咎と裁き 第一章 【胎動編】 File.00 File.01 《トリプル・エス》
File.00 プロローグ

 辺りはとっぷりと日が暮れ、鳥や獣の鳴き声だけがこだまする。
 3月ともなると、多少は春の穏やかな気候を感じはするが、日が暮れるとやはり寒い。
 富士樹海に隣接する車道を一人の青年が肩を落として歩く……。
 こんな時間にこんな所で、これから何が起こるのかは容易に想像が付く。
 彼はおもむろに車道を横切り、樹海の中へと踏み込んでいった。



「生きるって何だろうな……辛いだけじゃないか」

 そう一人ごちながら樹海の奥へと進んで行く。
 樹海は昼間でも日の光が余り届かず薄暗いのに、日が暮れてしまうと肉眼では何も見えない。
 背中のリュックから懐中電灯を取り出すと辺りを照らす、木の根と苔が辺りを覆いつくしている。
 既に別世界に居るような錯覚に囚われてしまう。

「もう少し先だな、ここじゃあ……まだ誰か来るかもしれない」

 富士の樹海と言えば自殺の名所である、辺りにはなるほど不気味な雰囲気が漂っているが、今の自分には特に気にはならない。
 自分ももうすぐその仲間入りをするのだから……。
 しばらくボーっと歩いていると、やや開けた場所に出た。
 ライトで辺りを照らすと、そこには何か人工的に掘られた様な穴が開いている。
 不思議に思いつつも近くに丁度良い木を見つけたため、ここに決める。

「よし、ここにするか……」

 これから死ぬと言うのにどこかドキドキしている。
 今回は運が悪かったのだ、来世で一からやり直そうと心に決めリュックを下ろす。
 リュックから必要な道具、台と縄を取り出そうとしたその時、木陰で何かの動く音がした。

「何だ?」

 手に持っているライトでその方向を照らすが、特に何も変化は無い。
 またすぐに作業に戻ろうとしたが、今度は別の方向から物音がする。
 ライトでその方向を照らすが、すると別の方向から物音がする……。
 心臓が跳ねる、聞けば周囲四方八方から何か蠢く音がする。

「ま、まさか……野犬?」

 聞いたことがある、富士の樹海には野生化した猛犬の群れがおり、自殺者を襲って喰らうと言う。

「い、いいい……幾らなんでも、生きたまま食われるのは御免だ!」

 その場から逃げ出そうと、立ち上がり踵を返して走ろうとしたが、途端何かにぶつかってしまった。
 鼻を押さえながら見ると、硬質な壁がそびえているのが分かる。

「何でこんな所に……」

 先程まではそんな物は無かったように思いつつライトを向ける。
 すると、眩い輝きが返ってきた、まるで銀製品に光を当てたときの様な……。
 全体にライトを向けると恐ろしいことが分かる。
 その物体は人の形をしているのだ。
 四肢があり頭がある、しかしその頭には何も無い。
 髪の毛も無ければ耳も無く、そして顔すらない……。

「の、のっぺらぼう!」

 思わず大声で叫ぶ、日本に古くから伝わる妖怪を見てしまったと思った。
 しかし、その思いは一応裏切られることとなる。
 その人型の顔、下半分に真一文字の切れ込みが入ったかと思うと、縦にグパッと開いたのである。
 ずらりと鋭い歯が並んでおり、毒々しいまでに赤い舌が蠢いているためそれが口だと気付く。

「ひ、ひぃ……」

 その場にぺたんと尻餅をつき、手と足で情けなく後ずさる。
 すると、また背中が堅いものにぶつかる。
 咄嗟に上を見上げると、2つの赤い点が見える。
 星にしては大きすぎると思い、それにライトを向ける。

「うわぁぁぁぁぁ!」

 そこにはまた人型物体の顔があった、ずらりと並んだ牙をチラつかせ、赤く光る目をギラギラとさせながらこちらを見下ろしていた。
 辺りで何かが蠢く音が大きくなる、見渡せばあちこちで赤い2つの点……つまり人型物体の目が蠢いている。
 囲まれている……そう思った次の瞬間、左の脇腹が熱くなる。
 見れば何か銀色の物体が脇腹を貫き、赤く濡れている。

「い、いぎゃぁぁぁぁ!!」

 痛みに膝から崩れ落ちる、最後の力を振り絞ってライトを物体が伸びている方向に向けると、先程の人型物体が大きな口を開けてこちらに飛び掛ってくるのが見えた……。



File.01 トリプル・エス
 
 平成24年4月1日……三重県伊勢市、冬が去り春の穏やかな陽気が顔を覗かせる。
 春は終わりと始まりの季節、所属していた組織を去り、新たな組織に所属する時期。
 先の3月に大学を無事卒業した森田教嗣も、家の神社を継ぐ事は一先ず置いて、同じ大学の先輩であった齋藤の立ち上げた会社への入社を決めていた。
 場所は大学のある伊勢市内。
 都会ではないが、比較的大きな近鉄の駅《宇治山田駅》の向かいに齋藤の会社の建物はあるはずだった。
 森田は今日、その会社への入社を果たすためにその建物を目指していたのだ。

「おかしいな……この辺のはずなんだが」

 地図と格闘しながら森田は呟く、出身は北海道だが4年過ごした伊勢の地、迷うはずはなかったのだが。
 見つからない……ため息を一つつき、宇治山田駅の向かいを眺めると小さな建物が目に留まった。
 齋藤の話では、その「会社」は《SSS》と言うらしい。
 そして、その小さな建物の看板にはでかでかと「SSS」と銀色の字で書いてあった。

「あそこか、なんだ……目の前じゃないか、灯台下暗しだな」

 そう一人ごちながら、その建物を目指す。
 道路を挟んで向かい側にあるため、近くの横断歩道を探す。
 すぐ近くにあったが、信号は赤だったためその場で信号が変わるのを待つ。
 すると、森田のすぐ横を何かが走りすぎるのが横目に見えた。
 反射的にその影を追うと小さな男の子が道路に飛び出しているのが見えた。
 その先にはサッカーボールが転がっており、追いかけて飛び出したのだと分かる。

「危ない!」

 森田は叫ぶと同時に飛び出そうとした。
 周りで信号待ちをしていた人々も一斉に驚きの声を上げる。
 しかし、折り悪くそこに乗用車が走ってくる。
 間に合わない……手を伸ばしながら、そう思った時、道路の向かいから飛び出した人影が少年を庇う様に抱く。

「え……?」

 見れば黒いスーツに身を包んだ青年が少年を腕の中に抱きこんでいるのが分かった。
 その時、耳障りな高音が辺りに響き渡る……乗用車がブレーキをかけたのだ。
 しかし、速度と距離から考えて恐らく間に合わないだろう。
 森田は惨劇を覚悟した、しかし森田の予想は裏切られ、より信じ難い光景を目にする事となった。
 ガシャンと車が人にぶつかる音が響き渡る、僅かな希望を砕く絶望的な音である。
 死んだ……その場の誰もがそう思った時、スーツ姿の青年は驚くべき行動を取る。

 青年は車にはねられると同時に自ら地面を蹴って飛び上がる、そして身体を横に転がして、まるでハリウッド映画の様に乗用車の上を転がる。
 ボンネットを越えて、フロントガラスで更に宙へ跳ね上がり、乗用車が慣性の作用で跳ね上がる青年の下を通り過ぎた頃、青年は方膝を突き衝撃を殺して地面に着地する。

「な……え?」

 森田も含め、その場に居合わせた人々は誰も状況を飲み込めず、ただただ立ち尽くしていた。
 すると、おもむろに青年は腕を解き、少年を解放した。
 助けられた少年すら何が起こったか分かっていないようだった。
 しばらく口をポカンと開けていた少年だったが、すぐにはっと我に帰る。

「ありがとう! おじちゃん凄いね!」

 目をキラキラと輝かせ青年に向けて礼を言う。
 あんな非常識な光景を見せられた後にも関わらず少年は興奮している様子であった。

「おじちゃんは無いだろ? 俺はこれでもまだ23だぜ?」

 そう言いながらも青年はポンポンと少年の頭を撫でる。
 一人の女性が泣きながら少年に近づき抱きしめる、そして何度も頭を下げて青年に礼を述べる。
 恐らくは少年の母親だろう。
 青年は手でそれを制すると懐から名刺を取り出し女性に差し出した。
 女性は何度も礼を述べながらその名刺を受け取り、頭を下げながらその場を後にした。

 乗用車の運転手がその親子に近づき何か話しているのが見える。
 しかし、信号が変わってしまったので目を逸らして信号を渡ろうとする。
 すると、道のど真ん中にたたずんでいた青年がこちらを見ているのに気付く。
 森田はその青年の顔に見覚えがあった。

「班長!」

 それは紛れも無い森田の大学時代の先輩、齋藤であった。

「久しぶりだな森田」

 齋藤は森田を指差すと、左手をズボンのポケットに入れたまま右手の人差し指で森田を指して言った。
 森田も齋藤に走りより手をとって再会を喜ぶ。

「班長、お久しぶりです」

 齋藤は森田が神宮館大学の学生寮時代、所属していた班の班長であった。
 飄々としてどこか掴みどころが無く、色好みではあったが政治手腕はそれなりで上手く班をまとめていた。
 森田もその次の年に班長職に就いたが、班運営のノウハウや政治的思想の多くは齋藤の影響を受けていた。
 お互いに挨拶を幾らか交わしたところで齋藤が切り出す。

「まぁ、森田よ、立ち話もなんだ、オフィスに来いよ」

 齋藤はそう言って後ろを親指で指す。
 森田はそれに従って齋藤のオフィス、つまり《SSS》の建物内へと入る。
 建物の中はどこか時代を感じさせる作りであった。
 部屋の中心にはテーブルとソファが置いてあり、商談などをするのだろう、綺麗に整えられている。
 齋藤は森田にそのソファに座るよう促し、それに従って森田はソファに腰掛ける。
 齋藤はそれを見届けると部屋の奥に茶を要求すると、自らは森田の対面に座った。

「じゃあ、森田……本題に入ろうか」

 そう言うと齋藤はスーツの内ポケットから一枚の紙を取り出した。
 そして、森田の目の前にそれを差し出す。

「入社希望……ですか?」

 書類の頭に書かれていたことを読み返すと、齋藤は頷いて言う。

「そうだ、これに必要事項を記入すれば、お前は我が社の社員だ」

 初めから入社するつもりで来ていた森田は、特に疑いもせずに書類にペンを滑らす。
 しかし、全てを記入して印鑑を押したところであることを思い出す。

「班長」
「班長はやめい……もう聖火寮生じゃないやい」

 ぴしゃりと言い返される、質問は出来ていない、森田は気を取り直すともう一度尋ねる。

「齋藤先輩、この会社は……一体何の会社なのですか?」

 齋藤は今思い出したかの様に驚いた顔をして、手をポンと打つと言った。

「そうだった……結局説明していなかったな!」

 齋藤はソファから立ち上がると壁に向かって歩き出した。
 それと同時に、事務所の奥から美しい女性が盆にお茶の入った湯呑みを二つ乗せて現れた。
 女性は丁寧な所作でテーブルにお茶を置くと、また事務所の奥へ消えていった。
 その姿を見送った後、齋藤の動きに目を戻す。
 何をするのかとずっと見ていると、彼は壁の前で立ち止まり思い切り壁を殴った。

「なっ……」

 すると壁が突然せり出してくる、齋藤はそれを持つとそのまま引きずり出した。
 壁には棚が隠されており、その棚には重火器や用途も分からない機械類が満載されていた。

「トランペット、MP5、16、G3だって……先輩! 貴方は一体何を!」

 何かまずい仕事の片棒を担がされたのかと、強い口調で問い詰めようとすると、齋藤は笑う。

「森田、何か勘違いをしているようだな? 俺たちは暴力団じゃない……PMCさ」

 齋藤は森田が唖然とするのを見ると再び笑った。

「何です? PMC?」

 森田が聞き返すと、齋藤は打って変わって驚いたような顔になり言う。

「何だ、森田……お前なら知ってると思ったんだが?」
「いやぁPMCは知ってますけど、ここがそうなんですか?」

 質問に質問で返すが齋藤は気にしていない様子で話し出す。
 その棚の近くにあったスイッチを押すと部屋中の窓のブラインドが下りる、いやブラインドではない鉄板だ。
 そして、部屋の東側の天井からスクリーンが下りてきて映像を映し出す。

「最近、この国ではおかしなことが起こっている……」

 彼、齋藤は淡々と語りだす。
 その声は、先ほどまでの飄々とした調子ではなく、どこか強張った感じである。

「2年前……日本で民間軍事会社、つまりPMCの設立が認可される法案が施行された」

 それは知っている、平和の憲法を掲げ、世界に平和を発信していた日本が突然武装のレベルを民間のレベルにまで引き下げて緩和したことは、国内外問わず物議を醸した。
 もちろん合衆国や極東諸国の反発はすさまじい所があり、一時は日本の国連除籍までも議題に上がった。
 しかし、ある時を境にぱたりとその議論が鳴りを潜め、日本の武装化が認可されたのだ。

「それは知っていますよ……あの時は、日本も大混乱でしたからね」

 齋藤は頷くと更に続けて言う。

「そうだ、その混乱は今でも収まっていないがな……しかし、それは国内だけだと知っているか?」

 森田が肯定すると、齋藤はまた一つ頷き続ける。

「その後だったな……日本で《スパイ防止法》が施行された」

 それまで日本の防諜機能は無いに等しいものであった、日本は各国の掲示板のようなものであり、機密情報の漏洩は当たり前、国防の要であるイージス艦の情報すら漏れた事がある。
 そんな平和ボケしていた日本に、ある日彗星の様に現れた男。

「倉石澄夫……彼の働きによるところが大きいな」

 倉石澄夫、環境大臣から総理大臣になった現内閣総理大臣である。
 その裏には「ある事件」が関っていると言う話を聞くが、それは半ば都市伝説のようなものである。

「あぁ、あの都市伝説大臣ですか?」
「なんだそりゃ?」

 森田の言葉に齋藤は聞き返す、どうやら聞き及んではいなかったようだ。

「ある事件でのし上がった総理大臣だそうですねぇ……支持率が福田内閣以下なのによく保つと」

 巷の噂を話すと、齋藤は大笑して言う。

「ハッハッハ! そんな噂が立ってるのか、全く不謹慎な国民だなぁ」

 齋藤があまりに笑うので、森田は奇妙に思い問うてみた。

「都市伝説ですよ?」
「あぁ? あぁ……当たらずとも遠からず、だな」

 齋藤の言葉の意図が読み取れず、更に問いただそうとしていたその時、テーブルの上の齋藤の携帯が鳴った。
 それは電話だったようで齋藤は「スマン」と言って携帯を開くと耳に当てた。

「私です……はい、はい、なんですって!? 了解しました、ええ、ええ、ルーキーも、はい、では」

 短い会話の後、齋藤は携帯を折畳むと立ち上がり、ズボンの右ポケットに突っ込む。
 そして乱暴にテーブルの上の湯呑みを取るとまだ熱いだろうに、一息に飲み干す。

「ぐぁっちぃ!」

 彼は舌を出してヒーヒー言いながら、上着を直すと先ほどの武器満載の棚に近づく。
 彼はおもむろに銃器に手を伸ばすと一つそれを引きずり出す。
 そして、隣の棚から幾つかのマガジンとそれを収めるタクティカルベストを取り出す。
 上着を脱いでそれを着ると、ポケットにマガジンを収める。
 すると、齋藤は座ったまま動きを追っていた森田を向き直ると言う。

「森田、仕事だ……準備せい」

 森田は状況が飲み込めずに問い返す。

「え? 仕事って何ですか……?」

 すると、齋藤は相変わらず飄々とした調子で言う。

「そりゃお前出たんだよ、過激派がさ……」

 森田が唖然としていると、齋藤は何かを投げつけてくる。
 はっと我に返ってそれを受け止める。

「これは、P-90ですか?」

 P-90はカテゴリとしてはSMGに分類される小型の機関銃で、取り回しが良く、装填弾数も多い。
 そう聞き返すと齋藤は当たり前のことを聞くなといった様子で言う。

「見れば分かるだろう……お前はルーキーだからな、ほれもう一丁!」

 齋藤はそう言ってもう一丁P-90を投げて寄越す。

「ほい、ほい、ほい!」

 齋藤は次々と装備を放り投げてくる。
 齋藤のようなタクティカルベストからP-90用のホルダーや予備のマガジン。
 そして最後に。

「森田! 一応持っとけ!」
「え? うわっ!」

 かろうじて受け取ったそれは、森田もサバイバルゲームでサブアームとして使用していたものである。

「ガバですか?」

 齋藤に問うと。

「ハイキャパだ、装填弾数は10発、数え違えるなよ!」

 齋藤はそれだけ言い残すと「玄関で待ってろ」と言い、地下へのと思われる階段を下って行った。
 森田は言われたとおりに扉をくぐると玄関で待っていた、外は相変わらず春らしい陽気に包まれていた。
 森田が外に出て30秒ほどであろうか、突然当たりに地響きが起こる。

「何だ!?」

 森田は咄嗟にガバメントを構えると辺りを警戒する。
 すると、何かが動く音が近くからする……地下だ。
 森田が振り返ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
 SSSの建物が徐々にせり上がっているのである。
 そして、その下からはコンクリートで固められた建物が別に上がってくる。

「え……」

 森田はガバメントをホルスターに戻すと、ただただその光景を見つめていた。
 やがて、2分かけてその建物は完全に地面からその全貌を現す。
 その建物には堅固そうな鋼鉄製のシャッターがついており、徐々にそのシャッターが開く。
 完全に開ききったところで、中から声がする。

「森田、邪魔だ! そこをどけい!」

 声に従って森田はシャッターの横に退く、すると轟音を立てて何かが奥から出てくる。
 それは自動車にも見えるが、堅牢な装甲を持ち天井を見れば武装しているようにも見える。

「これは……フクスじゃないですか!」

 重い音を立てて操縦席の天窓が開く、そこから齋藤が顔を出して言う。

「そうだよ……ぼさっとしてるな! 早く乗るんだ」

 齋藤はそう言ってフクスの後ろを指差す。
 ゴウンと重厚な音を響かせて後部のハッチが開く、森田はそこからフクスに乗り込む。
 フクスは本来兵員輸送車だが、その中は半分は電子機器に埋もれており、よく分からないランプや計器が目まぐるしく動いていた。

「よぅ森田! 久しぶりだなぁ」

 フクスの内装に見とれていると操縦席のほうから名前を呼ばれる。
 聞き覚えのある声で、森田は思わずその方向へ眼を向ける。
 そこには眼鏡をかけたスーツの男が親指を立ててこちらを見ていた。

「竹藤先輩じゃないですか!」

 その男は森田の神宮館時代の先輩、竹藤であった。
 本名はケント=M=竹藤、イギリス人と日本人のハーフである。
 工業系高校の出身で主にネットワーク関連の知識や技能に精通していた。
 神宮館大学卒業後は東京のセキュリティ会社に就職したと聞いていたが、その彼が何故ここに。

「おぅ、元気そうで何よりだ……あー、ベルトしとけよ」

 竹藤は森田に座るよう促し、さらにベルトをつけるよう言う。
 森田は大人しくフクスの空いている左側の座席列に腰を下ろし、シートベルトを締める。

「いいぞ、シシオ出してくれ」

 シシオとは齋藤の学生寮時代のあだ名である、と言っても呼んでいるのは竹藤だけであったが。
 相も変わらずそう呼んでいるのかと、森田は懐かしく思った。

「これ、どこへ向かってるんですか?」

 森田が乗り込んでからフクスは齋藤の運転の下重々しい音を立てて走り出した。
 フクスは快調に飛ばすが一向に到着する様子はない、おそらく近場ではないのだろうが。

「旧総谷トンネルだ」

 齋藤が厳しい口調で言う。
 森田はその名前に聞き覚えがあった。

「総谷トンネル……ってそれはあの事故があって封鎖されたトンネルですか?」

 正確には事故の後に新しい線ができ、使われなくなっただけだが。
 凄惨な電車事故が起こっており、いわくのある廃トンネルである。
 そんな所に何の用があるのだろう、齋藤は仕事だと言っていたが。
 森田が思索にふけっていると、竹藤が口を開く。

「森田……お前、神を信じるよな? もちろん、神道のだ」

 神宮館大学は神道系の大学であり、森田の実家も社家である。
 そして、森田も一度ならず不思議な体験談を持っているので神の存在は信じている。
 勿論、キリスト教のようなGODも否定はしないが、特に気にしてはいない。
 それが何だというのだろう、森田は竹藤の発言の意図を測りかねていると、さらに彼は続ける。

「森田、霊や妖怪はどうだ?」

 竹藤の口調のまじめさに違和感を覚えながらも問いに答える。

「居ると思いますよ……と言うか、聖火寮は日本で唯一人が住む心霊スポットでしょ」

 聖火寮は神宮館大学付属の学生寮だが心霊現象がやたらと多い。
 それはもう無神論者を有神論者に変えてしまうほどである。
 その中にあって、森田も何度か心霊現象に遭遇している。
 そればかりではない、寮に巣食う強力な悪霊を何体か浄霊した事もある。
 その際、主要メンバーだったのが、齋藤や竹藤である。

「森田、霊や妖怪、神の正体は何だと思う?」

 竹藤は更に言う。
 神や霊の正体とは考えた事がない、上手い言葉が見つからずつい月並みな言葉でお茶を濁す。

「こう超自然的な力や死んだ人の思念じゃないですか?」

 竹藤はその答えに満足したのか「うむ」と一言言う。
 しかし、彼は更に続けて言う。

「では、それらを形作っているのは何だと思う?」

 これには流石にお手上げである、形作るとは、実体のない彼らをどう形作ると言うのでだろうか。

「形作るとは、どういう意味です?」

 思わず竹藤に問い返す、すると彼はやや間を置いて語り始める。

「神や霊とは……古来よりこの人間社会の中に存在してきた、しかしその実体はない」

 竹藤は森田に語りかける。

「森田、存在するが実体はない……これは何かに似ていると思わないか?」

 森田は数秒頭をめぐらせるが答えを得かねて、竹藤の次の言葉を待つ。

「情報だ……」
「情報……ですか?」
「そうだ、情報だ……彼らは情報として古来から人間社会の中に存在してきた」

 認識が追いつかない、情報が人間社会に実体として存在するのだろうか?

「人間の情報の原初形態は口伝だ、そして紙面を経て、デジタル化した」

 竹藤はシートに内蔵されているラップトップを引きずり出すと展開した。
 モニターには地図のようなものが映っており、おびただしい数のグラフやメーターが動いている。

「伝説、言い伝え、神話……教典、聖書、絵画……そしてデータだ」

 未だに竹藤の言う事を理解できずに混乱していると、齋藤が割って入る。

「講義中失礼するが……着いたぞ」

 齋藤の声と同時にフクスは停止する、目的地に着いたようである。
 ゴウンと重々しい音を響かせてフクス後部の乗降用扉が開く。
 森田はそこから飛び降りる、一応装備一式を持ってである。
 辺りは既に暗くなりかけており、もう数十分もすれば夜の帳が下りるだろう。
 降りるとそこには既に齋藤と竹藤が待機していた。
 2人とも装備は違えども黒いスーツを身にまとい、武装していた。

「よし、行くぞ……」

 齋藤はそう一言言って歩き出した。
 黒いスーツはすぐに黄昏の中に融けて行く。

「竹藤先輩……ここはどこですか?」

 齋藤に着いて歩きながら竹藤に問う。

「ああ、東青山駅だよ……ここから徒歩で総谷トンネル跡に向かう」

 竹藤は持っているステアーAUGのマガジンを確認しながら言う。

「仕事って何なんです? こんな所で戦争ですか? まさかとは思いますが!……」

 竹藤に手で制止される、大声を出すなという事だろう。
 森田は唇を尖らせると黙って歩く事にした。
 東青山駅を東へと歩いていくと、徐々に自然が濃くなってくる、そして比例するように人気はなくなる。
 木々が天井のように重なりトンネルを形成する、余り気味のよいものではないが歩き続ける。
 しばらく歩き続けると、禍々しい気配を感じる。
 見ると齋藤が立ち止まって辺りを警戒している。

「先輩……ここはおかしいです、嫌な感じがします……まるで寮の屋上だ」

 森田がそういうと、竹藤は頷く。
 そして、ポケットからインカムを取り出す、そしてこちらに突き出してきた。

「森田、これを渡しておく、すぐにつけろ」

 森田は言われたとおり通信機を耳に装着する、本体はスーツの内ポケットに収納出来るようになっている。
 竹藤は更に付け加えて言う。

「充電時間は30分、生き延びれたら充電器を渡す、稼働時間は全開で24時間が限度だ、無くすなよ」

 森田は頷くとスーツを直し銃を構えなおした。
 齋藤に追いつくと、彼はこちらを振り返って言う。

「この廃トンネルの中にな……ターゲットは居る」

 森田は当初からずっと気になっていた事を齋藤に尋ねる。

「先輩……自分たちはいったい何と戦うのですか?」

 齋藤はばつが悪そうに頭を掻くと困ったように言う。

「何と言ったらいいのかな……実は俺たちもよく分かっていないんだ」

 よく分からないとは一体どういう意味であろう、所属がだろうか、それとも国籍が。
 胸に使える思いを抱えていると齋藤は続けて言う。

「まぁ、便宜上……俺たちは《機人》と呼んでいる」

 キヒト、機械の機に人だそうだが、彼らの話では近年日本に出没するようになった未確認生物らしい。
 金属質な体に獣のような敏捷性と凶暴性を持つという話だが、にわかには信じられない。

「本当……なんですか?」

 齋藤や竹藤が嘘を言うとは思えないが、未だかつてそのような生物を森田は見た事がない。

「本当だ、まぁお前も実物を見れば信じざるを得ないさ……よし、行くぞ」

 齋藤はそういうとFAMASを構え封鎖してある鉄柵の間からトンネルに押し入った。
 森田がそれに続き、竹藤が最後尾を取る。
 トンネルは禍々しい気に満ちており、吸い込まれそうな闇が広がっている。

「ここにはおそらく通常の霊も居るだろう……大概は残留思念か浮遊霊だろうが油断はするな」

 齋藤はゆっくりと歩きながら言う。

「そんで、余裕があれば浄化してやれ」

 最後にそう言って彼は押し黙った。
 禍々しい気が強くなる、森田は肌が粟立つのを感じた。

「先輩……先輩……? 何か……変な音しません?」

 先刻から鉄を擦る様な音がトンネルに響いている。

「ああ、聞こえてるよ……近くに居るぜ」

 齋藤は銃を何度も構えなおしながら言う、アウターバレルに装着されているライトが洞窟の奥を照らす。
 その時である、天井からコンクリートのかけらが落ちて来て地面に当たり、乾いた音を響かせた。
 森田は咄嗟にトンネルの壁に背中をつける。
 その次の瞬間トンネルの天井から大きな塊が落ちてきた。
 二つの赤い点が見える、ライトを向けた事によって、それが相手の目である事がすぐに分かる。

「森田ァァァァ!」

 齋藤が気付いて咆哮する。

「う、うわぁぁぁぁ!」

 森田は言い知れぬ恐怖に駆られ必死でP-90のトリガーを引く。
 P-90は凄まじい勢いで弾を吐き出す、甲高い音とともに銃弾が正体不明の生物に突き刺さる。
 その生き物は、弱っては居るが息の根はとまっていない。
 そして右腕を振り上げると森田に向かって突き出してきた。

「わぁぁぁぁ!」

 森田はトンネルの壁を背にし咄嗟に背中で滑る。
 森田の体は下方向にずれたため、謎の生物の腕はトンネルの壁に突き刺さる。

「先輩、何なんですか! こいつらはあぁぁ!」

 叫びながらもトリガーを引き続ける、弾丸は次々と生物の胴体に突き刺さる。
 禍々しく輝いていた赤い瞳から光が消える、生き物の左腕はダランとだらしなく垂れ膝が折れる。

「や、やったか……」

 森田はそさくさと謎の生物の下から這い出すと、竹藤にすがり寄った。

「良くしとめたな! しゃんとしろ……まだ終わっていないぞ」

 竹藤の言葉に辺りを見回すと、入り口のほうやトンネルの奥のほうに、幾つもの赤い点が浮かんでいるのが見えた。
 森田はP-90のマガジンを変えながら、決して死ぬものかと心に誓った。
アダムスカ
2008年08月09日(土) 04時10分19秒 公開
■この作品の著作権はアダムスカさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 え〜と……アダムスカです。
 オリジナル初投稿です。

 舞台は現代だとご理解いただけたでしょうか?
 ジャンルとしてはSFファンタジーですかね。

 これから先、専門的な用語や、物が沢山出てきますので、その都度「注」を付けたいと思います。
 出てきた人物から順に読み方くらい書いておきますb

「注」
・森田 教嗣(モリタ キョウジ)
・齋藤(サイトウ)
・倉石 澄夫(クライシ スミオ)
・ケント=M=竹藤(タケフジ)
 ですね。

 お茶の女性は本登場は先になります。

 以下URLを参照。
・FAMAS
http://ja.wikipedia.org/wiki/FAMAS
・MP5
http://ja.wikipedia.org/wiki/MP5
・16
http://ja.wikipedia.org/wiki/M16
・G3
http://ja.wikipedia.org/wiki/H%26K_G3
・P-90
http://ja.wikipedia.org/wiki/FN_P90
・ハイキャパ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%90%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88
・ステアーAUG
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A2%E3%83%BCAUG
・フクス
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%AF%E3%82%B9%E8%A3%85%E7%94%B2%E5%85%B5%E5%93%A1%E8%BC%B8%E9%80%81%E8%BB%8A

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はぁ・・・・武器知識のほとんどない俺にとっては最後の参照がなければ全く何のことかわからずじまいでうすねwwww 30 ケルベロス ■2008-08-11 15:22 ID : 8u0JUU1wUZY
PASS
 初めまして、ですね。と思ったら……、お久しぶりです。
 えっと、とにかく固有名詞が分からないので多少でいいので本文中に解説をお願いします。やはり読み進めながら知りたいじゃないですか。
 しっかりとした世界観の構築が苦手なもので………、素晴らしいですね。現代を舞台に……、読み手としては世界の創造がしやすく良いのですが、難しいんですよね。
 で、読点の量が少し少ないかなと思ったのですが。まぁ、私は沢山打っちゃう人なので私の「少ない」はあまり参考になりませんかね……。
 ところで、句点の全てで改行するのは……? 全てに対して改行しなくても良いと思うのですが。なんか最右列までいく文が少ないので。しかしそれがこの作風なのであればしつこくは言いません。
 話は……まだ色々と隠れている感じで、続きが楽しみです。
 出来れば私の作品にも感想お願いしますね。上手い作品を書く方からの指摘は勉強になりますので。 それではっ。
30  風斬疾風 ■2008-08-09 21:06 ID : FZ8c8JjDD8U
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武器好きの俺としてはやはりM14とSIG SG552を出してもらいt・・・・いやなんでもありませんww 30 ΣεЯΑΜ1Χ Σηαδοω ■2008-08-09 12:53 ID : 6EPyQRLyBhk
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