黒紅ノ眼〜第1章・3節〜 |
燃えるような赤い髪、草原には不釣合いなそれが、いま草原の中にある。 髪は短いが、風に揺れ、草の緑で一際映えて見えた。 軍で支給された制服を丸め、枕にして寝ている少年は、フィルオール軍入軍直後の戦闘力の診断テストでギルバートに本気を出させたほどの実力者だ。 「……何してるの?」 「昼寝してるの……」 不意に聞こえてきた甲高い声に赤髪の少年は目を瞑ったまま答える。少年に声をかけたのは戦闘力の診断で同じ組だった少女だ。 「それは分るよ、僕が聞いているのは……」 少女が不満そうな顔をして声をかける。 「何で今、しかもこんな場所で昼寝なんかしているのか……だろ?」 少女の言葉を遮って少年の言葉が聞こえてきた。声がしたすぐ後に黒髪をなびかせた背の高い少年の姿が現れる。 「眠いから……」 赤髪の少年は起き上がろうともせず不満そうな声で答える。 「今は教官がこの先のことについて話をしてくれている最中だろ?何でお前はこんな場所に居るんだよ」 黒髪の少年の少し強い物言いに金髪の少女は困ったような顔をして赤髪の少年方を見た。 「うるせーな……いいんだよ、俺は……ってそういうお前たちも聞いてないだろ」 赤髪の少年はゆっくりと起き上がりながら言い放った。 寝癖1つ付いてない赤髪は急にふいた少し強めの風に揺れ、草原の緑との色の調和が際立っている。 「はは……ばれちゃったね」 「だな」 黒髪の少年と金髪の少女が顔を見合わせて笑う。 そんな様子がおかしく赤髪の少年も釣られて笑ってしまった。 「そろそろ授業が終る時間だよ?」 少女が少年二人に言う。少年二人の身長は見た目では判断できないほどに近いが、横に並んだ少女は一目で分るほどに小さい。 「この後は何がある?」 赤髪の少年は黒髪の少年に問う。黒髪の少年は顎に手を当てて少し考えた後口を開いた。 「技術班の授業だな。今日は俺たちの戦闘力や血子の特性から武器を作るって言ってたな」 赤髪の少年はそれを聞いて飛び起きる。 「武器作んの?だったら行かないとな」 赤髪の少年の態度の変わり方に金髪の少女は苦笑を浮かべた。 「ディオン! イリア! 誰が先に研究室に着くか勝負しようぜ?」 「ガキかお前は……」 ディオンと呼ばれた黒髪の少年は赤髪の少年に向かって言い放つ。 不機嫌そうな顔をする赤髪の少年をなだめるようにイリアと呼ばれた金髪の少女が声をかける。 「え、でも早く行かないと遅れるよ?」 たしかにそうだが……とディオンは頭を掻いた。 「おい、さっさと行くぞ!」 赤髪の少年がせかす。ディオンは面倒くさそうにため息をつくと、足を前に出す。 「ちょっとディオン! ビュード! 僕をおいていかないでよ!」 イリアは二人の名前を叫びながら後を追った。 「……で、どうだった?新人君たちは……」 軍の中枢を担う機関……フィルオール軍は此処を中心に八方へ広がる特殊な形をしている。 その軍の心臓部である将軍室へ呼ばれたギルバートはやはりというか……ヴァルゼンにチェスの相手をさせられていた。 ヴァルゼンの質問にギルバートは駒を動かしながら答える。 「うーん……ほとんど全員がポーンって所だったな……」 此処でチェスの駒を例えに使ってしまうのは、長い間ヴァルゼンと共に居たせいだろう。もっとも、その例えはヴァルゼンには伝わるのだから問題は無いが。 「ほとんどっいう事はナイトやルークが居るってこと?」 ヴァルゼンもそれに応じるようにチェスの駒で例える。 「ナイトやルークなどではないかもしれない……」 ギルバートのその言葉にヴァルゼンが手を止めた。 盤を見ていて表情は読み取れないが、いつものひょうひょうとした表情でないことは手に取るように分った。 「……クイーンになりうる人材?」 ヴァルゼンがポーンを進める。ギルバートは次の手を考えながら答えた。 「ああ、しかも俺が見た限り一人じゃない……」 ヴァルゼンが進めたポーンがこれ以上動けないように駒を動かし、ギルバートはそれに続く言葉を放つ。 「3人だ……俺が見た限り3人居る」 「そうかい、いやー今年は楽しくなりそうだねぇ」 ヴァルゼンが顔に笑みを浮かべていう。恐らくこの言葉は本当だろう。 ……コンコン と、二人の会話を遮ってノックが聞こえてきた。 「どうぞ」 ヴァルゼンは盤から目を離さずにドアに向かって言う。すぐに…… 失礼します! ……と力強い声が聞こえ、ドアが開けられた。 ギルバートの方を見て緊張がさらに張り詰めたのを見る限り、入ってきた兵士はほぼ確定的にギルバートより階級が下だ。 「用件は?」 ヴァルゼンが言う。 兵士は前を見直して言葉を発した。 「たった今、レイジ軍からの使いがやってまいりました」 「そう……じゃあ僕は行くよ」 ヴァルゼンは残念そうに駒を置くとギルバートに言う。 やっと開放されたギルバートは首をグキリと鳴らし、席を立った。 「じゃあな」 「うん」 二人の会話はそのやり取りで終わり、別々の方向へ歩きだす。 ギルバートはこの将軍室来る前に、研究室へ呼ばれていたのを思い出し、そちらへ向かった。 薬品と火薬……それに金属の溶けた臭いが混ざったなんともいえない異臭の立ち込める研究室は、すでにがらんとしており、3人が遅刻したことは明解だった。 「や、やっちまったな……」 ディオンが二人に言う。イリアもビュードも苦笑して頷く。 数人の研究員しかいない研究室は、けたたましい機械の作動音を反響させている。 そんな中、一人の研究員らしい人物が3人に気付き、近づいてきた。 「やあ、君たち……いくらなんでも遅刻しすぎだよ」 そういう青年の笑顔は引きつっているように見える。あまりに申し訳なく、3人はさらに引きつった苦笑を浮かべる事しか出来なかった。 「す、すみません……」 口を開いたのはイリアだ。長い金髪を揺らして頭を下げる。 そんな様子を見て青年は軽く笑って口を開いた。 「はは……問題ないよ。君たちより問題がある人を知っているし」 「それは俺のことじゃないだろうな……」 不意に聞こえた声に4人が振り返るとそこには教官服の男……ギルバートが立っていた。 「お、ギルト君……早かったね」 「質問に答えろ」 青年のそんな声には耳もくれず、さっきの質問の答えを要求する。 「あはは……そうだ、君たちの武器をー」 「おい! イード! 無視すんな!」 イードと呼ばれた青年はギルバートのことを放って3人を奥へ連れて行った。 「イード! 待ちやがれ!」 怒鳴りながらギルバートは4人をおう。イード以外の研究員はその様子を物凄い苦笑を浮かべて見ていた。 「はい、これを腕につけてね」 イードに渡されたのは腕輪のような金属製の器具だ。 腕輪からはコードのようなものが延びていて、よく分らない機械につながっている。 「これでいいですか?」 イリアが腕につけてイードの方を見るとイードは笑顔で頷いた。 他の二人もつけたようで、ギルバートがその様子を見ている。 「少しチクッてするよ?」 イードが機械のスイッチを入れると腕輪から小さな針が突き出した。しかし、そこはこの研究所の技術力なのか痛みを全く感じない。 「何してんの? これ……」 ビュードが不思議そうに聞くとイードは軽い口調で答えた。 「君たちの血液を採取しているんだ。血子の種類と量を調べるのと同時に、体細胞の一部を武器に使うからね……」 「まあ、そういうことだ」 ギルバートが欠伸をしながら3人に言う。血液の採取が終わり、機械のスイッチが切られた。 「その腕輪はあげるよ。いざという時に直接血子が使えると色々便利だし、その腕輪のスイッチを入れると血子を活性化できるからね」 3人は無言で頷くのを見るとイードは言葉を続ける。 「後は、希望があればその通りに作ってもらえるように発注するけど……希望はあるかい?」 イリアは狙撃銃、ディオンは日本刀だったが、ビュードは二人とは違い特殊な注文をした。 「ふむふむ……分った。どうにかやってみるよ」 ビュードの注文にイードは楽しそうに頷くとギルバートの方を見た。 「さて、君たちの用事はおしまい。数日中には武器が出来上がると思うからかえっていいよ」 「ありがとうございました」 と3人が各々に礼を言って、研究所を後にした。 ギルバートがその様子を見て立ち上がった。 「さあ、ギルト君、……こっちだよ」 イードにせかされるようにギルバートたちはさらに奥の部屋……だだっ広い部屋へ移された。 「さて、ギルト君に試してもらいたいのはこいつだ」 イードはそう言うと機械に電源を入れる。 ぐおおおぉぉぉぉぉぉん…… と、けたたましい機械の起動音と共に広間の壁が開いた。 「お、お前……こいつは……」 壁の向こうに現れたのは二輪の乗り物だ。 黒光りする車体に、左右に取り付けられた竿立てのような物、何より特徴的なのは黒いコーティングの上に走る赤いラインと、エンジン部分から聞こえる鼓動。 乗り物であるはずのこの車体には無数の血管と心臓がある。 (生きている?……馬鹿な!) ギルバートは目の前にある現実を否定した。しかし否定されたそれは今此処に存在する。 「すごいでしょこれ? 人工の心臓と血管で命を持ち、AIチップを使って頭脳を与えたんだ」 それはつまり、機械であり、命と考えることが出来る頭があるということだ。 「苦労したよ……どうにか半永久的に燃料を持たせる乗り物を作れないかって将軍に言われて」 ヴァルゼンめ……なんて注文をするんだ、とギルバートは思ったが口には出さなかった。 ギルバートは乗り物に近寄る。 「人工頭脳搭載型機械獣……通称フェンリル……」 「フェンリル……神殺しの狼……たいそうな名前だな」 ギルバートは一歩……もう一歩とフェンリルに近づく。 後一歩という距離まで近づいた瞬間いきなりフェンリルの先端部分に搭載されているライトが点灯した。 「うお!」 「ははは……こら、フェンリル、あまり人を驚かすなよ」 イードにしかられ、フェンリルはライトの光を弱める。 しかられてしょげてしまう犬のようにも見えるこの動作から、フェンリルという名前はやはり間違っていたのでは?とギルバートは疑問に思う。 「フェンリル……この人がギルト君だ、しっかりメモリーに残しておけよ」 ギルバートが唖然として見ていると、それを愉快に思ったのか、フェンリルはギルバートに近づいてきた。 「どうやら、気に入られたみたいだね」 「で、こいつをどうしろと?」 ギルバートが近寄って来たフェンリルをなでながら、イードに問うた。 「別にたいしたことじゃない。こいつを君に見せたかったのと、君をこいつのメモリーに入れるのが目的だったんだ」 「そうか……で、こいつはどうするんだ?」 ギルバートの更なる問いにイードは少し困ったような顔をして口を開いた。 「それがー……すでに設計図はあるから、君につれて帰ってもらおうと思ってね」 ギルバートがキョトンとした顔をしていると、イードはやっぱりねといった顔をする。 それゆえに次に聞いたギルバートの言葉が以外だったのか、イードは唖然とした。 「ああ、かまわない」 「え?」 「かまわないと言った……。俺もこいつが気に入ったからな」 本当に以外だったようだ。表情の変化が見なくてもわかるような気がするほどに明るくなる。 「ありがとう! 君に頼んでよかったよ!」 「ああ、じゃあ俺はこれで帰るぞ」 「うん、それじゃあまたね」 「またな……いくぞフェンリル」 ギルバートはイードに別れを言うとフェンリルにまたがった。 軽快な音と共に土煙を上げフェンリルが走り出した。 |
ZERO
2008年05月22日(木) 19時57分17秒 公開 ■この作品の著作権はZEROさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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生きてるバイクか、いいと思いますよ。 神殺しの狼って作中の設定でしょうか? それともどこかの言葉ですか? まさか、ギルバートに似た鎖形の武器でしょうか・・? |
30点 | ケルベロス | ■2008-05-25 20:23 | ID : If3qiekeSNg | |
血管が走ってるバイク(?)は嫌だな・・・、しかも自分で動けるのか。 ビュードの注文が気になるな♪ どんな武器だろ? ところで、なんでルークって城なんだろうね。 |
30点 | 風斬疾風 | ■2008-05-25 10:40 | ID : FZ8c8JjDD8U | |
合計 | 60点 |