赤い鈴 |
夕暮れは二つの影を伸ばしていた。 それはある日の黄昏時で、町はすっかり沈みかえっていて、外は誰も出歩きもしなかった。 何故? 外では戦争があったから。 「ねぇ…」 不意に垂が声を上げる。 繋がった手からは震えが感じ取れる。 帰路の途中で立ち止まったのは21の時を過ごした町の坂道、彼女の顔は不安に満ち溢れていた。 風が吹く。 それに合わせて彼女の鈴は鳴り響いた。 りんりりぃん――― 一様に並んでる鳩時計と一緒に、彼女の心とも一緒に震えていた。 「…大丈夫だよね?ずっと…」 「…うん」 微かな間を置いて彼は返事を返す。 大丈夫だ。 彼は兵隊の健康調査で「不適切」と判断された。体は元々弱く、とても戦力の足しになるとは誰も思ってなかった。 だから、と。 彼女を抱き締めた。 僕はずっと傍にいる、と。言葉を交わさず、しかし言葉よりも確かに。 胸の中で、微かに彼女は声を上げたような気がした。 うん、と――― ◆ 家に着いた途端、郵便受けに見慣れない手紙があった。 何だ?と目を凝らすと、彼の心はある物を思い出させた…。 ―――戦争徴兵令の紙は、赤いらしい。 紅く染まったそれを見て、彼の膝から力が抜けていった。 ◆ 一体どうすればいい、と彼女を目の前にして思う。 二人で逃げてしまってもいい。どこか、誰も知らない遠くへ。 しかし見つかってしまったら終わりだ。二人とも死ぬ。それこそ堂々巡りの迷妄というものだ。 震えるその手から漏れた、最後の勇気を込めて彼は言う。 「キミは―――」 「?」 首を傾げる彼女。何故そんなに貴方は悲しそうなの?と。 「僕がいなくても平気ですか?」 その言葉を聴いた瞬間に世界は終わりを告げたようだった。 随分と長い時間が経ったように彼女は立ち尽くしてしまった。 それはある夕暮れで、同じように風が吹いて鈴は鳴った。 りんりりぃん… ◆ 兵隊の列に並ぶと、彼女の姿が見えた。 彼女は…本心を言わなかったが言いたい事だけは分かった。 「お国の為に尽くしてきて下さい」と。でも違う… 「無事に帰ってきて下さい」と、涙目で言ったのだ。 こんなところで泣いてたまるか、と思う。 彼女だって耐えたんだ。僕だって…と。 背後で白装束の老婆が僕をせせら笑っていた。 そうさ、ペロリと舌を出して僕をあざ笑っていた――― 「右手は空へ、左手は海へ捨て、立派に蒼天仰げよ!」 と、敬礼を始める。 大日本帝国万歳、大日本帝国万歳、と。 至極是当然と並べ立てた理想と幸せ… 何も難しいものではなかったはずだ。彼女と過ごせる。それだけで良かったのに… 耳元で囁く「鬼さんこちら、手の鳴る方へ―――」 遠くを見ると、白雲が消えていった。 日々のように――― ◆ 長い時間が流れていった。 それは時間という川で、一回流れが変わった後、流れが変わる事はなかった。 彼女は愛した人の帰りを一途に待ち続けていた。 返事が出せない事は分かっていても、それでも「お元気ですか?」と手紙を綴り続け、ただ、静かに待ち続けていた。 彼女はこの町で一番の美人であった。 彼は全く個性も何も無い人であったが、彼女は理解していた。この人は私の事をわかってくれるだろう、と。外見でも何でも無く、自分自身を―――。 彼と付き合ってる事を知っていてても、まだ男達はしつこく纏わり続ける。 国に金を払って兵隊に行かなかった、親の脛を齧って権威を振るう奴。そんな人たちが付きまとって離れない。 「僕は凄い金持ちなんだ」 「あんな無個性で平凡な奴なんてほっといてさ」 「結婚しよう」 全て柔らかく、丁寧に断り続けていた。 しかし、限界もある。 「ねぇ、なんであんな男なんて待ち続けてるんだ?どうでもいい奴じゃないか」 「貴方にとってどうでもいい人でも、私にとっては大切な…」 言いかけたところで帰ろうとした。もう良い。これ以上――― 「無駄だよ。どうせ帰って来るはずないんだ」 その言葉が、彼女の足を止まらせた。 「あんな細っこい奴、どうせ犬死さ。今頃頭に穴が開いてるだろ。それよりも…」 気がつくと彼女は振り返っていた。 その表情は、まるで――― 「嘘を吐くなッ!!!」 鬼のような形相で一喝。 懐に手を入れて取り出したのは…果物ナイフ。 「ひぃっ!?」 「アンタの舌なんてちょん切ってやる!!!二度と口が利けないようにしてやる!!!」 ナイフを突きつけて近づいてくるその姿を見て、男は一目散に走り出す。 鬼を見た浮浪者のように。 ◆ 「私、もう嫌です…」 虚空に向かって問いかけるも、誰も返答してくれなかった。 「ねぇ、帰りはまだですか?貴方はまだ生きているのでしょう?」 返事は無い。 ふと―――こう考えた。 何も無い方が良い、と。 もう、これ以上は――― 彼女は笑う。 金魚蜂の中にいる彼女。その体が宙に浮き、そして――― 鈴は赤くなった。 ◆ 「お元気ですか?」 彼女の手紙がある日を境に途絶えた。 返事は出そうにも出せなかったが、それでも毎日楽しみにしていた。 彼女は待っていてくれる。 今も、これからも。 自分を言い聞かせるための要因だったというのに… 病気にでもなったのだろうか?と心配する彼。 一日も早く戻らなくては―――と。 ◆ 何度目かの緑雨に染まる鳥が風と共に彼を連れて来た。 そこは21の時を経、一旦離れてしまった場所。 彼女が待っている場所。 でもいない―――彼女は黙して音色。 悪い考えが脳裏に浮かぶ。彼女は、僕を――― 首を大きく横に振る。違う、そんなわけはない。彼女は何かがあって今はでてこれないだけなのだ、と。 でも飴色空は知っている。二つの影を伸ばすことは無いだろう、と。 鈴は鳴り響く――― 「僕は帰ってきたよ!」喚声を抑え、彼は走る。 大切な人の家。 待っていてくれた人の家。 涙をこらえる。大丈夫。泣くのは後だ、きっと、数年の涙を共に流すでしょう…と。 そっと―――扉を開けた。 時間が止まる。 川の水は無くなってしまった。 不意に開いていた窓から風が吹いた。 一様に並んでいる鳩時計と一緒に鈴が、 彼女の時を乗せた鈴が鳴り響いた。 りんりりぃん――― |
setsunaZERO
http://jp.youtube.com/watch?v=WKyzyZFgHFI 2008年07月11日(金) 21時48分53秒 公開 ■この作品の著作権はsetsunaZEROさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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さ、削除されてる!? と言うことで残念。 むむ、やはり解説が無いと難解ですよ。これは、彼女は、どうなったのでしょうか。正直、分かりません。具体的には。 擦れ違ってしまったんですかね。私はそう思いました。……歌詞は、難しいですね。文章のみだと。 |
10点 | 風斬疾風 | ■2008-07-20 21:03 | ID : FZ8c8JjDD8U | |
合計 | 10点 |