ソノ終焉、見テ「@」/L'expediteur de l'ame
 辺りは暗かった。少し表立った所では、電灯や店の看板が煌々と輝いている街。人が幾人も歩き、話し、騒がしい。
 だが、彼の歩いている場所は、そんな喧騒から隔離されたような静かな所だった。

 綺麗に舗装されたアスファルトの道、左右には塀が立っている。その向こうの家々に明かりは少なく、時折ある電灯がその下を白い光で照らしている。その光は、ただ一人歩いている高校生、もしくは中学生くらいの人の影を、地面へと映し出していた。

 彼以外に、歩く姿は一つもない。猫一匹いない。他の生物といえば、電灯に集まる羽虫だけ。彼の靴が、アスファルトを踏みつけるこつこつという音だけが辺りに響く。


 彼は、十字路を横切ろうとした。彼の歩いていた道が、別の道と交差する場所。その交差点に足を踏み出した瞬間、彼は横からの光に照らされる。

「なんだ?」

 突然の光に彼は目を細め、咄嗟に手を目の位置に当てる。そして、光の方向に勢い良く振り向く。そして、彼は見た。



 どんどん近づいてくる、二つの光源。それは―――車のヘッドライト。

 速度を落とすこと無く、此方に走ってくる車体。その色は―――漆黒。

 そして、その車を運転する運転手の、全くの無表情な―――その顔を。



「うわああああああああああっ!!」

 予期せぬ事態に彼は全く反応できず、真正面から車とぶつかる事になる。力強い衝撃が彼に衝突し、彼の身体は宙を舞う。体の様々な箇所の骨が折れ、口や鼻から血が飛び出る。そのまま彼は地面に激突して―――――。



◆↓




 俺は、死んでしまったのだろうか?

 夜 家に帰る途中、俺は突然車に轢かれた。
 薄暗い道を家に向かって十字路まで歩いていって、交差点に出た瞬間に、横から光に照らされ、そっちの方向を見たら車が走ってきてて、二つのヘッドライトが眩しかったのを覚えている。その車は、墨でも塗ったみたいに黒かった。

 それを見た瞬間、俺は車に吹っ飛ばされて…………。そこからの記憶が無い。


 俺はやはり、死んでしまったのだろうか。俺が今居るこの場所、ここは真っ暗だった。いや、暗いなんてレベルじゃない。
 何も無いんだ、あるのは闇のみ。自分の姿だけが色を持っているような、そんな感じだ。地面に足が付いているという感覚すらない。だけど、浮いているような感じもしない。

 ここはどこか。一番自然なのは天国とかそういう所だろう。だが、もしそうだとすると俺たち人間の持ってるイメージとは全然違う。天使? 天使どころか何も無い。楽園? どこが楽しくてどこが園なんだ。誰か教えてくれ。
 ……そんなことを聞く誰かも居ない。本当に何も無い所だ。

 そんなことをずっと考え続けることが出来るほど俺の頭は良くなかった。つまり直ぐに飽きた。どこかへ行くにも、地面が無いんだから歩くことすら出来ない。

 一体俺にここで何をしろというんだ。……何をすれば良いか分からないので、とりあえず寝ることにする。目を瞑っても瞑らなくても視界的には全く変わりが無いのだが、気分的に目を閉じて気を楽にすると、直ぐに俺の意識は更なる闇へと沈んでいった。










 そして目覚めても、何も変わっていなかった。何もしないというのが、こんなにも苦痛だったなんて……。そう思い、口を開いてみる。返答は無いと分かりつつも。

「誰か、居るなら返事をしてくれ……。俺をここから、出してくれ………」

 今この状況での、最たる望みを言葉にして紡ぎだす。とにかく、ここから出たい。他の人と話をしたい。そう思いながら口にしたこの言葉に、返答があるなんて思ってなかった。

「出たいのか?」

 短く、大きくないその返事だったが、この静寂の中では良く聞こえた。それは女性の声。俺は、自分でも驚くようなスピードで声のした方向に振り向いていた。

 そこには、藍色のような深い色の髪をもった女性が立っていた。その顔は微笑んでるようにも見えたし、冷笑しているようにも見える。全身に黒と灰色の服を着ているらしく、黒の部分はこの空間の闇と同化して見えなかった。


 その女性は、突然の出来事に反応し切れていない俺に言う。

「出たいのか。と聞いたんだ」

 そして、その言葉の意味を理解する。出たいのか? と聞くということは、出る方法を知っているということか? それは、今の俺の望みだ。ならば、

「当たり前だ! 出れるのか!?」

 俺のその怒声に目の前の女は身じろぎ一つせず、表情も変えずに手を差し伸べてきた。

「あぁ、出れるとも。何故ならここは我々の管理下だからな。良いだろう、出してやる。ただ、一つ条件がある。その条件を呑むんだったら、今すぐにでも」


 それを聞いて、俺は少し怪訝に思った。

 ここが、この空間が、こいつの管理下……? それってどういう事だ?
 つまり、俺をここに閉じ込めたのはこいつって事か。何のためになんだ。………いや、その目的が『条件』ってことか。だったら俺に選択肢なんか無いじゃないか。そのことに多少の不満はあるが、出れるんだったら良いさ。

「良いよ。で、条件って?」

 そう答えた俺に女は、ふむ、と頷いてから、

「我々に協力しろ」

 自身の胸に手を当てて言った。そして、手を下ろした。
 俺の頭の中で、協力って何に? と、文字がぐるぐる回っている。俺のその態度が追加説明を求めているように見えたのか。女は更に言う。

「お前のすることを具体的に言うとだ。お前に魂を回収してもらう」

「……え?」

 魂の回収って、アレですか? 空想物語で死神がやるっていうアレですか。ようするに俺に死神的存在になれと? どうやって? クエスチョンマークが頭上で踊ってるんですけど。
 ………いや、焦るな俺。説明を待とうじゃないか。俺は説明に耳を傾ける。

「お前に手帳を渡す。そこに死ぬ人間の名前と、その死に場所、そして死ぬ時間が現される。お前は実際にそこへ行って、その死に立ち会え。まぁ、お前の受け持つ範囲はそんなに広くないから安心しろ。それで、死んだ人間の魂を回収するんだ。やり方は簡単だ。鎌でその魂を斬る、以上。斬られた魂は強制的に我々の所に送られる」

 どうやら、本当に死神になれと言っているらしい。鎌って、イメージそのまんまだな。斬られた魂がなんで回収されるのかはよく分からないが、袋詰めにして持って帰ったりするよりは遥かに楽そうだし、良しとするか。

「分かったか? なら……―――」

 俺の頷くという行為で、こいつはまた話し始めた。こいつ………。

「いや、ちょっと待ってくれ」

 俺の言葉に、微かに顔をしかめて「なんだ?」と聞いてくる。きっと説明を遮られたのが不愉快だったのだろう。

「あんたの名前は何なんだ。名乗ってもらわないと色々困る」

 この色々ってのは、呼ぶときになんて言えば良いのか分からない、とかの理由だ。

「そんな事か。別に必要性は感じないが……、お前が困るのなら教えて置こうか。私の呼び名は、コンスィグネイド デル アルマ‐1609だ」

「それ、名前なのか……?」

 確かにこの、コンスィ? ……なんとかイチロクゼロキュウとやらは日本人には見えない。なら名前も横文字で良いんだが。なんだよ、一六〇九って。思いっきり数字じゃないか。どこら辺が名前ですか? 分かりやすく教えてくれ。

 俺の顔を見て今の俺の心の内を知ったのか、こいつはまた話し始めた。

「お前には呼びにくい名だろうな。確かに、私も長いと思っている」

 だからそれは名前なのか? それに良くないのは長さだけじゃないぞ。

「そうだな……、だったら略せ。私は名前などどうでも良いと思っているから、お前が勝手に決めて良いぞ」

 まぁ、そのままは嫌だけどさ。だからって勝手に略せってのもどうかと思うよ? 
 取り敢えず俺は突っ込んでみたが、他にどうすれば良いのか分からなかったので略すことに決めた。



 目の前にいる藍髪の女性の名前はコンスィグネイド デル アルマ‐1609。名前と言うか、固体を分ける為の名称だそうだ。そして、略称も俺が勝手に作ることに。

 まずカタカナのとこの一番短い区切りで、「デル」。で、識別番号だとかよく分からん番号を語呂合わせで適当に。略称、デル・イロレクに決定。本人に話したらちょっと笑っていい名前だな、とか言っていた。

 確かに名前だけ聞いたらどっかの国にいそうだが、由来が激しくかっこ悪い。何? 数字の語呂合わせって。でもね、名前ってのは分かりやすさが重要なんだよ。

 そんな訳で名前が決定したデル・イロレクから服と手帳と鎌を受け取った。依然辺りは暗いままだが、地面とかはあるようだ。歩けるし、硬い感触がある。


 渡された服に腕を通す。とにかく真っ黒な服。下の方は黒い長ズボンで、見た感じはサラリーマン辺りが着てそうなもの、の漆黒バージョン。因みにパンツも黒いものだった。

 上用には三枚。黒いさらさらしているシャツに、黒いワイシャツ(普通は白……というか白系の色しか見たこと無いから何だか変なものに見える)に、黒い上着。その上着は長袖で、丈が長い。着てみると、前から見る分には腰くらいまでなのだが、後ろにかなり伸びていて、その部分は膝らへんまで。まぁ、かっこいいデザインだとは思う。余り見ないが。

 そして、鎌も全体的に黒っぽい。ただし刃の部分は鈍く銀色に光っている。凄く切れ味が良さそう。それに時間確認のための銀色の懐中時計と、手帳も渡される。手帳は黒だったが、流石に中の紙は白だった。


 すっかり死神スタイルになってしまった俺は、デル・イロレクに呼ばれた。そして、外に出してやる、とのことだ。無論俺は喜んで着いていく。

 真っ暗な、黒しかない所をデル・イロレ……もうデルで良いや。この際、微かに頑張って決めた恥ずかしい語呂合わせが無意味になったことは気にしない。

 俺はデルについて歩いていく。中々歩きが速くて、少し速歩きをしないと置いていかれそうになる。少し離れると姿が見えなくなってしまうみたいなので、遅れないようにしなければならない。


 突然、デルが立ち止まった。ぴったりと後を着いていた俺はぶつかってしまう。

「いてて……、ったく何だよ」

 俺とデルは同じくらいの身長なのに、何故か俺が尻餅を付いていた。尻を擦りながら起き上がって前を見ると、黒い空間が縦に割れていた。真っ黒の扉があるみたいだ。
 それはずずずずず……と小さな音を立てながら横にどんどんと開いていく。扉(みたいなもの)の奥には光が見える。久々に見た明かり、思わず手で光を遮る。

 段々と目が光に慣れてきて、光を直視できるようになった。それはなんでもない電気だか日の光で、日常の明るさだった。
 俺がその光を懐かしの眼差し―――といっても暗闇に閉じ込められたのは一日くらいだが、それでも随分と久しぶりに感じる光に感動を覚えつつ全身にそれを浴びていると、急にデルが歩き出した。

 こいつの行動は前振りが無くて突然だから色々焦る。

「まっ、待てよ」

 慌てて追いかけて、光の中へと俺は飛び出た。







 ………。何でかな。
 俺が飛び出したところは葬式の場だった。出来ればもっと楽しい所に行きたかったんですが。

 回りからはすすり泣く声が聞こえ、黒服の人達がいっぱいだ。何故か、声に聞き覚えがある気がした。その人物を特定しようと声に耳を傾けたが、何人もの声が交じり合って良く分からない。

 そんな中俺は、その場の隅に立っている。とりあえず同伴者を探そうと辺りと見回すと、その同伴者は後ろに居た。いつの間に……、と思ったが居たなら良い。俺は来て直ぐに思った疑問をぶつけることにする。

「なんでこんな所なんだよ。出来ればもっと楽しい所に………」

 俺がそう言うと、目の前のコイツは俺の言葉を無視して一点―――俺の後ろを指差した。そして「見ろ」とだけ言う。

「ん? なんだよ」

 無視されたのに腹が立って、しかしデルの言うとおりに指差す方向を見ると、


 ――――俺の写真が、立て掛けてあった。


「え――……、なんで。俺は…………」

 頭が混乱して、言葉が上手く口から出てこない。一体何がどうなってるんだ? 俺はここに居るのに、なんで死んだことになってるんだ?

 そのとき、視界の端に俺の家族が映った。

 母さん、父さん、妹。三人共、泣いている。母さんに至っては手を顔に当てて、その下に見える素顔は涙でぐしゃぐしゃだ。

 俺は何が何だか理解できないまま、家族の元へ走った。俺は生きてる、そう伝えたくて。沢山の人が邪魔だが、意外と簡単に抜くことが出来て、家族の前へ出て叫ぶ。


「俺は生きてるッ! ここに居るよ!!」

 とにかく、このことを伝えたくて。自分のせいで家族が泣いていると思うと涙が出てきて、泣きながら叫ぶ。だが、

「――――――」

 誰も。誰も俺を見ない。俺の叫びは誰にも届いていないようだった。きっと、周りが煩くて声が聞こえていないんだ、そう勝手に思って。

 だから、肩を叩こうとして―――、














 手は、空を切った。

風斬疾風
2008年10月26日(日) 23時18分48秒 公開
■この作品の著作権は 風斬疾風さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 お久しぶりです。
 書き溜めていたものが数ページ行ったのでとりあえず投稿。きっと4〜5話で終わります。そして凄く更新が遅いです。きっと。
 一人称で書いているわけですが、これだと動きの描写が難しいんですよね、結構。ただ、最初の部分で分かると思いますが、三人称部分も出てきそうです。サイドな感じで。
 なんだかグダグダな部分があったかもしれませんが、限界です……。修正を加えたものの、これくらいが。

 ということで、感想お願いしますね。指摘点とかもあったら(あるだろうなぁ……)お願いします。
 
 では前作でのコメント返し。

>幻の賢者さん
 わたしは……、実際に置かれてみないと分からないですね……。結構人って適応力があるんで行ける………か、も?
 居るのでしょうか?


>ケルベロスさん
 連載モノです。
 凄く遅い更新になるでしょうが……。
 「素晴らしい」と、ありがとうございます。これも良い話になるよう、頑張ります。


>アダムスカさん
 「良いセンス」w ありがとうございます。
 超能力(?)などにはやはり持っていない者からすれば憧れですよね。わたしは多分持っていないので憧れてしまいます。よく幻(?)は見ますが。
 友達に霊が見えるという人が居て、実際にその類のものを経験したことがありましてね……。わたしはやはり霊感的モノはないらしく分かりませんでしたが、突然数人の人が泣き出すという事態に……。
 それを見て、「やっぱ怖いな……」と思いました。どちらが幸福かといえばやはり「持っていない者」なのでしょうかね。


 では、また「A」でお会いしましょう。
 それではっ! 

◆10/29 誤字訂正。「前身」→「全身」
 しまった!! ちゃんと見たはずだったんだが……、投稿前に付け足した部分の見直しが甘かったようです。
 あと、これは今書きますが。前の作品も残ってますよ〜☆ えっと、多分見つからない理由というのはわたしの名前が変わっているからだと思います。
 今の名前は「 風斬疾風」なのですが、少し前まで「 風斬疾風」だったんですね……。半角スペースと全角スペースの違いです。また、「 凰雅沙雀」という名前でも作品を投稿しています。紛らわしくてすいません………、間に時の経過が随分あったんで……。
 ということです。それでは。

◆11/03 誤字修正。「自体」→「事態」
 また一つ………。修正させていただきました。
 また、後半部分も少しだけ表現変更しました。少しは良くなったでしょうか。
 ただ、「聞く」と「訊く」については、「聞く」の方が一般的な表現ということです。「訊く」は常用外、国語辞典にも載っていなかったです。ということなので、こちらは変更しないでいきます。

この作品の感想をお寄せください。
こちらでははじめまして。数ヶ月前からROMってました。
感想だけでも書かせていただきます。

予期せぬ自体→予期せぬ事態
誤字ですね。

後、「たずねる、質問する」といった意味の「きく」は「訊く」とした方がいいかもしれません。「訊ねる」とも書きますし。

それと後半に主語を「デル」にしている文が多く、多少くどい気がしました。「彼女」やあるいは「黒服の少女」といった風に使い分けてあらわすといいと思います。

物語は、いいと思いますよ。
ここからシリアスになりそうですね。ここで失敗しないように気をつけてください。
では、ボクも今年中には作品を投稿したいと思いますが……。まあ、次回を楽しみにしてますよ。
30 ヌヌ ■2008-11-01 23:31 ID : b3pUYl15qxY
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さすがに全部一人称でやるには傍観者である以外は難しいと思うので所々に三人称が混じってもいいと自分は思います。

『◆↓』  ←の『↓』は意図的ですか?

『前身に黒と〜〜』→『全身に黒と〜〜』かと。


感想としては、ダークな感じでシリアス風ですか? と、まぁそんな感じがしましたね。ちょっと自問自答がコメディまじりだった様な気もしましたがw

俺がいえるようなことではないですけど、短いものならばシリアスならシリアス、コメディならコメディに統一したほうがいい…………らしいです。(ちょっと現実世界の友人に言われたことです。)
おれの今暖めている小説もちょっとシリアス、コメディ、色々混ざっているんですがww
そんな感じで、まぁ個人的にはコメディが混ざっていても悪くはないと思います。そこは人の思いそれぞれだと思うのです。


『手は、空を切った。』  ← 最後のこれ、中々好きです^^ 個人的には


あ、長文乱文ついでにもう一つ…………。
 前作……というか他の作品って削除したんですか? 見当たらないんですが……。
30 ケルベロス ■2008-10-29 21:25 ID : 8u0JUU1wUZY
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