる前に他の木に当たる可能性のほうが高い。少なくとも、貧弱なバリケードの裏に隠れているよりは安全である。今も、先の尖がったパイナップルがこちらに飛んでくるが、林の端にある木に当たって爆散する。無論こちらに被害はない。森田は通信で藤原に報告する。 「エヴァ、RPGを持った奴がいます。恐らく白銀にも報告が言っていると思いますが、そちらも警戒してください。万が一食らったら、フクスだろうと鉄屑に早変わりですよ」 「了解、今援護の部隊が到着するはずです、もうしばらく耐えてください。貴方の正面に1体、二時方向に2体、十時方向に1体の機人がいます。その他は中央を制圧するためにこちらに向かっているようですね」 森田の頬を汗が伝う。状況は極めて悪い、増援の部隊と共に早急に正面の機人を片付け中央の援護に向かわなければ、仮設司令部が襲撃を受ける事になる。そこには石田たちが居るとは言えRPG相手では彼らも苦戦を強いられるであろう。そう思考を巡らせていた所、一体の機人が銃を乱射しながら突撃してくる。森田は咄嗟に木に身を隠し銃撃を回避する。隠れた方と反対側から体を乗り出して迎撃するが、突如その機人が横に吹っ飛ぶ。それがきっかけであったかのようにけたたましい銃声、逸れも一つではないものが一斉に九時方向から轟く。増援の部隊が到着したようである。 「全員無事か!」 増援部隊の一人が叫ぶ。すると木々の陰から次々と無事伝える言葉が放たれる。森田は安全を確認すると、すぐに林を飛び出し中央の制圧に向かった機人を追う。良いタイミングで増援は到着した、林の中を通ってきたためであろう、途中遭遇して戦闘になることはなかったようだ。これならば上手くすれば背後を取る事ができる。案の定全速力で追跡した結果、黒いコートに身を包み、コートから出ている体の部分が銀色の輝きを湛えた人影がおよそ8体。一人で相手にするには分が悪い数字である。森田が一端林の中に身を隠そうとした時、足元で何かを折ったような乾いた音がする。見れば乾燥した木の枝を踏みつけていた、その音を聞きつけて1体の機人がこちらを向く。 「南無三ッ!」森田は叫ぶ。 「敵だ! 撃て撃てぇ!」 森田を視認した機人は、他の機人にもそれを伝え、一斉に手に持つ銃で攻撃してくる。森田は反射的に盾を構えてその場にしゃがみこむ。鉄の雨は機人の体から作られた盾にぶつかり、打楽器のように盾を鳴らす。生身に受ければあっという間に命を刈り取って行く負の物体、盾に響く振動が森田の命の警鐘となる。この盾の裏にいれば大丈夫だという思いもあるが、万が一食らったらと言う思いが頭をよぎり、森田の足をすくませる。森田がその場を動けないで居ると通信が入る。スイッチは入ったままなので、相手は勝手に話す。 「こちらプレジデント。パトリオット、無事か!」 声の主は石田であった、冷静な彼には珍しくどこか焦っているような様子であった。森田はとりあえず無事である旨を伝え、同時に現在機人8体と交戦中で旗色が最悪である事も石田に伝えた。石田はすぐに援護に向かうことを約束し、本題を切り出す。 「パトリオット、緊急事態だ。そのまま聞け。現在、皇大神宮が機人の襲撃を受けている。外宮への攻撃は陽動だった、奴らの本命は皇大神宮……内宮だ! 現在白銀の別働隊が内宮正面で交戦中だが、奴ら本命にここの数倍の戦力を割っている、そうは保たん。そこでSSSはこれより機人の包囲を突破し内宮へ向かう。道中お前を回収する、それまで保たせろ!」 「ぐっ……了解」 中央の仮設司令部からここまでは、フクスなら数十秒で来れるだろう。後は自分が乗り込むタイミングとフクスの走路を作るだけである。森田は震える足に活を入れ、何とか足を動かす。動く、これで何らかのアクションを取る事が出来るだろう。盾の下側両端に付いている脚を出すと、盾が地面に固定される。これで自分独りだけのバリケードが出来た、次に森田は予備のP-90を腰のホルスターから取り出すと左手に持った。そして、クラウチングスタートのような姿勢を取ると、一気に駆け出す。機人に向けて両手のP-90を乱射しながらである。不意を突かれた機人は一瞬対応できず反撃の機会を失し、林の中に身を隠す。それと同時に森田も林に飛び込む。何とか、最悪の状況を脱する事ができたのだ。森田は心の中で独りごちる。 「(ここからだ……)」 |
アダムスカ
2008年09月01日(月) 17時20分56秒 公開 ■この作品の著作権はアダムスカさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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RPG-7→R(ロール)P(プレイング)G(ゲーム)−7(セブン)。……やっぱりコレを思います。メタルギアとかで出てきますが、これは強いのです。 ん、なんか凄い銃撃戦です。そして陽動作戦、ホント人対人の戦争だなぁ。一体目的は何なのか。 一つ思った事は、台詞中に出てきたコトバの解説がその台詞後直ぐに入ってくるが……。もう少し間があっても良いかなぁ、とか思ったのですが、どうなんでしょう。普段読んでる作品によりますかね、やっぱり。 南無三……、最近では絶対聞かない気がする……。使っても、周りの人の大部分には「は?」って思われそうですよね……。 コメント遅れてすいません、ではコレにて。 |
30点 | 風斬疾風 | ■2008-09-17 22:25 | ID : FZ8c8JjDD8U | |
この小説を読んでいるとMGを思い浮かびます。 ちょっと違いますがw RPG-7を使うとは卑怯ですね。連射はできませんが破壊力がありますし。 機人は馬鹿だと思っていましたが結構賢いんですね。 僕はSCORPION、SVD、M63が好きですね。 |
30点 | 幻の賢者 | ■2008-09-04 14:40 | ID : zp14dQL.qxs | |
侮辱? まさか! そんなの微塵も感じませんでしたよあはは。 軍師殿もといアダムスカ殿の 「あなたの書いてるのは人物ではなくキャラクター」 とか他にもアドバイスをいくつかいただいたので、 再考させていただいてますよ。 「RPG!」 一瞬ゲーム!? と思った。兵器には詳しくないので説明があると助かるなと思ってたら説明あったりで…w ガトーさんですか。南無三。僕はブラック・ジャックを思い出しましたが。 小学生のときは漫画は手塚作品ばっか読んでました。 で、偽者さんのことですが…。 本人である僕から見たら小説の書き方がかなり異なっていて、みんな気付いてるよな? と思ってたのですが、どうでしょう? マジで見たとき引いたのですよ。99%僕のデータが反映されてたので。 誇張されてる部分はありましたが。志智の「不幸自慢」とか。 わざと書いてるのか、それとも偽者はそう解釈していたのか。 問題は、どうやってあれだけ調べたのか!? ってこと。 あの駄文を見た友人は本気で僕が書いてるのだと思ったようです。 さすがに非常識な僕でもあんなもん書きませんよ。 本当にびびりました。 さぁて、犯人でも捜すかな。 ストーカー…? |
30点 | 生徒会長7 | ■2008-09-02 21:24 | ID : R1.SfAN2p.. | |
合計 | 90点 |