黒紅ノ眼〜第2章・2節〜
ギルバートは焦っていた。10対1の戦力差でも、鎖剣さえあれば引けを取らないし、それにくわえて長鎖があれば相手がヴァルゼンでも無い限り勝利は揺るぐことの無いものになる。
故に自分が何に焦っているのか分らない。

「……気分悪いな」
3人からの一斉攻撃を軽くいなしながらギルバートは呟く。
4人目からの奇襲がギルバートを襲った。

「ふん!」
軽く鼻で笑い、4人目を蹴り飛ばす。

「ぐあ!」
短い悲鳴と共に男の意識が闇へと落ちた。
ギルバートは今の一撃の間だけ、陽血子で脚力を倍増させていたのだ。一撃で意識を奪うほどの攻撃力を持った足に飛ばされた男は力なくその場に崩れ落ちた。

「3人で俺の行動を制限しながらの奇襲とは考えたな……俺が相手でなければ合格だったな」
ギルバートは相変わらず3人の攻撃をかわし、防ぎ、弾き返す。
残りの6人は3人とギルバートの戦いをただ見ている。

(俺の動きを見極る……って寸法だな……)
ギルバート自身、これ以上相手をしてやるつもりはさらさら無い。
だったらどうする?
答えは簡単だ。3人を同時に吹き飛ばせばいい。

(あれを使ってやるか)
陽血子で脚力を高めて3人から瞬時に距離を取る。右手を後ろに引き、鎖を巻いた左手を前に出す。

「鎖拳技・音破衝!」
掛け声と共に、陽血子で拳速を音速を超えるまで上げた右拳が自分の左手を打つ。
音速を超えた右拳から放たれた一撃は左手にせき止められ衝撃が後方へ付きぬける。

「ぐぅぅお!」

「うわぁあ!」

「う!」
拡散した衝撃は3人の男へ届くと、まさに爆発するかのような轟音と共に3人を貫いた。
距離を取ってから技が打たれるまでの時間は僅か1コンマ17秒。
左手にしびれるような痛みを、右手に燃えるような熱を感じたが、鎖を解いた瞬間にどちらも消し飛んだ。

「なんだ……今のは」
残された6人の内1人が驚きの声を上げる。
周りの5人も青くなって固まっていた。

「さっさとけり付けるぞ!」
ギルバートが再び腕に鎖を巻いた。下段に鎖剣を、ちょうど真横になるように長鎖を持った腕を構える。
刹那。6人のうち2人が足下を長鎖にすくわれ宙に浮く。逃がさないとばかりにギルバートは跳躍すると、鎖剣で2人を床に叩き落した。
地面に落ちたときの衝撃が床のコンクリートを伝い、残りの4人に伝わる。
伝わった衝撃により、4人は足の神経が麻痺し動けなくなった。

双鎖剣技・鎖々波

ある1つの対象物を長鎖で宙に浮かせ、鎖剣によって地面に叩き落とし、その衝撃を波として別の対象に伝えることによって相手の自由を奪う大技だ。

「GAME・OVER……」
ギルバートのささやくような声と共に4人は地面へと倒れた。



下の階へ落とされた男は目を覚ました。

「いてて……なんだったんだ?」

「げ! 起きやがった!」
その男を見て驚きの声を上げたのはビュードだ。
気絶しているからと、男のことなど気にもせずに暢気にコーラを飲みながらギルバートの戦いを見ていたのだから無理も無い。
なんと無用心な。

「なんだ? お前らは」
男はビュード達の――正確にはビュードの――服装を見て、表情を変えた。不運にも、ビュードは着替えるのが面倒で、軍服のままで買い物に来てしまったのだ。

「お前らもフィルオール軍の奴か……だったら容赦はしねえ!」
男が武器を構える。槍だ。長い柄の先に金属の円錐がついたいわゆるランスと呼ばれるタイプの槍……。

「どうする? ディオン?」
イリアがディオンにたずねる。ディオンは澄ました顔でビュードを見ていた。

「任せよう。玩具を奪ったらあいつが可愛そうだ」

「うん……でも危なくなったら僕が撃つよ?」
ディオンは答えない。すぐに強風がイリアとディオンの髪をなでた。

「せあぁぁぁら!」
ビュードが力任せに剣を振る。剣に刻まれた無数の溝が、辺りの空気を巻き込んで気流を生む。

「なんだぁ? こいつは」

「おっさん。いくよ?」
見た目からしておっさんと呼ぶには早すぎる歳に見えるが、ビュードにはおっさんだったのだろう。

「この餓鬼ぃ!」
おっさんがビュードに向かって槍で突く。槍の先はビュードの影を確実に捕らえたが、手には感触が無い。

「どういうことだ?」
おっさんが考えていると、ビュードの影がス……と揺らぎ、そして消えた。
後には、風によって巻き上げられた砂埃だけが残っている。

「後ろ!」
ビュードの声におっさんが振り向く。間一髪。ビュードの大剣による一撃をかわし、距離を開ける。

「くそ! なんだ今のは?」

「何ってただの砂埃だよ。あんなの俺の居た国……ウートハイズだったら子供の遊びだぜ?」
ビュードのあからさまな挑発。だが、おっさんは怒るというよりもその国の名前に愕然としてしまった。
ウートハイズは8年前の大戦争……オーディンズウォーにて滅びた大国だ。神の名前が使われるほどの大戦争だったオーディンズウォーは、各国が同時に行なった戦争がもとで、幾つもの国を滅ぼして終焉を迎えた。まさに天災だった。

「ウートハイズを滅ぼした国に興味は無ぇし、滅ぼした奴に復讐するつもりも無い。ただな……」
ビュードが言葉を切る。深く息を吸うと、可能な限りの音量で言い放った。

「あそこに居るむかつく馬鹿教官をいつかぶっ飛ばしてやりてぇだけだ!」
ディオンとイリア。そしておっさんまでもが目を丸くした。
いわれたギルバートもギルバートで二階から

「やってみろクソ野郎」
なんかいっている。

「じゃあ、続きだ。ウートハイズ最強の7歳だった俺が15になったんだ。実力を見せてやるよ」
ビュードが剣を上げる。

ぶおおおおぉぉぉぉん!

と空気を切る音が聞こえ、再び気流が発生する。今度の気流はまっすぐにおっさんへと向かってふいている。

「操気術・突風脚」
ビュードの姿が消え、おっさんの前に現れた。さっきまでとは違う別の気流を足にまとい、さらに陽血子により速度を高められた蹴りがおっさんの腹部を打った。

「がぁは……」
苦しそうに腹部を押さえて呻くおっさんに、ビュードはとどめの一撃を与えた。

「操気術・断巻」
けたたましい音と共に背後から巨大な竜巻が迫る。それに巻き込まれたおっさんは、気流に身を裂かれ、意識を失った。

「殺してないな……」

「え?」
ディオンの言葉にイリアが短く聞き返す。ビュードが本気で殺そうと思っていたならば、あの巨大な剣で斬ればすんだ。
恐らくあの竜巻は相手に確実に攻撃を当てるための技だろう。
ディオンはそう説明し、それは間違っていなかった。

「楽勝! 楽勝! 落衝すぎるって」
2回続けた後に全く別の意味の言葉をいうのはビュードの癖だ。声のトーンを変えて、別の意味だというのを周りに分るようにするほどの念の入れ様。
ディオンは右手を上げ、ビュードは左手を上げる。

パン!

という手のひらがぶつかる音と共に2人は手を握った。

「やるじゃねえか」

「お前に褒められても嬉しくねぇんだよ馬ー鹿」
砕けた2人の会話が人の無いショッピングモール内にこだました。




紅黒眼……体内の陰血子の量が常人をはるかに超えたとき現れる症状の名だ。
名前の通りそれは眼に現れ、動体視力と視力を極限まで高めるまさに人間の進化の一種だ。
ヴァルゼンの血液は普通の人間とはかけ離れた濃度で、常に普通の何倍もの速度で体をめぐっている。

そして彼が持っているのは陰血子……。つまり、彼は紅黒眼を持っている。
常に眼の白い部分が黒く染まり、瞳が真紅になるため、彼は偏光盤を取り付けた眼鏡をかけてそれを隠す。

(さて、作戦は成功かな?)
気を失った後牢屋へ入れられ、すぐに起きたが数時間気絶したふりしていたヴァルゼンはそのまま寝てしまい、起きたのは殴られて気を失った15時間後だった。
他の2人はまだ寝ている。
いや……彼らは寝てはいない。

「もういいからでてきてよ」
ヴァルゼンがいうと、倒れている二人の体から、それぞれ3体ずつ。計6体の浮遊する機械が出てきた。
球体で、目のような場所があり、そこに小型カメラを仕込んである。中にはコードが内蔵されており、様々な場所からのハッキングが可能だ。
動力源はフェンリルと同じ陽血子だ。
2人の体はこれを隠すためのいわば人形。ダミーだった。

「浮遊型磁界発生装置……通称コイル」
コイルと呼ばれた6体の機械はヴァルゼンの周りをぐるぐると回っている。

「とりあえず、此処から出たいんだけど」
機械に対しても笑顔の仮面を外さないでヴァルゼンは言った。
すると、1体のコイルが牢屋の鉄格子の隙間を抜けて、胴体の一部が開き現れたコードを鍵穴へと差し込んだ。
機械でロックしていて、人力では決して空かない扉。何重にも掛けられたセキュリティを即座に全て解除し、コイルはヴァルゼンの牢屋を空けた。

「うん、ご苦労様」
警報が鳴ることも無く、牢から出たヴァルゼンは6体のコイルを引き連れて、軍の中心部……将軍室へと向かった。

(大体のデータは将軍室のコンピュータからアクセスすれば、閲覧できるからね)
ヴァルゼンの前に2人の兵士が現れた。
どちらも銃を持っている。

「おい! 貴様! そこから動くな!」

「…………」
何も言わずに歩き続けるヴァルゼンに兵士が銃を向ける。

「聞こえないのか! 動くなと言っている!」

「いやだ」
ヴァルゼンが、笑顔のままいうと兵士はついに発砲した。
鉄製の銃弾がヴァルゼンに向かって放たれる。
放たれた銃弾はヴァルゼンに向かってまっすぐに進み……止まった。

「くそ! どうなっている! かまうな! 撃ち続けろ」
銃弾の嵐がヴァルゼンの前で全て止められる。

カチン……

という撃鉄の音がむなしく響き、兵士2人に弾が無くなったことを告げた。

「僕が直接やっても良いんだけどね? 生憎汗をかいて仕事をするのが嫌いでね。できるだけ避けているんだ」
笑顔のままのヴァルゼンはス……と片手を上げた。その瞬間、ヴァルゼンの前で静止していた銃弾の嵐が、兵士2人を襲った。
悲鳴が声にならず、2人は心臓を撃ち抜かれ絶命した。

「ギルト君だったら殺さなかったんだろうけどね。僕はそんなに優しくないんだ」
返り血を浴びることすらなく、兵士2人を葬ったヴァルゼンはそのまま将軍室へと向かう。

(そういえば地図が無いと場所がわかんないね)
気付き、近くにあった電気配線の端末にコイルを向かわせた。
再び伸びたコードが端末へとつながり、地図の情報をコイルが吸収する。
9コンマ2秒。僅かそれだけの時間でセキュリティを破り、コイルは地図のデータを手に入れた。

「うん、うちの化学班はやっぱ優秀だね」
コイルが目の部分から光を発し、壁に地図を映し出す。
それを見ながらヴァルゼンは目的地である将軍室への最短ルートを考えた。

「よし、行くよ」
ヴァルゼンの声に、地図を映し出していたコイルが反応し、ヴァルゼンの後に続く。
と、警報が鳴った。どうやら監視カメラに引っかかったようだ。
しかし、これも計算の内と言わんばかりにヴァルゼンはさっきの兵士から奪った銃弾をポケットから取り出した。

「撃てー!」
現れた20人を超える兵士達は、さっきの兵士とは違い、今度はすぐに銃弾が浴びせられた。
今度はコイルの磁力を使って止めるのではなく、素手で全てを弾き返した。
紅黒眼による動体視力と生まれ持っての才能がなせる業だ。

「はい、おしまい」
ヴァルゼンの言葉と共に、兵士たちは背後から関節を全て撃ち抜かれその場に倒れた。誰一人として理解できる者は居なかった。
兵士たちの背後にはコイルを一機忍ばせてあったのだ。

「さて、将軍室へ行かないとね」
倒れた兵士たちを気にする様子も無く、ヴァルゼンは将軍室へと向かった。
ZERO
2008年05月30日(金) 22時12分56秒 公開
■この作品の著作権はZEROさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はい、早くも2章の2節がかき終わりました。
自分の中ではこの上なく言い出来に仕上がっていると思いますが慢心は禁物ですと言ったら夢の中で何故か福沢○吉様に言われました。

名前:浮遊型磁界発生装置(通称コイル)
容姿:宙に浮いている手のひらサイズの球体。真ん中に1つだけ目の様な場所がある
機能:磁界の発生による防御及び攻撃。データのハッキング等

ケルベロスさん>空転落は僕が考えた技のはずです。多分。きっと。実際には存在しないと思います。きっと。

この作品の感想をお寄せください。
そうなんですか。 あ、ところで「楽勝! 楽勝! 落衝すぎるって」これ最後のミスですか?

ヴァルゼンつぇえwwwww
30 ケルベロス ■2008-06-03 20:05 ID : If3qiekeSNg
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 素手で銃弾? 怪物並み……っと失礼。死ぬんですかね?
 戦闘シーンは良いと思います、分かりやすくて。技名がカッコイイwww なんかその技の名前と、タイプというか、別のもあるみたいですね。『操気術・突風脚』の『操気術』とか。
 『他の2人はまだ寝ている』←誰の事でしょう? ……前々話出て来た二人ですかね。
 ビュードはなんでギルバートをぶっ飛ばしたいんですかwww 

30  風斬疾風 ■2008-06-02 19:01 ID : FZ8c8JjDD8U
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