黒紅ノ眼〜第1章・1節〜
長い夜が明け、軍に新人が来るこの日の朝が訪れた。

「……ふぁーぁ……」

「お疲れのようですね」
先日の発作のせいで全く眠れなかったギルバートは隈の出来た目に涙を浮かべていた。

「ああ……また発作でな」

「大変だね……君も」
入軍式――最も、式と言えるほどのことをやるわけではないが――が行なわれるまでまだ時間があったので、ギルバートは軍の将軍……ヴァルゼンとチェスをやっている。

疲れを隠しきれてない様子のギルバートとは対照的に、職務で深夜遅くまで机に向かっているはずのヴァルゼンはいきいきとした顔でチェスに没頭していた。

(どういう体のつくりしてんだ……こいつは)
ヴァルゼンは長い金髪の年の頃20前半といった顔立ちだ。
しかし、その美麗な見目に反し、実力はこのフィルオール軍……いや、属国の中でも並ぶものはいないだろうとギルバートは踏んでいる程だ。

(こいつ、本当に俺と同い年か?)
ギルバートは自分の意識が飛びそうになっているのに気付き、慌ててチェスのボードを見た。

「今回の新人君たちには期待できそうかな?」
ヴァルゼンの言葉にギルバートは顔を上げた。

「なに、まだ顔も見ていないからね……分らないのが普通なんだけどね……」
ヴァルゼンが言葉を続けながらナイトを動かす。

「……恐らく期待は出来ない……そういえばお前はいつも変わったチェスをするな」

「はは……僕のチェスかい? そうだね、多分人とは違う」
ポーンとナイトなどの駒を捨てながらクイーンでキングを狙うギルバートの戦い方とは違い、ヴァルゼンのチェスは時にクイーンを犠牲にしてまでもポーンを守る。

「ポーンは捨て駒だ……」
ギルバートはつぶやきながらポーンを盾にまわす。
ヴァルゼンはそんなギルバートを見て笑顔で言葉を返した。

「確かにね……ポーンなんてしょせんはクイーンなんかのサポートも難しい駒だ……」
ヴァルゼンは動かしたポーンをビショップで取る。
ギルバートはそろそろ開式の時間になるのに気付いた。

「おい、時間じゃないのか?」
ギルバートはヴァルゼンに促す。
式には当然、将軍であるヴァルゼンも参加する。

「そうだね……じゃあ僕は支度もあるし先にいっているよ」
将軍と言うこともあって、ヴァルゼンは色々忙しいらしい。
その言葉を言うとすぐに席を立った。

「……確かにね……ポーンは捨て駒だよ」
扉を前にしたヴァルゼンは手に持っていたポーンの駒を放り投げた。

「ただね……」
ポーンは綺麗な放物線を描いてボードに向かう。

「ポーンは時に……化けるよ」
ヴァルゼンの投げたポーンが落ちたのはさっきまでヴァルゼンが座っていた席から見て一番奥……つまり、ポーンが別の駒へと変わることが出来る位置だ。

「チェックメイトだね……」
その言葉を最後に扉が閉まる。
ギルバートがボードを見ると最後に打たれた――正確には投げられた――ポーンがクイーンになることで見事に摘んでいた。

「……野郎……」
ギルバートは苦笑を浮かべてつぶやいた。



式が始まった。
ギルバートもあの後眠気覚ましのコーヒーを飲み、すぐに式場へ向かった。
見ると、そこには恐らく100人ちょっとくらいの人数の新人が立っている。

(ざっと120人って所かな?)
ギルバートはぱっと見で人数の見当をつけた。

「えー諸君……我がフィルオール軍へよく来てくれた……」
ギルバートより1つ位が上の教官が長々と演説を始めた。
コーヒーを飲んだと言っても、すぐに効果が現れるわけでもなく、ギルバートは欠伸なんかをしながら開式の言葉――彼にとっては雑音――を聞いている。

「諸君ら118名は……」
その言葉だけは雑音ではなく言葉として耳に入れた。

(惜しいな……2人違いだ……)
心の中で舌打ちして、再び雑音を聞き始める。

「――以上、開式の言葉を終る」

「長げぇんだよクソ野郎……」
ギルバート隣の人にすら聞こえないつぶやきに気付いた男が苦笑している。

(聞こえてやがったか……ヴァルゼンめ……)
そんな事を繰り返しているうちに、ギルバートが二番目に興味がある事が始まった。
ヴァルゼンの話しだ。

「皆さんおはようございます。僕はフィルオール軍、将軍のヴァルゼンと言います。今日から皆さんは事実上僕の部下になるわけですが、まあ気軽に話しかけてください」
ヴァルゼンはいつもと変わらないのんびりとした口調で演説をする。
軍の上下関係、戦闘訓練、実戦訓練など……一通りこの先の説明を終えるとヴァルゼンは一息ついてから口を開いた。

「皆さんはチェスが分るかい? まあ、知らなくても一応聞いといてよ……」
チェス……ギルバートはさっきの局面を思い出してしまい、目頭を押さえて苦笑する。
今までの二人の戦跡は43戦の内、ギルバートが8勝……ヴァルゼンが35勝と言う、まあなんとも凄惨なことになっていた。
そんなチェス好きのヴァルゼンがその話を――しかもこんな場面で――するとすればあの話しかない。

「君たち新人はほとんどがポーンだ……酷い言い方かもしれないけどポーンは捨て駒だって言われている」
新人たちの顔が容赦の無いヴァルゼンの言葉に引きつる。

「だけどね……僕はいつもチェスをやるときに必ずポーンを守る戦い方をする……何故だか分るかい?」
ギルバートはさっきの言葉を思い出す。

『ポーンは時に化ける』

今までで一番無残な負け方だったがヴァルゼンの頭脳を持ってすればたやすいことだと割り切ればどうにかなる。
それを此処まで引きずってしまうのは何か別の理由があるのではないか?
そう考えるギルバートだが、答えはすぐに出た。

「ポーンにやられたからだ……」
ギルバートのつぶやき声は恐らくヴァルゼンに聞こえている……言葉を発してからそのことに気付いてギルバートは急いで口を押さえた。

「ポーン価値は万金に値する……と僕は考えているからだ……意味はこの先でゆっくりと考えてくれていい……僕の話はこれでおしまい、皆ご苦労だったね」
どうにも最後のご苦労だったと言う言葉が自分に言われたような気がしてギルバートは顔が引きつる気がした。

「以上で入軍式を終る! 一同、礼!」
その号令を聞いてギルバートは、やっと解放されたとめんどくさそうに礼をする。

「この後は、戦闘力テストを行なう。各自、先に配られた用紙を見て集まるように。以上!」
戦闘力テスト……軍に入ってから一番最初に行なうもので、その名の通り数人でチームを組んで教官と戦う訓練だ。
この戦闘力テストの結果を見て配属される部隊が大方決まることもあり、このときばかりは全員が闘志を燃やしているように見える。

「気のせいだ……」
ギルバートは軽くつぶやいて訓練の場所へ体を向けた。

「新人相手だからって手加減はしない」
ギルバートは自分へ言い聞かせるように何度も同じことをつぶやいて歩き出す。
カフェインが回ったらしい。ギルバートは最後に大きなあくびを一度して式場を後にした。
ZERO
2008年05月20日(火) 22時52分24秒 公開
■この作品の著作権はZEROさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
プロローグがやたら短かったくせに今回は逆に相当長くなってしまったような気がします。
作品の中で出てきている設定を詳しくまとめてみようと思います。

名前:ギルバート・シュトレイド
階級:軍教官及び小隊長
年齢:23歳
容姿:ぼさぼさの長髪で色は茶色。瞳の色は黒で、現在は寝不足で充血している。


名前:ヴァルゼン・ガイト
階級:将軍
年齢:23歳
容姿:金色の長髪で、眼鏡をかけている。目鼻立ちは良く、どちらかというまでもなく美が付く青年


ご指摘ありがとうございます。修正しました

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 チェスの「つむ」は、「詰む」ですよ。インポートだっけ? なかなか難しいですよね。ただ、終盤はやりやすかったり。私は、ルークとクイーンは大切にしますね・・・。
 続きが気になりますね。予想できない。
30  風斬疾風 ■2008-05-25 10:05 ID : FZ8c8JjDD8U
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プロローグと共に読ませていただきましたが、いいと思います。
ポーンが化けるから・・・ですか・・。

変換ミスと思われる箇所。
 プロローグから、5行目の押さないギルバートは〜〜、幼いギルバートは出はないでしょうか?
 今作から、63行目の性格には〜〜、正確にはのミスだと。

改行も含めての行数です。
30 ケルベロス ■2008-05-20 19:12 ID : If3qiekeSNg
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