黒紅ノ眼〜第2章・1節〜
ショッピングモールの中はいつも通りにぎわっている。ギルバート本人は騒がしいところはそこまで嫌いではないし、カエラは見ての通り騒がしいを形にしたような女だ。
故に会話は弾む。

「どうしてヴァルゼンは将軍になったんだろう」

「実力があった……だけではないな。人望もあるし何より『あの眼』がある」

「たしかにねえ……『あの眼』がヴァルゼンの最大の武器だもんねぇ」
荷物を持たされたまま歩き続けるといつの間にか三度、服屋へと着いた。

(まあ、私が聞きたかったのは将軍になれた理由じゃなくて……将軍になろうと思った理由なんだけど……)
もっとも、ギルバートに聞いても仕方が無いと思っていたのでこれ以上は聞かなかったが。

「おい、何も買わないんだったらさっさと行くぞ」
ギルバートの言葉にカエラは我に帰った。

「まってまって、ここでも買うんだからー」
短い嘆息。そしてすぐにギルバートは買い物に付き合うべく意を決した。
本当に楽しそうに服を見ているカエラを見るといつの間にか口元が綻んでいるのに気付き、急いで表情を元に戻した。

「ねぇねぇ、ギルト。これどう?」

「ん? ってお前……それは……」
カエラが手に取っていたのは男物の和服だ。
このパターンになると次に来る言葉はどう考えても……

「ちょっと着てみて」
しかありえない。

「まて、俺に和服は……」
似合わない。その言葉を言うことすらギルバートには出来なかった。

「あ、でもこっちもいいかな。うーん、悩むね」
悩むね……ではない! 確かにセンスはいいが、ギルバートは和服が嫌いなのだ。
青色の袴と赤い襟の白い羽織りを持って楽しそうに喋りかけるカエラを見ていると断ることも出来ない。
それがさらにギルバートを悩ませていた。

「あ、試着室空いたよ。ほら、行ってきなさい」
だから行ってきなさいではない! と言おうと思った……いや、それを思うことすら出来ないほどにギルバートは追い詰められていた。

「分かった……試着だけだぞ」
ギルバートはため息交じりに呟くと試着室へと入った。




「うーん……やっぱりあれギルバート教官だよね」

「ああ、間違いねぇ」
服屋へと入り、謎の女性と話をしているギルバートを少し離れた階段付近で見る人影が3つ……。

「ねえ、もうやめようよ……ぼく怒られるの嫌だよ?」

「馬鹿いうんじゃねえよ。こんな面白いもの滅多に見れるものじゃ無いぜ」
少女の止める声も聞かずに赤髪の少年はギルバートを見る。

「でもさぁ……教官と一緒にいる女の人……誰だろうな」
ギルバートを観察するのを一番最初に止めた黒髪の少年は階段近くのベンチに腰をかけてコーラを飲んでいる。

「飽きるの早いねえ……ディオンはよお」

「黙れビュード。くだらないと分かったらそんなのを続けるのは労力の無駄だ」
赤髪の少年……ビュードは黒髪の少年、ディオンに言われたことに腹を立てたのか膨れっ面になって視線を戻す。

「どうせ無駄なことをやってますよーだ……」

「あはは……まあ、気にすることないよ」

「やめとけイリア。相手にするだけ無駄だ」
機嫌の悪いビュードをなだめようとするイリアをディオンがとめる。

「手前! さっきから黙って聞いてりゃいい気になりやがって!」

「ほう、やる気か?」

「ちょっと二人とも……」
飲み終わったコーラの缶を握りつぶし、立ち上がったディオンをこれでもかというほど睨みつけるビュード。
そして困った表情でそれをとめようとするイリア。
いつもの構図が、今日は唐突に消滅した。



どごおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉん!



物凄い轟音と共にショッピングモール内がパニックで包まれる。
爆発が起きたのは幸にも先日閉まった店の近くだ。
人々の悲鳴と動揺は波紋となり、即座にモール内に広がった。

「カエラ! 何が起きた!」
試着室から出てきたギルバートは外の様子を見て言葉を失った。
まさに海のように居た人たちが潮が引くように一斉に外へ出て行く。

「あ、ギルト! さっき爆発があったの」

「それは音で分かった。どこで爆発したか分かるか?」
ギルバートの問いにカエラは閉まっている店の跡を指差した。

「あの店はこの間閉まったところだな。ラッキーだった……」
ラッキーだった……。本当にラッキーだったのか? ギルバートは自分の言葉に疑問を感じた。
しかし、そんな疑問を解決する暇もなく、人が居なくなったモール内で再び爆発が起きた。
今度の爆発はモールの中心だ。
どうやら、犯人は客に害を加える気はないらしい。

「血子爆弾だな……」
爆発の規模と立ち上る煙の色、そして爆発の寸前になって一度だけ聞こえるドクンという鼓動。全ての状況証拠から相手の武器を判断する。
軍の最前線で戦う部隊の隊長にもなれば、この程度のことは出来なくては戦場での指揮官など務まらない。

「血子爆弾?」

「ああ、間違いないな」
カエラの問いにギルバートは頷く。

「血子爆弾って、あの軍でよく使うっていう兵器でしょ?」
血子爆弾……。それは爆弾の中に、人工の心臓を取り付けたものだ。普通の爆弾との一番の違いは、その効果範囲だ。
普通の爆弾では1メートル程の範囲しか爆破できない火薬の量でも、血子爆弾になれば、10倍いや、20倍の範囲は軽く超える。

仕組みは、生物の体内の陽血子を爆弾に組み込んであるというフェンリルに極めて酷似した――正しくはフェンリルのほうが後に発明されたため、フェンリルが血子爆弾に酷似している――ものだ。

普通の爆弾が、火薬に直接引火させるのに対し、血子爆弾は陽血子の活性作用を利用し、爆弾内部の熱源を限りなくオーバーヒートに近い状態にまで持ってくる。
それによって発生する文字どうり爆発的なエネルギーにより、火薬を飛散及び爆破させ、より広範囲に爆発の被害を及ぼす。

「わざわざ血子爆弾を使ったのは、誰にも気付かれずに設置する必要があったからだ」

「そうか。確かに血子爆弾なら小型化しても威力をある程度維持できるもんね」
ギルバートが頷く。そして、すぐさま辺りを見回した。
逃げ遅れた客は確認できるだけで16人。このうちの2人はギルバートとカエラだから、実質的には14人。

「そして……あの3人を除くと残りは11人だな」
あの3人とは、ギルバートが現在視界の隅に捉らえている赤毛と黒髪の少年二人と、それに付き添うようにいる少女だ。

「ビュード、ディオン、イリアだったな」
ギルバートは内心少しラッキーだと思った。なぜなら……

「ギ、ギルト! 何なのこの人たち……」
なぜならギルバートたちは残っていた11人に囲まれていたからだ。
爆破テロの犯人は複数だった。

「カエラ……1人で逃げれるか?」
藍色の袴に、赤い線の入った羽織を着ているギルバートを見てカエラは頷く。

「上等……行け!」
ギルバートの行けの合図とともにカエラは走り出した。
後ろから拳がぶつかりあう音が聞こえる。だが、振り返ることは出来なかった。
ギルバートの放つ雰囲気がそれを許さなかったからだ。

「さて、カエラは行ったか」
テロリストからの拳をいなしながらギルバートは呟いた。
正直、11対1ではさすがのギルバートも分が悪い。

(武器があれば楽勝なんだが……)
刹那。ぐおおおおぉぉぉぉん……という独特の音を響かせながら黒光りする二輪の乗り物が視界に現れた。

「でかしたフェンリル!」
ギルバートの前に現れたフェンリルにはもしもの場合に備えていつもの鎖剣が乗せてある。
体内の陽血子を活性化させることによって、脚力を一時的に上昇させ、フェンリルに近づく。もっとも、これを普通の人間が使うと翌日は筋肉痛で足が動かせなくなる。

「さて、形勢逆転だ」
鎖剣を手に取り、その場に居た11人に言い放つ。

「うおおおおお!」
ギルバートに1人の男が剣を振るかざして突進してきた。
相手の突進の勢いを利用し、ギルバートは男の腹部に左手を当てる。さらに右手を肩に当て、足を払う。
戦闘力診断テストの最初に使った技……空転落だ。
空中を一回転した男はそのまま階段を転げ落ち、ビュードたちの前に放り出された。

「うお! 誰だこいつ」
ビュードがいきなり転がってきた男を見て、驚きの声を漏らした。

「おいお前達! 俺がそっちに送った奴を片付けろ!」
ギルバートの声に返事をするものは居ない。しかし、全員が了解と言わんばかりに剣を抜き、銃を組み立て、刀を腰に当てた。

「さて、10対1だな」

「武器があるからって調子に乗るなよ?」

「調子には乗っていない……様々な可能性を考えても俺が負ける確率は……2パーセントに満たない」
ギルバートの強気な発言にテロリスト達は不平を漏らした。

「そういえば……貴様の軍の将軍達は俺達の軍につかまったって聞いたぜ?」

「なに……?」
ギルバートは動揺を抑えようとする。

「残念だが……お前のお仲間さんは今頃全員、御陀仏だぜ?」

「そんな馬鹿な!ハッタリだ!」
嫌な汗が吹き出る。

「嘘じゃねえよ。あいつらの戦闘力は対人戦においては他の軍の人間を凌駕している。それに、不意を突かれたとあっちゃあ……」

「そんな馬鹿な! あいつらが不意を突かれるなんて!」
動揺の色が顔に現れるのが分かった。
ギルバートは可能な限り戦闘以外の情報を脳から取り除いてそっちに専念することにした。
全ての真相を確かめるのはそれからでも遅くはない。
ギルバートはフェンリルから鎖剣に使われている鎖の倍近い長さの鎖を取り出すと、自由な右手に巻きつけた。

「本気で行くぞ」
ZERO
2008年05月29日(木) 22時37分33秒 公開
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■作者からのメッセージ
ついに次回から本格的な戦闘に入ります。
最後の会話のところが滅茶苦茶になっていますが、そこは勘弁をしてください。

この作品の感想をお寄せください。
 最後のテロリスト(?)とギルバートの会話の内容がいまいち分かりませんでした。
 さて、多人数の戦闘は難しい……。一対十って、勝てるのでしょうか? そこは実力の見せ所ですね。
 前半とても良かったと思います。血子爆弾の説明がなんか良かったです。
30  風斬疾風 ■2008-05-31 23:02 ID : FZ8c8JjDD8U
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空転落・・? それって実際にある技なんですか? 空手? 柔道? はあまり詳しくないんで。

ギルバートがラッキーって口にするとは・・少々イメージが変わりました。
30 ケルベロス ■2008-05-30 17:57 ID : If3qiekeSNg
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