Eine Kette〜悲しみの〜
   ―始―

人間関係には、小さな亀裂が生まれることもある。
それは、放っておいてはいけない。直ぐに埋めないと、
始めは、小さな裂け目でも、時を経るとその裂け目は大きくなる。
やがてその亀裂は、他人を巻き込み、より大きくなっていくだろう。
それが、始めから埋められないような、大きなものだったら………。



   ―壱―

お父さんが死んだ。
夜、街で喧嘩になったって、相手のほうが悪かったのに。
仕事から帰ってきたお父さんを、酔って殺すなんて。
絶対に相手が悪いじゃないか。
なのに、何でお父さんは死んで、犯人は捕まらないの?
理不尽だよ!
この世界は、理不尽な事だらけだ。
お父さんが殴られたとき、当たり所が悪くて死んだ、お父さんは殺された、犯人はいまだ逃走中。
仇、いつか絶対討つから………。



   ―弐―

殺された。私の彼氏が………。
彼は人を殺してしまった。だからって、殺されていいとは思わない。
彼が殺してしまった人には息子がいた。
その子が殺したのだ、父の仇を討つために。
お父さんを奪われた気持ちは分かる。
だって、私だって奪われたんだから。
殺されても、恨まないでね。
あなたがした事と、同じ事をするだけなんだから。
次は、私が討つ番だよ……。



   ―参―

あ〜あ、また殺しちゃった。
何故襲われたか、僕が人を殺したからだ。
僕は、怒りに任せてあいつを襲った。
あのときの僕と同じように、この人は僕を殺そうとした。
けど残念、討てなかったね。
これからも、自分の身は自分で守らないと……。
こいつは死ぬ直前、謝っていた。
「仇、討てなかった、ごめんね……」と。
あの男の友人かなにかだったんだろうな。
僕から父さんを奪った、あの男の……。



   ―四―

僕は殺される。この前殺してしまった女性の友人に。
全く、油断していたな。
この前思ったのに、自分の身は自分で守るって。
でも、良かったのかもしれないな、僕はこれ以上罪を重ねたくない。
人を殺した罪は、死をもってでしか償えない。だから、彼女に殺されよう。
死んだ人間は帰ってこないのだから。
ここで僕が自殺したらどうなるか。きっと彼女の怒り、憎しみは行き場を失い、彼女を破滅させるだろう。
僕はそこまで冷酷じゃない。僕も同じ想いを持っていた人間だから。
それに、それは許されないことだ。僕は、自身の命も好きには出来ないのだ。
彼女だけが、僕の生死を決定できる、僕を殺す権利をもっている。
だけど恨みを晴らした後、僕を殺した後に残るのは………。



   ―伍―

なんでだろう?なんで、すっきりしないんだろう……。
仇を討ったのに。
犯人を殺せたのに!
喜ぶべきなのに、何の感情も無い。
心に、ぽっかりと穴が開いたみたいだ。
嬉しいはずなのに、嬉しいと思えない。
何故?なんで悲しいの?教えてよ、教えてよ。
この問いに、答えてくれる人などいない。
答えは、自分で探すしかないのだ。
この連鎖で誰も見つけることの無かった、その答えを………。



   ―六―

この連鎖は、いつ終わるのだろう。
悲しみの連鎖。憎しみの連鎖。
誰かが断ち切らないと、この悲しみは永遠に続く。
耐えることなど出来ないのか。
この連鎖を作る悲しい人達は、耐えることなど出来ないのか。
この悲しい人達は、きっと全てを懸けてきたのだろう。
だから、止まることなど出来ないのだ。
殺すか、殺されるか。
一度この世界に足を踏み入れてしまったら、もう後戻りは出来ないから……。



   ―七―

殺されたとき、必ず殺した者を憎む人が出てくる。
知人に恋人、親、子供、それに仲間。そのときはまだ、憎しみという感情が生まれなくても、いずれ生まれる。
人間の関係とは、そういうものなのだ。
その、大切な仲間が奪われると、大きな憎しみと、怒りが生まれる。
仲間を奪われた憎しみや悲しみを癒すには、奪った者の命を、奪うことでしか出来ないのだ。
たとえそのあと心に残るのが、大きな、埋めることの出来ない穴だと分かっていても……。



   ―八―

埋められない、埋まらない、無くならない。
なんでだよ、なんで消えないんだよ。
せっかく出来たのに、仲間の仇を討ったのに。
なんで嬉しくないんだよ。
俺の心に宿っていた憎しみが消えたとき、何も残らなかった。
そして、何も生まれなかった。
どんなに楽しい事をしても、どんなに嬉しいことがあっても。
心の穴は開いたままだ。
奪われたときに負った心の傷、それを埋めていたもので、その傷は大きく広がっていたのだ。
この穴は、埋められないのか。
一度犯してしまった罪は、二度と、消えないのだ。



   ―九―

あぁ、もう無理なのか?
この無限連鎖は止められないのか。
もう、何故この連鎖が始まったのかも分からないくらいに月日が経った。
しかし、連鎖は続いている。
止めなくては、誰かが、断ち切らなくてはいけない。
でも、どうやって?
残された人は相手を許さないのに。
相手を許すなんて不可能なのに。
殺される人の死を誰も悲しまなかったら?
その人間が死んだって、誰も仇を討とうなんて思われない人間がいたら。
それは他の人間との関わりを持たない人間だ、関わりを持つ以上、それはありえない。
………悲しすぎるこの連鎖は、やはり止められないのか。



   ―拾―

止められるのか?ではない、止めるのだ、断ち切るのだ。
そう、終わらないことなど無いのだ。
止める。今まで出来なかったこの連鎖の破壊。
断ち切らなくてはいけない。
これ以上、悲しみの犠牲者を増やさないためにも。
私と同じ境涯に立つ人間を一人でも、減らす為に。
今、連鎖を断ち切ろう。
手に握られたナイフを自身の前に突き出した、自身に向かって。
自分を癒すために手に入れたこのナイフ、世界を癒すために使うとは……。



   ―末―

身体に突き立った一本のナイフ。
それの持ち主は、連鎖を打ち切ったのだ。
自分の身を犠牲にし、悲しみの連鎖を止めたのだ。
赤い液体とともに、地面に横たわる体。
紅く彩られたその身体の顔には、一筋の、透明な液体が流れていた。
その残りも、降る雨によって、掻き消されてしまった…………。

 風斬疾風
2008年07月16日(水) 20時06分31秒 公開
■この作品の著作権は 風斬疾風さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
今度のは、結構な自信作ですね。がんばって書きました、制作時間約三日。ずっとやってた訳じゃないから、5〜6時間かな。
ちなみに、章(?)の始めの一文字は、本当は旧字体の漢数字だったんですが、それ入力して投稿するとなんか文字化けしちゃったんで、旧字体は止めました。少し残念ですが、文字化けは悲しすぎるんで。
主人公という者が存在せず、少し解り難いかもしれませんね。
これも、学校に提出するつもりです。ずいぶんとネガティブ思想だと思われそうですが、事実そうなので気にしません。何か、新しく始めることに対して、悪い結果ばかりを想像するという困った脳を持っています。
次回はもっとポジティブな作品を書こうと思い………無理かも。

 さて、再アップですよ〜。上に書いてあるのは以前の私が書いたものです。
 今度ちゃんと新しいのも書く(予定は当分無いが、出来たら)かもなので、宜しくです。

この作品の感想をお寄せください。
個人的な意見で凄く申し訳無いのですが、
戦闘物より、こういう小説の方が僕は大好きなので
こういった小説には沢山評価していきたいと思います。

人間の憎しみの連鎖や、復讐の思いの強さなどが凄く伝わってきます。
人間の自然な憎しみなどを捕らえていて凄いな、と思いました。
50 気まぐれビリー ■2008-08-11 22:15 ID : 2oX2I3G/zUM
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「憎しみの連鎖」というありふれた内容を平淡につづっている作品ですね。
コンセプト自体はいいと思います。わかりやすい設定、内容には好感を持てます。しかし六から九にかけてもう少し狂っても良かったのではないでしょうか。あと番号をとったほうがきれいに並んだものではなくて、不規則に絡んでいる感が出ると思います。
30 naegi ■2007-12-09 21:26 ID : U8eb6XQqfy6
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すげぇなぁ・・・・
かなり伝わるな・・・・(汗)
こんなん国語のテストで出されたらry
40 ZTH ■2007-12-06 20:53 ID : d8l1MhGI.wI
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すばらしいと思います。内容も深く、言いたい事(伝えたいことかな?)がとても分かりやすいないようだったと思います・ 40 ケルベロス ■2007-12-06 14:40 ID : If3qiekeSNg
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これは・・・教科書に載せるべきだ。
50 荒覇吐 ■2007-12-06 02:29 ID : EYhYONHuMTA
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殺しても殺される、悲しみの連鎖。とても内容が深くいいと思いました。 40 トペンマギント ■2007-12-05 21:36 ID : yWmCa3QSHrc
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耐えねばならんのだよ、・・・・・憎しみからは何も生み出せない、憎しみは新たな憎しみを生み出すだけだ。

40 メタルギルド ■2007-12-05 17:43 ID : k6KAZ69TBrg
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いいですね。
負の感情やあまりにも悲しすぎる人間の性を何も脚色せずに描いている所が素晴らしいです。
市販の短編集とかで見ても、特に違和感を感じないぐらいの作品です。
俺もこのくらいの文才があれば…(泣
40 setsunaZERO ■2007-12-04 22:03 ID : 1o58cQfvDt2
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