Bloody Blue #1 |
Bloody Blue #1「The Strange Mission」 このアルグレイスの国で最も栄えているジークアレストの街から遥か東にある森の中にひっそりと佇む一軒家は、夜の暗闇だというのに窓からは中に人がいないかと錯覚させる程、松明の明かりも電光の明かりも、一切漏れてはいない。辺り一面が静寂を保ち、時折動物達や風が草花を揺らしては再び静寂を保ち続けている。しかし空家のような存在のこの一軒家へと、近隣の街の人間ならば誰も近付こうとはしなかった。理由は明白である。 主に要人暗殺のギルド請け負いを専門とする“ヴァル一味”のアジトだからである。街で噂になる程の規模であれば当然国の要人の耳に届き、処置されるのが当然なのだろうが生憎、彼らへの依頼の大半はこの国の要人や関係者からなので、一応国家公認の殺し屋という事になる。 そして今日も国の要人―――大臣であるギルバートから依頼が彼らの元に届いていた。 「…面倒」 「あ?」 思った事をつい口にしてしまったまだ少女とも言える顔立ちの女性が、机の上で頬杖をついていたその手を慌ててその口元へとやるが、言ってしまったものはもうどうしようもない。既に周りからは冷たい視線が送られていた。 外から見てもまるで光はないのだが、その部屋には一応テーブルの中央にランプが置いてあり、面子のそれぞれの顔や表情、そして依頼状が見えるようになっている。小さなテーブルに、4人がそれぞれ席に着いていた。 不機嫌そうな顔で、彼女の対面に腰を掛けている男性が溜息を吐いた。濃い藍色のターバンを頭に巻き、同色のローブを身に纏っている。 「確かに面倒な依頼だ。だがな、やらない訳にはいかないんだ」 「断ってもメリットはありませんからねぇ…。あ、デメリットなら沢山ありますよ?」 「んなこた今更言わなくったって、ルーシェだって分かってるさ。なぁ?」 対面と両横から順々に言われ、ルーシェと呼ばれた女性はぽりぽりと頬を掻いた。 確かに言われなくても分かる事。否、この一味にいる以上分からなければならない事だった。今は国家御用達の殺し屋である以上、国からの依頼を断ればそれこそ軍隊がこのアジトへ押し寄せて彼らを始末するだろう。そうならないのは彼らが国にとって有益な存在であると認められているからで、そうでなくなった場合の末路は言う間でもない。例えそれが嫌になり国外へ逃げ出そうとしても岸壁に囲まれたこの国から外に出る為には大きな谷を越えなくてはならず、そこには当然のように検問があり、各々の国王の直筆のサインが書かれた許可証がなければ通れないようになっている。その許可証を貰う為には綿密な審査があり、お尋ね者同然の彼らが自ら許可証を取る事は不可能に近い。どの国に入るのも出るのもこのような仕組みになっている為、基本的には各国を行き来するのは商人達であり、一般人は己の生まれた国で一生を過ごすのである。 ルーシェと対面の男―――この一味の頭領であるヴァルが口に銜えた煙草に火を点け、煙を肺に一杯に入れた後、ゆっくりと吐き出した。吐き出された煙はやがて勢いを無くし、ゆらゆらと天井に向けて登り始める。その光景をぼーっと見ていたルーシェに、やがてヴァルが口を開く。 「ルーシェ、お前が行け」 ぴくん、とルーシェは一瞬だけ頬を引き攣らせ、あからさまに嫌そうな表情を見せた。しかしすぐにいつもの表情へ戻し、ヴァルの目を覗き込むように見つめる。 「…貴方の命令であれば。しかし、何故私にこんな面倒な仕事を?」 「決まってる。…俺達が面倒だからだ」 「………私は面倒な仕事の押し付けられ役ですか」 ルーシェは小さく溜息を吐いた。確かにこの一味の中では最も若く、最も未熟なのだろうが、彼女にはそれでも既に自分が一人前であるという自信があった。ダガーナイフの扱いなら仲間内で一番上手く扱えるという自信もあった。 納得がいかない、といった表情でヴァルを見つめるルーシェに、やがて彼女の右隣の男性―――アギトがフォローを入れる。 「ルー、ヴァルが言ってる事は冗談ですよ。ヴァルもほら、冗談を言うならもっと早くにフォローを入れないと本気に聞こえてしまいますよ。あなたの場合は特に」 「む…そうか、すまん」 「という訳で、今回の仕事はルーが適任であると私も判断します」 「どうしてですか?」 ルーシェの問いに、今度は彼女の左隣に座っている男性―――バルドが答える。 「そりゃ、ルーシェが女で童顔だからだ」 「童顔童顔って言わないで下さい! これでも二十歳なんですから!」 バンッ、と机を両手で叩きながら立ち上がり、彼女はバルドを睨み付けた。ずっと童顔だと、歳相応に見えないとからかわれ続けてきた彼女にとって既に彼のそのからかいにも慣れてきてはいるのだが、それでもどうしてもその言葉に身体が反応してしまう。街の酒場でも、ヴァル達がフォローを入れない限り酒を満足に注文する事さえ出来ない。 彼女にとって童顔で良かったと思える事なんてなかった。この仕事をしている以上、それは相手に馬鹿にされ、舐められてしまう。しかし相手を油断させるにはその方が良いという事は分かってはいるものの、基本的に標的の背後から気配を消して近付き一撃で仕留める以上、面と向かって標的を向き合う事はない為関係ない。 「とにかく、だ」 再び溜息を吐いたヴァルが口を開く。 「今回の依頼は、隣国であるリゲツを拠点とする同業者―――”Bloody Blue”を壊滅させる事だ。だがしかし、その組織に関わる情報は一切与えられていない。顔写真はおろか、男なのか女なのか、どこにあるのかもまるで分からん」 「つまり諜報活動からしなければならない訳ですね」 「そういう事だ。お前を選ぶ理由はそこにある訳だが、実はもっと大きな理由がある」 ヴァルはそう言って口に銜えていた煙草を灰皿へと押し付けると、懐から一枚の封筒を取り出し、中身である小奇麗な紙切れをテーブルの上に広げた。記載してあるのは細かな文章と、この国の国王の直筆サイン、そして“リィル=グラス”という名前。 「…“リィル=グラス”?」 手を伸ばしてその紙を手に取り、ルーシェはその紙に書かれている事を上から読み流していく。 「それが例の谷を通る為の許可証らしい。そしてそれが、今日からお前の名前だ」 「どういう事ですか?」 「それは知らん。ギルバートの阿呆がどういう訳か女の名前で許可証を作りやがった。俺ら男がそんな許可証を持って検問所まで行ける訳がないだろう」 きな臭い―――ルーシェはそう思った。ギルバートもこの“ヴァル一味”の面子を把握している以上、女はルーシェ一人であるという事は承知の筈だった。それでいてわざわざ女の名前で許可証を作った理由は、裏に何かあると考えざるを得なかった。 「そういう訳だ、“リィル”。この仕事は、お前にしか遂行出来ん」 「…分かりました。支度して、明朝に発てるようにします」 気に食わない仕事だが、依頼された以上は遂行するしかない。ルーシェはテーブルの上に置いてあった封筒に許可証を入れ直し、そのまま支度をする為に自室へ向かおうと足を進めた。ぎしっ、ぎしっ、と床が音を立てる。テーブルから離れる度に視界は闇に包まれ、それでも彼女は視界を当てにせず、自らの長年の感覚から自室へと辿り着き、扉を開いた。 扉を開いた後、ほんの一秒間ほどその場へ立っていたが、やがてゆっくりと部屋に足を踏み入れ、音もなく扉を閉じた。 「…本当に一人で行かせるんですか?」 時計の分針が何度か動いた後、アギトが口を開いた。心成しか、その声は先程より一際小さく聞こえる。 「行かせるしかないだろう。この仕事は、あいつがやるべき仕事なんだ」 「その理由をいつ彼女に告げるつもりなんですか?」 ヴァルの言葉に、アギトは溜息を吐きながら言った。 「…恐らく、一生告げる事はない」 ヴァルのその言葉を最後に、誰も喋らなくなった。 そしてやがて、どこからともなく部屋に入って来た小さな影がランプの火を吹き消し、部屋は完全に暗闇に包まれた。 暗闇の中、ただ時が刻まれていく音だけを、ヴァルは聞いていた。 To be next… |
.黒鬼風斗
2008年10月19日(日) 20時20分28秒 公開 ■この作品の著作権は.黒鬼風斗さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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世界を作るのは苦手なので、素直に凄いと思っています。世界観が伝わってきました。とりあえず、暗殺者同士の話になりそうですね。そしてなにやら色々とワケありそうな依頼の様子。ルーシェにも何か秘密がありそうです、本人も知らない何かが。 ダークな雰囲気は好きですね。好きだけど中々上手く書けないのです……、楽しみにしているので頑張って下さい! わくわくですよー。 わたしももう直ぐ作品を投稿出来そうなので、そのときは宜しくお願いしますねー。………書けるかな? ちゃんと。不安ですが、宜しくです。 |
40点 | 風斬疾風 | ■2008-10-25 22:44 | ID : FZ8c8JjDD8U | |
これは、今僕が内容を掴めている所は、これは殺し屋が主役でそれで始まる物語ですよね? 今後がどうなるのかというのか? と私はかなり気になる感覚になりました。今後楽しみです。 さらにですが・・・ ヴァルさんは何故ルーシェさんに以来を任せたのかも・・・気になります。 |
30点 | N.H | ■2008-10-22 23:13 | ID : ViblgHAUaNg | |
舞台は西洋風、暗殺の武器がダガーと言う点から考慮して、年代は中世以前と見て良いですね。国家間には貿易と呼べる程、通商的関係が形成されているとは考えにくく、自由商人達が国家間の文化のパイプ役を果たしていると見てよろしいですかね。 私の作品はおおよそ文庫一冊ほどの長さがありますからね、ゆっくり吟味して読んでみて下さい。 解せないのは一国の大臣が、他国の人間を始末するのに私兵でなく、暗殺者に依頼を出すという点です。無論、失敗しても足が付かないと言う利点があるにはあるのですが、信用性に欠ける民間に受注すると言うのは、裏がありそうですね。 私兵を飼っていないか、あるいは質で劣ると言う可能性はありますが。ロリータの言う様に何かきな臭い感じがします。相手の情報が一切ないというのも……これまた臭いますな。 |
30点 | アダムスカ | ■2008-10-19 21:06 | ID : pwrTAXbZhaM | |
合計 | 100点 |