咎と裁き 第一章 【胎動編】 File.07 《禍ツ神》 |
File.07 禍ツ神 「掛かって来いやぁ!」男が絶叫と共に敵陣へ自ら飛び込んで行く。 左手にMP7、右手には霊子刀が握られている。彼の霊子刀は二式と呼ばれるもので、光刃の長さは60cmで少々小ぶりだが逆手に持って振り回すには丁度よい長さである。木村隆志と言う男は、神宮館で神道の術を学び、いずれは世のために奉仕しようと考えていた。しかし、学生時代に目の当たりにした人類未曾有の危機に対抗するため、石田、齋藤両名と共にSSSを結成する。それ以後彼は常にその身を機人の前に晒し続け、最も機人を多く殺した人間と言えるだろう。 「でやぁぁぁぁ!」木村は左手を伸ばし回転しつつ銃撃して周囲360度に銃弾をばら撒く。 大した攻撃力は持たないが、牽制には十分すぎる。機人は咄嗟に腕で頭部や胸部と言った致命点を防御する、それでも何体かの機人は腕に銃弾を食らって怯むのが見えた。木村は正面の1体に目標を定めると、右足で地面を蹴って跳躍すし、独楽を横にしたようにぐるぐると回りながら目標の機人に飛び込んで行く。青白い光刃が高速回転を受けてまるでネオンアートのように美しい起動を描く。しかし、その破壊的な美しいネオンアートを頭から叩きつけられた方はたまった物ではない。青白い光刃が機人の頭部に接触した瞬間、その機人は頭から股間まで真っ二つにされてしまったからである。 「次は……どいつだぁぁ!」 木村は周囲の機人を威圧するように咆哮する。多少知恵のついた機人には人間さながらの恐怖が備わっている。数では圧倒的に勝っているとは言え、どの1体として木村に襲い掛かろうとする勇者は現れなかった。いずれの機人もロシア製のアサルトライフルを抱えたまま、遠巻きに木村を警戒するだけであった。 「急げ、ソーテック……」 6月とは言え、夜風はそれなりに冷えるものである……しかし、それは伊勢市周辺の建造物が紅蓮の炎に包まれていない時に限る。真夏の東京でもこれよりは清々しい風が吹く、今の伊勢市駅周辺はまさしく紅蓮地獄。生前罪を犯した者の魂を体ごと灰にする裁きの炎、燃え盛るそれはお世辞にも心地良いとは言えない風を送り込んでくる。 「あれは……リンクスか?」 相変わらず座り心地の悪い銃座にて、消し炭になりつつある街を眺めていた石田は。このフクスに向かって全速力で駆けて来る人影を見止めて呟く。この閑静な街で夜更けに5.56mmのトランペットと紛争地域で死体と同じくらい多く見かけることの出来るAKを担いで走るスーツ姿の男はそういない。彼は木村率いる小隊とは別行動で、今回の機人の攻撃の真意を探るべく活動していたはずである。その彼が戻ってきたと言う事は何らかの手掛かりを見つけたのだろうか。 「エヴァ、リンクスが帰還した。後部ハッチを開放してくれ」 「了解」彼女は短く答えると、手元のコンソールを操作してフクスの後部ハッチを開く。 齋藤は後部ハッチを素早く駆け上ると近くにある、開閉スイッチを操作して今度はハッチを閉める。彼は乗ってくるなり、胸ポケットからUSBメモリを取り出す。 「エヴァ、これの中身を確認してくれ……」息も絶え絶えに齋藤が言う。 藤原は齋藤からメモリを受け取ると、向き合っていたのとは別の、フクスに据えつけてあるコンピュータのUSBポートにメモリを突き刺した。保管されていたデータの一覧が読み込まれる。その中でタイトルが今日の日付の物があったので、それを開く。それは文章データだったが、その内容は恐るべき物であった。 「これは……馬鹿な!」 その内容は、フクス内の回線を通じて石田の隣のラップトップにも映し出される。これは、一晩で日本が壊滅する程の計画である。散在する斥候、消極的な攻撃、電波撹乱、放火、月夜見宮の襲撃、ヤタノカガミの強奪……機人の一連の不可解な行動の謎がすべて解けた。 「リンクス、SSS小隊を回収した後、二見に向かうぞ!」石田は齋藤に向けて叫ぶ。 彼は「はい」と強く返事をし、フクスの運転席へと飛び込んだ。齋藤がエンジンをかけて発進しようとしたその時、密集する警察車両の中心で突然爆発が起こる。 「何だ!」石田は爆発の方向へ目を遣る。 吹き飛んだパトカーのあった場所から、続々と機人が現れる。マンホールか! 石田は絶叫にも似た叫びを上げる。連中は白銀を月夜見宮に釘付けにし、非戦闘員である消防隊、戦闘能力で劣る警察隊を捻り潰すために下水道を通して別働隊を送り込んだのだ。 「クソッタレが!」石田は悪態と共にM14のスコープを覗き込む。 哀れな獲物に十字架を突き立てるように、1体の機人の頭部へスコープの十字を合わせる。十字が丁度後続に指示を出している機人のこめかみの位置に来た所で、M14のトリガーを引く。一発の銃声と共に吐き出された銃弾が機人のこめかみを正確に穿つ。人間ではない、その銀色の人型物体は鮮血を噴出すでも、脳漿を地面にぶちまけるでもなく、その場に倒れた。 「リンクス! 発進停止だ、迎撃しろ!」石田は齋藤に叫ぶ。 「リンクス了解! Cap、CCTV起動、次いでCIWS展開! 迎撃しろ」 「了解」久しぶりに叩き起こされたCPUが唸り声のような起動音を立ててフル稼働し始める。 CIWS(シウス)とは、本来艦船が自艦を目標とするミサイルなどを至近距離で迎撃する艦載兵器の総称である。竹藤と齋藤の悪意ある悪戯の施された、このフクス装甲兵員輸送車には、そのような凶悪な機構が搭載されている。単機で機人の陣地に突撃し、自衛を行いつつ前衛の兵士を援護するための改造であった。フクスの後部座席で運転席側、つまり右側の一部は大きなブロックが積載されており、人が座る事は叶わない。このスペースがとても移動の邪魔となるが、加速の悪いフクスが自分の身を守ろうと思った場合、このスペースは相当重要な意味を持つ。 「リンクス、来るぞ!」石田は再度齋藤に叫ぶ。 齋藤は何がそんなに嬉しいのか、大笑いしながらバレットM82対物ライフルを取り出す。彼はこちらの隣に陣取ると、本来バイポッド(ほふく姿勢で射撃する際に使用する脚)を立てて射撃するM82を中腰に構えると、警官隊よりも脅威だと判断したのだろう、フクスに向かって走り込んでくる機人の先頭の1体に向けてトリガーを引く。戦車の装甲が強化される前は、その装甲すら貫く事ができたM82である。いかに頑健な機人の表皮ではあろうとも、鉄板を紙切れのように貫くM82の銃弾の前に命中した胴体から真っ二つにされてしまう。その間、石田も機人の頭部を正確に射抜いてもう1体撃破スコアを伸ばしてた。 「後続来ます、数8!」藤原が通常のセンサーを使って機人の数を報告してくる。 電波撹乱が続いており、相変わらず衛星レーダーは使い物にならないが。既存技術を用いて設計された通常のセンサーならば、如何様にも機人の姿を捉えられる。 「割に合わんぜ!」齋藤が叫ぶ。石田も心の中でそれに同意する。 機人は右へ左へとちょこまか動き回り狙撃の的を絞らせない、かといってフルオートで撃ちまくったとしても、マズルジャンプ(射撃の反動で銃身が跳ね上がる事)で精度が得られない、頭部を撃ち抜く事は不可能だろう。仮に1体仕留めた所で、次の1体に取り付かれてしまうだろう。 「耳を塞ぐ事を推奨します」Capが無機質な音声で注意を促す。 見れば、座席を陣取るコンテナのある部分の天井が開く、そこからストローが束になったような円柱が伸びてくる。その円柱の根元はマシーンが満載されたメカボックスに繋がっており、円柱の先が機人達の方向を向く、メカボックスの切れ目が見えるが、そこへはライフルの弾とは比べ物にならない程大きな銃弾20mm弾が連なっている。石田は、そして恐らく齋藤も目を見張る。そして2人同時に銃を置いて耳を塞ぐ。敵前で銃を置いて耳を塞ぐなど、正気の沙汰ではないが。これを行わないと、もっと正気ではいられない事態になる。 「CIWS起動、近接防御」 ウィーンと言ういかにも機械然とした音が徐々にそのサイクルを増す、それに伴って円柱が回転し始め、その回転も徐々に高速のものとなる。次の瞬間、束ねられたストローから空気が噴き出されるように、束ねられた鋼のパイプから20mm弾が噴き出される。ヴァルカンファランクスと呼ばれる重火器である。本来艦船に搭載する機構を縮小化して、無理矢理フクスに載せた物である。リサイズされてあるとは言え、その銃声はアサルトライフルと言う騒ぎではない。耳を塞いでいても余りの爆音に、耳の中に侵入した小人に鼓膜を全力で蹴りつけられているような感覚に陥る。 石田は隣のラップトップに目を遣る。センサーで地図上にマークされていた機人を表す点が次々と消失していく。目を正面に戻すと、それは酷い光景であった。ヴァルカンファランクスが左から右へと20mm弾を薙ぎ払う様にばら撒くと、機人の四肢が、頭部が吹き飛び。胴体が真っ二つに叩き折られる。当然であろう……元の用途はミサイルの迎撃なのだから。 とにかく、Capの活躍で形勢は五分を通り越して反転した。 「しかし……」銃撃が止み、下半身だけ残った機人がその場に転倒するのが見えた時齋藤が呟く。 「なんだ?」石田は齋藤に尋ねる。 「弾代が馬鹿にならないのですよ……」命には代えられまいと石田は思ったが、気のせいか胃がちくりと痛んだ。 月夜見宮の境内の中では機人と、人でありながら人ならざる者の様に見える男とが激闘を繰り広げていた。その陰で、竹藤は恐らくこの境内の何処かにある電波撹乱装置を探している。敵は殆ど木村が引きつけてしまっていたが。ある一点、物置の様な場所に番兵のようにそびえ立つ機人を見つけた、明らかに不自然である。 「あそこか」 竹藤は迂回するように近づくと、物置の陰に忍び寄った。限界まで足音を消しても、地面が砂利ではどうしようもない小さな音が立ってしまう。しかし、それは全て木村と機人達が互いに殺しあう音で全てかき消されるため、竹藤は安心して物置の陰まで接近する事が出来た。竹藤は腰のホルスターから光子剣の出力デバイスを取り出すと、物陰から一息に飛び出す。機人がこちらに気付いて迎撃しようとするよりも早く、光子剣のスイッチを入れ、機人の首を目掛けて振り抜く。宙を舞った首が地面に落ちるが、それすら周囲の銃声に混じってかき消される。頭部を失った胴体は、しばらくうろたえる様に立っていたが、やがてAKを取りこぼすとその場に倒れた。 「これだな……」物置の中に不愉快な作動音を響かせて動いている機械を発見する。 恐らくはこれが電波撹乱の原因であろう。竹藤は光子剣を構えると、横薙ぎに一閃する。重要な機構を損傷したのだろう、機械は火花を散らし、唸り声にも似た機械音を響かせるとそれきり動かなくなった。竹藤は腕のウェラブルコンピュータを確認する、衛星レーダーが回復している。それでも完全に回復したかは分からないので、試しに通信を開いてみる。 「エヴァ、聞こえますか?」 向こうの通信回線が開いた瞬間、竹藤の耳をつんざく轟音が通信機から飛び込んできた。 「うわぁっ!」 竹藤は思わず通信機のスイッチを切る。大きなプラスチック爆弾が爆発しても今の音よりは上品な音を立てる。耳鳴りと格闘していると、今度は藤原の方から通信が飛んでくる。竹藤は恐る恐る通信を開くが、幸いな事に下品な爆音はもう聞こえなかった。 「大丈夫ですか? ソーテック」 えらくさっぱりした藤原の物言いに若干の苛立ちを覚える。彼女によれば、機人の別働隊に包囲され、殲滅のためにCIWSを起動し、掃射したとの事であった。現在齋藤が給弾作業を行っているため銃撃は行われていないらしい。確かにCIWSを使ったのなら、そうでなければ通信など出来たものではない。 「何とか……エヴァ、ソードマンと私で孤立状態です。応援を頼みたいのですが」 「了解です、こちらも敵の真意を突き止めました。貴方達を回収したところで二見に向かいます」 「何ですって! それは一体……いえ、了解それまでは保たせましょう」 彼女は敵の真意を突き止めたと言った、そして二見に向かうと言う事は、敵の真の目的が二見にあると言う事である。彼らも機人の別働隊に包囲されているらしいので、短くても10分程度は我慢したい所である。そうと決まれば、うかうかしていられない。早く木村の援護に向かわなければ。そこで竹藤はあることを思い出す、「アイツ」は何をしているんだ……。竹藤は心の中で木村に「もう少し耐えてください」と念じながら通信回線を開く。 「森田君、後ろ!」釘宮が叫ぶ。 森田はその声を受けて後ろ向きに飛ぶと、万歳のような格好になる。万歳と違うのは伸ばした両手にストックの折りたたまれたAKが握られている事と、背中と地面が平行線である事である。そのまま両手のAKのトリガーを引くと、ロシア製のアサルトライフルは空薬莢と共に、銃弾を吐き出す。一直線に飛んだ鉄の塊は機人の全身を貫き、彼にとっては運悪く、一発の銃弾が彼の眉間を直撃する。森田の背後に立った機人は弾ける様に後ろに吹き飛び、そして動かなくなった。森田は背中で着地し、そのまま後転の要領で後ろに転がって体勢を整える。 「助かった! ありが……そこだッ!」 釘宮に礼を言おうとした所で、別の機人が釘宮の背後に躍り出る。森田は今度は全身を前に投げ出すように飛び込むとAKを乱射する。頭部を撃ちぬくことは出来なかったが、結局は急所である胸部にしこたま銃弾をご馳走された機人は呻きながらその場に崩れ落ちる。 「ありがとう」釘宮が礼を言う。見れば彼女も相当体力を消耗しているようだった。 「お互い様さ……どうやら、ここいらの機人って言うか、月夜見宮に行った奴ら以外は始末出来たみたいだね」 森田と釘宮の周囲には8体ほどの機人の骸が転がっている。路地裏の小さな公園を通りがかった所で、恐らく何らかの作戦行動中であったと思われる機人の一団と遭遇してしまった。出会ってしまったものはしょうがないので、取り合えず前進は諦めて。機人を撃退する事にした。そこから数十分、この公園に釘付けとなり。機人と不毛な戦いを強いられていたのである。 救援を要請しようと通信を開いたが、聞こえてくるのは深いな雑音のみで誰からも返事が返ってくることは無かった。その状況に絶望して戦いを放棄するのは簡単だが、そうするには森田も釘宮も行儀は良く無いし潔くも無かった。 「これっ……C4じゃないか」森田は機人の骸を調べていて恐るべき道具を発見してしまう。 C4爆弾。米軍を初め多くの軍隊で使用されているプラスチック爆弾の一種である。この手のプラスチック爆弾の長所は、粘土質なその爆弾自体である、粘土質と言う事であらゆる形に変形させる事が出来るのである。つまり、あらゆる容器に容易に詰め込む事ができ、隙間や穴など場所を問わず使用できるのである。そして、起爆のためには専用の起爆装置か雷管を使用するしかなく、誤爆の危険性も少ない。彼らがこれで何をしようとしていたか……少なくともトンネル掘りではないだろう。 「連中、何を考えているんだ……」森田の脳裏を焦燥が焦がす。 釘宮は負傷こそしていなかったが、かなり体力を消耗しているようであった。彼女は大丈夫だと言うが、とても傍目にそうは見えない。どうしたものかと考えていると、竹藤から通信が飛んでくる。 「パトリオットです」森田が通信に出ると、竹藤はやや慌てた口調でまくし立てる。 「俺だ、パトリオット今どこに居る」 「現在、路地裏の小さな公園に居ます。機人の一団と遭遇しましてね……片付けるのに少々時間が」 そう答えると、竹藤はやや間を置いて言う。 「よく聞け、現在俺とソードマンは月夜見宮で機人の大部隊と交戦中だ、正直旗色は悪い」 「何ですって!? 今すぐ救援に……」森田がそう言うと、ぴしゃりと竹藤が制する。 「最後まで聞け、プレジデント達が機人の真の目的を察知した。俺達はこれから二見に行く」 「二見ですか?」森田は要領を得ずに思わず聞き返す。竹藤は更にそれに答えて言う。 「そうだ、二見だ。しかし、フクスの方も機人の別働隊に包囲されて厄介な状態らしい、こっちは良いから先にプレジデントの援護に向かうんだ」 プレジデントの救援を行い、そのままフクスで月夜見宮へ。木村と竹藤を回収して二見へ。SSSの戦力を総動員して機人の真の目的とやらを叩く……と言うのが竹藤の作戦であった。 「了解しました、現在白銀の生き残りの女性隊員を同行しています。連れて行っても?」 「問題ない。フクスまでのデートを楽しんで来い」 「そうさせて貰いますよ」 上司の不躾な冗談に、思わず森田は噴き出す。しかし、自分は性質の悪いその冗談に切り返すほどの余裕がまだあることが分かり、ややホッとする。だが、そう呆けてもいられない。機人達の陰謀の全てがわかったのなら、それを潰すべく一刻も早く二見に向かわなければならない。 「どうかしたの?」少し落ち着いたようで、釘宮が尋ねてくる。 「事情が変わった、済まないけどこれから伊勢市駅に向かう」 彼女は感の良い女性である。この数十分共に戦った事で森田はそれを肌で感じていた。彼女は森田の言葉を受けると、事情を察知したのか何も言わずに頷く。森田が走り出すと、きっともう棒のようになっているだろう脚に活を入れて着いて来る。強いなと森田は思った。 「うぉぉぉぉ!」咆哮と共に1体の機人に突進する。 機人はAKを乱射して接近を防ごうとするが、こちらも霊力を搾り出して物理障壁とする。多くはろくでもない方向へ飛んでいく銃弾だが、たまに木村の体に風穴を穿とうと襲い掛かってくる銃弾は、全て展開した障壁によって防がれる。障壁の減衰は軽微、殆ど有効打となっていない。木村は右手に持った霊子刀を振り上げると、機人を右上段から斬り付ける。哀れな機人は最後の抵抗としてAKを盾として構えるが、原子結合を解除する霊子刀は鋼鉄製のAKごと機人を一刀両断する。 二つに分かれた機人は断末魔すら上げる事は無く地面に崩れ落ちる。 「ば、化け物めぇぇ!」機人達が絶叫と共にAKを木村に向けて乱射する。 お前達だけには言われたくなかった言葉だと木村は心の中で叫ぶと、境内に植えられている樹木の陰へと飛び込む。流石にあの数の銃撃に晒されれば障壁も突破されかねない。慎重に、1体1体潰していく必要がある。この要領で既に5体の機人を葬っている、機人の残りは後17体。減ったとは言えまだまだ正面からぶつかれる人数ではない。木村は樹木の陰でAKの集中砲火を回避しながらMP7のマガジンを交換する。これが最後のマガジンである。 「一か八かだ!」覚悟を決めると、木村は樹木の陰から飛び出す。 まるで、申し合わせたかのように社殿の屋根から竹藤が飛び降りてくる。3体の機人が固まって立っていた辺りに彼は派手に着地する。おいおいと木村は心の中で嘆息する、それでは死地に飛び込んだようなものだ……まぁそれは「普通なら」である。相変わらずやる時は派手でなければ気がすまないらしい。これだからイカレたインテリは怖いと木村は思う。 「ソードマン、援護します!」竹藤は着地するなり大声で言い放つ、機人の注意が一瞬彼を向く。 しかし、竹藤もただの囮(デコイ)で終わる男ではない。ステアーAUGを右腕に構え、小脇に抱えるようにして固定し1体の機人に乱射する。左手にはS&Wのショーティー40拳銃を持ち、これもまた同じ機人に向けて撃ちまくる。竹藤の両手からばら撒かれる銃弾の雨に打たれて1体の機人が声も無く崩れ落ちる。 竹藤の周囲を取り囲む結果になった3体の機人は、人間に無い指先の鋭利な爪をナイフほどの長さに伸ばし、機人に比べて余りにも軟弱な人間の体を貫くべく竹藤へと向ける。彼は3点からの同時攻撃に晒される。ただでさえ近接先頭が苦手な竹藤であり、両手は銃器で塞がっている。やられる……と木村の脳裏を電撃が走るような不快な感覚が襲う。 「阿修羅起動」竹藤が静かだが重みのある声で呟く。 その途端、彼の背負っていた機械から4本の腕が伸びる。腕と言うには細く頼りない感じだが、それぞれの腕にはちゃんと手と3本の指が付いていた。そして何より、その腕には光子剣と思われる筒状の機械が握られている。竹藤は元々霊力に乏しい、霊子刀を扱うのも若干苦手とする。そして何より、生物でない背中の機械は霊子刀を扱う事ができない。霊力を供給するデバイスを設ける事も出来るが、それをするよりは光子剣を初めから使った方が良い。 4本の光子剣が一斉に起動する。まるでスターウォーズだなと木村は思った。あの壮大なSF映画の敵役にあんなのがいた気がする。そう言えば竹藤はあの作品のファンだった。とにかくそこからの光景が壮絶だった……阿修羅と呼ばれた背中の機械の左上腕に握られている光子剣が竹藤の左後方に居た機人の右腕を切り飛ばし、次いで左下腕に握られている光子剣がその機人の首を切って捨てる。右下腕に握られている光子剣が下から逆薙ぎに振り上げられ、竹藤の右後方から襲い掛かっていた機人の腕を切り飛ばすと、そのまま上段から振り下ろされ頭から股間までを一刀両断に切り裂く。右上腕に握られていた光子剣は右前方から襲い掛かっていた機人の右腕を上段から切り落とし、竹藤の本物の右腕に握られていたステアーAUGが腕を失った事により、勢い余って竹藤に近寄る羽目になってしまった哀れな機人の頭部に数発の銃弾を撃ち込んだ。頭部に致命的な一撃を食らった機人は前のめりに地面に倒れて動かなくなった。 「化け物か……?」木村は余りにも非常識な光景を目の当たりにして小さく感想を述べる。 どうも聞こえていた様で、竹藤は4本の光子剣を着くはずの無い血のりを払うように振るって言う。 「失礼な! この芸術的な戦闘を化け物だなんて」 何処か陶酔的な口調に脱力する、やはりメカマニアの心理は分からない。だが、確かにその芸術的な戦闘とやらで一瞬の内に彼は4体の機人を始末した。奇襲とは言え中々真似の出来る芸当ではない。残りは13体、半分程度に減らす事ができたがよく見ればその13体の機人に周囲を取り囲まれていた。竹藤と背中合わせになりながら機人の集団を睨みつける。 「ソーテック……ちょっとばかしヤバくないか?」そう竹藤に言うと、彼は間を置かず答える。 「ちょっとばかし? SSS創立以来のやばい状況ですよ」そう言いつつ彼は笑っていた。 「大丈夫か!」森田は全速力で路地を駆けながら後ろの釘宮に声をかける。 「大丈夫、私の事は気にしないで走って!」釘宮は強がって見せるが、そろそろ限界だろう。 死と隣り合わせの戦場と言う環境。女性には重量のある銃火器。燃え盛る伊勢の街。これらの状況は確実に釘宮の体力を削り取っていく。恐らく自分も相当な疲労を溜め込んでしまっているだろうが、コンバットハイによってそれらの感覚が麻痺している。今の所疲れを感じることは無い。 「見えた、駅だ! ……しかしこれは」 路地を走り続けた結果、見覚えのある道に出る事ができた。そこからは伊勢市駅が見えるのだが、紅蓮の炎になめられた駅は、既に半分が消し炭と化している。神宮外宮に参拝する時には大体の人間が立ち寄るであろう伊勢市駅、由緒あるその建物は今はもう見る影も無い。 「フクスは?」森田の呟きに釘宮が反応する。 「あそこ!」見れば閑静な街に不相応な重厚な車両が、銀色の人間もどきの攻撃を受けていた。 森田は悲鳴をあげる脚に活を入れて走る。既に消防隊も警察すら退避している中、普段はグリーンカラーと呼ばれ、ともすれば市民団体から給弾される存在のPMC社員が、人々の平和のために命を懸けて戦っている。守りたい世界のために戦う、今の森田を突き動かすのは人間の原初の衝動であった。 「うぉぉぉぉぉ!」森田は霊力を脚に集中する。放置されたパトカーのボンネットを踏み台にすると高く跳ぶ。 腰の霊子刀デバイスを抜くとスイッチを押して起動する。青白い光刃が形成されたところで、眼下を蠢く機人の内で最もフクスから遠い者を目掛けて霊子刀を投げつける。柄の部分の重量しかない霊子刀は綺麗な軌道を描いて飛ぶ。しかし、光刃は存在するため青白い円盤が縦になって飛んで行っている様にも見える。恐ろしい物が背後に迫っている事を知る由も無い機人は、無残にも背後から真っ二つにされ、硬く冷たいアスファルトの上に崩れる。霊子刀は霊力の供給を失い、僅かな残留霊力を使い果たして光を失い、乾いた音を立てて地面に落ちる。 「ひとぉぉぉつ!」森田は咆哮と共に、両腕のAKで別々の機人に狙いをつける。 常人では考えられない高さまで飛び上がった森田も、地球の重力に引かれて落下する時を迎える。落下しながらも森田はAKのトリガーを引く、文字通り銃弾の雨を受けた2体の機人は、運悪く頭頂部から銃弾が突き抜け、もがきながら絶命する。着地した森田は両側へ向けてAKを構え、再びトリガーを引く。左側に居た機人は、至近距離で数多の銃弾を浴びてその場に崩れ落ちる。しかし、右手に持っていたAKのトリガーが急に引けなくなる。 「ジャムったか!」森田は吐き捨てるように言うと、AKを逆さに持ち替えた。 珍しく動作不良を起こしたAKの銃身を掴むと、森田はそれを一端自分の体に近づけるように引いてから、右側に居た機人の顔面目掛けて振り抜く。顔面をAKで殴打された機人は、頑健な表皮でダメージこそ殆ど無いが、思い切り後に吹き飛ばされる。彼が体勢を立て直そうとすると、何者かに腹を踏みつけられる……森田である。森田はもがく機人の頭部に銃を左手のAKを向けると、躊躇無くトリガーを引いた。成す術も無く銃弾を顔一杯に浴びた機人は、仰向けに倒れたまま動かなくなった。 「凄い……」釘宮が呟く、足の力が抜けたのか彼女はその場にへたり込む。 気付けば周囲の銃声が止んでいる。フクスを取り囲んでいた機人は全滅させたらしい。フクスの天井から変人の上司が語りかけてくる。 「良くやった森……パトリオット、早く乗れ! これからソードマンとソーテックを拾いに行く」 一瞬自分のことをタッグネームではなく名前で呼びそうになるとは、彼も相当疲れているのだなと森田は思ったが、敢えては口にするような事はしなかった。 「了解です、さぁ……釘宮さん。君も乗って」 釘宮もフクスに乗るよう促す。彼女は戸惑っていたが、まさかここに置いて行く訳にも行かない。 腰が抜けて動けないらしいので、森田はAKをその場に打ち捨てると、右腕で釘宮の背中を、左腕で膝関節の裏を支えるようにして持ち上げる。いわゆる「お姫様抱っこ」と呼ばれる形で彼女をフクスまで運んでいく。彼女は顔はもとい耳まで真紅に染め上げて下ろす様懇願するが、聞いて面倒を増やすよりはこのまま抱えて入ったほうが話が早い。森田は結局彼女の願いを跳ね除けて、フクスの中まで彼女を運んだ。 「出してください!」運転席に滑り込んだ齋藤に言う。彼は一言「了解」と言うとフクスを動かし始めた。 森田は取り合えず、憔悴しきっている釘宮をシートに座らせた。藤原が付いていてくれると言う事なので、自分はフクスの助手席に腰を下ろす。天井の銃座には石田が座っており、常に周囲を警戒している。 「無事でしょうか……」森田は前を向いたまま齋藤に訊く。 「あの2人なら大丈夫だろう、特に竹……ソーテックには阿修羅の加護がある」 主語を廃した質問だったが、齋藤は意味を汲んだようで、的を得た答えが返って来た。しかし、阿修羅の加護とは何だろう。記憶違いでなければ竹藤も神道科だったはずだが。なんにせよ、人外の力の助けがあるならば心強い。どちらにせよ今、自分に出来ることは2人の無事を祈るだけなのだから。 「ソーテック、そっちはどうだ!」背後の木村が訊いて来る。 13体の機人に囲まれ機銃掃射を受けているのだ、元々少ない霊力を省エネ運用しながら自分の周囲に障壁を展開する。少しでも集中を乱せば、障壁の硬度を誤って蜂の巣にされる可能性すらある。通信機がやかましく鳴り続けるが、現在それに出る余裕すらない。 「まずいですね……弾が尽きかけています」竹藤は振り返らずに答える。 「こっちもだ、こうなりゃ捨て身の攻撃を行うしかないな」 「後8分も保たせれば救援が来ます、それは危険すぎる!」竹藤は反論するが。 「このままじゃあその8分も保たん!」 木村はそう叫ぶと、口元で何か呪文のような物を唱え始めた。 「オンアクヴィラウンキャシャラクマン……」 彼の言う事はもっともであった、自分に残された霊力は後20%も無いだろう。弾薬もステアーが2マガジン。ショーティー40が3マガジン分しか残されていない。阿修羅のバッテリーもレッドゾーン通常稼動で20分、全力では5分保てば良いほうだろう。 「ヴァンウーンタラークキリークアク……」 その間も木村は言葉を紡ぎ続ける、神道系ではない……どちらかと言えば陰陽道や密教系の術に近い響きに感じられた。術に関しては門外漢の竹藤は、それがどんな効力をもたらすのかは分からなかったが、次の瞬間木村が障壁を解除して前に飛び出すのだから相当強力な力を持つのだろう。 「ぬぉぉぉ!」木村は正面にいた1体の機人に突進する。 当然その機人はもとい他の機人も一斉に木村に向けて発砲する。障壁を展開していない木村は、その身に幾百の銃弾を受ける。しかし、彼は勢いを損なう事無く突進し続けると、霊子刀を起動して横一文字に振り抜いた。胸の部分から真っ二つにされた機人がその場に倒れる。彼は間髪入れず自身の左側にMP7を向けるとろくに狙いも定めずに乱射する。速射ではあったが、木村の正確な射撃をその頭部に受けた機人は仰向けに地面に倒れる。更に木村は右手に持った霊子刀を右側に居た機人に投げつける。用量の小さいタンクに貯蓄された霊力で、木村の手を離れた後も霊子刀は光刃を形成し続ける。真っ直ぐに飛んだそれは、木村を迎撃しようと向き直った機人の頭部に突き刺さる。意味不明な断末魔の叫びを残して機人は後に倒れた。 「流石はSSS最強の男」竹藤は鬼人の如き木村の戦いに感嘆する。 恐らくあの呪文は戦闘能力を向上させる物なのだろう。齋藤や石田が体の一点に霊力を集中して、強度を増すのと原理は同じだろう。木村のスタンドプレイで機人達に動揺が走る。その一瞬を見逃さず、竹藤も障壁を解除すると機人の集団に突貫する。一蹴の内に間合いを詰めると、阿修羅に内蔵されているコンピュータが唸りを上げて起動する。阿修羅の右上腕と左上腕の先端が高速回転し、光子剣がヘリのローターの様な太刀筋を描く。回転する光の刃は振り回される腕の軌道上に居た不幸な機人を次々と両断していく。左右の下腕はそれぞれ別に動き、今にも発砲されそうなAKをただの鉄屑に変える。後ろを向かずに背後の機人を始末した竹藤は正面の機人の相手をしなければならない、ショーティーとステアーを機人達に向けて乱射する。横に動きながらなので、命中精度は求められない。運悪く頭部に一発の銃弾をもらった機人が、その場に倒れるが。他の機人には致命打とはならなかった。 「くっそ、流石に俺では無理か!」竹藤はそのまま近くの物陰に飛び込む。 自分には木村のような三面六臂の戦いは出来ない。しかし、自分が隠れたことで木村が包囲される結果となってしまった。すぐに援護しなくてはと思い、物陰からステアーのトリガーを引く。しかし、機人達から手厳しい反撃を受けてしまい、再び物陰に引っ込まざるを得なかった。 「上等だぜお前ら!」木村は周囲を銃撃で牽制しながら1体、また1体と機人を打ち倒していく。 その数は5体まで減ったが、そこで木村の頭が激しく後へ振られる。 「撃たれた? ソードマンッ!」竹藤は木村に駆け寄ろうとするが、機人の攻撃が邪魔で物陰を出る事ができない。 その場に立ったまま転倒するのではないかと言うくらい反り返っていた木村の体が、元の体勢まで持ち直す。彼の額には風穴が空いていたが、それが凄まじい勢いで塞がっていく。竹藤は目を見張る、彼は本当に鬼にでもなってしまったのだろうか。その驚きは機人にもあったようで、木村を目掛けて3対の機人が一斉にAKのトリガーを引く、木村はその身に5.56mmの銃弾を目一杯浴びるが。全く動じた様子も無く、先頭の機人に近づくと霊子刀で斬り捨てる。 「今だ!」その余りの光景に動揺した機人が自分から目を放した隙に、竹藤は物陰を飛び出す。 背中を向ける機人の内1体にステアーの銃弾を贈る。無防備な所を奇襲された機人は短い悲鳴をあげて前に倒れる。それに気付いたもう1体が振り返るが、彼がこちらを攻撃するよりも前に4本の光子剣が彼の眉間、左肩、胸部、腹部を貫く。阿修羅の四本の腕が四方に開かれた時、その哀れな機人は声も無くその場に崩れ落ちた。 「流石に、体にガタが来始めたか……」木村が苦しそうな声を上げる。 「ソードマン、大丈夫ですか!」 「大丈夫だ……いや、もう長くは保たん、これで仕舞いとする!」 木村が珍しく弱音を吐く。気のせいかその声にも覇気が無い。木村を援護しようと竹藤がステアーのトリガーを引いたとき、乾いた音がその場に響き渡る。 「弾切れ? しまっ……」 腹部に刺すような激痛が走る、体の中から火で焼かれるように全身が熱い。腹からこみ上げてくる物に鉄の味がする。耐え切れずに吐き出すと、足元の砂利が赤黒く染まる。不覚にも竹藤は機人のAKが放った銃弾を腹に受けてしまった。反撃しようにもステアーは弾切れ、左手のショーティーのトリガーを引こうとするが指に力が入らない。 「竹藤ぃぃぃ!」木村が絶叫する。 自分が撃たれたせいかタッグネームで呼ぶ余裕すら失っているようだ。彼は自分を撃った機人を一刀の下に斬り捨てると、最後の1体に刃を向ける。追い詰められた機人が情けない叫び声を上げてAKを乱射する。木村の後頭部から幾筋も鮮血の柱が伸びる。やられた……ここまでやっておいて。竹藤の胸を絶望と悔恨の情が支配する。しかし、木村の体は力を失って倒れるどころか、尚も霊子刀を振るい最後の機人を切り伏せる。見れば後頭部から噴き出していた鮮血が止んでいる。それどころか傷も塞がっている様に見えた。だが、竹藤は木村に奇妙な点を見止める。彼の頭髪が色を失っているのだ……彼の髪の毛はいつの間にか若々しい黒から、何処か生気に欠ける白へと変化していた。 「木村先輩!」彼は力を失ったように霊子刀とMP7を取りこぼす。 木村がその場に尻もちをついたので、竹藤は彼が倒れるよりも早く駆け寄り、その背中を受け止める。強い衝撃を受けて腹部の傷口に再び激痛が走る。歯を食いしばって木村を見れば、彼の顔には銃創こそ残っていなかったものの、目元や口元、頬や眉間には深い皺が刻まれていた。とても20代前半の青年の顔には見えなかった、そこに見える木村の顔は生き切ったと言う老人の顔そのものであった……。木村の手を取って竹藤は問う。 「木村先輩、これは一体……」 彼はしわがれた声で、息も絶え絶えに答える。握った彼の手は荒れ果てており、老人のそれその物である。先ほどまで鬼人の如く剣を振るっていたとは思えないほど体温は低く。彼の命が失われつつあると言う事を感じさせた。 「これは……禁呪だ。己の生命力を解放し、一時的に代謝や自己再生能力を驚異的に上昇させるものだ。途中で止める手もあったが……あの数が相手ではそれも出来なかった。少し、傷を負いすぎた……傷の再生で俺の命は燃え尽きてしまったんだ。もう長くは無い」 「そんな……ぐっ」腹から血がこみ上げてくる、木村を汚さないよう、他所を向いて吐き出す。 少し意識が朦朧としてきた、自分も血を失い過ぎたようだ……。 「俺の物語はもう終わる。だが、竹藤……お前の物語はまだ続く」 木村は消え入りそうな声でそう言うと左手を少し上に掲げる。青白い光が彼の手のひらの上で球の形を作る。その球が竹藤の体に飛び込むと、腹部からの出血が止まり、銃弾が抜けて風穴の空いていた部分が常識では考えられない速度で修復されていく。 「これは……」朦朧としていた意識も定かになる。すると木村は更に続けて。 「皆によろしくな」そう言い残し、事切れた……。 しばらくの間、静寂を取り戻した月夜見宮に沈黙が流れる。竹藤は何をして良いか分からず、木村の骸を抱いたまま動けないでいた。すると轟音を響かせて月夜見宮の前に何かが停まる。それと同時にしばらく鳴りを潜めていた通信機が、再びけたたましく鳴り響く。竹藤は呼吸を整えると通信回線を開く。 「こちらソーテック……」 「エヴァです、月夜見宮前に到着しました、合流してください。それとソードマンの反応がありませんが……?」 「事情はフクスの中で説明します」 「了解」エヴァはそう残して通信回線を閉じる。 竹藤も通信回線を閉じると、木村の骸を担いで月夜見宮の門へと歩き始めた……。 今夜の海は穏やかである。波が不気味なほど無く、空に輝く満月を海面に映しても、殆ど揺らぎが感じられないほどである。そして、その満月もどこか赤みを帯びた不気味な輝きを放っている。 「さぁ! ヤタノカガミを掲げなさい!」 白いコートを羽織り、暗い赤のスーツを身にまとった男……正確には男性型の機人が部下の機人に叫ぶ。命令を受けた2体の機人が、トレーラーの荷台から黒地に金色の装飾が施された箱を搬出する。ヤタノカガミを安置する神聖な箱である。 彼らは箱から小さいが趣のある装飾が施された銅鏡を取り出す。そしてそれを天に向けて掲げると、銅鏡は満月から放射される光を反射させて海に投影する。 「神器が長い年月をかけてその身に蓄えた神力……それは恐らくこの国を護ってきたのでしょうネ」 白いコートに身を包んだ機人は何処か憂いを湛えた声で呟く。 「しかし、その力は今夜この国を滅ぼすのですヨ」 次の瞬間かれはその口元を捻じ曲げて邪悪な笑みを浮かべる。 二見の町が隣接する海、ヤタノカガミから反射する光が向けられてる部分が徐々に盛り上がってきた。そして、暗い海を割って数十メートルはあろうかと言う銀色の巨体が姿を現す。その機人と呼ぶには余りにも巨大な機人は、上半身を海から出して徐々に浜辺へと向かってくる。 白いコートに身を包む機人は、片膝を突いてまるでその巨大な機人に忠誠を誓うように傅く。 「我が主よ……」 俯いた彼の口元は相変わらず邪悪な笑みを湛えていたが、その瞳からはどす黒い涙が筋を作っていた。次の瞬間白いコートの機人は立ち上がり、両手を左右に広げると勝ち誇ったように空に向けて大笑した。静寂に包まれる二見の海岸に不気味な高笑いがいつまでも響いていた……。 |
アダムスカ
2008年10月06日(月) 19時31分02秒 公開 ■この作品の著作権はアダムスカさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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『深いな雑音のみで』深い→不快。 さて、読むのが大変でした……。文量だけでなく、出来事も多くて。やはり生命力とかの操作は危険ですね……、力と引き換えにほぼ寿命と言っても良いモノを。あまりしたくは無いです。そして霊力を足に集中させて、大ジャンプ!! これにもリスクはあるのですかね? そして海から出てきた巨大な奴。黒い涙って、何ですかー!? 大きな機人はアレですね、歩いただけで大被害ですよね。 なんか既に事が始まってるみたいですが、それを食い止められるのか、楽しみです。 ベレッタ……、拳銃とかは触ったことも無いですね。一度持って(出来れば撃って)みたいのです。友人にアサルトを撃ったことある人ならいますが。やっぱり実体験っていうのは勉強(?)になりますよねー。 銃口から飛び出てくるのはマロンです。それではっ! |
40点 | 風斬疾風 | ■2008-10-11 16:11 | ID : FZ8c8JjDD8U | |
シモン=ペトロの名前からわからなかった俺は残念な人だな。 すごいですね。生命力を糧に絶大な力を得る・・ですか。能力が桁外れに高くなるようなものにはやはりリスクが常に付きまとうものなんですね。 『強大過ぎる力は自身すらも壊してしまう。』たしかなんかのラノベで呼んだ気がする一説です。結構気にいってるんですよね。似たような表現を自分の小説内にも出してしまっているんですが・・ 今後機人達がどういう風に動くのか、それに対するSSSの動きはどうなのか、楽しみにしています。 |
40点 | ケルベロス | ■2008-10-06 21:44 | ID : 8u0JUU1wUZY | |
合計 | 80点 |